初めましての方は初めまして。そうでない方はごめんなさい。
現在筆者が執筆しているオリジナル異聞帯作品。
あれを書き終えたらどうしようか、と考えておりました。
そんな折、友人が「オリオンかっけーよな」と呟いたのを
きっかけに、こんなろくでもない話を考え付きました。
一応、現在執筆中の別作品を書き終えたらこちらを書き進める予定ですので、続きは未定となっております。
それでもよろしければ、どうぞ!
狂い果てた狭き海の片隅に浮かぶ、何人も立ち入らぬ島。
鬱蒼と生い茂る一面緑の樹海の中、絶世の言葉もかくやな極上の美女がいた。
「~~♪」
鼻歌交じりにそのあたりの雑草やら何やらを小箱に詰め込む美女。
輝ける白磁の髪をあそばせ、無邪気な幼子のように振る舞う姿は、あまりにも麗しく。
さりとてしなやかさと豊満な女性らしさを併せ持つ肉体は、犯し難い神聖さを感じさせる。
およそ深い森の中に訪れる佇まいではあるまい。その点で言えば不自然な存在だ。
しかも彼女が携えているのは、身の丈ほどもある巨大な白銀の弓である。
ちぐはぐな印象を抱かせる彼女は今まさに、彼女の尺度における最高度の幸福の中にいた。
「うん、これを箱に入れて……混ぜて……完成! ダーリン、お弁当作ったよ~!」
朗らかな笑みと共に小箱を差し出す美女。その視線の先にいるのは、人ではない。
全長およそ30センチにも満たない程度の、ふさふさもふもふしたクマのぬいぐるみだった。
「待ってほしい。工程の一から十まで弁当と呼べる部分は無かったのだが」
この場に他の何者かが居たなら、腰を抜かしたかもしれない。
何故なら、美女が小箱を差し出した先にあるクマのぬいぐるみが、喋ったのだから。
おまけに無駄に渋みのある美声。一部の層からは人気の出そうなファンシーさだ。
「焼いた肉に香草でも何でもない雑草をまぶしただけのソレを、我が身は断じて〝弁当〟とは
呼ばない。いや、我が身でなくともソレを弁当と言える気骨ある者なぞおるまいよ」
「えー? そんなこと言わずに食べてよー、ね?」
「言い換えても〝野食〟がせいぜいだろうに……どこからその自信が出てくるのだ」
右手には赤子が触れても痛まないよう硬くない素材でできた棍棒(のようなもの)を持ち、
右肩からは原始人が毛皮を纏うような形で、織り込まれた布をさげたダボつき具合。
見れば見るほどマヌケさが引き立つデザインのぬいぐるみは、呆れたように眉根を寄せる。
「んもぅ。ダーリンったら贅沢なんだから……あら?」
「何かが接近してくるな。サーヴァント、のようだが」
「敵かな? 味方かな?」
美女が二人(?)だけの空間を楽しんでいると、何者かがやってくる気配を感じ取った。
一心同体の身としてあるぬいぐるみの男(と思われる)もまた、同様の方向を見据える。
やってくる者が敵か否か。どちらかを知ろうとする美女だが、ぬいぐるみが顔を動かす。
「―――――ふむ。匂いからして、むくつけき男どもが多数」
「じゃあ、あの海賊ってやつかしら?」
「……いや。歳若い少年と少女。生気に満ちた女性の香りも漂ってくる。
海賊とやらにも女がいるかもしれんが、コレは違うとおももももももももも!」
真剣な表情(ぬいぐるみなのでよく分からないが)を浮かべ、どうやら微かな匂いを嗅いで
接近してくる者を判別しているらしい小さなクマ。そんな彼の大きめの顔が突如歪んだ。
いや、頬をぷっくりと膨らませた美女が、両手でふわふわクマの頭部を押し潰したからだ。
「ダーリン? 私以外の女の子の匂いを嗅ぐなんて……」
「たたた漂ってきたのだ! それに分かるのだから仕方あるまい! 邪な感情も他意もない!
だから無力なこの身を手で潰すのはやめてくれ! 木の幹で擦るのもダメだ!」
「ぶー。ん、でも丁度いいかも。この島にもいい加減飽きてきたし」
ひとまず感情の赴くままに制裁することを止めた美女は、ぬいぐるみを手で抱える。
「そもそも、どうして私たちが召喚されたのかすら分からないし~!」
「そうだな。敵であれそうでなかれ、手掛かりの一つでも欲しいところだ」
自分たちがこの場に喚び出された理由。生身の人間ではない特殊な存在である彼女らは、
宛てもなく彷徨うばかりであった。目的が定まっていないからこそ、自由でいられる。
美女は手に抱えたぬいぐるみを豊満な谷間へ押し込みながら、蕩けた笑みで呟く。
「……でもやっぱり、私はこのままでもいいかな~、なんて」
ずっとずっと、誰の邪魔もない二人きりの世界でいられるから。とまでは言い切らない。
しかし、意外にも彼女の言葉に対し、抱かれたぬいぐるみの彼は反抗的に返す。
「我が身はそうは思わん。喚ばれたからには役目がある。それに、この島も前にいた島も、
退屈極まりなかったではないか。野獣魔獣の類はあれど、人っ子一人いやしない」
「………かわいい女の子もいないし?」
「いや。可愛い可愛くないではなく、人との出会いすらないというのは寂しいものだと」
ぬいぐるみは語る。何者かの意志であれどうでなかれ、喚ばれたという事実がある。
それに対し、誰とも出会っていない現状が不自然であると。つまり彼はそう言いたいのだ。
けれども。
一途に恋する
「 ダ ー リ ン ? 」
―――恋とは、するものであって、されるものではない。
ましてや物理的にも精神的にも凄まじい重量を有するとあっては、たまったものではない。
「………よく分からんが落ち着け。冷静になれ。素数を数えると落ち着くそうだぞ」
女性らしさの象徴ともいえる谷間から掴みだされ、現在地は美女の右手の中。
長年の付き合いで、ぬいぐるみの彼も自分が彼女の機嫌を損ねたことは知覚した。
故に、頭を冷やすよう助言を飛ばす。しかし、哀しいかな。
恋に一途な女というのは、盲目なだけでなく、難聴も患うものだ。
「ダーリンには私がいるのにぃー‼ もう! もう!」
「あばばばばばばばばばばばばば」
ぶおんぶおん、と風を唸らせる速度でぬいぐるみを持った手を振り回す美女。
ろくすっぽ抵抗もままならない彼はもろに風圧を受け、弁明しようにも言葉が出せない。
癇癪を起こした子どもの姿そのままである。
そして、そんな事をすればどうなるか。結末は大抵同じものとなるのだ。
ぶんぶんぶんぶんぶん――――――すぽっ!
「あれ?」
「おおおおおおおぉぉおあああぁぁぁぁぁぁ……………」
あわれクマのぬいぐるみは空気抵抗に逆らえず、風圧に誘われるがままに彼方へ。
自分の手中から感触が消えたことに気付いた美女は、手を見つめ、悲鳴を上げた。
「キャー! ダーリンごめーん!」
小さくなっていく最愛の男を追いかけ、美女は森の外縁部へ走り出した。
第三特異点を修復しに来た、人理継続保証機関・カルデア一行。
彼らは現地でサーヴァントではない当時を生きる【フランシス・ドレイク】と合流し、
彼女の船に乗せてもらいながら、この時代にある特異点の元凶たる聖杯を探していた。
そんな折、彼らは「史上最悪の海賊」と恐れられた〝黒髭〟こと、
【エドワード・ティーチ】と遭遇。彼と敵対し、ドレイクの船は大打撃を被る。
ティーチの目的は、カルデア一行の仲間に加わっている【女神エウリュアレ】の身柄。
それをいろんな意味で阻止するために戦ったのだが、その結果として船は航行不能。
エウリュアレを救うべく【
着けることができたが、船の修復に使用する素材を集めるべく島を探索していた。
こうしてカルデア一行は、名も知らない島で鬱蒼と生い茂る樹海を進行していたのだが。
どこからか人の悲鳴を聞きつけ、その場へ駆けつける。しかしそこには誰もいなかった。
「ん? さっき言ってた微弱な魔力反応だけど、君たちの周囲にあるみたいだ。
どうかな? それらしいものは見つからないかい?」
「ええ、特には……「オゴォ⁉」………い、いまのは?」
魔獣との戦闘を終えたマシュ・キリエライトが不意に、何かを踏みつけたらしい。
彼女の足元から小さく悲鳴のような声が響いたのを、マスターである少年、藤丸立香が
聞いていた。慌てて足元を見つめるマシュは、ズタボロになったぬいぐるみを拾い上げる。
「なんだいこりゃ、ぬいぐるみかい? ふぅん、なかなか精悍な面構えじゃないか」
『あ、それだ。その物体から微弱だけど魔力が検出されている』
「これは、使い魔、でしょうか? ぬいぐるみにしか見えませんが」
特異点へレイシフトしているマシュを、カルデアから音声通信でサポートしている
ロマニ・アーキマンが、マシュの掴んだ物体こそ、魔力の発生源であると断定する。
ドレイクもマシュも、そして立香も。誰もこのぬいぐるみが使い魔とは思えなかった。
「あーーーーーーー‼」
突如、森の奥から甲高い叫び声が木霊した。
ガサガサと枝葉を掻き分けながら直進してくる何者かを、戦闘態勢で出迎える。
「サーヴァント⁉」
「待つんだ我が女神。この者たちは敵ではな―――びぶっ⁉」
ぬいぐるみを持ったまま盾を構えたマシュに飛びかかった何者かは、彼女の手中から
素早くクマのぬいぐるみを掴み取り、ふさふさの頭部を潰したり引っ張ったりし始めた。
「浮気だ! 浮気したんでしょダーリン! コレ浮気っていうんでしょ知ってるもん!
私というものがありながら他の女の子に目移りするなんて! ヒドいんだー!」
「ま、待ちぇ、ほの状況でなじぇ我が身がまっしゃきに制裁されねばならにゅのだ⁉」
「胸とか足とか見てたんでしょエロスケベ! 私がいくらでも見せてあげるのにー!」
「誤解だ! それはいくらなんでも酷過ぎる!」
ぎゃんぎゃんと叫びながらぬいぐるみに暴行を加える謎の美女。不審人物極まりない。
少なくともこの理解不能空間がどうにか収まるのを待つ以外に、選択肢はなかった。
美女と喋るクマのぬいぐるみがくんずほぐれつして数分。
やっと冷静さを取り戻したらしい美女と彼女に抱えられたぬいぐるみに、カルデアは
これまでの経緯と自分たちがどういう状況にあるかを簡潔に説明した。
「……なるほど。おおまかな事情は理解した」
渋みのある美声を発するファンシーなクマのぬいぐるみ。受け入れるのに時間はかかった。
そんな彼(?)は、もふもふした短い腕を組み、カルデアの説明を反芻しているようだ。
「ふーん。じゃあこの世界は永遠なの? えたーなる?」
「……仮にこの時代がそうであっても、外枠がなくなれば消滅すると思われます」
『現代まで続く人類史に穴が開く。それは歴史の安定を乱す。それが我々の敗北だ』
「……ちぇー」
ぬいぐるみが情報を整理している間、美女の方がぽやぽやした口調で尋ねてきた。
マシュと通信越しだがロマニも説明に加わり、彼女の質問に答える。
返ってきた答えに、あからさまな様子で唇を尖らせた。
「我が女神。まさかとは思うが、この世界で永遠に暮らす気だったのか?」
「やだ、私の思ってることを言い当てられた……ザ・相思相愛……素敵……」
「はぁ…。女神よ。我が身は永遠なぞ望まぬ。変わらん世を生き続けるくらいなら、
冥界にてあらゆる苦行を強いられる方がいくらかマシというものだ」
豊かな双丘を呆れた様子で見上げつつそう語ったぬいぐるみ。どうやらこの二人のうち、
まともに話が通じるのはぬいぐるみの彼の方らしい。少年立香は天を仰ぎたくなった。
「つまり、だ。ここは形を変えた聖杯戦争で、君たちに協力しなければ人類史が滅ぶ。
それを回避するためには、聖杯を有する敵勢力と戦わねばならない。そうだな?」
「はい、その認識で構いません」
「ん~む。ダーリンどうする?」
「どうするもこうするも、彼らの味方をせねば、人類史が滅ぶのだ。やるしかあるまい」
方針も定まり、彼らもカルデアに力を貸してくれることを表明してくれた。
ただまぁ、出会いから会話に至るまで不安しか残らないのが不穏だが。
彼女らのペースに合わせていたら話もまともに進まないと、短い時間の中で学習した
ドレイクは、ぬいぐるみ曰く「女神」であるらしい絶世の美女へ名を尋ねる。
「ところで女神様。アンタ、名前は?」
「え? アルテミスだけど?」
今日の天気を答えるかのような気軽さで飛び出したのは、超ド級のビッグネーム。
古今東西あらゆる時代の英雄豪傑に精通していない立香ですら、聞き及んだことがあるほど
世界的な名前。目の前にいる残念な幼稚美女がまさか、ギリシャ神話の女神だとは。
「はぁ⁉」
「フォウ⁉」
『なんだってぇ⁉』
驚愕。驚愕。また驚愕。同行していた同じく女神のエウリュアレなど、絶句している。
船旅の最中、ほんのついでで海神ポセイドンを斃したドレイクは、頭を掻いてぼやく。
「とんでもない大物じゃないか……騙りでもなさそうだし、どうしたもんかね」
神秘の薄れた時代の航海者とはいえ、世に広く知れ渡る神話の主格程度は知っている。
そして、だからこそ。アルテミスを名乗る彼女が心底惚れ込むぬいぐるみが気にかかる。
おそるおそる、マシュは抱き寄せられているクマのぬいぐるみの事を尋ねた。
「で、では、そちらのぬいぐるみさんは…?」
「私の恋人。オリオンよ。召喚されるって聞いて不安になったから、代わってあげたの!」
「……不肖、オリオンだ。召喚されたらぬいぐるみとも生物ともつかぬ何かに成り果てた。
どうか笑い者にしておくれ、遥かな未来の子どもたち。今の私はそれしか役立たん……」
ニコニコと微笑むアルテミスとは対照的に、オリオンと呼ばれたクマはしょげていた。
『お、オリオンだって⁉ こんなクマのぬいぐるみが⁉ あのオリオン⁉』
「こんな……ふ、ふふ。そうとも、こんな姿なのだ。大いに落胆してくれ…」
「ドクター! オリオンさんが明らかに悲しんでいます!」
『ご、ごめん。でも驚いたよ。まさか、名高きかの
項垂れてしまったオリオン(ぬいぐるみ)を見て、切なさを覚えたマシュが謝罪を求める。
ロマニも素直に謝り、それはそれとして密かな憧れを抱いていたことを吐露した。
これについては立香も同意見であった。彼ですら知っているほどの超有名人なのだから。
『オリオン。ギリシャ
そして当時のギリシャの価値観からは考えられないほど、理知的で道徳的、倫理と高潔さを
備えた男性の究極系。文武両道にして清廉潔白。非の打ちどころのない完全無欠の男』
「残された詩には、『男たるもの、オリオンかくあるべし』という格言も残されていたと」
『そうさ。多くの女性を魅了してなお好色に染まらなかった、真に高潔なる人として、
現代でも舞台化や小説化が止まらない逸話の持主。それこそがオリオン……なんだけど』
「………そのへんにしてくれ。如何に我が身とて、泣きたくなる」
ロマニとマシュが熱に浮かされたように、オリオンについて語り聞かせる。
ドレイクも力強く頷きながら、「旦那にするならオリオンみたいなイイ男だよな」などと
呟く始末。理性に乏しいアステリオスすら、ヒーローを前にした子のように目を輝かせた。
だが当の本人にとっては、自身の輝かしい遍歴も現状との落差を覚える一因でしかなく。
静かに肩(ぬいぐるみなので腕の付け根)を震わせながら、しきりに目元を手で拭っていた。
そう。これは、正史に刻まれた物語ではない。
オリオンという男が、どのように生き、どのように死に、どのように語り継がれたのか。
彼の生き様が世界に、歴史に、後世に、どれほどの影響を及ぼしたかを知る物語である。
男に生まれた誰もが憧れ、規範とし、そうあらんと夢見た到達点。
一説によれば、「紳士」という言葉の原型とも言われるほどの清廉ぶり。
その剛力は桁外れ。
その精神は並外れ。
これは、オリオンという男が伝説に刻まれるまでを描く、『喜劇』である。
要はギリシャ神話のオリオンがスゲー紳士的だったら。
そんな感じのお話を書く予定です。なお続きは未定。
もし書くとしたら、オリオンの生い立ちからスタートですかね。
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