もしも、オリオンがクソ真面目な堅物だったら   作:萃夢想天

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|・ω・`)<……

|ω・`)つ〔初投稿〕

|д・) ノシ




夏の微小特異点・その7

 

 

 

 

 

 カルデア一行がオリオンの痕跡を回収し終える数分前――。

 

 この特異点を生んだ元凶……というより、ややこしくした原因と言うべき人物は現在、聖杯を抱えながら無人の島を転々としていた。

 

 何処ぞの聖杯戦争で使われる大聖杯ならともかく、彼が保有している小型の聖杯は純粋な魔力塊として稼働している。それでいて聖杯として元来持ち得ていた機能も(一部オミットされているとはいえ)十全に発揮できる。つまり何が言いたいかといえば、この聖杯は魔力が枯渇しない限り、正しく願望器として使用できるのだ。そんなミニ聖杯を乱用してこの世の春を謳歌していたのは、他でもないオリオンである。いや、オリオンではあるのだが、その精神に異常をきたした、誰も知らない(みんなしってる)オリオンだ。

 

「うへへへへっ。こりゃ本当にツイてるぜ。なんか厄っぽい美女に召喚された時はどうすっか悩んだが、まさか聖杯ゲットできるなんてなぁ。しかもコレで古今東西の女の子を呼び放題ってんだからたまんねぇ!」

 

 誰もが幻滅し、人間性を疑うレベルで下卑た笑い声が森の木々へ吸い込まれていく。物語に登場する悪い王様のように、輝く黄金色の聖杯へ肘を置きながら邪悪な笑みを浮かべるクマのヌイグルミ――それこそが、誰あろうギリシャの三ツ星ことオリオン。

 

 彼は偶然手に入れた聖杯を怪しむことも無く、即座に「カワイ子ちゃんをおくれー!!」と欲望塗れの願望を願った。小型であってもれっきとした聖杯。所有者の願望を受理し、求められているものを()()()()()()()召喚する。すると、なんということでしょう。見目麗しい美女美少女がポンポンと召喚されてくるではありませんか。

 

「へいへ~い! そこの素敵な彼女ぉ~! カワイイぬいぐるみとキャッキャウフフしな~い?」

 

 これを天啓と受け取った彼は、ナンパをしようものならその結末まで予期できるというのに、身体が勝手に女性を口説きに行ってしまう。「あー、そろそろ矢の雨が降る頃だなぁ」と冷静に死期を悟る俯瞰的視点で自分を見ることが出来る彼は、いつまでも降り注いでこない制裁に首を傾げる。

 

 基本的にこのオリオンは自分のナンパが成功するとは思っていない。上手くいけばラッキー程度のノリで攻めたもん勝ちだと思って手を出しているからだ。その為、カルデアの職員、ひいては女性サーヴァントからは白い目で見られている。場合によっては制裁を受ける前に私刑を受けたこともあった。ドラゴンライダーの聖女然り、南米の女神(ルチャドーラ)然り。そんな思いが脳裏にあるからこそ、更なる衝撃に襲われる。

 

「お、オリオン様? い、いったいどうされたのですか!?」

「い、いきなりなんだオリオン! あ、ちょ、そこは…!」

「あらあら? そんなところを触って、どうなさったのかしら?」

 

 触りに行って迎撃され、過剰防衛で中身の綿が剥きだしになるまでボコボコにされるのがオチ。だというのに、オリオンを見た女性陣は誰一人として彼を拒むことはしなかった。それどころか、どこか具合が悪いのか等と心配して抱き寄せる始末。思いもよらない反応をされ、オリオンは腕を組んで思案し、次の瞬間には思考を放棄した。

 

(ま、寧ろラッキーだよなこの状況! 楽しまなきゃ損だぜ!)

 

 そこからの時間はまさに、夢のようなひと時だった。抱きつこうが(まさぐ)ろうが揉みまくろうが、窘められる程度で拒絶は一切されない。ならば男としてこの据え膳、残してしまえば末代までの恥となろう。ま、末代どころか子孫すらいないんだけどねってのはギリシャ風ブラックジョーク。聖杯に願い、自分の設けた条件――『神性を持つ者』と『男性』――を弾いて召喚する形式にしたことで、彼の苦手な神やその類者、そして自身の夢であるハーレムを邪魔する男性英霊を悉く排除できる。欲望に忠実だった結果の最善手を取っていた。

 

「ひゃー、いやにツキまくりでこっちがビックリだわ。今まで声をかけようもんならあからさまに距離を取られたり、ちょっと不慮の事故を装ってボディタッチしようとすればキッツイビンタかまされたりだったもんなぁ……いや、これまでがおかしかったんだ。そうさ、俺は人間を超越したって感じのオリオンだぜ? これぐらいの役得が無かったのが嘘みてぇなもんだろ。ハハハハハ!」

 

 人生楽しんでナンボ、今が楽しけりゃそれでヨシ! まさにギリシャ男児を地で行くオリオンはケラケラと大笑いし、落ち着いたところでミニ聖杯を小突く。

 

「……けど、今まで順調にカワイイ女の子を召喚してたくせに『俺の事が大好きな、相性ピッタリの女の子を呼んでくれ』って願った途端、うんともすんとも言わなくなりやがった。魔力切れってわけでもないだろうし、召喚し過ぎて故障でもしちまったのかな?」

 

 目下、彼を悩ませているのもまた、その聖杯だった。先程までは要望通りの仕事をしてくれていた聖杯が、新たな注文をした直後から反応が無くなってしまったのだ。これにはオリオンも焦ったが、魔術の心得もない狩人の自分がアレコレ弄っても直るわけはないと開き直り、元に戻るまでこうして見つかりにくそうな森の中に身を潜めていた。

 

 ただ待つのもつまらないと、オリオンは聖杯をモフモフの手で揺らしながら、自分の願望が叶った時にやって来るカワイ子ちゃんがどれ程のものか妄想に耽ることにした。

 

「そーだなぁ…やっぱボインは必須だろぉ? んで顔が良くって、表情も感情豊かにコロコロ変わって、それでいてどこか儚げな印象もあって。髪とか肌の色とかにあんまりこだわりは無いけど、奇抜な色過ぎるのは勘弁かなぁ。スタイル抜群! 器量良し! おまけに俺にベタ惚れってなぁ⁉ っくぅ~~! 早く来てくれないかな~俺のベストパートナーちゃぁ~ん!」

 

 今か今かと理想が実現する瞬間を心待ちにする三ツ星の狩人。ホクホクのクマ顔で浮かれていた彼は気付かなかった。すぐ背後に、一人の女の影が迫っていたことに。

 

 

□□□□□□…Loading…□□□□□□

 

 

 時は戻り、カルデア一行――。

 

 特異点修復の為に駆け付けたカルデア。彼らは特異点にて『テレイア』を名乗る【アルターエゴ】クラスのサーヴァントと遭遇。彼女から、オリオンが精神に異常をきたし、鋳造した小型の聖杯を奪取して乱用しているとの報告を受けた。そこでカルデア一行は大本の原因であるテレイアの協力の元、特異点へレイシフト出来た二騎のサーヴァント――『ディオスクロイ』『水着メロペー』を伴い、異変の解決に尽力した。

 

 無人島の至る所に残されたオリオンの痕跡を集め、その過程でカルデアから逆召喚されてやけに頬を赤らめた状態の女性サーヴァントを保護し、ようやく今に至る。聖杯を鋳造する為の神殿に集まっていた一行は、謎の爆音の正体を探るべく森の奥へを足を踏み入れた。日が落ちることなく上り続ける常夏の特異点、暑さで倒れないようにマスターたる藤丸少年の体調に気を配りつつ、彼らは少しずつ音の発生源へ近付いていた。

 

「ハッ! セイッ! オラァ‼」

 

 その道中、行く手を阻むように現れるエネミーを、テレイアが文字通りに粉砕していく。初めて出逢った時は豪奢な赤と黒のドレスの貴人、素材集めをする際には金の装飾と軽鎧をまとう水色のレオタード衣装の麗人。そして現在のテレイアは、黄色・橙色・若草色が重なり合ったバトルスーツと思しき装束に身を包んだ武人と化していた。

 

 上半身を橙色、胴部を黄色、下半身を若草色でグラデーションされた美女は、その四肢を振るって群がり迫る敵を片っ端から打ち倒す。肘から指先にかけて目が痛くなるような薔薇色となっていて、拳が頬を打つ度に飛び散る血飛沫を浴びて色を濃くしているかに見えた。

 

「そらそらどうしたァ! こんなもんかい!?」

 

 根っからの武闘派なのか、物足りないと吠えるテレイアを先頭に、藤丸少年は双子座の双神(ディオスクロイ)の兄カストロの盾で守られながら後を追う。テレイアが討ち漏らした敵は、妹のポルクスが自慢の拳闘と剣で確実に仕留める。そんな双子神の献身など露知らず、ピクニック気分で着いていくのは水着霊基を手に入れて浮かれに浮かれた水着のメロペーである。縦一列になって森を一直線に切り開いていく。目的地へ最短で辿り着く為の最適解であり、最善手でもあった。敵の襲来を切り抜け、戦闘態勢を解いたことで軽く息を吐いた藤丸少年に、姉御肌全開モードなテレイアは困ったように呟いた。

 

「いやぁ、ホントだったら、“輝く者(パエトン)“と“光暉(ラムポス)”って馬に車引かせて突っ切った方が早かったんだけどさぁ。今のアタイだと喚び出せないみたいでね。言い訳みたいでダサいけど」

「いや、全然大丈夫。むしろ前衛で動いてもらって助かってます」

 

 汗を拭いつつ返答するマスター。実際、何が起こるか分からない状況下でディオスクロイを前線に立たせることは出来ず、後衛を頼もうにもメロペーは現在【バーサーカー】クラス。まともな魔術的援護は期待できない。元々のクラスでも期待できないだろって? それは言わない約束だぞ。

 

 さて。森に入って十数分が経過しているが、肝心の爆音の発生源には辿り着けていない。理由は単純で、発生源もまた移動しているからだ。移動ルートに規則性が無いことはカルデアとの通信で確認できている。逆に言えば、ルートを予測して待ち伏せをすることが難しいというわけだ。

 

「ダヴィンチちゃん! 聖杯の反応って拾えた?」

『それが、独自の製法によるものなのか一部機能をオミットしたが故の軽量化の影響なのか。とにかく反応が小さくて上手く掴めないんだ。さっきからバカスカ放射されてる極大の魔力反応にも邪魔されてるし……っていうかコレ、神霊クラスの反応じゃないか』

「神霊……では、この気配はやはり」

「行き着く結論は同じか、ポルクス」

 

 管制室のダヴィンチとも連絡を密に取り合い、対象の位置情報を共有するがどうやら状況を好転させてはくれそうにない。絶え間なく茂みを割って飛びかかる魔獣やホムンクルス擬きを徒手空拳(ステゴロ)で対応し続けているテレイアが、振り返る暇も惜しむように吐き捨てる。

 

「ッ…! だァァァッ! 鬱陶しい! こんな雑魚に時間かけてらんないんだよアタイらは! 早くしなきゃまたアイツに先を…!」

「え、アイツって?」

「姐さんらは立場的に言い辛かろうがアタイにゃ関係ないからね、知りたけりゃ教えてやるよ! 聖杯持ったオリオン追っかけて権能(ノロケ)ポンポン撃ってるアホ、多分だけど……アルテミスだろうね」

「アルテミスが……って驚くことじゃないか」

 

 テレイアの言葉を聞き、藤丸少年は驚愕する…わけもなく「まぁそんなとこだろうな」とある程度察していた。オリオンに異常が起きたという段階でほぼアルテミス絡みと高を括っていたほどである。むしろテレイアが原因と知って心の内でアルテミスに疑ったことを謝ったほどだった。

 

『彼奴の一言であの女が人間にどう思われとるか、よく分かるわ』

『うん、まぁ、うん。アルテミスだからね…』

『アルテミスだものなぁ…』

 

 草木だらけの道なき道を突き進むカルデア一行withテレイアだったが、ここで藤丸少年があることに気付く。

 

「そう言えば、カルデアのアルテミスってどうなったの? まだあのまま?」

『え……あ゛』

「なんか嫌な予感してきたんだけど!?」

 

 通信越しのダヴィンチの反応からこの後の展開を容易に悟った藤丸少年。護衛を務めるディオスクロイの兄妹も沈痛な面持ちになっている。後方で何食わぬ顔で首をかしげているのはメロペーのみ。平常運転だね。

 

 そんな珍道中であったが、一団の先陣を切るテレイアが手を止める。彼女の動きに注視していたマスターやカストロも警戒しながらも歩みを止めた。すると遠くから爆音に紛れるように木枝をかき分ける音と、情けない泣き声が聞こえてきた。泣き声の主は立ち止まっているこちらに気付いていないのか、彼我の距離は縮まっていく。それに伴い上空から降り注ぐ青白いビームらしき攻撃もまた近づいてくる。回避か防御の選択を誤れば一団は大打撃を被る。マスターとして藤丸少年は冷静に状況を見極めんと意識を加速させていく。そして遂に茂みの奥から、見覚えのあるくたびれたクマのぬいぐるみが飛び出してきた。

 

「あ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛ぁあ゛あ゛ぁぁ‼ もうダメ死んじゃう射貫かれて死ぬ中身ぶちまけて死ぬってか丸ごと蒸発するレベルじゃねぇかぁぁあ゛あ゛!?」

 

 全身に枝や葉を絡み付かせてボロボロになった、勇ましいクマのぬいぐるみ――見紛うはずもない、アレこそ藤丸少年が第三特異点で助けられた剛力無双の大英雄オリオン…の変わり果てた姿だ。それが滂沱の涙を零しながら転げ回っている。しかも、普段なら絶対口にしないはずの弱音を垂れ流して。藤丸少年ですらギャップが凄まじいと感じているこの状態、より縁の深い相手からすればそれ以上の衝撃と絶望を受けたことだろう。

 

『アレ、オリオン、チガウ。ワラワノ、オリオン、チガウ』

『あんなのをオリオンだと認めたくはないし、初めからお前のでもないし、どちらにせよ解釈違いだねぇ。一体全体、彼の身に何が起きたのか』

「……た、耐えろ。アタイが折れたら終いだ。直視せずに概念だけを切り取って何とかオリオンだと誤認しろ…‼」

 

 頭から赤と水色の煙を登らせながら虫の息で構えるテレイアが心配でならないが、問題はそこではない。あれだけ逃げ回っていたオリオンをようやく目視できたのだ、確保まであと一歩のところまでこぎ着けた。藤丸少年は指揮能力を発揮し、サーヴァントに指示を飛ばす。

 

「ポルクス、オリオンの前方へ! カストロは後方の攻撃に注意しつつ退路を断つんだ! オリオンには光って目を眩ます宝具があるから気を付けて!」

「了解!」

「光って……へへっ! 嬉しいねぇオリオン!」

 

 与えられた指示通りに動き、こちらを認知したオリオンの行く手と退路を同時に断つディオスクロイ。こちらが知る限りではまともな攻撃手段を持たないが、逃げや潜伏の時間稼ぎが出来そうな宝具の存在は確認している。オリオンの持つ宝具の一つ【暁よ、我が闇を照らせ(エッフェリスト・エオス)】だ。かつて第三特異点では人理に勘違いで反旗を翻したイアソンの拘束から逃れる為に発動していた。

 

 今回も同じように発動されては敵わないと懸念したが、宝具発動に使用する魔力が無ければそもそも宝具も意味がない。加えてぬいぐるみの姿は霊基の搾りカス程度の魔力保有量しかない。つまり、今の彼にはそもそも打つ手がないのだ。故に無様に逃げ回ることしかできないことを藤丸少年は幸か不幸か知らなかった。

 

「あぁ! オリオン様! あの愛らしい御姿はオリオン様! マスター、私への指示は!?」

メロペーはもう好きにして(やっちゃえ、バーサーカー)!」

「はいっ! 愛、故に、いってきまぁーーす♡♡♡

 

 前方と後方を塞ぎ、ダメ押しに猪突猛進のタックル(メロペー曰く愛のハグ)を叩きこむ。現状取れる最善手であり、それは追われる側に立たされているオリオンもまた遅まきながらに理解していた。ここは狩場であり、自分は追い立てられてきた獲物なのだと。それでも三ツ星の狩人の名は伊達ではない。彼は瞬時に思考を巡らせ、この包囲網の抜け道を見つけ出す。

 

「何処の誰かは知らねぇが、俺様はギリシャ随一の狩人オリオン様だぜ? 例え四方を囲まれようが、逃げ先に追撃役の女神様を控えさせていようが、逃げきれねぇと思うかよ!」

 

 得意げに語る彼の言葉は的を射ていた。先の包囲にテレイアは参加せず、逃げた先を一歩引いた場所から見極めて逃がさない配置を整えていた。ところが狩人はそれすらも読んでいた。いや、狩られる側の思考を完璧に読み取れなければ、彼がギリシャ世界最強の狩人の名を欲しいままにしてはいなかっただろう。狩人としてはまさに世界最高峰なのだから。

 

「じゃあな、あばよ!」

 

 威勢よくそう告げたオリオンは疾風怒濤の勢いで突貫してきたメロペーを跳躍して躱し、そのまま木々の間を弾むように高く跳び上がった。

 

 そう、高く飛び上がったのだ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「見つけたわよダーリンッ‼」

「…………あっ

 

 

□□□□□□…Loading…□□□□□□

 

 

「……ぶびばべんべびば(すみませんでした)

 

 全身の至る所から綿がはみ出した、ズタボロのぬいぐるみがうなだれる。クマを模した愛らしくも精悍だったそのぬいぐるみの正体が、かのオリオンであると知っている面々ですら憐れみを禁じ得ない程のフルボッコぶり。一切の手心が加えられなかった狩猟の女神からの制裁を間近に見ていた藤丸少年は、「女神こわい」というギリシャの常識を再インストールした。

 

 いと哀れなる三ツ星の狩人の成れの果てを前に、被害者でもあり加害者にもなった月女神は幼子の様にわんわんと泣き喚く。

 

「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛!! だぁりんのばかぁぁぁ!!」

 

 大粒の涙をボロボロと零しながら、破けてほつれたぬいぐるみを滅茶苦茶に振り回す。カルデアでも時折見られる光景だと思った藤丸少年だったが、いつもの漫才染みたようなやり取り以上の気迫を感じ取った。本気度が違う、と言うのだろうか。マスターの安全を確保すべく前後に挟む形で待機しているカストロとポルクスもまた、騒がしさよりも悲痛さに秤が傾いていた。

 

「だぁりんが浮気したぁ! ホントのホントに浮気したぁ! 私なんてもう要らないんだぁぁ!」

 

 ギリシャの神格。その中でも最上位に位置するオリュンポス十二神が一柱。それこそが狩猟と月の女神たるアルテミス。知識としてはそう理解していても、目の前でギャン泣きしているのは愛する人の裏切りに胸を痛め涙を流す、うら若き乙女にしか見えなかった。

 

「ばかぁ…! だぁりん……だありん…! わたしを、すてないで…」

 

 地に伏せ、肩を震わせながら土を握りしめて、悲哀を漏らす姿に憐憫を抱く一同。およそ神と呼ばれる存在について造詣が深ければ深い程、今の彼女の姿が哀れに思えてならないだろう。

 

 彼女は女神だ。人の上位存在にして信仰の対象。本来なら、彼女に見捨てられることを嘆くことこそすれ、彼女が泣いて縋ることなど、天地が裏返ろうとも有り得ない。だが現実にそれが起こっている。どこまでも一般人メンタルの藤丸少年だからこそ、そんな状態のアルテミスに声を掛ける事が出来た。

 

「……本当に大好きだから、嫌いになんてなれないんだよね」

 

 その言葉に、身体の震えを止めてアルテミスが顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃに歪み、なおも美しさを損なわない美貌を晒し、力が抜けたように口を緩めた。

 

「ぐすっ……んん、そーなの。えへへ、だいすきなの」

 

 にへぇ、と浮かべただらしのない微笑みは、年端もいかぬ幼児の無垢に近しい愛に満ちたものだった。束縛的で、暴走気味で、過剰な部分が多い。そんな厄介極まりないものであっても、心底から愛おしい。アルテミスという女は、世界中の誰よりも、オリオンを愛している。その事実を、何よりもアルテミス自身が誇りに思っていた。

 

 女神の愛の告白を聞いた直後、ボロボロだったオリオンに変化が現れる。

 

「んごぼぉッ!? な、なんだ、頭が割れちまいそうだ…あだだだ!」

「っ…!? ダーリン? ダーリン!」

「こりゃ、どうなって…」

 

 藤丸少年の傍で事態を見ていたテレイアも、状況の変化に驚きを隠せない。ズタボロのぬいぐるみが、眼下でのたうち回って苦しんでいる。頭を抱えようにも、ぬいぐるみの構造的問題からうまくいかず、もんどりうって森の中を転げ回るオリオン。様子がおかしいと気付いた藤丸少年らは、警戒態勢に移行しながらも仲間である彼から視線を逸らさない。

 

 そうしているうちにぬいぐるみの奇行が治まり、ゆっくりと顔を向けてくる。黒く小さなつぶらな瞳に、先程まで感じられなかった知性と品格が戻ったかのように見えた。

 

「はぁ…はぁ…! 失態、だな。まさか我が身が、このような…くっ!」

「今の言い方……オリオン! いつものオリオンなのね!」

「あ、あぁ…済まなんだ、我が女神。貴女を傷つけることに、なるとは」

 

 聞き馴染みのある一人称に、ぱっと顔を輝かせるアルテミス。何が原因で、どうしてそうなったかは不明のままだが、一先ず愛するオリオンが戻って来た。その喜びは思考を飛び越え、飛びつくと言う愛情表現へ昇華される。グラマラス美女の神速ハグを真正面から受け止め、白磁の長髪をやんわりと撫で梳きながら、落ち着き払った声色のぬいぐるみが呟く。

 

「本当に済まない」

「ううん、いいの。いいのよオリオン。私、どこも怪我してないもの」

「体の問題ではない。我が言動が、貴方の心を深く傷つけた。()()()、それが我慢ならんのだ」

「オリオン…!」

 

 森の中、美女とぬいぐるみが互いを抱き合う。ファンシーながらも感動を誘う場面だ。互いの関係性を理解しているものからすれば、神話の続きを見ているも同義。実際、特異点修正の為にモニターへ齧りついているカルデアスタッフのほとんどが、二人のやりとりに涙していた。

 

 ただ、そう。一つだけ付け加えるのであれば。

 

………は?

 

 この世界は彼らだけの物語ではない。

 

 藤丸少年から斜め後ろに控えていた人物――テレイアの瞳から、光が消えていた。

 

「なんだい、そりゃ」

「テレイアさん…?」

 

 ふらり、と。倒れ込む様に不安定な足取りで、歩を進めるテレイア。その表情からは一切の色彩は感じ取れない。彼女の目に映り込む愛し合う二人も、見えていない。否、見ようとしていない。

 

「ここまで、アタイらがどんだけ、どんだけ……」

 

 幽鬼の如くゆらゆらと揺れる歩調に、ディオスクロイの二人が警戒心を一気に引き上げ、武装を展開しマスターの前に立つ。そんな双子の行動を把握しているかすら読み取れない歩みで、テレイアは前へ進む。その先にある、ただ一人の男を目指して。

 

「ふざけるな…! ふざけんじゃないよ、アンタ…!」

 

 ギリ、と歯噛みする。軋んだ音が森に染み入り、風鳴りに掻き消えていく。力無い一歩は、踏みしめるような怒りと悲しみを籠めた一歩へ変ずる。

 

「アタイが、『(わたし)』が、どれほどお前との再会を望んだか…!」

 

 ぽろ、ぽろ。知らず、女の瞳からは滴が垂れ落ちていく。止まらない。溢れ出る。止められない。止めようもない。

 

 テレイアが流すものは全て、愛だった。人間の抱くものと同じ出力ではないものの、紛れもない愛に他ならなかった。彼女にとって、自分を初めて認めてくれた男への愛だった。自分を初めて諫めてくれた男への愛だった。他の多くの人間より、ほんの少しだけ多く注いだ愛だった。

 

 暁の女は、彼を今も愛している。神々の女王は、彼を未だに想っている。全能に守られし女は、彼を高く評価している。三者三様、形も大きさも濃度すらも、てんでバラバラで整合性など微塵もありはしない。それでも、彼女はオリオンを愛している。

 

「この辛い想い(ノイズ)を、この悲しい恋(バグ)を、この苦しい愛(エラー)を! 忘れられないんだよ…!」

 

 俯き、拳を握り込み、テレイアを中心に魔力の渦が巻き起こる。攻撃の予兆かと身構える双子を余所に、橙と若草色の女の姿が立ち消える。次に現れたのは、赤と黒が目立つ豪奢なドレスをまとう女の姿。

 

「妾にとって、お前が何より大切なのだ。オリオン、我が積年の……」

 

 手を伸ばし、何かを言い紡ごうとしたが、その口を閉ざす。言い切ることなく切り取られた言葉を、聞き出せるものはいなかった。

 

「いや、もうよい」

 

 伸ばされた掌は虚空を掴み、やがてそこに膨大な魔力の塊を作り出す。それを瞬時に高濃度の呪いに転換し、圧縮して放たんとする。明確な敵意ではないが、害意はある。そして、それを見過ごすカルデアではない。

 

「共に、この時の果てたる海に沈もうぞ。オリオン、妾と逝こう。永劫無窮の中で、眠りに就こうではないか」

「そうはいかないよ、テレイアさん」

「……カルデアよ。退け。オリオンを差し出せば、其方らの旅路の邪魔はすまい」

「仲間を置いて行けない」

 

 暴力的な魔力反応を前に、一歩も引かず意志の強さを見せつける。神と袂を分かって数千年の時の中で培われた、人として歩む強さを見せつけた。テレイアは何より人間の強さを理解し、愛したからこそ、狂わずにはいられない。

 

「ならば……此処で終わらせてやるのも慈悲か。ここより先、其方らの旅は死と後悔に溢れ往く。断絶と苦痛に身を裂かずとも、妾やオリオンと、安寧の天蓋に身を委ね、終局を待つ。それこそ、お前達が最も傷付かぬ生き方だ」

「でも、それじゃ誰も救われない」

「……そうか」

 

 かつて、遠いかつてに自分を諫めたある男と似た目で見つめる人間を、テレイアは懐かしむように見る。それから一度瞼を閉じ、ゆっくりと開く。

 

「では、妾を止めて見せよ、人間」

 

 大いなる権能を用いて宙に浮き、英霊と轡を並べる弱く脆い人間を見下ろす。

 

 此処に神と人との戦いが、愛の幕が上がった。

 

 

□□□□□□…Fatal Battle…□□□□□□

 

 

「――よもや、妾が英霊なぞに落ちぶれようとは。ま、致し方あるまい。此度、其方の旅が終わりを迎えるその時まで、この神々の女王たる妾が傍らにて見守ってやろうぞ」

『すんげぇ偉そうコイてるけどさ。アンタこの子らに負けてんの忘れた?』

『逆だよ逆。覚えているから、こうして足を運んだんだよ。神に勝った人間が、早々に負けたなんてことになったら、目も当てられない』

『あぁ…みみっちいねぇ』

「やかましいわ!」

 

 こうして、夏の特異点での一件は修復された。それはもう高難易度のボス戦があり、それに勝利を収め、勝利を高らかに謳って(聖杯と伝承結晶もらって)カルデアへ帰還したのだが、敢えて秘そう。此処からの話に於いて、そう重要な事ではないからだ。

 

「それよりも、だ。奴はいったい、何をしておる?」

「あぁ、アレね…」

 

 特異点修復後にカルデアへ召喚された女神の複合体とマスターの、それぞれの視線の先にいたのは、ふわふわもこもこの愛らしいぬいぐるみ。それも、バンダナと手袋をつけ、掃除用具を一生懸命に振るってカルデア基地内を清掃する、健気な大英雄の姿だった。しかも、『私は罪人であり、贖罪中につき、慈悲は不要』と書かれた小さなプラカードが、首からかけられていた。

 

「話せば長くなるんだけど…」

 

 苦笑しながら、藤丸少年は語った。

 

 特異点の修正後、聖杯によって逆召喚されていた女性英霊が全員、カルデアへ帰還していた。これにて万事解決、大団円…とはいかなかった。彼女らと同様に戻って来ていたオリオンが、その場で自害を決行しようとしたのだから。慌てて周囲が引き留めたが、彼自身が誰より自分を赦せないでいた。

 

「此度の失態、最早どんな偉業を成そうとも償いきれるものではない!」

 

 なんとオリオンには記憶が残っていた。テレイアの聖杯で逆召喚された際、変調をきたして女性英霊にセクハラを行ったことを、覚えていたのだ。誰よりも誠実で紳士な彼からしてみれば、愛を誓った女性以外へ軽々に手を出し、その行為への責任すら取っていない等、万死に値する蛮行でしかない。だから彼なりのけじめをつけようとしたのだが、男性だけでなく、被害に遭ったはずの女性英霊からも自害を引き留めようとする者が多く集まった。

 

 だが、何のお咎めも無しとはいかない。そこで人類叡智の粋を結集して考え出されたオリオンへの罰が、カルデア内の清掃だった。

 

 生温いと思うだろうか。藤丸少年は微塵も思わない。なにせ、オリオンはあの体躯なのだ。管制室の掃除だって、何時間かかるか分からないのに、英霊の立ち入りが許された範囲内だけでも、施設内ほぼ全域の清掃活動となれば、気の遠くなる期間を要するだろう。それだけの時間を対価として支払うことを(半ば自主的に)決定され、持ちにくいぬいぐるみの手足でモップや塵取りを何度も落としながら、掃除に明け暮れている。

 

「今回の件で、オリオンには一切の非が無いことぐらい、みんな分かっているんだけどね」

「本人経っての希望なんだし、受け入れるのも心意気ってものだよ」

 

 コーヒー片手に肩を竦めるドクター・ロマンとダヴィンチ女史に、電子機器の修繕をしにやってきていた錬鉄の英雄が苦言を呈する。

 

「とは言え、かの三ツ星の狩人に掃除をさせる等、よほどの暴君でもなくば落ち着かんよ。見たまえ。あまりの申し訳なさから、古今東西の英霊達が掃除用具を片手に床へ這いつくばっている」

「うん。それを見たオリオンが更に申し訳なくなって落ち込んじゃってる」

「はぁ…やれやれ。このままではカルデア中の雑巾やモップが一斉に傷んでしまう。そうなる前に手を打ってこよう」

「あぁ、うん、ありがとう。でもさ、封印指定されてもおかしくない投影魔術の使い手に、掃除用具をしこたま投影させるのも、人間側の僕としては非常に申し訳ないんだよね」

 

 そんな、めでたしとは言い切れない幕切れではあったが、マスター共々浮足立った者達の心を引き締めるには、良い夏が過ぎて行った。






|・ω・`)<お待たせしたわね

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