進撃の巨人アニメを一気見したので初投稿です。
それでは、どうぞ!
――夏の微小特異点解決から、数日後。
今日も今日とて人類史修復の最前線に立つ、人類最後のマスターたる藤丸少年は、カルデアが召喚したサーヴァント達との交流を深めていた。それは、彼自身が魔術師としてもマスターとしても非才の身であると誰より深く理解し、他者に頼ることで救われてきたからこその、彼なりの任務と言える。
辛く苦しい旅路の中で既に見知った英雄豪傑達と挨拶を交わしつつ、先日召喚されたばかりのとあるサーヴァントがこの組織の在り方に馴染めているか、確認しに行く最中だった。
「えーと、あ。ここだ。すみませーん、テレイアさーん」
電子と霊子の二重ロックがかけられた無機質な扉をノックする。この部屋を利用しているのは、数多くいる英霊の中でも特異とされる“
とは言え、そこはカルデア。れっきとした魔術組織であるため、彼女の霊基を調べ上げてどのような存在であるかを正しく把握していた。迂闊に口に出すことを憚られるのも頷けるビッグネームに驚く魔術関係者とは違い、平凡な家庭で普通の感性を持って生まれ育ったマスター…藤丸少年にとって、聞いたことある名前だな程度の認識しかなかった。逆に、魔術と共に人生の歩を進めてきていたら、面と向かって接することなど出来なかったに違いない。
「あれ、いないのかな。もしもーし」
ノックの反応が見られず、留守かと考えるマスターだったが、他に行きそうな場所があるかと考え始めたところで扉が開いた。
「テレイアさん!」
「……小僧、貴様か。妾に何用かえ?」
現れたのは、赤と黒をふんだんにあしらった豪奢なドレスをまとう美女。彼女こそはテレイアの第二霊基にて表出する人格。傲岸不遜で傍若無人、高貴な身分の女性と言えばな言動が似合う姿はまさしく絶対的な格の差を抱かせる。
ちなみに第一霊基の時には、橙と緑と若草色のバトルスーツをまとう姉御肌の美女に。第三霊基では、水色のレオタード風衣装に黄金の装飾と軽鎧を身につけたセクシーな美女にそれぞれ変化する。カルデアスタッフと頭脳担当であるレオナルド・ダ・ヴィンチからの報告によれば、第一が暁の女神エオス。第二が神々の女王ヘラ。第三が主神の姉ヘスティアの神格を宿しているとのこと。どれもがギリシャ神話で
「特に用事って訳ではないんですけど。ただ、カルデアに来て少し経つけど、何か困ってることとかあったら教えてもらいたいです」
「ほぉ。殊勝な心掛けであるぞ、人間。神たる妾に従い、捧げ、尽くすを喜びとするは人の性。感心感心」
『……と、海神と人間のハーフにゾッコンな主神の妻が申しております』
『高飛車な態度でワンアウト、サーヴァントとしての身分を弁えていないのでツーアウト。おまけに既婚者のくせして
「貴様らいい加減にしろよ!?」
古今東西、様々な地位や権限を持つ英霊達とコミュニケーションを取り合い絆を育んできた彼でも、突然虚空に向かって怒鳴り散らす彼女の相手は未だ慣れない。ダヴィンチちゃん曰く、「恐らく霊基内で他神格と会話や意思疎通をしているからじゃない? ほら、ジキルとハイドみたいな。別人格と話してると思えばいいのさ。君も知ってるだろ、『我は汝、汝は我』的なのだよ多分」らしい。当たってないけど違ってもいないんだろう。
さて。そんな劇物チックな彼女だが、高慢で尊大な振る舞いとは裏腹に、きちんと自分が人間であることを理解したうえで尊重してくれている優しさもある。これも神格統合の影響ではないかと推測されていることだが、彼女達の誰かが単独で顕現していた場合、もっと苛烈で冷淡な…システマティックな対応になっていたかもしれない。ギリシャの神格に一家言あるギリシャ英霊からのアドバイスだった。
「フーッ! フゥー! 全く……ん、小僧! 許し無く妾の神殿へ足を踏み入れるでないぞ。みすぼらしくせせこましい仮の宿だが、それでも妾の治める空間である。無礼を働けば命はないと思え」
「あ、はい。ごめんなさい」
「分かればよい」
『こーゆーところがモテない理由だって、そろそろ自覚しないものかねぇ』
『姐さん。破壊に特化した兵器が人の飢えなんか満たせると思うかい? 無い機能は使えない。反省だの自粛だの、そんな
『そうだよねぇ』
「………いつか殺す」
ドスの利いた低い声で恐ろしい言葉を呟いたのは、気のせいだと聞き流すことにした我らがマスター。そうだ、気のせいだ。さっき彼女の身体と出入り口の隙間からチラリと見えた、『私を射抜いて♡』とか『こっち向いて
推し活に励む女神の想像を振り払おうと頭を振る。そこへ、今度は彼女から話しかけてきた。
「と、ところで。全然まったくもって関心など無いのだが、あやつは今何処におる?」
「あやつ?」
「だ、だから、あれよ。この間、妾…達が手古摺った狩人よ」
『妾達が迷惑をかけたの間違いだろぉ? マスターに嘘はよくないぜ?』
『そもそも妾達っておかしくないかい? 事の発端はお前の我が儘じゃないか』
「えぇい鬱陶しい! 貴様らの通信機能をオミットすべきだったわ!」
またしても声を荒げて肩を怒らせる美女に、どう対応すべきか困り、眉を下げるしかない。ただ、彼女の言わんとする人物の心当たりがあった為、それを伝えることにした。
「オリオンのことなら、テレイアさんが作った微小特異点をモデルに作ったシミュレーターに行ったよ」
「おぉ、そうであったか。ふふ、あやつめ。妾との思い出を求め往くとは、殊勝なことだの」
「…メロペーに誘われて」
「あの駄馬にも劣る畜生風情が! 妾のオリオンを拐すなぞ、足先から髪の毛先まで細切れにして海へばら撒いてもなお飽き足らん‼ 小僧、案内せい!」
照れくさそうに微笑んだかと思えば、一転してマジギレ怒髪天不可避。絆を紡ぐより口を噤むべきだったと反省するも、遅過ぎた。腕を掴まれ、レイシフト用のコフィンを起動する管制室まで廊下を引き摺られる。
『やれやれ、これだから耳年増は余裕が無くていけないよね。しかも、お前のオリオンじゃないと何度言えば分かるんだろうか。ねぇ、エオス?』
『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すあのバカ(バーサーカーの略)はアタイが必ずぶち殺す』
『……女って、嫌だなぁ』
頑張れ藤丸少年。人理の未来は、君の(引っ張られて千切れそうな)腕に託された。
ざざん、ざざん。
浜辺に波が寄せ、引いていく。塩水が波の勢いで衝突し、小さな泡粒が出来ては砂浜を濡らし、乾いていく。そんな光景を綺麗だと感じる者もいれば、退屈だと飽きる者もいるだろう。ただし今、この時に限って、この場所にいる二人にとっては目にも入らない光景だった。
「あははははっ! オリオン様ぁ~♡」
「メロペー姫!」
波打ち際を、一組の男女が駆けていく。男は、小さく短い歩幅で懸命に。女は、自信に満ちた速度で一心に。二人は、走る。誰もいないビーチを。何処までも、何処まで。
「オリオン様ったら~♡」
「はぁ…! はぁ…! メロペー姫、待っ…!」
まるでドラマか映画のワンシーン。淡い恋の実りそうな、素敵なシチュエーション。想い人同士の戯れ合う、もどかしくもいじらしい、ラブストーリーの名場面。きっとこの光景を見ることが叶う者の半数はそう感じることだろう。
では、もう半数には、どう映るのだろうか。
「あははっ! あはははっ! あっははははっ!」
「うぁぁ…! あ、あぁ! 待ってくれ、メロペー姫!」
ラブロマンスとサイコホラーは突然に。高鳴る鼓動に早まる脈拍、どちらも同じだ。相手の
「……先生。アレが本当にあの姫さんの為になるんですかね?」
「自らの経験をどうするかは本人次第ですよ、アキレウス」
「仮に、仮にですよ? 俺の見てる光景が事実なら、涙流して必死こいて逃げてるぬいぐるみを全力疾走して追いかける女がいるわけですが。文面でも絵面でも、ヤバいでしょうよ」
「…どう受け取るかも、人それぞれでしょう」
「じゃあ立場が逆だったとしても、ぬいぐるみに嬉々として追いかけられる女って最早見てるコッチが恐怖を感じますよ! どう転んでもホラー映画にしかならないじゃないっすか!」
やって来る相手が、想い人ならロマンス。殺って来る相手が、送り人ならホラー。なおどちらかが逆転しても成立する。根拠は何処か? 眼前の光景がまさにそれだ。
「まぁ、彼女の霊基を構成する大部分が、人類最古のホラー伝承による肉付けですし…」
「先生もちょっと諦め入ってますよね!?」
「まさかそんな。ははは」
「ったく……あーあー、もう島の反対側まで行きそうになってら。ちょっくら助け船をだしてやるかな」
「止めなさい。一先ず、今回の霊基調整自体に問題は生じなかった。それだけで良しとしましょう」
「オリオンにとっちゃ良いことなんも無かったよな、今回」
もうもうとあがる砂煙の軌跡を目で追う二人の英雄は、砂浜から少し離れた森林の木陰で語らい合う。
「結局、例の女神サンの手製の聖杯が暴走しちまったせいで、どっちも迷惑被ったってわけだ。にしても、あのオリオンが女の身体にああもご執心だったとは。人は見かけによらないってヤツですかね、先生」
「そうだったとして、何も問題はないでしょう。己に無いものを求めるのは人の性。富や名声、地位に番い。価値ある物を求めようとする心理性を否定することは出来ませんよ」
「英雄色を好む、ねぇ。それにしてはその罪滅ぼしを望んで、カルデア内の清掃を自発的に行うってのが、またよく分からないんだよなぁ」
「当人の望まぬ結果だからこそ、罰を願い出たのですからね。今回の一件で被害を被った女性の方々からも、非難の声は一切挙がっていません。それどころか、贖罪として始めた清掃作業に手を貸しているのですから、彼が深刻に捉え過ぎているだけで、実はそれほど大きな問題にはなっていないかと」
マスターが緊急の要件で同行できない為、今回の件に関わりのある人物として、今は遥か地平に駆けていったバーサーカーの監視を命ぜられていた二人。その片方であるギリシャ最速の英雄は片目をつぶって呟く。
「自分を最大限解放出来ねぇのは窮屈だと?」
「いえ。その発言を認めてしまえば、カルデア内で何度歴史を繰り返すことになるやら。貴方は第二次トロイア戦争でも起こしたいのですか?」
「二度と御免です。そうではなく、周りが問題にしないのなら、どうして自分を抑え込まなきゃならねぇんだってことですよ」
「……我々が管制室の通信越しに見聞きしたオリオンが、彼の本性であるのならば、その必要も無いでしょう」
「と言うと?」
「聖杯の暴走による精神異常か、狂化等の精神に影響を及ぼすスキルの付与か。はたまた異なる流れからの干渉なのか。確かめる術はありませんが、彼一人の問題ではないことは確かかと」
「先生の言い方は難し過ぎるんですよ」
そう言い残すと、最速の男は寝そべって欠伸する。これ以上、自分と言う英雄の出番は無いと判断したからだ。隣で木の幹に背を預ける大賢者もまた、同様に瞼を落とした。
「そうですか? 貴方もカルデアに居れば、いずれ分かる日が来ますよ」
「色恋なんて面倒事は、こちとらもう懲りてるんですよ、先生」
「それは貴方自身の問題ですからね。私は手を貸しません」
「あーひっでぇ! 弟子が棘付いた鉄球で嬲り殺しにされてもいいってのか!?」
「心配せずとも貴方は、殺してもそう簡単に死なないじゃないですか」
心地良い潮風が木々を揺らし、また砂浜に波を運ぶ。
穏やかで騒がしい時間が、こうして過ぎていく。
「はぁ…はぁ…!」
これまで狩人としての技能や天性の肉体を駆使して、多くの獲物を追い詰め、狩ってきた。そんな自分がまさか、息が持たなくなるほど追いかけられ、挙句に追い詰められるとは。やはりぬいぐるみ生活の難儀な所か。砂浜に打ち捨てられたクマのぬいぐるみことオリオンは、夕陽に灼ける空を見上げていた。
「ひゅー……ひゅー…」
手を伸ばせば届く距離のところには、同じようにやや冷たい砂浜へ身体を放り投げる、線の細い少女が居る。サングラスの様な仮面で顔の上半分を覆う、白いワンピース風の水着に身を包んだ彼女に、一日かけて追い回されていた。どうしてこうなったのか、ろくに回らない脳ミソでは思い返せない。考えることを止めて、ただただビーズのように小さく黒い瞳に空を映す。
「…………」
西の水平線は赫赤と燃え盛り、反対に東の空は焼け落ちて青黒く染まっていく。その中には細かな輝きがぽつぽつと見え隠れしている。夜空だ。夕焼け空から夜空へ切り替わる、何とも言えない不可思議な空の時間を、オリオンは黙って見ていた。
「はっ…! はっ…!」
一方、先程まで
大賢者ケイローンや常夏の国の女王スカサハから訓示を受けた者として、魔術に心血と歳月を注いだだけの魔女では実現できなかった、充実した日々を送る事が出来た。目を潮の結晶で潰されて以来、怖くて歩くこともままならない自分が、息が切れて足が棒になるまで走れるだなんて。こんなに素敵なことは無いと、彼女は彼女の信奉する神に祈りを捧げてもいいとすら思っていた。なお、捧げられる側からは殺意と嫉妬を返す気満々だったのだが、彼女は知る由もない。
「おりお……さま…」
手を伸ばせば届く。あれほどまで望んだ邂逅が、どれほど望んでも得られなかった機会が。それでも爽快感と達成感に突き動かされて全力疾走したツケが回り、手足がロクに動かせない。震えて力が入らない。生前の最期と同じ、棒切れの様に言うことを聞かない手足を、唯一動かせる瞳で見つめる。動かない足が憎い。伸ばせない手が憎い。そう思ったのは、一瞬だけ。心の奥底から滾々と湧き起こるのは、どうしようもない誇らしさ。
「あぁ……わた、しの……」
見てください、オリオン様。私、貴方様を追いかけてこんなに走れるんです。
見てください、オリオン様。私、貴方様に見せたくて水着を着てみたんです。
見てください、オリオン様。私、貴方様に置いていかれるのはイヤなんです。
「おりおんさま……わたし…」
既に陽は沈み、空には黒が沁み渡っている。その黒を淡く照らす星の光が砂浜に降り注ぐ。けれどその美しさに、彼女は気付かない。そんな小さな星々の明かりなど目につかない程、強烈な光に魅せられているのだから。
知らず、メロペーは涙していた。砂浜を潮水が濡らし、乾いていく。何も変わらないはずの光景の中で、嗚咽を噛み殺すように震える少女が、零れる涙をそのままにオリオンへ声を掛ける。
「おりおん、さま。わたしの…みずぎ、は……」
肺がズキズキと悲鳴を上げ、苦しげに呼吸を求める喉が狭まり、声が塞がれていく。それでもどうにか口を動かし、メロペーは心のままに問いかけた。
「……似合って、ますか?」
寄せる潮騒にすら掻き消されそうな、か細い言葉。悲鳴にも近しい彼女の想いが届いたのか否か。暫くの間が二人の間を包む。そんな静寂を終わらせたのは、狩人の低くも男らしい声だった。
「――綺麗だ」
たった、一言。それだけが、メロペーの聞き取れたオリオンの返事だった。
目の見えない彼女には、分からない。オリオンの視線は今、どこを向いているのか。メロペーか、空か、それとも他の何かなのか。それすら定かにならない中、彼の言葉だけがメロペーの霊核に届いた。
「……あぁ」
本当に、たったのそれだけ。
「……オリオン様」
それだけで、報われた。彼女は本心からそう思った。
初めて出逢ったあの日、恋に落ちた。それからも幸せな日々が続き、それを唐突に奪われた。神の怒りを受け、二度とこの瞳が彼の今を映すことは無くなった。そこからはもう、思い出したくもない凄惨な地獄の毎日だった。
地を這った。泥水を啜った。木の皮を齧った。土を被って死んだように眠った。大して興味も無い魔術に、自身が持っていた全てを支払わされた。何年も何年も、死にたくなるような思いを堪えて、耐えて、生きながらえて。その果てに辿り着けなかったこの瞬間を、メロペーは噛み締めていた。
「オリオン様…」
私は、今でも貴方を――。
こうして、また一つ、夏が過ぎ去っていった。
これにて夏イベ時空、完!
ついに二部五章アトランティス編に辿り着いたぜ!
次回にご期待くださいまし!
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