神崎さんは分かりやすい。   作:バナハロ

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懐き方が警戒心のない小動物。

 さて、翌日の昼休み。俺は早速、例の教室にやって来た。蘭子が来るかは分からないけど、とりあえず本を読んで待機する。明日は休みだし、しばらく蘭子とは会えない。

 ……来るかな、蘭子。まぁ、来ないなら来ないで良いんだけど……別に寂しくなんかないし、一人になるのは慣れてるし別になんでも良いし。

 いいや、とりあえず読書に集中しよう。そうすれば、来なくてもショックを受けることはない。や、だからショックってなんだよ……。

 

「だーもうっ! 早く蘭子来ないかなー!」

 

 そうすればこんな変なモヤモヤした感じ解消されんのに! 

 結局、読書にも集中出来ず、ただひたすら頭を掻き毟ってると、ふと教室の扉が微妙に開かれているのが見えた。その隙間からは、制服姿の銀髪の女の子が覗き見しているのが見える。

 

「蘭子!」

「ーっ……!」

 

 バレた、みたいな顔しているのが丸見えだ。慌ててその扉を開けて蘭子を中に招き入れる。

 

「早く入ってこいよ! なんで中を覗いてんの?」

「未知の領域に入る際、罠を警戒するのは基礎よ」

「拠点だろうが! どの辺が未知?」

 

 思わずガッツリとツッコミを入れてしまった。や、まぁ昨日、出来立てホヤホヤの拠点だからわからなくもないが。いややっぱ分からないわ。なんで警戒してんだよ。

 と、思ったのだが、蘭子はツッコミを入れた俺を恨みがましそうな目で睨みつけている。何? と聞くまでもなく言い放った。

 

「だっ、だって……! ……は、早く……蘭子来ないかなー……なんて、言うから……」

「……聞いてたの?」

「……アレだけの咆哮であれば、世界を震撼させても不思議はない……」

 

 ……なんか痛烈に恥ずかしい思いをしてしまった……。これからはもう少し気をつけないと。

 ま、まぁ、今更恥ずかしがったって仕方ないさ。そんな事より、蘭子と話そう。そのためにここに集まってるんだから。同じ事を蘭子も思っていたようで、向こうから声をかけてきた。

 

「我が剣よ。貴様のクラスでは、もう異国語の知識を測る小規模考査の結果は受け取ったか?」

「え、ど、どうだったかな」

「我がクラスでは、すでに結果が出ている。……こいつを見よ!」

 

 そう言って蘭子が出したのは、試験用紙だった。それも、20点満点中18点というなかなかな高得点を叩き出している。

 

「へぇ、すごいじゃん。蘭子って勉強出来るんだ」

「フッフッフッ、我にかかれば異国語をマスターするなど容易い事よ」

 

 まぁ、普段小難しい言い回しとかしてるしね。あと国語とか社会も得意そう。

 

「我が知識を持ってすればこの程度は造作もない事……フッフッフッ、毎日勉強した甲斐があったわ!」

「小テストのために勉強したの?」

「当然よ。学生という仮初の姿を演じている今、その時々の試練に全力を出すものよ」

 

 む、なるほど……もしかして、部活に入っていないのは勉強に集中したいって事か? 思った以上の真面目ちゃんだな。ま、あの口調が無ければ元々、恥ずかしがり屋で真面目で気配りの出来る子だし、わかってたっちゃわかってた事だけどね。

 改めて、試験用紙を見た。にしても、何がすごいってさ……一番は、やっぱこれなんだよな。

 

「よく全部アルファベット筆記体で書けるよね」

「努力の賜物よ」

「カッコ良いなぁ……俺も描けるようになりたい」

「我が教鞭を振るっても構わんよ」

「マジ? 頼むわ。……あ、でもひとつだけ聞いても良い?」

「?」

 

 声を掛けると、蘭子は不思議そうな顔を向ける。

 俺は試験用紙の名前欄の所に書いてある、薔薇と鳥と猫の絵を囲んでいるアルファベットを指さした。

 

「これ、蘭子のサイン?」

「うむ! それも研鑽と苦労と技術を磨き、ようやく完成した我が落款よ」

「へぇ〜……サインの中に動物を入れるとかすごいな。普通に幻想的だし、カッコ良い……」

「えへ、えへへ……♪」

「でもなんて試験用紙にサイン?」

「我がサインは他にあらず。喩え、それが試験用紙であっても……」

「なるほど……俺もサイン考えてみようかな」

「その前に、まずは筆記体をマスターせよ」

 

 後で知った話だけど、試験用紙にサインを描いたら、必ず職員室に呼び出されていたらしい。今日来るのが遅れたのもそれが原因だそうです。

 そんな話はともかく、とりあえず筆記体の練習を始めた。しばらく粘って文字を書き続け、徐々に上手くなっていく。

 そんな俺の文字を見て、蘭子は感心したように顎に手を当てた。

 

「ふむ……剣の道を歩む者よ、貴様まさかスペル使いの才も持ち合わせていた……?」

「かもしんない。いやー、筆記体簡単だわ」

「むぅ……我はそれなりに苦労したと言うのに……まぁ、良い。それで、まずは己の真名から鍛錬を積むとしよう」

「俺の名前だから……えーっと」

 

 Kilihala kouかな? なんか棒ばっかであんまカッコ良くないや。

 

「む、いや待て」

「え?」

 

 名前を書くと、急に止められた。何? と視線で聞くと、少し動揺した様子で言った。

 

「まず、英語は名前が先、苗字が後に来るだろう。それから、何故『ら』を『la』で表す?」

「……ダメなの?」

「いや、ダメかと言われると分からんが……」

 

 ……あれ、なんか疑いの目になってきてる。

 すると、蘭子は俺が書いたサインの横に、同じように俺の名前を筆記体で書いた。

 

「我なら、こう表す」

 

 Koh Kirihara と書かれていた。

 

「……なんで、Koh? これでコウって読むの?」

「やっぱり!」

 

 うおっ……な、なんだよ急に? 

 

「桐原くん……中間考査の戦績はどうだった?」

「え?」

 

 中間試験か……えーっと、どうだったっけな。成績の良し悪しはあんまり気にした事ないから。母ちゃんには怒られまくったけど、怒られ慣れちゃって怖くないし。

 

「成績って言われてもなぁ……どう言えば良いの?」

「五属性のトータルは覚えていないか?」

「あー、確か……193点かな……」

「ひゃっ……」

 

 え、何その顔。

 

「……ちなみに、内わけは?」

「えーっと……国語87点で、数学4点でー……社会85点、理科3点……あ、あと英語9点」

「起伏が酷い! ていうかそれ188点だよ!」

 

 あれ、計算間違えたか……。昔から算数は苦手なのよ。

 逆に、本をよく読むから国語は得意だし、歴史が試験範囲なら社会も問題ない。地理? 何それ強いの? 

 

「筆記体なんて練習してる場合じゃないよ! 試験勉強しないと!」

「えーなんで? 期末までまだ一ヶ月以上あるよ」

「一ヶ月でも足りないよ多分! え、去年とか何してたの?」

「剣道」

「た、体育会系め……!」

 

 試験期間中もこっそりと道場に忍び込んで練習してた。バレて怒られたけど。

 

「と、とにかく来週から勉学に励んでもらう!」

「え、やだ」

「ダメ!」

「なんで⁉︎」

「今のまんまじゃ高校にも行けないから!」

「スポーツ推薦で良いとこまで行くから!」

「あ、あり得そうだけど……バカ!」

「脈絡がない!」

 

 急に何故、暴言を吐かれた⁉︎

 

「……とにかく、来週から貴様の知力を鍛える。覚悟をしておく事ね!」

「え、いや……いいって。バカでも剣道はできるから」

「追試になるかもよ!」

 

 うっ……それは困るな。練習時間が減るし、顧問にも怒られる。……ていうか、三月に「次、追試になったら一ヶ月、出禁にする」って言われてたっけ……。

 

「ど、どうしよう……剣道できなくなる……!」

「勉強するしかあるまい!」

「それは嫌だ!」

「わがまま!」

 

 喧しい! 勉強嫌いなんだよ俺は! 

 

「……先生に土下座して追試は無しにしてもらうとか……」

「そんなに勉強が嫌なの⁉︎」

 

 嫌だよ。すぐに飽きるし、理解出来るまで時間が掛かるし、特に数学と理科はやる気が出ない。理科も生物系、特に人体の構造についてなら、剣道に応用出来るかもしんないからやる気出るけど、そうでなければマジで無理。

 それに、勉強が出来た所で良い事なんて何一つ無い。うちの母親はともかく、父親も兄貴も「剣道頑張れ」ってタイプの人だし、点数が良いからって自慢出来る友達もいない。蘭子だって「今日試験80点だったよ!」と言うよりも「剣道の大会、一位だったよ!」と言った方が祝福してくれるはずだ。

 

「き、貴様は国語と社会による戦果は上々であろう? 他の科目も同様に吸収されば良いのではないか?」

「俺、国語も社会も勉強してないよ。興味あることはほっといても入ってくるから」

 

 昔からそうなんだよね。国語も古典とかそっちに行くとダメだし、逆に英語は「剣」とか「斬る」とか「突く」という単語は書ける。ん? 英語のそれはなんの証明にもなってねぇな。

 すると、蘭子はとっても仕方なさそうな目で俺を見た後、小さくため息をついた。

 

「……では、追試を回避したら我が褒美をくれてやる、と言っても?」

「……え、褒美?」

「うむ! ……例えば、そうだな。我と共に、下界に降り立って一日、好きに出歩く権利を差し上げよう」

「行く!」

「え……ほ、ホントに?」

 

 え、そっちから誘って来たんじゃん。あんまりな反応に思わず怪訝な顔をすると、蘭子は少し照れたように且つ、確かめるように聞いてきた。

 

「……一応、尋ねさせてもらうが……我が示した言葉の意味を理解している?」

「俺と蘭子で遊びに行くんでしょ?」

「まぁ……そういう事だけど……」

「俺、蘭子と遊びに行きたい!」

「……冗談のつもりだったとは言えない……」

 

 ? 何か言った? 思わず聞き返そうとしたが、微妙に頬を赤らめていて何も言えない。こういう時に余計なことは言わないって事は学んだ。

 

「……まぁ、とにかく……追試の科目が無ければ、我と出掛ける、ということで良いな?」

「よっしゃ、本気出す」

 

 生まれて初めて勉強に対してやる気が出た。

 

 ×××

 

 その日の放課後。何も出来ないのに顔は出さなければならないので、部活が終わった後、帰宅した。

 そのあとは早速、勉強である。大丈夫、やれば出来る。俺はこう見えて努力家なんだ。

 正直、さっぱり分からないけど、とにかく教科書を読み込んでいた。特に数学は本当に無理。わけわからん。

 

「……ぐぬぬっ」

 

 ……なんだ、xって……。なんで言語は各国で別れているのに数式は世界で統一するんだよ。日本式にすれば絶対にもう少しわかりやすくなると思うんだよね。

 例えば、こう……3あ+2=5とか。……だめだ、尚更分かりづらい……。て、余計なことを考えてる場合でもないって。

 とにかく、勉強と頭の中で繰り返している時だ。部屋の扉が開かれた。

 

「コウ、暇か?」

「あ、レオ」

「バカヤロウ、兄を呼び捨てにすんな」

 

 スゲェなこの人、この前と言ってる事真逆なんだけど。

 

「じゃあなんて呼べば良いの?」

「そうだな……兄上とか?」

「殺すよクソ兄貴」

「おまっ、なんて呼び方しやがんだ⁉︎」

 

 そんな話はともかく、とりあえず用件を聞いた。

 

「何か用?」

「暇だろ? ちょっと素振り付き合えよ。そろそろ新しい必殺技欲しくて……」

「いや、今勉強してるから」

「アッハッハッ、面白い面白い。良いから表出ろコラ」

「喧嘩売ってんの?」

 

 何その空笑い。ムカつくんですけど。まぁ、今はこんなバカに構ってる場合でもない。無視して教科書を読んでいると、後ろの兄上からさらに失礼な言葉が飛んできた。

 

「……え、てか本当に勉強してんの?」

「そうだよ」

「……」

 

 ワナワナ、と顔が真っ青になっていく兄上。何事? と思った時には遅かった。兄上は部屋を飛び出していく。

 どこに行った? と思ったのも束の間、大声が聞こえてきた。

 

「お袋! 大変だ、隕石が降って来る!」

「なんだって⁉︎ 何があった!」

「お前らホントブッ転がすぞ‼︎」

 

 たまに思う。この家族まじむかつく、と。

 ようやく落ち着いたレオに、改めて説明した。落ち着かなければならないほど動揺してたのがムカつく。

 一応、とりあえず出会った時の話しておいた。まだ兄貴に話していなかったから。

 

「……だから、まぁ……何? 最近、その友達になった子と『追試回避したら遊びに行く』ってなったから、少しは真面目にやろうと思っただけだよ」

「……ふーん、なるほどな」

 

 正直、怪我していなかったら、それでも真面目に勉強しようと思えたかは分からないが、まぁ現に勉強する気になってるんだし、考えない事にした。

 

「しかし……お前に友達、か……」

「不自然?」

「んにゃ、むしろやっとかって感じだよ。何かに真剣に打ち込んでる奴は、いつか誰かを惹きつけるような奴になるもんだ」

「そっかー……え、俺が惹きつけたって事なの? 目を付けられた、じゃなくて?」

「どっちもだよ。お前が努力してなかったら、その友達はお前と関わろうとしなかったし、その子が目を付けなかったら、お前もその子と関わり合うことはなかったってだけ」

「……奇跡?」

「友達が出来る理由なんてそんなもんだろ」

 

 なるほど……そんなもんなのか……。……ん? でも俺のクラスで友達作ってる奴は、別にそんなに努力してないような……。いや、まぁ他の奴は「同じクラス」とか「同じ部活」とかそういう括りの中の友達だけど、俺と蘭子はクラスも性別も違うのに友達になれたんだ。その方がなんか特別感あって良いや。

 

「にしても、お前その友達の事、かなり気に入ってんだな」

「なんで?」

「スッゲェ楽しそうに語ってたからだよ。惚気話かと思ったぜ」

「……のろけ?」

「ああ、お前思春期もまだだったな。なんでもねえよ」

 

 またその思春期の話か……。蘭子にも同じような事を言われたな。

 

「ホモかよ! ってツッコミを期待してたんだけど……ま、いいや。それより、聞かせろよ。その友達の話」

「えー……勉強……」

「お前にゃどうせ無理だ。今度、うちのクラスメートの頭良い奴連れてくるから、そいつに教われよ」

「いいよ、別に。蘭子に教わる事になってるし」

「お前今なんつった?」

 

 うおっ、なんか急に低い声に……いや、低いというか憎い声に……。

 

「え、ら、蘭子に教わるって……」

「待てコラ。……まさか、友達って、女か?」

「そうだよ」

「んがっ……!」

 

 あれ……何その顔……なんかすごく怖いんだけど……と思ったら……なんか、泣いてる? 

 

「このクソリア充がァアアアアッッ‼︎」

「兄上ぇっ⁉︎」

 

 泣きながら逃走された。下から「あんた何騒いでんの? 殺すわよ?」という母親の静かな殺気が聞こえる。近所迷惑だもんね。

 そもそもリア充って何? ま、邪魔者がいなくなったなら良いよね。黙って勉強しよう。

 そう思って、手を動かし始めた時だ。

 

「コウが……コウが、兄を差し置いてデートの約束を……!」

「はぁ?」

 

 ……え、で、デート? デートって言うと……男と女が一緒に出掛けるアレ? 

 ……え、で、デート? 出掛けた二人は恋人で……よくわかんないけど観覧車でキスする奴。

 ……え、で、デート? ……お、俺と……蘭子が? 

 

「……」

 

 その日はなんだか悶々してしまって、勉強に集中など出来なかった。

 

 

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