「なぁ、コウ。その女の子ってどんな子?」
「かわいいの?」
「スタイルは?」
「俺、クーデレが好みなんだけどそんな感じ?」
と、言った具合に、あれから兄上がすごく鬱陶しい。なんなのこいつって感じで。なんかちょっと失望した。兄上は女の子に一切、興味がなく、ただ剣の道を突き進むカッコ良い人だと思ってた。
土日の間、隙あらばしつこく聞いてきたため、もう本当に鬱陶しくて。
しかし、俺に「蘭子ってどんな子?」と聞かれても……最近は言って良い事と良くない事みたいなのを自分の中で定めているし、下手な事は言えない。
朝、登校中に偶々、会った時「煩わしい太陽ね……」という挨拶をいただく、と言ったとして、仮に蘭子が「恥ずかしいから嫌」と思ったら申し訳ない。
「と、いうわけで、蘭子。兄上に蘭子の説明をしたいんだけど、どう言えば良いかな?」
「己の美点を自らの口で説明する方が恥ずかしい!」
アレ、そ、そうなのか……? でも黙って恥かかせるより良くない?
「あ、そうだ。ついでに聞こうと思ってたんだけど、今度行く俺と蘭子の外出ってデートなの?」
「そこは隠してよー!」
あ、そ、そこは隠す所なのか……。……ていうか、兄上があんまりに鬱陶しくて忘れてたけど、俺も最初に兄上から聞いた時は恥に近い感情が芽生えたし、当たり前と言えば当たり前か。
が、すぐに蘭子はほんのり赤くなった顔のまま咳払いをして、改めて答えた。
「……別に、デートというわけではない。普通に、我が同胞として共に下界の街で過ぎ去りし刻を堪能出来れば、それで良い」
「だよねー。中学生に恋愛なんてまだ早いよね」
「いやむしろ興味を持ち始める時期だと思うが……とにかく、勉強をだな……」
「あ、待って。その前に蘭子の事、どう説明したら良い?」
「そんなの好きにして……」
「良いの?」
「許可する。とにかく、勉強せよ」
なんだ、良いんだ。確か、まず聞かれてたのは可愛さだったよな……。うーん……。
「……つまり、2xっていうのは厳密には2×xを示していて、xがついてる数字同士でなければ、融合も分離も出来ない」
真剣な顔で教えてくれる蘭子の顔を、俺はのんびりと眺めた。……まぁ、ブスではないよね。むしろ、その……何? 過去に出会った女の子の中じゃ、一番可愛……あ、いや違うって。だから俺は女に興味は無いの。剣道一筋なんだから。
……でも、こんなクールで可愛……美……き、綺麗な顔してるのに……割と喜怒哀楽が表に出る子なんだよなぁ……。これは、やはり兄上が言う所の「かわいい」という事なんだろうか。
そんな事を考えてると、俺の視線に気付いた蘭子が顔を上げた。
「つまり、ここは=の反対側に4xを転移して……む? ど、どうかしたか?」
「いや、可愛いなって」
「はえっ⁉︎」
「ん? ……あえっ⁉︎」
俺、今なんつった⁉︎
「きっ、ききき貴様っ……! いいいいきなり何を⁉︎」
「ちっ、違っ……! 違くて! 兄上的には、蘭子は可愛いのかなって……!」
「それはもういいから!」
「や、で、でも……別に可愛くないってわけじゃなくて……! え、あ、いや兄上がッ……てわけでもないけど……や、えーっと……だから……!」
あー! な、なんだこれ。どうすりゃ良いの⁉︎ 何を言えば良いのか……いや、何を言ってもチャラチャラしたナンパ野郎みたいになる気がする……!
クソッ、だから、えーっと……! そ、そうだ。とにかくナンパ野郎と思われなきゃ良いんだ! そこを弁解すれば……!
「え、えっと……アレだ! さっきのは本音だけどナンパのつもりとか邪な考えがあってのセリフじゃないから!」
「……ほ、本音って……」
「あ、いや、だから……!」
「……」
「……」
……俺も蘭子も頬を赤らめたまま黙り込んでしまう。ああ、終わった……。完全にドン引きされた……。
小学生の時だって、同じクラスの奴がクラスの女子に「可愛い」って言っただけで、周りから「好きなんだろ」「コクれよ」「ごめんなさい」の三連コンボでいじられ回してたし、可愛いと言われた女の子は普通に引いてた。
それは中学でも同じ……と、思ったら、蘭子はすぐに自身の目の上に手を当て、片方の手を俺に伸ばした。まだほんのり赤さが残った顔で、照れを振り払うように言った。
「フッフッフッ……貴様の審美眼は確かなようだ。我は、美神ビーナスより認められし美姫の一人……故に、貴様を魅了し、楽園に導いたとしても、決しておかしな話ではない」
「……自分で言う?」
「き、桐原くんから認めたんでしょ⁉︎」
「や、でも自分では言わなくない?」
「〜〜〜っ! もういい、貴様との外出は無しだ!」
「あ、ごめん嘘です! 謝るから勘弁してください!」
何とか許してもらった。
×××
今日は部活が休み。うちの中学では、週に1〜2日は必ず休みの日を作らなければならない。従って、俺も今日は目の前で餌を待たされている犬のような状況にならず帰れるというわけだ。
まぁ、そんな話はさておき、だ。早速、帰宅するわけだが……俺は別のクラスの教室前で待機していた。
……何故なら、蘭子を待っているからだ。
「……ゴクリ」
そう、これは俺の初の試みである。つまり、友達と一緒に下校する、というアレだ。
せっかくの休みの日、誰かと帰れる機会に帰らないのは勿体ない。他人に見られるかも、と思うかもしれないが。こうして待っている分には不自然ではないし、外に出てしまえば傘で隠れてしまうため、男女で一緒に帰っている事はバレても顔まではバレないはずだ。
俺にしては考えたでしょ? 考えたんだよ、これでも。とにかく、そこで待機していると、教室の扉が開かれた。
よし、来たな……!
「……」
蘭子、出てこないな……。いや、待ってればそのうち来るか。それに、その方が都合が良い。あんまり早く出て来られると、校内での目撃率が上がるからね。
そんな時だ。ようやっと見覚えのある少女が出て来た。
「……む、我が同志?」
「あー……実は今日、部活休みなんだけど……一緒に帰れたりする?」
「良いだろう」
よっしゃ、やったぜ。
「傘ある?」
「勿論」
それだけ話して昇降口に向かった。
上履きを脱いで靴を履き替えると、外に出る。蘭子が手に持っている傘は、黒くてひらひらしたものがついてる魔女が持っていそうな傘だ。
「……ふっ」
……すごい褒めて欲しそうにしている……。うん、確かにカッコ良い傘だ。非の打ち所なんかない。
だがしかし、俺だって負けてないからな? まず俺が傘を用意したのは、学生服の袖からだ。手を突き出しつつ、袖口から短い傘を召喚し、キャッチする。
それと共に取っ手となり得る部位を引き、柄を引き伸ばしつつ、手の周りで回転させて逆手持ちにした。
「フッ……」
「カッコイイ!」
「勝った……!」
「そ、それとこれとは話が別だよ! 我が魔傘の方がカッコイイ!」
「カッコ良さとは機能性と仕草だ!」
「見た目も大事!」
お互いにヒートアップしてきた時だ。ふと周りを見ると、こっちを見て何やらヒソヒソ話している。それにより、俺と蘭子は一時的に黙り込み、俯きながら視線だけで「帰ろう」とコンタクトを取り、帰宅した。
二人で並んで傘を差して、のんびり歩く。
「そういや、蘭子は家どの辺なの?」
「機械仕掛けの蛇の背に乗った先にある」
「じゃ、駅まで送るよ」
「む……し、しかし、怪我人にそこまで強いるのは……!」
「せっかくだし、長く一緒にいたいっしょ」
「ーっ……!」
……あれ、なんか顔が赤くなってる。もしかして、俺またなんか変なこと言った?
「……蘭子?」
「これだから精神が成長しない者は……!」
「してるよ! 俺はこう見えてプレッシャーに負けない程度にはメンタル強ぇんだから」
「……はぁ、本当に何も察する事の出来ないトンチンカンめ……」
なんでそんな事言うの⁉︎
「……しかし、その気持ちは我の胸を満たすのに十分である」
「ーっ……」
傘を握った蘭子がそんな風に笑うと、それはもう……い、いやいやいや! 可愛いなんて思ってない可愛いなんて思ってない可愛いなんて思っていない……!
「……あ、あの……一つ良い?」
「む? なんだ?」
「蘭子って……男にモテないの?」
「き、急に何⁉︎」
……あ、何聞いてんだ俺は。や、でもなんとなく気になったから……。だって、こんなに良い子で可愛……お、男から見たら可愛い子が、なんで俺なんかと一緒に帰ってるんだろうか……。
「……いや、何でもない」
「ふんっ、我に魅了されし者は決して少なくない……が、それは決して我が恋心を操りし結果ではない」
「ふーん……よく分かんないけど、でも男の中には蘭子のこと好きな人とかいそうだよね」
「……正直、そういう者がいても我は闇に惑わされ、堕ちた天使と同様、深淵に身を預ける事になる」
て事は、蘭子も何か夢中になってることがあるのか。俺も、今は剣道が楽しいし、あり得ない話だけど万が一の可能性として、誰か女の子に告白されても困るだけだ。
そういう意味だと、蘭子くらいの距離感がちょうど良いかもしんない。それと同時に、蘭子は絶対に手放しちゃいけないな。
「蘭子」
「……はずかしいこと言うの禁止だから」
「どういう意味だよ⁉︎」
「大体、桐原くんが我が真名を改まったように呼ぶ時は、突拍子もなく恥ずかしい事を言う。過去の戦歴から学んでいる」
「別にそんなつもりないから! ……ただ、これからも一生、友達でいて欲しいって思って……」
「ほら言うー!」
「恥ずかしいのかこれ⁉︎」
え、なんでよ。別にこういう事言うの別に良いでしょ……。あ……もしかして、内容じゃなくてこういうことか……?
「……俺と会話するって事が恥ずかしいって事?」
「い、いや……そういうわけではなくて……」
……何それ死にたい。友達だと思ってたのは俺だけか。まぁ、よくある事だけど。今の部活を弾かれたのも、いつのまにか周りからいなくなってて自分から距離とったパターンだし。
思わずため息をついてると、隣でらしくなくもじもじした蘭子が、ポツリと呟くように言った。
「……そ、その……嬉しくて、恥ずかしいの……」
「……え?」
「だから! あんまりストレートに褒められると、それはそれで嬉しいけど恥ずかしいの!」
「そうなん?」
あんまわからない。剣道とかどんな内容でどんな風に褒められても嬉しいけどね。
しかし、蘭子はそんな俺の返事が気に食わなかったのか、一瞬だけ冷たい目になると、すぐに表情を変えた。何処か、色っぽさを感じさせるような、そんな表情だ。
頬を紅潮させ、俺の顔を傘の下から覗き込むような上目遣い、普段の自信満々な表情とは真逆に、不安そうな顔で真っ直ぐを俺を見据えていた。
「……あ、あの……桐原くんってさ……」
「うえ? ……お、おう……」
「……剣道やってる姿、ホントにカッコイイ、よね……?」
「っ……!」
え、ちょっ……な、何急に……。なんか、嬉しいには嬉しいんだけど……蘭子を直視出来ないんだが……か、顔から火どころか業火が噴き出しそうな……。
……ていうか、蘭子ってこんなに可愛かったっけ……? 下から覗き込まれてるからか……? 普段より、こう……俺の庇護欲みたいなのが湧き出て来る、というか……。
「……どうだ?」
「……え?」
ど、どうって何……というか、さっきまでの甘ったるい声とは真逆にいつもの声が……ていうか、いつのまにか表情もいつもと同じものに……。
「……嬉しかったけど、恥ずかしかっただろう?」
「……」
……まさか、こいつ復讐するためにわざわざそんな手の込んだことをしたんじゃないだろうな……。
まんまと嵌められた事に、思わず俺は今度こそ完全に羞恥心が頭の中を独占した。
「い、今のはノーカンだから!」
「フッフッフッ……剣士のヒステリー程、見苦しいものは無い」
「べ、別にお前なんか全然、可愛くねーし!」
「むしろ、我には貴様が可愛く見えて来たが」
グッ……こ、この野郎……! 少しからかうのに成功したからっていい気になりやがって……!
悔しさで何を言い返してやろうか頭の中で必死に考えていると、そんな俺の手を取った蘭子が、ぐいっと引っ張って来た。
「そう怒るな、我が剣よ。先で使用したのは魅了魔術ではあったが、カッコイイというのは我が本心だ」
「……え」
「それよりも、ゼウスの涙が降りし時に、永き時間を天空の下で過ごすのは、邪気なる風に侵される。早足で帰還するとしよう」
「あ、う、うん……」
ぼんやりした返事をしながら、手を引かれるがまま蘭子の後を続いた。不覚にも、さっきの演技より、手を引いて前を歩いた時の笑みの方が、よほど魅力的に思えた。