もしも、オリオンがクソ真面目な堅物だったら   作:萃夢想天

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どうも皆様、萃夢想天です。

まさか投稿から一日経たずにこれほどの反響があるとは思いもよらず、友人ともども目を疑いました。
仕事も休みになったので、ご期待に応えて触りの部分だけでも
お見せしようかと思い書きました。


それでは、どうぞ!





ギリシャの伝説 ~神々とトライスター~
放尿する者、大地に立つ


 

 

 

 

 

オリオンという男を語るためにはまず、彼の出生から物語を始めなければなるまい。

 

 

ギリシャにおける最高位の存在として在った、オリュンポス十二神。

その一柱にして〝大地を揺らす神〟でありながら、海と嵐の権能を有する男神。

 

其こそが、海神ポセイドン。誰あろう主神ゼウスの兄にして、オリオンの父である。

 

およそ「神」と呼ばれる超常存在。大いなる権能を持ち得る彼らを、人々は崇拝した。

……と言えば聞こえはいい。実際は厄介事やら揉め事の火種に触れたくないだけだが。

 

さて。そんな海神、やはり兄弟というべきか。後世において『ギリシャ神話一クソ』と

唾棄されるほどの好色ぶりを誇るゼウスによく似て、彼もまた下半身に忠実な男だった。

 

一目見て気に入った女がいれば、無理矢理に犯す。これくらいはギリシャじゃ当たり前。

酷い時は人間以外の美しい牝の動物にさえも欲情し、同じ種の動物に化けて交尾に耽る

というクソっぷり。お前らの脳味噌は頭に入ってないだろ、などと言われても仕方ない。

 

女性からしたらとんでもない話だが、当時のギリシャの風潮からすれば日常茶飯事。

許されることではない。それでも、「強けりゃ何してもオッケー」を地で往くような

ジャイアン的発想がまかりとおる御時世である。まして神の大半はこんな感じなのだ。

 

話が長くなったが、要は下半身にだらしない神の存在こそが、オリオンの誕生に深く

関わっているのだと理解してくれたらそれでいい。

 

 

古代ギリシャ。大陸を中心とし、数多の島々が海に浮かぶ、神の加護厚き世界。

 

その一角にて。主神ゼウスと寵愛されし妃エウロペとの間に生まれた子の一人、ミノス。

彼は半神の身として頭角を現し、クレタ島を治める王と成った。そんな彼にもまた多くの

子がおり、そのうちの一人には愛らしく麗しい乙女エウリュアレという者がいた。

 

(このエウリュアレと、同じくギリシャ神話の女神エウリュアレは無関係である)

 

神に連なる系譜。神の血を継ぐ者のほとんどは、見目麗しく比類なき美貌を発現する。

男ならば精悍さを、女ならば可憐さを。そしてエウリュアレもまた、例外ではない。

美の女神にも並び立つほどの出で立ちは多くの男を、そして神をも魅了してしまう。

 

とくれば当然、男としての欲望にどこまでも忠実な神がでしゃばるのも自明の理。

 

ある日、島の海岸を散策していたエウリュアレは、その美しさに目を奪われた海神により

女としての尊厳を汚されてしまう。身も蓋もない言い方をしてしまえば、強姦(レイプ)である。

この時にエウリュアレの胎に宿った子こそが、後にオリオンと呼ばれる命だった。

 

 

愛娘を凌辱されたミノス王は激怒し、自らの父であり十二神を束ねる主神ゼウスに嘆願した。

どうかポセイドンを冥府(タルタロス)へ堕とし罪を償わせたまえ、と。だがゼウスは罰を下さなかった。

何故か? そりゃ女性を辱めたという理由で兄を罰すれば、兄以上に女性を泣かせてきた己も

罰を受けなくてはならないからだ。姉の女神ヘスティアに白い目で見られつつ、嘆願を拒否。

 

これに納得のいかないミノス王ではあったが、相手は主神。逆らっていい相手じゃない。

忸怩たる思いを胸にゼウスの采配を是とし、悲嘆に暮れるエウリュアレを慰めた。

 

 

それから時は経ち、エウリュアレは忌々しくも海神の子を、この世に産み落とす。

 

 

海の権能を持つポセイドンの子であるからか、子を包んでいた羊水は海水のような性質に

なっており、産まれてきた赤子からは潮っぽい()えた生臭さが放たれていた。

出産に立ち会ったミノス王はこの臭いを赤子の尿と勘違いし、鼻を押さえ嫌悪を示す。

 

 

「なんという赤子だ! 母親の胎の中で尿を漏らしくさるとは!

 不潔にも程があるわい! こ奴は『放尿する者(オリオン)』とでもするがよかろう!」

 

 

嗚呼、あわれオリオン。親父が海神だったばっかりに、非業の名を背負ってしまう。

 

こうして、母からも祖父からも望まれぬままに、オリオンは産声を上げたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正史において、狩人オリオンの物語は然程精密に記録されてはいなかったりする。

 

彼には同郷にして無双の英雄【ヘラの栄光(ヘラクレス)】や【イリアスの流星(アキレウス)】と並び立つような、

華々しくも輝かしい武勇伝がほとんど存在しないから。そういう理由もなくはない。

 

だが、オリオンの幼年期。成人に至るまでの期間を記した物は、存在していないのだ。

これは正史においても同様で、彼の物語のスタートは成人してからとされている。

では何故、彼の逸話に幼き頃の様子が記されていないのか。

 

その答えを、この「異なる可能性」からなる物語にて明かすとしよう。

 

 

オリオン誕生から16年。彼は今、母と祖父が暮らすクレタ島を離れていた。

 

コリントス地峡の北側、その中心都市をテーバイとする実り豊かな「牛の国(ボイオティア)」こそが、

ギリシャ一の狩人を育んだ土地である。ギリシャにおいて牛は豊穣の象徴でもあるので、

その牛の名を関するボイオティアの自然は、彼を壮観で逞しい屈強な男へ昇華した。

 

齢16にして身長は大の大人の肩をも超え、全身をぎっちりとした筋肉で覆う野生児。

けれど野蛮さは微塵も見られず、凛々しさと瑞々しさを兼ねる好青年に成長している。

本来であればミノス王の娘の子。つまり、王族として丁重に育成されて然るべき彼が、

どうして顔見知りもいない他の地方で暮らしているのか。理由は察しがつくだろう。

 

彼は望まれぬ子。それ故、母であるエウリュアレが彼を愛さなかったからだ。

 

母親の名誉と尊厳の為とはいえ産まれたばかりの赤子を、それも名高き海神の血を継ぐ者を

殺したとあっては、どんな災いを齎されるか分からない。危機管理意識の高いミノス王は、

流石に殺すのはしのびないとエウリュアレを諭し、彼を遠い地へ送り出したのである。

 

乳母の手から家臣の手へ、そこから次々に渡っていき、彼はボイオティアへ行き着いた。

彼の出生の曰くを知らないボイオティアの人々は、珠のように愛らしい子を気に入り、

その名前こそおかしなものと笑いはしたが、邪険に扱うことなく受け入れていく。

 

しかし、流れ着いた地には身寄りもなければ知り合いもおらず。育てるのは良いとして、

この子が大きくなった時どうしたらいいのか。困った人々は長老に相談することにした。

村で最も長く生きる老人は、オリオンに流れる神の血を「才能」として見抜き、言った。

 

 

「このオリオン。長ずれば何者をも超える男となろう。狩りの仕方を教えてやれ」

 

 

英雄としての道もあっただろう。間違いなく天下無双の超人になる。断言出来た。

それでも、長老にとって英雄とは死出の道。長く生きられるはずの命を燃やす所業。

神の血を受け継いでなお戦いに明け暮れる。そんな事を続ければ、この子は怪物に成る。

 

経験と観察眼を以てオリオンの有り得た可能性を先読みした長老は、その未来を防ぐ。

破壊と暴力を撒き散らす英雄になど、なるべきではない。例え憧れたとしてもだ。

この子には、自然の中にある美しさと厳しさ、そして優しさを以て生きてもらいたい。

老い先短い年寄りのワガママであると自覚しながらも、そう願わずにはいられない。

 

これこそが、オリオンの運命を決定付けたのである。

 

 

そうしてオリオンは赤子から少年へ。村の大人たちから独りでも生きていけるようにと、

狩りの方法から食べ物の調理法、字の読み書きなども一通り教わり、知慧を深めていった。

 

やはり神の血か。少年の頃から村一番の精悍さと美貌を持つと持て囃されたオリオンだが、

彼は決してそれを鼻にかけることはなく、謙虚と礼節を弁えた文武両道の人と育った。

 

 

「オリオーン!」

 

「おかえりオリオン!」

 

「オリオン!」

 

 

村を歩けば少女も淑女も振り返り声をかける。現代風に言えば、相当にモテていた。

 

ギリシャの価値観からすれば、「力こそ全て」なこの時代。彼は大人をも凌駕する膂力に、

分厚い筋肉の鎧をまとう見た目から想像も出来ない俊敏さを誇る狩人に成長している。

それでいて力を誇示することなく、暴力を嫌い、脅迫を疎み、誰より誠実であった。

 

これがギリシャの女にモテない訳がないんだよなぁ。

 

 

「あら、おかえりなさいオリオン。今日も狩り?」

 

「ああ、ただいま。今日も狩りだ。引き締まった牡鹿を射たぞ」

 

 

幼き頃より育ったオリオンも、今では16歳。この時代における成人と呼ぶべき歳だ。

丸々と愛らしかった幼年期もそれはそれでモテたが、男らしさがメキメキと磨かれた

青年の姿は、それはもうモテにモテた。色っぽい視線を送ってくる婦人も急激に増えた。

 

だが当の本人はそうした視線を意に介さず、大人以上の体躯でありながら無邪気に笑う。

 

他の狩人ならば「どうだ! すごいだろ!」感を出しながら見せびらかすのに対し、

オリオンはというと「頑張ったぞ、褒めてくれ」みたいな年相応の子供らしさを窺わせる。

聞いてもいないのに自分の腕前をこれでもかと自慢する他の男と違い、興味のない狩りの

様子などわざわざ聞かせることをせず、結果だけを言葉少なに示すのがオリオンなのだ。

 

さらにここからが、オリオンのクソ真面目で堅物な本領発揮である。

 

 

「ん。そうだ、コレを君に」

 

「え、わ、私に?」

 

 

大きな牡鹿を軽々と片手で担ぐオリオンは、思い出したように懐からあるものを取り出す。

それは、村の付近では見かけない種類の、花だった。濃い赤色の花弁を咲かす一輪の花。

いきなり花を突き出されて困惑する女性。そんな彼女に、オリオンは真顔で語る。

 

 

「狩りの最中に見かけた花だ。森の奥で偶然に」

 

「そうなんだ……それを、どうして私に?」

 

「この花の燃えるように麗しい赤を見て、君の事が頭に浮かんだ」

 

 

狩りをしている間、一切の油断は許されない。それはオリオンとて同じこと。

それでも彼は、獲物と定めた相手との緊張奔る最中に、花を見て女性を思い起こしたという。

 

言い換えればその言葉は、「美しいといえば、貴女だと思った」と宣言したに等しい。

 

 

「そ、そう……そうでしょう。貴方も私の美しさを認めたのね、オリオン」

 

「認めるも何も、君は美しいとも。だからこの花を摘んできた」

 

 

瞬間、女の胸に矢の突き刺さる音が聞こえた。無論、幻聴だ。それでも聞こえた。

愛や恋を司る神エロースが見たら、「素晴らしい(ビューティフォー)」と吐息交じりに呟いただろう。

オリオンが手渡した花と同じような髪色の女性は、それ以上に顔を紅く染めて沈黙する。

 

心をゼロ距離からブチ抜かれた女性の心情を露ほども知らぬ我らがオリオン。

彼は無言になった彼女に花を渡すと、そのまま仕留めた牡鹿を調理すべく家へ帰った。

 

帰宅したオリオンは仕留めた獲物の処理を手早く済ませ、自分で食べる分を取り分けた後、

余った(鹿肉の中で美味しい)部分を近所の村人に分け与えた。足腰が弱って狩りにいけない

老人の家や、育ち盛りの子供がいる主婦の家へ出向き、極上の脂がのった肉を配る。

 

村人から感謝と尊敬を一心に受けて家に戻ったオリオンは、削ぎ落としや硬い部分の肉を

てきぱきと調理。花と一緒に摘んできた野草や果実も盛り合わせ、食事を取る。

彼は食事の前後に必ず、目を閉じ両手を合わせ黙する。これは彼なりの「命への感謝」で、

自分が仕留めた動物の命を頂く許しを自らに課す行為だった。

 

これが遥か極東の島国にも伝わる「いただきます・ごちそうさま」の原典とされている。

 

黙祷を捧げたオリオンが空腹を満たすべく食事をしようとした時、来客が訪れた。

 

 

「おや、オリオン。食事中だったか」

 

「これは長老。申し訳ない、すぐ済ませます」

 

「ああ、構わんよ。押し掛けたのはこちらだ。そのままでいい、話を聞いとくれ」

 

 

そこに現れたのは、村の長老。幼き頃から良き父であり祖父でもあった恩人である。

失礼に当たると食事を胃袋に掻き込もうとするオリオンを諫め、長老は話し始めた。

 

 

「オリオン。お前も立派な一人の男じゃ。歳も16になった。成人じゃな」

 

「……立派な男かどうか、自分ではなんとも」

 

「普段の行いを見て、誰がお前を立派でないと笑おうか。誇れオリオン。

 お前は強く、逞しく、それでいて気高き狩人となった。その祝いをさせてくれ」

 

「その、身に余る光栄だ。祝いなんて……」

 

「なに、成人した男の祝いなぞ、一つしかあるまい。妻を迎えるがいい、オリオンよ」

 

「ブッ―――つ、妻⁉」

 

 

話の流れを食べながらに聞いていたオリオンは、思いもよらぬ一言に喉を詰まらせる。

妻を迎える。それは、夫婦になるということ。自分が、女性と? 慌てて水を飲む。

 

村中の女性を虜にするほどの男とは思えない初心な態度に、長老も笑みがこぼれた。

 

 

「そうじゃ。わしの息子の娘、シーデーを娶るとよい。あれも良い歳だ」

 

「し、シーデー? 今さっき会ってきたばかりなんだが⁉」

 

「なに、心配は要らん。あれも口煩いが乙女の端くれ、お前に心底惚れておる。

 己の美しさを吹聴してまわる癖こそあるが、気立てのある女だ。お前に尽くすだろう」

 

「いや、ありがたい話だがな長老。妻を娶ることに賛同したわけでは……」

 

「シーデーにはわしから話しておこう。明後日には村総出で、孫夫婦の結婚祝いじゃ」

 

「待たんかいジジイ!」

 

 

シーデー。摘んできた花と同じ、柘榴のような真紅の髪を自慢とする村一番の美女。

彼女を妻に娶る光栄は、同じ村にいる男の誰もが求めてやまない。それが得られる。

嬉しい気持ちはある。誇らしさも感じる。だがそれはそれとして結婚は尚早では?

 

などと理論立てて返事を先延ばそうとするものの、長老はとっくにその気でいた。

思わず口調を荒げてまで引き留めようとするオリオンだったが、聞き入れられず。

 

あわれオリオン。長老も焼いた肉の熱すらも、彼を待ってはくれなかった。

 

 

これこそが、オリオンという男を彩る恋愛譚の幕開け。

 

後世に記された書物に曰く。

 

【シーデーの悲劇】と呼ばれることとなる、オリオンの伝説の始まりである。

 

 

 

 

 







いかがだったでしょうか?

オリオンのこと調べて書こうとしたら、マジで幼年期の記述がどこ探しても見当たらなくて焦ったのは内緒。


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