もしも、オリオンがクソ真面目な堅物だったら   作:萃夢想天

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どうも皆様、水着ガチャで大勝利を収めた萃夢想天です。
半数が宝具マ出来るとは思ってませんでした。え? 射出された諭吉の数? 10から先は覚えてないよ(顔面蒼白)

皆様のカルデアにも、たくさんの水着鯖が訪れますことを祈っております。

さて。今回で第3特異点編は完結となります。
次回はおまけの更新か、オリジナルの水着イベントか。
はたまた2部5章アトランティスか。悩みどころさんですね。


それでは、どうぞ!





第三特異点オケアノス編・その6

 

 

 

 

嵐の様な矢の群れに襲われ、沖合で立ち往生を余儀なくされたアルゴー号。

その甲板から大英雄ヘラクレスが島へ吶喊してから、30分ほど経過した頃。

 

 

「……矢はもう降ってこないか? メディア、使い魔で様子を見てみろ」

 

 

両手で頭を守るように抱えながら舵取り台の裏に隠れていたイアソン。彼は、豪雨と見紛うほどの集中砲火を受け、それらの処理をメディア・リリィとヘクトールに任せていた。その攻撃が突然、ピタリと止んだのだ。何か状況に変化が起こったのかもしれないと考え、周囲を警戒するよう傍らに侍る少女に命ずる。

 

そんな船長の言葉を受けたメディア・リリィだったが、使い魔を呼ぶことは無かった。

 

 

「その必要はなさそうです。残念ですが、ヘラクレスが倒されました」

 

「………なに? おいメディア、なんだその冗談は? ちっとも笑えないぞ」

 

 

鈴を転がすような可愛らしい声色と共に紡がれた言葉は、イアソンにとって受け入れがたいものだった。

 

ヘラクレスが倒される? 何を莫迦なことを。

 

鼻で笑う程度の失笑にすら値しない彼女の言葉を「冗談」と一蹴したイアソンだったが、島の陰から白波を立てて姿を現した一隻の船を見るや否や、全身から汗を拭きだす。

 

 

「おー、いたいた! おい! 聞こえるかいモヤシ野郎!」

 

 

間違いない。あの船は『黄金の鹿(ゴールデン・ハインド)』号だ。

英雄を束ねる船団の長である彼は、その特徴的な帆船を見間違えたりはしない。そうとも。あのボロ船を追ってここまで来たのだ。奴らを壊滅させるためにヘラクレスを向かわせたのだ。ならば、どうして奴らが此処に来る?

 

 

「そん、な。馬鹿な! ヘラクレスはどうした!?」

 

「おいおい。どうした、ってアタシらに聞くのかい? オツムが回ってないようだねぇ、お坊ちゃん。アタシらが生きてるんだから、アイツは死んでる。そら、分かりやすいだろう?」

 

 

からからと大口を開けて笑う女海賊の戯言を、イアソンは青白くなった顔で否定する。

 

 

「死ぬはずがないだろう!? アイツはヘラクレスだぞ! 不死身の怪物(えいゆう)なんだ! 英雄(オレ)達の誰もが憧れ、挑み、一撃で返り討ちにされ続けた頂点なんだぞ!?」

 

「イアソン様…」

 

「それがこんな…! お前らみたいな寄せ集めの雑魚共に倒されてたまるものか‼」

 

 

必死に捲し立てる彼の姿を睨むドレイク。彼の言葉はこちらへの侮蔑に満ちているが、同時にヘラクレスという英雄への強い憧れと友情を感じさせた。なるほど、確かにイアソンはヘラクレスを信頼し、頼りにしていたのだろう。一般的なソレとは形が大きく異なるとしても。

 

 

「ふーん……アンタにも一角の友情はあったんだね。ひどく歪んじまってるけどさ」

 

「やかましい! クソ、クソぉ…! 船を出せぇ!」

 

 

未だにドレイクの言葉を完全に信じたわけではない。だが、嘘を吐いていないという事も薄々気付いていた。仮にヘラクレスを何らかの方法で封じたのだとしても、あのヘラクレスだ。並大抵の罠なんぞ叩いて潰せるし、並大抵で無かったとしても1分あれば粉砕して殲滅作業に復帰するはず。

 

その兆候もなく、先程のメディア・リリィの「ヘラクレスが倒された」との言葉も相まって、認めたくない現実が、有り得ない事実がイアソンの恐怖を煽った。

 

 

「おや? 逃げるんですかい?」

 

「撤退だ! こっちにはまだ聖杯がある! これで新たなサーヴァントを召喚すればいい!」

 

「……見たとこまだこっちが有利だとは思いますがね。ま、キャプテンの命令なら従いますよ」

 

 

戦争の何たるかを知る猛将の目は、まだ戦況での有利を維持していると見抜いている。しかし、絶対的な心の支えであるヘラクレスを失ったとなれば、打たれ弱いイアソンは臆病風を吹かすのも察していた。

 

ヘクトールは嘆息しつつ、周囲に気付かれないよう一瞬だけ島上部の森林地帯へ視線を向ける。

 

 

(とはいえ、それはこの海上のみの話だけどな。向こうの船には盾のお嬢ちゃんとエウリュアレと獅子耳の女狩人と……ありゃ牛飼いか何かか? 杖持ってるってことはキャスターかね、あの男)

 

 

どっちにしろ、()()()()()()。ヘクトールは先の矢の軍勢を思い返し、思考を巡らせる。

 

 

(なら、まだ居るな。ヘラクレスが向かってしばらくしてからあの辺りで膨れ上がった()()()()()()()()の事もある。迂闊に遮蔽物の無い海を進めばたちまちズドン! なぁんて事にならなきゃいいけどな)

 

 

イアソンの宝具として現界しているアルゴー号は、船長の意思を汲み取り錨を巻き上げ帆を張る。そのまま島とは反対方向へ船首を向け、逃走を図った。

 

島へ向かって流れる波をぶち破りながら進む船。だが、後方から射出されてくる矢や石の遠距離攻撃の勢いと射程が落ちる気配がない。それどころか、向こうの船の頭が徐々に近づいてきているようにすら感じられた。

 

 

「なにをやってる、さっさと突き放せ!」

 

「アーチャークラスが大勢いるせいか、攻撃も一段と激しいっすなぁ。おーヤバ。あの杖の小僧、石投げてきやがった」

 

「船の砲弾程度なら問題ありません。この時代の人間によって造られた神秘無き物ですので。ですが、アタランテ達の矢は我々が防ぐしか…!」

 

「クソぉ! なぜ追いつかれる!? 伝説のアルゴーだぞ! この私の冒険を支え続けた英雄を運ぶ船だぞ! 奴らの遣う神秘の欠片もない帆船とは訳が違うのに…!」

 

 

焦りから、あるいは苛立ちか。メディア・リリィとヘクトールにどうしようもない不満をぶつけるが、それで現状が良くなる見込みもない。サーヴァントとして聖杯に召喚された自分たちのアドバンテージを覆される事への焦燥が、彼の目を更に曇らせていく。

 

 

「操舵手の差、ってやつですかね。アレが海と共に生きた人間の技。目的があって船旅をしてただけの人間とは、根幹からして違うって事なんでしょうなぁ」

 

「何を知った風な口きいてやがる!? クソ、仕方がない……聖杯よ!」

 

 

ヘクトールの感心したような呟きに怒鳴り散らしたイアソンは、懐に隠していた魔力源――聖杯を掴み、掲げた。真実、願望器としての権能があるわけでないこの聖杯は、単純に魔術を行使するうえでの魔力タンクとしては超級の代物である。時代を無視してあらゆる英雄偉人を英霊として召喚する大魔術も、聖杯があればその工程すら置き去りにできるのだから。

 

まさしく神に縋るかのように、イアソンは聖杯に願いを託そうとする。

 

その一瞬、遥か島の方角から、音すら追いつかない速度で何かが飛来した。

 

 

「チィッ!」

 

「ひ、ひぃッ!?」

 

 

いち早く勘付いたヘクトールが『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』の刃で、イアソンのこめかみを狙って飛んできた物体を切り払おうとする。けれど、それは叶わなかった。空気を裂いて射られたソレが何なのかを知覚した時には、極槍を構えていたヘクトールの左腕の一部が吹き飛んだ後だったからだ。

 

飛び散る肉片と血飛沫に腰を抜かすイアソン。彼を背に庇いながら、肩で荒く息をするヘクトールは目を驚愕で見開いた。

 

 

「ぅぐ…! こりゃ、なんの冗談だってんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…! あぁ、痛ぇな畜生! 間に合ったのはほぼ奇跡だぜこんなの!」

 

 

信じられないものをヘクトールは見た。彼の宝具である『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』は、決して毀れず刃毀れもしない。だからこそ、刃は盾としても都合が良い。何にぶつかっても壊れない、刃が欠けることもない。どんな素人が振るっても最強の武器と呼べるだろう宝具が、彼の持つ極槍である。

 

だからこそ、彼は信じられなかった。

 

 

(神秘も何も無ぇただの石ころが、『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』を弾くどころかそのまま左腕を抉っただと!? そんな馬鹿げた事が出来る奴なんざ、向こうには一人しかいない!)

 

 

神の存在が証明された世界において、無双の英雄は少なからず居た。自身の生涯の仇敵もまたその一人だったのだから。

 

しかし。

 

数十キロメートルも離れた場所から、波に揺れる船上にいる人間のこめかみをピンポイントで狙撃できる英雄が、そう何人も居てたまるかという話だ。

 

 

(アルテミス……じゃねぇよな。あの女神様がわざわざ石ころ放る事はしない。自前の弓矢があるんだ、それで撃ち抜けば終いよ。そうじゃないって事は、だ。()()()()()だよな? 三ツ星の狩人さんよ!)

 

 

ヘクトールは英霊として【座】に登録された時から頭に詰め込まれたあらゆる英霊の知識を引っ張り起こす。

 

 

(そういや、確か…アルテミスんとこの侍女が化けた鳩を、石礫で撃ち落としたとかってぇ逸話があるんだっけか? こんなオジサン射止めても嬉しかねぇだろうに)

 

 

激痛奔る左腕を押さえながら、もう小指の爪ぐらいにしか見えない大きさにまで離れた島を睨みつける。きっとあの小さなヌイグルミの瞳には、脂汗を掻きながら腕を押さえる己の姿が映っている事だろう。クソ喰らえだ。

 

 

「そぉら追いついた! 野郎共ォ! コイツが航海の最後、海賊の最期だ! 目標、アルゴー号! 連中の持ってる財宝は、アタシ達を待つ自由の海さ! 全部まとめて取り返すよ!」

 

「アイアイ、姉御!」

 

 

対策のしようがない最強の狙撃手の存在に頭を悩ませる暇もなく、ドレイクの駆る『黄金の鹿(ゴールデン・ハインド)』号がアルゴー号を捉えた。衝角に船の脇腹を食い破られ、白兵戦が取れる距離まで追い詰められる。

 

 

「クソ、ヘクトール! へクトール!」

 

「へいへい、分かってますよ。そんじゃまぁコルキスの姫君、後はよろしく頼むわ」

 

 

敵が今にも乗り込んでくる。恐怖に耐えられないイアソンは錯乱したようにヘクトールの名を呼んだ。悲痛な叫びに眉一つ動かさぬまま、冷静さを欠かない槍兵が軽薄な笑みを浮かべた。

 

船長に残された最後の守りの壁であるメディア・リリィに後を託し、彼は頭を掻きながらカルデア一行の前に立ち塞がった。

 

 

「よぉ。未来の少年少女。名前は……藤丸立香、だっけ?」

 

「………」

 

「まぁまぁ、そう睨みなさんなって。オジサン怖くて手が震えちまうよ」

 

 

飄々と、掴みどころのない雰囲気を醸し、ヘクトールは弁舌を回す。その間も彼の脳裏では膨大な計算と試行錯誤が繰り返され、状況打開の一手を練り上げていた。それを悟らせないために、相手との会話を選択する。良くも悪くも時間稼ぎをさせたら右に並ぶ者はいない、生存に特化した英霊の面目躍如といったところか。

 

そして彼が次に取る策は。

 

 

「あら、疑ってらっしゃる? ほら見てよこの傷。おたくんとこのアーチャーに今しがたぶち抜かれたところでよ? これが痛ぇのなんの。アンタ、マスターなんだろ? だったら言っといてくれんかね、次はもうちょい手加減しろってさ」

 

 

人当たりの良さそうな笑顔を浮かべながら、肉の削げた左腕の生々しい傷を突き出してみせる。いきなりの行動に人類最後のマスターは面食らい、荒事に荒れてきたとはいえ血生臭さと無縁であったが故の衝撃で頭が一瞬空白で埋まる。

 

盾の少女も目をしかめている。ドレイクはイアソンを見据えている。石を投げる牛飼い風の男は目の付け所が分からん、嫌なタイプだ。アタランテはメディア・リリィを封じるべく絶え間なく矢を放ち続けている。

 

―――となれば。今こそ好機!

 

 

「まぁ――次とやらがあればの話だがなぁッ‼」

 

 

左腕を前方へ掲げて見せた動きにより、自然に右半身を捻り投擲の為の力を蓄えていた。ヘクトールは今、それを解き放つ。

 

標的確認。方位角――この近距離だ、固定の必要も無ぇ! 

 

自陣が吹き飛ぼうが関係無い。大将は側近が護ってくれる。だったら俺はもはや、守りに徹する意味は無し! 耐えて耐え忍ぶ守り上手な己だが、闘えないわけではない!

 

 

「しまっ――マスター!」

 

「もう遅い! 『不毀の極槍(ドゥリンダナ)』!! 吹き飛びなァッ‼」

 

 

獰猛な笑みを浮かべ、転倒するような勢いと共に右腕を振るい、槍を手放す。魔力をロケットブースターのように篭手の肘部分から放出する事により、腕力だけでは到底出せない爆発的な加速も上乗せした。彼我の距離は大人の足で10歩分ほど。放たれた宝具を防ぐ壁は盾の少女のみ。それすらも間に合わないだろう。

 

自分がどうなろうが、敵の大将を落としたら戦争は終わる。

 

ヘクトールは勝利を確信する。数秒後には投擲した己の宝具を『壊れぬ幻想(ブロークン・ファンタズム)』によって爆破するとしても、結果的に自分一人と向こうの大将含めた数人を巻き添えにできたら大金星。どうあれ勝利に変わりあるまい。

 

そう信じ、疑わなかった。

 

 

―――ゴウッッ‼

 

 

だから、彼は()()()

 

 

「………は?」

 

 

彼方より飛来した、ヘラクレスの岩剣を彷彿とさせる青銅の棍棒が、藤丸少年らへ投擲された槍を即座に撃ち抜いた。

 

結果、魔力をまとい放たれた槍は軌道を逸らされ海に突き刺さり、爆音とともに巨大な水の柱を打ち立てる。込められた魔力を暴走させて宝具を自壊させる英霊の切り札『壊れぬ幻想(ブロークン・ファンタズム)』が発動したとヘクトールが気付いた時には、彼の心臓に桃色の愛らしい矢が深々と突き刺さっていた。

 

 

「――『女神の視線(アイ・オブ・ザ・エウリュアレ)』」

 

 

藤丸少年とマシュに守られるようにして立つ小さな愛の偶像は、既に矢を放ち終えても弓を下ろさず、油断なくヘクトールを見つめている。

 

 

「そうするでしょうね、あなたは」

 

「エウリュアレ!?」

 

「……参ったねぇ。戦のいろはも知らない女神に()抜かれるなんざ、オジサンも焼きが回ったもんだぜ」

 

 

矢で射抜かれた者を骨抜きにしてしまうエウリュアレの宝具だが、殺傷能力がゼロというわけではない。心臓、つまり霊核を傷つけられた時点でヘクトールは致命傷を負っていた。

 

これ以上は本当に戦えないと悟ったヘクトールは、最期に愚痴をこぼす。それを聞き拾うエウリュアレは、普段よりさらに釣り上げた目尻をヒクつかせながら答える。

 

 

「別に見抜いたわけじゃないわ。あなたはアステリオスを殺した。()()にとってはそれだけで充分に注意を払う理由になっていただけよ」

 

「………ははは。こりゃ参った」

 

 

膝から脱力しながら崩れ落ち、ヘクトールは島のある方角を見つめ、項垂れた。

 

 

「女神に恋する怪物なんて物好きが、まさか()()()()()()とはなぁ……けっ。やっぱ慣れない悪役はするもんじゃねぇや」

 

 

傷だらけのヘクトールの身体が、金色の粒子と共に解けて消えていく。

 

幻想的で悲し気な光景を前に、最後まで弓を構えたまま槍兵を睨むエウリュアレ。そんな真剣な表情の彼女を見て、ヘクトールは残念そうな顔で空を見上げた。

 

 

「あらま。随分と嫌われちまったようだ。世界の終わりってんだ、せっかくだからハジけてやろうと思ったんだがねぇ。(トップ)がダメじゃどうしようもなかったわ」

 

「上司のせいにするなんてらしくないわね。輝く兜が台無しよ?」

 

「おいおい勘弁しておくれよ。ここまできて追い打ちとか、キッツイなぁ」

 

「なら、その優秀な頭に刻みなさい――あなたの兜の輝きより、私の雷光の輝きが勝ったのだと」

 

 

苛立ちと、それを上回る悲しみと、ほんの少しの誇らしさを含めた女神の言葉を聞き、護国の知将は納得したように笑って消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘラクレスを『契約の箱(アーク)』によって消滅させた直後に、時間は巻き戻る。

 

人類最後のマスター藤丸立香の計画の第二段階までは見事に完遂された。アーチャー達によるアルゴー号への集中砲火、そこからヘラクレスを単騎で引き摺りだす。これが第一段階。

 

エウリュアレを狙い追走してくるヘラクレスから彼女を守りつつ、『契約の箱(アーク)』を設置した場所まで誘い込み、ヘラクレスを箱に触れさせて死を与える。これが第二段階。

 

これらを誰一人欠けることなく遂行した彼らは、そのままイアソンの討伐及び聖杯の奪取に移る。作戦の最終段階である。

 

 

「……マスター。我らは此処に残る」

 

「オリオン? どうして?」

 

 

けれど、ヌイグルミのオリオンは島に残ると宣言した。

これに藤丸少年は驚き、理由を尋ねる。

 

 

「『契約の箱(アーク)』を持ってダビデ殿が船に乗る必要は無かろう。むしろ、敵にみすみす世界崩壊の条件を整えて差し出す形になってしまいかねん。故に我が身と我が女神はこの島に残り、そのまま事が済むまで『契約の箱(アーク)』を守護し続ける事にしようと思う。無論、ここから遠くまで離れなければ、矢による援護は可能だ。無意味な戦力分散でもあるまい」

 

『んー。私は全然アリだと思うなー』

 

「ダヴィンチちゃんがそう言うなら……うん。分かった。よろしく頼むよ」

 

「任された」

 

 

オリオンの言葉は理にかなっていた。彼の言葉通り、このまま『契約の箱(アーク)』を回収してアルゴー号へ乗り込めば、万が一の可能性が生じてしまう。かといって置き去りにしてしまえば、それはそれで問題だ。こちら側の者の目が届く状態になければ安心できない。

 

だが、オリオン(ひいてはアルテミス)という超級の戦力が前線から外れる事への不安はある。わずかに表情を曇らせたマスターに、オリオンは渋い低音で優しく語り掛ける。

 

 

「なに、遠方からの狙撃こそがアーチャーの本懐。近距離から素早く射抜く事を得意とする者もいるだろうが、生憎我らは前者でな。我が眼の届く限り、君達の道行きを三ツ星の矢にて切り開くことを約束しよう」

 

『そこまで言ってくれるならこちらも嫌とは言えないね。行こう、藤丸君! 大丈夫さ、ヘラクレスだって殴り飛ばす最強の狩人が後方で援護に徹してくれるんだよ。これ以上に安心できる前線なんてありっこないさ!』

 

「それもそうだね……よし、マシュ。行こう!」

 

「はい、マスター」

 

「私も此処に残りますわ」

 

 

これは単なる役割分担であって、今生の別れではない。暗にそう勇気づけられ、意を汲んだ藤丸少年は最終決戦へ意識を向けた。

 

しかし、いつの間にかオリオンの背後に控えていた謎の美女は、さも当然と言わんばかりに後方支援への参加を表明する。

 

 

「えっと、その、貴女は……もしかして」

 

「あぁ。お恥ずかしい。申し遅れました。私、クラス【魔術師(キャスター)】のサーヴァント。真名を【メロペー】と申します。お見知りおきを」

 

 

マシュが恐る恐る名を尋ねようとすると、謎の美女――メロペーは自らの真名を口にした。

語られた名にその場の誰もが目を見開く。そりゃそうだろう。つい十数分前までしわくちゃの老婆だった者が、四十代程の外見になって現れたのだから。

 

 

『嘘、じゃないみたいだ。霊基情報は間違いなく、出会った時に登録されたメロペーのものなんだ。なんで若返ってるのかは、聞いても?』

 

「うふふ。そんなの決まってるじゃないですか」

 

『と言うと?』

 

「愛です。愛ですよ、異邦の方」

 

「よし聞かなかったことにしよう」

 

 

ダ・ヴィンチがメロペーに霊基の更新について尋ねたが、カルデア一行にとって若干のNGワードと化しつつある言葉が飛び出てきたため、対応マニュアルに従っ(みてみぬフリをし)た。

 

一方、エウリュアレはこっそりとヌイグルミのオリオンに近付き、そのふわふわもこもこの体を持ち上げると、誰にも聞かれぬよう声を潜めて話す。

 

 

「若いメディアの方はイアソンにべったりでしょうから、余程の事が無い限り前線には出張らないと思うの。そうなると、あの男が出て来るはず。そうよね?」

 

「……だろうな。それで、雷光の女神殿。どうされるおつもりか」

 

「どうあれ、あの男を倒さなきゃイアソンまでは届かない。だから、力を貸して」

 

「……囮になる気か!?」

 

 

傍から見れば、愛らしく麗しい乙女が、勇ましく凛々しいクマのヌイグルミを抱き上げて内緒話をしている絵面。御伽噺のワンシーンのようにしか見えない。

 

 

「まさか。箱を此処に置いて行く以上、私を殺しても霊核が捧げられる事は無い。世界の崩壊なんて事にはならないと思うわ」

 

「自分を囮にして、奴に一手を打たせる腹積もりだろう?」

 

「……正確に言えば、マスターを含めた全員でヘクトールをその気にさせるの。()()()()()()()()()()って状況をこっちから用意してやるのよ」

 

「そうなれば彼は躊躇なく宝具を発動する。至近距離ではマシュ嬢でも防ぐのは…」

 

「だから、貴方の出番なのよオリオン。アイツの宝具を撃ち落として」

 

 

両者の間に交わされるのは、ファンシーな御茶会の誘いなどではなく、綿密にして緻密な計画の段取り。エウリュアレは敢えてヘクトールを誘い出し、切り札を切らせる事を策に選んだ。オリオン本来の力を、間近で見たが故の確信があったからだ。

 

 

「貴方なら容易いでしょう? ギリシャ最強の狩人様?」

 

「……彼の、報復か?」

 

 

嘲るような笑みを張り付けて煽るエウリュアレだが、そんな彼女の細やかな悪戯心を見透かしていた狩人は、彼女の内に渦巻く黒い感情を言葉にする。

 

およそ愛されるためだけの女神の発言とは思えない、明確な敵意。そこに含まれた感傷を、オリオンは感じ取っていた。呟かれた言葉に眉を跳ね上げ、そしてヌイグルミを睨む。

 

 

「そんなわけない、と言い切れないのが正直なところよ」

 

「許せないか、彼の命を奪ったあの男が。しかし女神エウリュアレ、彼もまた()()()()()()()()()()()のだ。それをご理解いただきたい」

 

「あら、敵の肩を持つの? 酷い裏切りね」

 

「お戯れを。それに、()は一言も報復を悪だと言っていない」

 

 

その言葉と共に、不敵な笑みを浮かべるオリオン。エウリュアレはヌイグルミの愛嬌満点な仕草に目を点にして、花のように笑った。

 

 

「ふふっ。なにそれ」

 

「なに。気に入らないから徹底的に打ちのめす、というのが理由なら。それは何ともギリシャの女神らしいなと納得したまでの事。初めから我が身に断る選択などありはしませんでしたよ」

 

「じゃあ最初からそう言いなさい。貴方こそ、ギリシャの男とは思えない程ズルい人ね」

 

 

くすくす、と互いに笑い合う。そんな彼女らの姿を見て、瞳におどろおどろしい色を宿す二人がいた。

 

 

「ダーリン…? 私以外の女神とヒソヒソと内緒のお話だなんて、もしかして浮気?」

 

「オリオン様ぁ…? 目は見えずとも貴方様の事はハッキリと視えていますのよ? えぇ、ハッキリと」

 

「ヒェッ」

 

 

獰猛な肉食獣すら後退りするだろうオーラを撒きながら、じりじりとヌイグルミに迫る二人の美女。震えて動くこともできないヌイグルミの姿はまさに、蛇に睨まれた蛙そのもの。

 

森に野太い絶叫が響くのを背に、小さな愛の偶像は先行したマスター達を追いながら決意に満ちた呟きを溢す。

 

 

「あの子を、私の英雄を『怪物』呼ばわりしたアイツらを、赦してやるもんですか…!」

 

 

エウリュアレの姿が見えなくなって暫く。

メロペーの呪術とアルテミスの自動照射される矢を死に物狂いで避け続けたオリオンは、生前に偉大なる父たるポセイドンから与えられた超常の聴覚で以って、事が動き出したと勘付く。

 

 

「二人とも、戯れはここまでだ!」

 

 

真剣な声色であると二人も気付いたのか、オリオンへの攻撃を止め、揃って海原へ視線を投げる。

 

 

「ダーリン、聞こえるの?」

 

「ああ。聞こえる。我が耳には、偉大なりしポセイドンの加護がある。遥か遠方の鍛冶鎚の音すら聞き拾う程の聴覚強化の加護がな」

 

「それもオリオン様の宝具なのですか?」

 

「いや。これは宝具やスキルにまで昇華されはしなかったようだが。それでも、我が身の力として付随したままらしい。ありがたく使わせてもらうとしよう」

 

 

オリオンは大きな岩によじ登り、既に豆粒ほどの大きさになった『黄金の鹿(ゴールデン・ハインド)』号を目視する。その向かう先には敵船アルゴー号の姿も見られた。彼は聴覚に意識を集中させる。

 

 

「ダーリン?」

 

「静かに……」

 

 

狩りの時以上に、言葉に本気の重みを乗せるオリオン。そんな彼に従うように、アルテミスは自分の手で口を押さえた。メロペーは目視が出来ぬ為、オリオンの言葉に絶対服従。吐息すら邪魔になると最小限に音を潜めた。

 

 

『操舵手の差、ってやつですかね。アレが海と共に生きた人間の技。目的があって船旅をしてただけの人間とは、根幹からして違うって事なんでしょうなぁ』

 

『何を知った風な口きいてやがる!? クソ、仕方がない……聖杯よ!』

 

 

聞き耳の技能を最大限に活用したオリオンの聴覚が拾ったのは、ヘクトールとイアソンのものと思しき会話。察するに、追い詰められた焦りから聖杯を使い手勢か新たなサーヴァントでも召喚するつもりなのだろう。

 

 

「させるものか…! 『冥府にて咲け、石榴の花(セ・アガポル・スィージゴス)』!」

 

 

類稀な聴覚でイアソンの企みに気付いたオリオンは、ヘラクレス討伐の際にメロペーの宝具によってブーストされた残りの魔力を全て回して自身の第一宝具を発動。筋力と敏捷のステータスアップの恩恵を受け、足元にあった石ころをヌイグルミの手で掴み、全力で投擲する。

 

瞬間、放たれた石の軌道上にある樹々は風圧でへし折れ、弾け飛んだ。空気を裂きながら一直線に飛翔していく石は、狙い通りにイアソンの聖杯起動を妨害する。おまけでイアソンを守ろうと動いたヘクトールに傷を負わせられたのは僥倖だった。

 

 

「さっすがダーリン! カッコイー!」

 

「あぁ…♡ いつぞやの日を思い出すこの轟音…! やはりオリオン様は素敵ですわぁ…♡」

 

 

その光景を目にしたアルテミスは無邪気に歓声を上げ、メロペーは少し若返り女の艶を取り戻した事で、乙女成分も僅かながら復活。太ももを擦り合わせ、浅く息を乱し頬を紅潮させる。TPOを弁えてもろて。

 

しかし、全力の投擲をしたオリオンの身体が急激に萎む様な違和感を覚える。いや、実際に()()()()()萎んで無くなっていくのが分かった。

 

 

「これは……メロペー姫!?」

 

「……おそらく、効果に制限時間があったものかと。私も実際に使ったことは無かったので知りませんでした」

 

「いや、責めているのではない。だが、これでは…」

 

 

ただの無力なヌイグルミに戻ってしまったオリオンは、やはり自分は何も出来ないのかと歯噛みする。

 

背中は任せろと、人類の未来を背負う彼らを押し出した。報復を願う女神に手を貸すと誓った。だというのに、また己はただのお飾りに成り下がるのか。ヌイグルミの頭を振りかぶる。

 

 

「我が女神…いや、それでは間に合わん。奴の宝具を視てから防げるのは俺しか…」

 

 

アルテミスの権能を用いて援護をするにしても、宝具には宝具級の一撃をぶつけなければ防ぎようもない。アルテミスの宝具発動には己の存在が要となる為、ここからでは間に合わない。手詰まり、としか言いようがない状況に、オリオンは憤慨する。

 

 

「くそ、くそぉ…!」

 

 

打ちひしがれている暇など無いと分かっていても、打つ手がない。余りのもどかしさに自分を殴ってしまいそうになる。そんな彼を見つめ、同様に何も出来ない自分を恥じるアルテミス。

 

いつものような、彼自身の問題ならばそれを受け止め、共に立ち向かう事も出来ただろう。けれど、今の彼が全力を出し切れないのは自分のせいでもあった。彼が心配で霊基の大半を占拠して現界してしまったが故の事故。アルテミスは、愛する者の嘆きに応えられずに唇を噛んだ。

 

そして、そんな彼らを暗闇の世界から見つめていたメロペーは、魔力を高め、収束させ始める。

 

 

「なに…?」

 

「コレは、いったいなにを、メロペー姫?」

 

 

彼らの言葉に耳を貸すことなく、魔力の渦はメロペーを中心に大きく、強くなっていく。

 

サーヴァントであるオリオンとアルテミスは理解していた。それが、宝具発動の兆候だという事に。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のが見えた。

 

 

「………まて。待て、待ってくれ! メロペー姫! 君は、まさか!」

 

 

霊子と反応した大気が青白い輝きを生み、瞬きほどの閃光となっては消えていく。それを繰り返し、光は強まっていく。その中心にいる彼女の肉体の崩壊もまた、比例するように加速していた。

 

 

「待つんだ! 頼む、お願いだ! 止めてくれメロペー姫!」

 

「……貴方様の御言葉であれば、全てに従うつもりでした。ですが、えぇ。ごめんなさい。その言葉だけは聞けません」

 

「止めろ! 君の霊基は、宝具の発動に耐えられるほど強靭ではない!」

 

「知っておりますわ。この身はそもそも、貴方様に恋い焦がれただけの小娘。そこに後世の人間が抱いた無数の思いを張り付けられただけの、ハリボテに過ぎません。不安定な霊基で宝具の連続使用……保つ訳が無かったんです」

 

「君は気付いてたのか!? それなのに宝具を……何故!?」

 

 

ボロボロと金色の粒子に変換されていくメロペーを見て、慌てて助けに行こうとするオリオン。そんな彼を抱き上げ、離さぬよう力を込めるアルテミス。

 

霊基再臨を果たした彼女は、あの時に自らの宝具の効果をオリオンに伝えた。それを聞いたから、ヘラクレス戦での切り札になると考えて発動させた。なのに、こんな事になるなんて。

 

知っていたら彼女に宝具の発動を命じただろうか。オリオンは答えを見出せなかった。

 

 

「宝具を二度使用すれば、霊基が崩れて消滅すると! 知っていながら何故!?」

 

「ごめんなさい。ごめんなさい、オリオン様。また私は、貴方様を苦しめてしまったのですね」

 

「違う! 俺のことなんてどうでもいい! 君は、君が無事ならそれでいいんだ! 俺はまた、また君を…!」

 

 

生前。オリオンはハッキリと彼女を拒まなかったが故、目を焼かれた。彼女の心に、名誉に、傷を与えると理解していたからこそ、引き剥がしはしなかった。巡り巡ってその行動は、彼女を英霊の【座】に歪な形で招き入れる結果を生んでしまった。

 

死後すらも、彼はメロペーの尊厳を踏み躙ったに等しい。

 

 

「ダメだ、止めろ! 君が消えてしまう!」

 

「構いませんわ。だって、私の願い――オリオン様にまた出逢う事は、もう叶ったんですもの」

 

「………!」

 

「それに、貴方様は最早、私だけの英雄ではないと思い知らされました。貴方様の輝きは、遥か未来にまで受け継がれ、絶えることは無かった。人類史を救う、まさに英雄。ちょっぴり寂しいですけれど、それよりも誇らしい気持ちの方が強いです」

 

「ぁ、あぁ…!」

 

 

光の奔流が止まらない。もう、宝具の発動は目前。

輪郭すらおぼろげになったメロペーは、太陽の如く笑った。

 

 

「さぁ、行って。私の大好きな英雄(オリオン)様。どうか彼らを、人々の未来を、導いて…」

 

 

―――『暗界に瞬く三ツ星(ギネ・ディッコウズ・モウ)

 

 

瞬間。神霊にすら匹敵する膨大な魔力が、オリオンの内から湧き上がる。

 

ヘラクレスを倒した時の様な、溢れ出る高濃度の魔力が大気を震わせる。ビリビリと島を揺るがす力の奔流の起点たる彼は、静かに両手を天に掲げ、その名を告げた。

 

 

「…『不敬雪ぐ信念の弓(ディ・クストリアージ・メターニア)』、『不遜砕く敬虔の鎚(クスペラスティータ・エンポディア)』」

 

 

ぽつり、と呟かれた彼の言葉を聞き届けたかのように、空を囲う"光帯"の彼方から神鉄と青銅で鍛えられた彼専用の神器が飛来する。

 

ヘラクレスが振るっても違和感がないほどに巨大なソレらをしっかりと受け止めたオリオン。そのまま振り返り、最愛の女性に言葉を投げかけた。

 

 

「我が女神。俺の我が儘を聞き入れてはもらえないだろうか」

 

「……うん。いいよ。オリオンのお願いだったら、何でも」

 

 

にこやかに、朗らかに。月と狩猟の女神アルテミスは、オリオンの全てを肯定する。

 

彼から強弓を受け取り、両腕で動かないように地面に固定する。

オリオンは残された魔力を全身に流し、超重量の棍棒である『不遜砕く敬虔の鎚(クスペラスティータ・エンポディア)』を弓に番え、飛び乗った岩から落ちないギリギリまで引き絞った。

 

……いくらメロペーからの超絶バフをもらおうと、あくまで霊基の質自体が劇的に変化したわけではない。アルテミスに削られた残りカスのように微小な霊基で、本来の己が使用する宝具の真名解放を二度も行った。

 

当然、耐えきれるはずもない。

 

 

「っ! ダーリン! 身体がっ!」

 

「前を見ろアルテミス! 弓が動けば狙いがブレる!」

 

「……うん!」

 

 

ヌイグルミの身体が罅割れ、崩れ去っていく。視界が霞む。

それでも、見据えた獲物は決して逃さない。

 

ギギギ、ギギギと震える弦が軋む。アルテミスは額から汗を流すが、拭き取ろうとはしない。この両腕は弓を支えているのではない、弓と一緒にオリオンを、そして彼の矜持を支えているのだと自らに言い聞かせていた。

 

アルテミスは見た。元々はただの人間だった彼女が、自らの死を恐れることなく彼に全てを捧げた光景を。

 

それは月女神の厭う「終わり」で、「別れ」で、悲しい「結末」だった。

 

しかし、それで終わりではなかった。そこで終わりはしなかった。

 

 

「………っ‼」

 

「ダーリン、まだ!?」

 

「っ…! まだだ…‼」

 

 

託された願いは、灯となって愛する彼に内に宿った。継承される遺志。受け継がれる思い。永遠に値しないとされた彼ら人間が、数千年にわたって繰り返し続けた意思の譲渡。

 

そこに、ヒトの美しさを垣間見た。

 

 

『まぁ――次とやらがあればの話だがなぁッ‼』

 

 

オリオンの超聴覚が、憎きヘクトールの勝利への確信に満ちた猛りを捉える。

 

千切れかけの手足を踏ん張り切ったオリオンは、最期に笑みを浮かべ、咆哮する。

 

 

「あるさ! 彼らはこれからも、旅を続けていくのだから‼」

 

 

臨界点寸前まで引き絞った宝具を、三ツ星の超人(オリオン)は解き放つ。

 

目も眩む程の光が視界を埋め尽くし、音を置き去りに不遜を砕く鎚は水平線目掛け空を駆けた。

 

 

「………ダーリン、大丈夫?」

 

「……あぁ。大丈夫だ。彼らは、必ず勝てるさ」

 

「そうじゃなくって、ダーリンの心配をしてるんだけどなぁ」

 

 

もうもうと立ち込める土埃を手で払い、アルテミスはボロボロに朽ちかけたクマのヌイグルミを優しく抱き上げる。その眼差しは、溢れんばかりの慈愛に満ちていた。

 

 

「ホント、無茶するんだから」

 

「……済まない。だが、言っただろう? 我が儘を聞いてくれと」

 

「だからって、こんなになるまで見栄張らなくったっていいじゃない。サーヴァントだって、元は人間だったんだもの。間違えもするし、取り返しのつかない失敗だってすると思うの、私」

 

「それではいかんだろう」

 

「いーの。私がいいって言うんだからいいの」

 

 

ぽふぽふ。

 

今にもバラバラになりそうなヌイグルミの汚れを払い、満面の笑みで抱き締めるアルテミス。

その姿は、捨てられた思い出の品を掘り起こした少女の様な、屈託のない柔らかなものだった。

 

 

「…あら? 私、消えてる?」

 

「……残骸と言えど、核は我が身の方にあったという事か」

 

「じゃあ、これでこの召喚は終わり?」

 

「そのようだ」

 

「そっか」

 

 

なんとも呆気ない幕切れだ。アルテミスは残念そうに唇を尖らせる。

その仕草がやはり人間臭く、オリオンは嬉しくなって小さく笑った。

 

金色の粒子となって解けていく二人。あと数秒も経てば、何をせずとも消えてしまうだろう。この歪んだ歴史の転換点から、最初からいなかったものとして修正されてしまうだろう。

 

それでも二人は、色付いた世界を見つめる。

 

 

「ねぇダーリン」

 

「なんだ、我が女神」

 

「人間って、神に頼らなくてもあんなに逞しく生きていけるのね」

 

「……そうだな。人は己の手で未来を切り開き続けるのだろう」

 

 

抱き合い、空を見上げる。

 

有り得ざる"光帯"が囲む蒼空に、淡く浮かんだ白が見えた。

 

 

「永遠に?」

 

「……あぁ。これからもずっと、ずっと先まで」

 

「人間って凄いね、ダーリン」

 

「そうとも。ほら、見てくれ我が女神」

 

「なぁに?」

 

 

人としての輪郭は既になく、黄金色の泡となって二人は風と共に空を目指す。

 

 

「あんなにも――月が、綺麗だ」

 

 

 

 

 

 






いかがだったでしょうか?

オリジナル展開で本来よりもBAD END染みたお別れになってしまったやも知れませんが、別れは人を強くするのでヨシ!

さて、これにてオケアノス編は完結とさせていただきます。

それによって、メロペーとオリオンのステータスやらをおまけ編で開示していきたいな、なんて思っておりますので、よろしければそちらも楽しんでいただきたいです。


次は何を書こうかな。
オリジナル水着イベか、アトランティスか、ンンンンンン!


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