もしも、オリオンがクソ真面目な堅物だったら   作:萃夢想天

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どうも皆様、待望の水着イベントが開催致しました!
皆様の推しは水着実装されましたか? 僕はされました(魔神)

どうか皆様の許へ全ての水着鯖が召喚されますようにと
祈りを込めながら書かせていただきます。
それと、前回のダビデのセリフなどが一部リフレインしていた件につきましては、誤字報告の適用によるバグと判明しました。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。
修正は完了しました。多数のご報告、ありがとうございます。

それでは、どうぞ!





第三特異点オケアノス編・その5

 

 

 

 

カルデア一行が『契約の箱(アーク)』を所持するダビデらと合流した頃。

 

彼らの上陸した島から離れた沖合に、四つの人影を乗せた船が浮かんでいた。

船の名は『アルゴー』号。その船の長を務めるのは、金髪の軽薄そうな男だ。

 

 

「イアソン様。あの島です」

 

「そうか。探知ご苦労、メディア。エウリュアレは無事だろうね?」

 

「ええ、生きておりますわ。探知魔術にて確認済みです」

 

 

水色の髪を波風に躍らせるメディア・リリィの報告を聞き、アルゴー船長イアソンは元から大きかった気を更に増長させる。

 

彼らが求めている『契約の箱(アーク)』と、神霊たるエウリュアレ。

この二つが揃う時、完全なる世界に王として君臨する事が約束される。

少なくともイアソンは、そう信じて疑わなかった。

 

 

「狙われてんのが分かっていながら、生かしたまんまねぇ…? 

 まともな判断とは思えんが。ま、あっちの選択だし構やしないが」

 

 

トロイアの守護者にして現在はイアソンの護衛を務めるヘクトール。

顎髭の先を撫でながら、カルデア一行の策略を読み解こうと思考を回していたが、それを放り投げる。今回の自分はあくまで槍働き。一軍を率い束ねる立場に非ず。その辺りをしっかり弁えているが故のサボりだった。

 

 

「こっちの判断はこっちの船長にお任せしますよ」

 

「よし、いいぞ! 天運はやはり我らに在り、だ!」

 

 

煌びやかな前髪を掻き上げ、自信と慢心に満ち満ちた表情で指令を飛ばす。

 

 

「ヘラクレス、メディア、ヘクトール! 上陸し、箱と女神を奪え!」

 

 

船長の命令を受諾し、鉛色の巨人ヘラクレスは赫奕と瞳を燃やして唸る。

イアソンの傍に控え、守護とサポートをするはずのメディア・リリィとヘクトールを戦線へ投入すると命令した時点で、イアソンはカルデアからの攻勢を考慮に入れていなかった。

 

それは当然の判断であって、誤りではない。

カルデアに残された戦力ではどう足掻いてもヘラクレスには勝てない。

依存というレベルにまで大英雄を妄信する彼は、敗北を欠片も想定していなかった。

 

故に、ここからイアソンの計画は破綻する。

 

 

「おっと!?」

 

「…矢か? 馬鹿な連中だ。この程度の矢がヘラクレスに効くとでも――」

 

 

島へ近付いたアルゴー号の甲板に、数えるのも馬鹿らしいほどの矢が降り注いで来た。

ヘクトールは宝具である【不毀の極槍(ドゥリンダナ)】を剣状へと変形させて矢を叩き切り、メディア・リリィは自身とイアソンに矢が当たらぬよう防御術式を展開する。彼女の魔術の才だけは頼りにしているイアソンは、自分に決して矢が当たらないことを確信しながら、カルデア側のせめてもの抵抗と捉えて鼻で笑おうとする。

 

だが、その浅はかな考えはメディア・リリィの気付きによって打ち砕かれた。

 

 

「……違います! これは、イアソン様を狙っています!」

 

「――え?」

 

 

余裕綽々、といった顔がみるみる血の気を失っていく。

メディア・リリィの言葉を裏付けるかの如く、島から通常の矢に混じって魔力のこもった凄まじい攻撃――宝具が撃ち込まれてきたのだから。

 

 

「やっべ、宝具の集中攻撃だ。船長! どうします!?」

 

「Aランク相当の攻撃も混じっています! それに、嵐の様な矢の群れ…!」

 

「身に覚えがあり過ぎる…! アタランテ……栄えあるアルゴーに矢を向けるとは、獣に堕ちたかあの獅子女ァ!」

 

 

海に浮かぶ船の上。おまけに発射地点である島へ近付いている現状。

時間をかければかけるほど、弾幕の精度も密度も増していくばかり。

その内、矢どころか石まで飛んでくる始末。ヘクトールは内心で毒づいた。

 

 

(宝具のランクも脅威だが、それよりこの数の方に気付けっての…!)

 

 

遠距離攻撃出来る手合いはせいぜいがエウリュアレとアルテミスの神霊二騎だったはず。カルデアのマスターが戦闘時に召喚するサーヴァントを含めたとしても、計算が合わない。

ヘクトールはこのタイミングで攻勢に打って出た理由を即座に察する。

 

 

 (この特異点に召喚された英霊を引き込んだか。それも【弓兵(アーチャー)】ばかり、運の良い事で!)

 

 

濃密な遠距離攻撃に晒されるストレスで苛立つイアソンを傍らで支えながら、メディア・リリィが懸命に防御魔術を構築し直していく。

 

 

「どうか冷静に、マスター。貴方は私が護ります」

 

「あ、ああ。ありがとうメディア。済まない、私としたことが。

 けど……未熟な頃のおまえだけじゃ、どうしようもないんだよ…!」

 

 (この場面で保身に走るかね普通。あ~あ、子供の御守りは嫌だねぇ)

 

「ヘクトール! お前も残れ! 召使い(サーヴァント)らしく私を守るんだ!」

 

 

精一杯の虚勢を張りながら、イアソンは新たな指示を飛ばす。

本来であれば、沖合で停泊したアルゴー号に乗ったまま勝利の凱旋を眺めるだけだったはずの彼の計画が、音を立てて崩れていく。

 

だが、それはあくまで「理想的な」計画。

一部に修正を加える必要が出ただけで、根本が断たれたわけじゃない。

 

何故なら、彼らには万夫不当の大英雄がいるのだから。

 

 

「ヘラクレス! どうせ有象無象(アーチャー)の寄せ集めだ、お前が行って挽き潰せ!」

 

「■■■■■■■――――!!!」

 

「……はぁ」

 

 

船長からの抹殺命令を受け、ギリシャ最大最強の大英雄が起動する。

膨張する鋼鉄の如き筋肉が脈動し、空気すら震わせる威圧感を放つ。

 

最も頼りにする仲間を見て自信を取り戻すイアソン。

そんな彼に嘆息するメディア・リリィ。最愛の存在であるはずの彼の選択を、彼女は咎めもせず褒めそやすこともしない。ただただ、呆れて目を瞑るのみ。

 

同僚の少女に同情しつつ、歴戦の猛将は戦況を読む。

 

 

「ここまでは敵さんの思惑通りだとしても、ヘラクレスをどうする気だ?

 牛頭(アステリオス)ならいざ知らず、あの盾の娘っ子じゃ役者不足とくれば……」

 

 

彼らにとっての勝利条件は、此方側の全滅及び聖杯の奪取。

彼らにとっての敗北条件は、人類最後のマスターの死亡または再起不能。

 

単純明快だ。それを踏まえて、ヘクトールは考える。

 

 

「ヘラクレスを倒す方法なんざAランク宝具持ちを十二人集めるか、あるいは………いやいや、まっさかぁ。そこまでするはずがねぇや。死んだら終いの船旅だ、命張るには分が悪すぎるってもんだろうに。なぁ、未来の魔術師さんよ?」

 

 

小馬鹿にしたような物言いで、理性はその可能性を否定する。

けれど、冷徹な将たる己は「まぁやるだろうよ」と半ば受け入れていた。

 

そうだ。彼らには後が無い。退路などありはしない。

だったら、やるだろうな。命を賭けての全額勝負(ありったけ)を。

 

 

「はぁ……ホント、やだやだ。こーゆー相手が一番嫌いだよオジサンは」

 

 

今回も負け戦になるだろうな、と。

神々の介入する戦争で母国を五年近く守り切った護国の将は、大きく息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡り、カルデアが島に接近してくるアルゴー号を捕捉した直後。

 

 

「さて、仮契約も結べた事だ。遠慮なく宝具の大盤振る舞いをさせて貰おうか!」

 

 

島の上部に生い茂る樹々の中で、新緑色の髪を靡かせる麗しの女狩人はそう言って弓に矢を番えた。瞬間、彼女を中心に魔力の力場が発生し、余剰魔力が大気に触れて淡く輝く。

 

閉じた目を見開き、アタランテは宝具の真名を開帳した。

 

 

太陽神(アポロン)月女神(アルテミス)、二大神に捧ぐ―――『訴状の矢文(ポイポス・カタストロフェ)』‼」

 

 

オリュンポス十二神の名と共に空へ放たれた矢は、夜空を埋め尽くす星の河が如き光を伴い降り注ぐ。たった二本の矢が、嵐の様な矢の軍勢と化して標的であるアルゴー号に集中する様子を見下ろし、近くにいたアルテミスが呟く。

 

 

「あらやだ。捧げられちゃった♪」

 

「…………」

 

 

毅然と振る舞った直後のコレである。アタランテは膝から崩れ落ちないよう、懸命に耐えている。マシュがいつでも支えられるようスタンバイしているのは幻覚ではない。

 

 

「どしたのダーリン? それ首傾げてるの? かーわいい♪」

 

「いや……召喚されてから与えられた知識では、アポロンは太陽神の神格を剥奪されたとあったはずでは、と思ってな。我が身の思い違いか?」

 

「あー、それ? なんか冥界で色々あってまた太陽神の座に返り咲いたらしいわよ?」

 

「なんかって何だ」

 

「さぁ? 私が閉じこもってた時の話だから、よく分かんない」

 

「………そうか」

 

 

どうやらオリオンは生前との記憶の食い違いに頭を捻っていたようだ。藤丸少年は神話の時代に生きた存在のその後を当人から聞けるという興奮のあまり、内容は頭に入っていなかったが。

 

 

「変なダーリン。さて、それじゃあ私も行っちゃうよ~!」

 

「宝具は必要ないぞ我が女神。神性を帯びた攻撃だ、奴に充分通る」

 

「えー? それじゃつまんなーい!」

 

「退屈大いに結構。我らの役割はヘラクレス単騎を引き摺りだす事だ」

 

「はぁ~い」

 

 

最愛の人(ヌイグルミ)に窘められ、アルテミスは渋々といった顔で凄まじい威力の矢を次々と射出する。なんならアタランテの宝具と遜色ない発射数だ。腐っても女神、その実力は本物である。

 

 

「あんな屑男にやるのは勿体ないけれど、遠慮なく贈ってあげようじゃない!」

 

「モテモテで羨ましい限りだなぁイアソン君。それじゃ僕からもお裾分けっと!」

 

「―――『女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)』!」

 

「―――『五つの石(ハメシュ・アヴァニム)』!」

 

 

アタランテ、アルテミスに続いてエウリュアレとダビデもアーチャーの名に相応しい遠距離攻撃宝具を発動。狙いは違わずアルゴー号船長イアソンの元へ着弾する。それら全てがメディア・リリィの防御魔術によって防がれているものの、それ自体を悔やむ者はいない。何故ならこの宝具の集中砲火は本命ではなく、あくまで布石なのだから。

 

島の浜辺より少し離れたところで船が止まる。その直後、鉛色の巨躯が船から島へ飛び移るのが見えた。今更確認するまでもない。ギリシャ最強の英雄【ヘラクレス】だ。

 

 

「来たわよマスター。手筈通りにお願いね」

 

「……分かった!」

 

 

目標が想定通り単独で接近してくるのを見計らい、カルデア一行は計画に従い動き出す。

 

人類最後のマスター藤丸少年は、敵側の狙いであるエウリュアレを背負いながらヘラクレスから逃げる囮役を。マシュは迫るヘラクレスの妨害を。アタランテはそのアシストを。

 

残るアーチャー組はアルゴー号の接近を許さないよう、宝具での足止めを。

この時代の人間であるドレイク船長と海賊たちは、もしもの時に備えて『黄金の鹿(ゴールデン・ハインド)』号の出立準備を。それぞれがそれぞれにできる役目を全うしようとしていた。

 

……ただ一人、意思疎通のできない彼女を除いて。

 

 

「ぉぉ……ぁ、あぁ。お、オリオン、さま。ぁ、あ、我が、光…」

 

「………メロペー姫」

 

 

狙撃をアルテミスに任せてきたオリオンは、未だ森の茂みの中で掠れた呻き声を上げながら虚空を見つめて彷徨うメロペーを案じていた。否、案じるなと言うのが無理な話だ。

 

狂気に堕した王族の娘。ヘカテーに信奉した魔女の一人。白仮面の老婆。

彼女を表す言葉は幾つもあるが、不名誉な意味合いのものばかりである。

 

それに直接でないとはいえ、関わりを持つのが自分だとオリオンは分かっていた。

 

 

「………ここで逃げたら、()は二度と自身を英雄などと思えまい」

 

 

生前の話を蒸し返すつもりはないが、自分は一度、逃げ出している。

キオス島に暮らす人々から光を奪った原因と知り、絶望に心折れて恥ずかしげもなく逃げてしまった自分を、彼は許せずにいる。それどころか、贖罪すら果たさぬままアルテミスと恋に落ち、幸せを感じた日々を罰されねばと抱え込む程、オリオンは思いつめていた。

 

逃げることは簡単で、折れることも容易い。

だから、諦めてはいけない。立ち上がらなければならない。

 

終わったことだから、と綺麗に割り切ることなどできなくて。

不器用なほどクソ真面目な堅物な己だから、向き合うべきだと感じた。

 

 

「ぅ、ぁぁ……オリオンさま、どこ…。オリオン、さま」

 

「こ………っ! 此処にいるぞ、メロペー姫」

 

 

塩の結晶で顔の上半分を覆い尽くす、骨と皮だけの悍ましい老婆がクマのヌイグルミのいる方へ振り向く。ボロボロの指を震わせ、浅く短い息を吐き続け、魔女はふらふらと吸い寄せられていく。

 

そんな彼女の姿から眼を逸らすことなく、オリオンは話しかける。

 

 

「――力を貸してほしい、メロペー姫」

 

「…………?」

 

 

オリオンの言葉であれば、聞くことが出来るらしい。

突然の呼びかけにピタリと動きを止める白仮面の老婆。

意思の疎通が可能であると証明した彼は、続けて語り掛けた。

 

 

「烏滸がましいのは重々承知。我が身が貴女方に招いた災厄を思えば、手を握り返されることなど許されざる夢想だとも分かっている。だが、だが! それでも貴女は…君は! 此処に居る!」

 

 

老婆の震えが止まる。目が見えていないにも関わらず、オリオンのいる場所へ顔を向けている。

 

 

「俺の目の前に居る! メロペー、太陽の如く笑う美しい人! どうか人理の為に! 遥か未来にまで受け継がれた人々の明日の為に! 一緒に戦ってはくれないか!」

 

 

今、必要なのは懺悔ではない。悔恨を吐露する事でもない。

 

生きる為に、生き続ける為に今を必死に足掻く藤丸立香(にんげん)を助けたい。

 

先達として、既に終わった者として、後に続く者の旅路を見守りたいという真摯な願い。オリオンはそれをメロペーに伝える。

 

 

「恨み辛みは全て俺が引き受けよう! 殺そうが呪おうが思うようにするがいい! その代わりに彼らを……マスターを手助けしてほしい。どうか、どうか…っ!」

 

 

上手く動かせないヌイグルミの身体を懸命に縮め、アンバランスに大きい頭部を地面へ投げ出し、平伏する。懇願、嘆願。オリオンはメロペーに申し願うしか手はなかった。

 

クソ真面目な堅物故に。

彼はどこまでも、自分が「罰せられる」側だと疑わない。

 

だからこそ――奇跡というものは彼に味方するのだろう。

 

 

「ぅぁ、ぁぁぁ……あああああ!」

 

「っ? なんだ、何が起きて……メロペー姫!?」

 

 

オリオンの切なる願いに応えるように、白仮面の老婆が皺枯れた声を発しながら体に光を帯びていく。そのまま輝きは増していき、眩い閃光がオリオンの目を焼いた。

 

周囲の魔力が変動し、老婆を起点として大きな渦が巻き起こる。

茫然とそれを眺めているしかできないオリオン。

 

光が落ち着き、数秒。

地面に伏したヌイグルミの手を、白く細い女の手が掴み上げた。

 

 

「―――思うように、と。そう仰いましたね、オリオン様?」

 

「………君、は」

 

 

魔力の残滓である青白い光が霧散する。

その中心に居たはずの老婆は姿を消し、代わりに妙齢の女性が立っていた。

 

瑞々しさと希望を忘れぬ雰囲気を纏う女性は、仮面で隠れていない口元に微笑を湛える。

 

 

「では、私は私の思うがままに。貴方様が『力を貸せ』と仰るならば、私の持ちうる全てを擲ちましょう。この夢のような出逢いに、報いる為に」

 

「マスターの……いや、カルデア風に言えば、『霊基再臨』というやつか」

 

「詳しい原理は知りません。貴方様以外の事柄に、興味等ございませんもの」

 

「ははっ………変わらんな、君は。変わっていないんだな」

 

「ええ。この想いは永劫に。この至福は永久に。貴方様の知る、私のままですわ」

 

 

そう言い放ち、魔女――鍛冶師の男と旅した頃の女は、嬉し涙を溢した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………来たわよ。逃げ場もないわ。ふふ、怖い?」

 

「―――怖い」

 

 

島の中腹から内部へ掘られた洞穴の最奥部。

藤丸少年と、彼に抱き上げられたエウリュアレは其処にいた。

 

人類最後のマスターが提唱した作戦、その最終段階である。

 

アーチャーによる集中砲火でメディア・リリィ及びヘクトールをアルゴー号に足止め。すると、カルデアを襲撃するのは高確率でヘラクレスのみとなる。

 

イアソンがヘラクレスへ寄せる絶対的信頼を逆手に取った策。

後は大英雄の手を逃れながら、エウリュアレを担ぎ逃げ場のない袋小路へと向かう。

 

それこそが洞穴の最奥部。そこに、『契約の箱(アーク)』が設置されていた。

 

 

「そう。奇遇ね、私もよ」

 

 

藤丸少年の本心に触れた愛の偶像は、怯える自分を誤魔化すように不敵な笑みを張り付ける。仮にも英霊である己は、あくまで大本からの劣化コピーに過ぎない。此処にはいるが、同じ思考と能力を持つ複製品と言える。つまり、代えが利くわけだ。

 

しかしマスターはそうはいかない。

人類最後の肩書の通り、彼は現代を生きる人間。

死んだら終わりで、代わりなど有りはしないのだ。

 

そんな彼が、ヘラクレスの追走を躱しながら此処まで懸命に走ってきた。英雄級の大活躍と言っても過言ではない。当人はそれを自覚してなどいないだろうが。

 

人間の、人間らしい部分を横から見続けたエウリュアレだからこそ、この場面で弱音を吐く彼を「守りたい」と思えたのだろう。

 

 

「止まったら追いつかれる。けど、貴方ももう限界。

 しょうがないわ、『契約の箱(アレ)』を飛び越えなさい!」

 

「触ったら死ぬのに!?」

 

 

彼の非難は至極尤もだ。触れたら死ぬ箱を飛び越えるのは勇気がいる。

だが、後ろから迫る破壊の権化を前に立ち止まる方がその数倍の勇気を要するに違いない。

 

 

「私を信じて跳びなさい――1、2の……3!」

 

 

女神の掛け声に合わせ、藤丸少年は大英雄の剣斧の切っ先から逃げ出すように地を蹴った。

 

そして、彼らはやり遂げた。

 

 

「やればできるじゃないマスター!」

 

「――――!!!」

 

 

此処に、イアソンが求める二つの要素が一か所に集まった。

ヘラクレスに与えられた命令は、双方の奪取。王手、と言えよう。

 

だが彼は狂気に埋没した僅かな理性で気付く。

今しがた少年と女神が飛び越えたのが、何なのか。

 

 

「どうやら理解できたようね、筋肉ダルマ!」

 

 

この洞穴は狭く、ヘラクレスの巨躯はこれ以上先に進むのに難儀する。

屈んでゆけば進めるだろう。その場合、確実に目下の『箱』に触れる事となるが。

 

命令を遂行すべく、少年を殺し、女神を奪おうと手を伸ばす。

けれど肉体が足を縫い止める。先に進むなと警告するように。

 

 

「そこまでだ、ヘラクレス!」

 

「貴方の目の前にある物こそ、イアソンが求めた宝具です。

 触れれば死をもたらす『契約の箱(アーク)』、貴方も例外ではないのでしょう?」

 

 

此処へ至るまでの道中、幾度も盾と矢で妨害してきたアタランテとマシュが洞穴の入り口に並び立つ。退路を断った形になるが、無双の大英雄には薄い壁が立ったようなもの。何秒持つか、程度のものでしかない。

 

それでも、アルゴー号の足止めをしている残りの戦力がこの場へ集結する時間を稼ぐことは、不可能じゃない。

 

 

「貴様はここで死ね! ヘラクレス!」

 

「マスター、もう少しの辛抱です!」

 

 

マシュが大盾を構え、アタランテは番えた矢を引き絞る。

それを目視したヘラクレスは、身の丈ほどもある剣斧を振りかざす。

 

そして、この最大の好機を、狩人は見逃さない。

 

 

「―――今だッ!!」

 

「お任せを!」

 

 

マシュとアタランテの背後、洞穴の入り口を隠すように自生する森林から声が響く。

 

その声を聴いた瞬間、藤丸少年は目を見開く。

何故なら声の主は、何の役にも立たないと分かり切った存在だったから。

 

しかし、それを覆す要素が此処に現れた。

 

 

「何者っ………いや、汝はまさか!?」

 

「説明は後だ! アタランテ、()を弓に番えて放て!」

 

「なっ! お、オリオンっ!?」

 

「早く‼」

 

「は、はいっ!」

 

 

どこか見覚えのある仮面をつけた女性の出現に警戒心を露わにする女狩人を、足元から響くダンディな低音ヴォイスが制する。

 

声の主――ヌイグルミのオリオンはアタランテに自らを矢の代わりにしてヘラクレスへ射出するよう命じ、彼女も驚きながら応えた。

 

突然の奇行に困惑するマシュを置いて、オリオンは白仮面の魔女へ命じる。

 

 

「装填完了! いつでもいいぞ!」

 

「………宝具、真名解放します!」

 

 

魔力が収束する。白仮面の魔女が宝具を発動する。

そしてそれを眺めて待つほど、ヘラクレスは馬鹿では(イカれて)ない。

 

アタランテの弓に番えられたヌイグルミ(オリオン)を脅威対象外と認定し、即座に宝具発動準備中の魔女へ標的を絞る。咆哮で空気を震わせ、強烈な威圧感をばら撒きながら鉛色の巨人は対象を粉砕すべく、一歩を踏み出す。

 

が――その一歩が、彼らの前では遅過ぎた。

 

 

「我が闇を照らすは蒼空に浮かぶ三ツ星。深なる黒に染まりし両の眼は、綺羅星の輝きによって開かれる。この想いよ、どうか―――『暗界に瞬く三ツ星(ギネ・ディッコウズ・モウ)』!」

 

 

白仮面の魔女……メロペーの宝具が発動する。

 

魔力の波が洞穴全体に行き渡り、その勢いに誰もが身構えた。

それは大英雄とて例外ではない。蹴散らす為に前進こそすれ、何が起きても対応できるよう無意識下で染みついた防御態勢を取っていた。

 

だから、彼は気付かない。

 

 

「――――!?!?」

 

 

しっかりと開かれているはずの赫奕の瞳に、何も映らなくなったことに。

 

完全なる暗闇。視覚情報に頼る人間が、突如として情報の大部分の供給を失えば、動揺して動きを止めるのは当然である。

 

それが大英雄でなければ。

 

 

「■■■■■■――――!!!」

 

 

ヘラクレスは止まらない。

目が見えなくなった程度でやられるほど、理性は残っていない。

ただ咆哮を轟かせながら、跳躍で以って距離を詰め、剣斧を白仮面の女へ振り下ろすだけ。それで事足りる。狂気に飲まれた頭で、ヘラクレスはそう判断する。

 

 

「オリオン様!」

 

「アタランテ、射て!」

 

 

その判断を、読まれてさえいなければ彼は負けなかっただろう。

 

メロペーが先程発動した宝具『暗界に瞬く三ツ星(ギネ・ディッコウズ・モウ)』は、敵対象の視界を無明の暗黒に染めるもの。単純に視界を奪う。それが彼女の宝具の全て――ではない。

 

彼女の宝具には極めて局所的な、それでいて凄まじい支援効果が付随する。

 

 

「これはっ…? オリオンさんの魔力が急激に上昇…いえ、膨張していきます!」

 

『なんだぁ!? いきなり凄い事になってるぞ! この反応、神霊クラス!?』

 

 

それこそが、彼女にとって唯一の英雄たるオリオンを強化する限定的強化効果だ。

 

 

「……ご武運を!」

 

 

アタランテが意を決して、オリオンをヘラクレスへと射出する。

 

ゴウッッ!!!

 

空気の波を割くほどの速度で鉛の巨人へ飛翔するヌイグルミ。

それも、ただのヌイグルミではない。

 

本来ならば天下無双の三ツ星と呼ばれた、ギリシャ最強の狩人たる男。

その身に宿す神秘も、宝具も。桁外れのものばかりであった。

 

 

「これほどのブーストがあればイケる――『冥府にて咲け、石榴の花(セ・アガポル・スィージゴス)』!」

 

 

アルテミス現界の為に霊基のほとんどを持っていかれたオリオンは、自身が保有する()()()()()を十全に発揮できずにいた。それは単純に、現在のヌイグルミ状態では宝具発動をする為の器が貧弱過ぎるからだ。

 

けれどメロペーの支援効果により、その欠点は一時的に克服された。

ならば、この男が全力を尽くさぬはずがない。

 

 

「まだだ! 『不遜砕く敬虔の鎚(クスペラスティータ・エンポディア)』!!」

 

 

強力なバフ……強化支援を受け、魔力量が神霊級にまで膨れ上がった彼は即座に二つの宝具を発動する。

 

第一宝具『冥府にて咲け、石榴の花(セ・アガポル・スィージゴス)』――ヘラを侮辱した罪で冥府へ幽閉されようとした妻シーデーを救うべく、その剛力を発揮しタルタロスの鎖を欠けさせた逸話が昇華された増強型宝具。

幸運と魔力以外のステータスを二段階向上させる超パワーアップ宝具だ。

 

第三宝具『不遜砕く敬虔の鎚(クスペラスティータ・エンポディア)』――第二宝具の『不敬雪ぐ信念の弓(ディ・クストリアージ・メターニア)』とセットで鍛冶神ヘファイストスから贈られた神鉄と青銅で出来た極太の棍棒。

 

正常な状態で召喚された場合でしか使用できないはずの宝具を無理やり発動し、彼は身の丈の数十倍はある巨大な鎚を召喚。同時に発動した筋力二段階上昇効果を遺憾なく発揮し、視覚を封じられたヘラクレスの鼻先へ向けて召喚した神器を振り抜いた。

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」

 

 

勇猛なる狩人の絶叫と共に振るわれた一撃を、大英雄は生来の直感で以って受け止めた。

 

 

「■■■■■■――――!!!」

 

 

ぶつかり合う鉛の巨人と鎚を振るうヌイグルミ。

どちらも大地に罅を刻み、大気を震わす剛力無双の大英雄。

 

戦士と、狩人。どちらも己より強大な存在に立ち向かう者。

彼らの勝敗を分けたのは、本当にただ、その時の運だけだった。

 

 

グラッ、と。大英雄ヘラクレスの足が僅かに揺れる。

そのほんの一瞬の隙を、オリオンは好機と捉え掴み取る。

 

 

「逃さんッッッ!!!!」

 

 

オリオンの第一宝具は、幸運と魔力以外のあらゆるステータスを向上させる。

筋力然り、耐久然り。そして、敏捷もまた然り。

 

鎚を手放したオリオンは、己の一撃を受け止めていた剣斧を握る鉛の巨腕を橋のように駆け抜け、一息にヘラクレスの目と鼻の先まで跳躍した。

 

万感の思いを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()の言葉を胸に刻み、オリオンはその仮初めの拳を振るう。

 

 

『あなたは、ぼくの、えいゆうだ!』

 

 

瞬間。オリオンの黒いつぶらな瞳に、雷光が迸った。

 

 

「ああ、そうとも―――!!」

 

 

オリオンの拳がヘラクレスの頬を捉える。

 

たったコンマ数秒ほどの交錯の狭間だが、その場にいた全員が目にした。

ヘラクレスに勝るとも劣らぬ巨躯の男が、剛腕を振るう雄姿を幻視した。

 

 

「俺は英雄!! 英雄オリオンだ!!!!」

 

 

鉛の巨躯が、大木の様な足が宙に浮き、後方へ吹き飛ぶ。

 

洞穴を崩落させかねない衝撃で、ヘラクレスは背中から地に叩き伏せられた。当然、洞穴の入り口に向けて突貫してきた彼我の位置関係上、ヘラクレスは『契約の箱(アーク)』を下敷きに倒れている訳で。

 

 

「■■■■――――……」

 

 

残り十回の約束された復活を即座に枯渇させられ、不死身の大英雄ヘラクレスは此処に消滅した。

 

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?

ここでオリジナル展開付け加えられたのが嬉しいんじゃ。こういうロマンは何度でも書きたい(書けるとは言ってない)


あ、あとマジで余談なんですが。
この人理修復編すら完結してないのに、水着イベントの話を考えてしまいまして、ええ。
書こうか迷ってます。マジで。
その為に水着メロペーやらオリジナルアルターエゴの設定考えたりしたんです。

時間取れたら書いてもいいでしょうか…?


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