今年初投稿の新人です、よろしくお願いします(土下座)
――気が付けば、さざ波の音が聞こえてきた。
「………此処は、何処だ?」
パチリと見開かれた視界には、ザブザブと飛沫を上げる波間と水平線が映るばかり。空は青色に澄み渡り、様々に形を変える雲が風に吹かれ流されていく。なんとも
「頭に何か、コレは……
つい先程まで自分が居る場所すら分からなかったはずが、現在地はおろか果たすべき目的までもが頭の中を駆け巡る。
まるで脳髄へ分厚い本を投げ込まれるが如き情報の洪水を、目頭を数回揉むことで何とか受け止めた。やれやれ、理屈までは分からんが、どうやら
「しかしなぁ。獣を討て、とは言うが…」
何の事だかさっぱり分からない。尋常ならざる存在を狩れと命じられ、召喚されたのだろう。我が身の霊基に満ち満ちる凄まじい力が、何よりの証拠だ。だからといって具体的な獲物の情報を伝えてこないというのは、どういう了見なのか。これならばまだ、人の作る武器が通用しないと事前に教えてくださったオイノピオーン王の方がマシというもの。
まぁ我が身はその御方に目を焼き潰されたのだが……い、いや、アレは我が身の不徳の致すところ。狩りとの関係は無い。うん、そうだ。余計なことを考えるのはよそう。今はとにかく、その【獣】とやらの行方を探る事が先決。
どこか故郷を思い起こさせる懐かしい潮風を身に受けながら、再び周囲を睥睨し、何も見えないことを確認してから意識を内側へと集中させていく。
「当て等ないが、一先ずは人間の居る場所を見つけねば。この土地が異聞帯と呼ばれる打ち捨てられた人類史であれど、人の暮らしやその痕跡ぐらいは見つかるはずだ」
行動指針を定め、瞳を閉じる。その瞬間、外界からの情報を得る感覚器官が、視覚から聴覚へと切り替わった。
かつて我が父にして海神である、ポセイドン様より授かった聴覚強化の恩恵は、英霊となった今も我が身に残されている。いや、我が身の生涯を人理に刻んだ物語の何処かに、書き残されていたのかもしれない。とにかく、使えるものは使う。かつては遠い島の鍛冶鎚の音を聞き拾った耳で、波や海鳥以外の声を探ろうと神経を研ぎ澄ませる。
「……何かが近付いている?」
しかし、予想だにしない音が聞こえてきた。波を掻き分けて接近してくる、さながら船の様な音だ。しかし、かつての記憶にも、注がれた現代の知識にも、これほどの速度で海を渡る船に該当するものは存在し得ない。何がやって来るのか。人か、そうではないのか。判断に迷う内に、あっという間に近づいてきたソレらが、ゆっくり開かれた目に映る。
布や生き物の皮とは異なる、完全なエネルギーのみで構築された
「サーヴァント、ではないのか…?」
この土地、いや海か。少なくとも脳内に詰め込まれた知識は、間違いなく西暦2018年のものであり、恐らく偽りではない。ならば水平線を埋め尽くさんと群れる夥しい数の船、それらは紛れもなく西暦2018年の人類の科学で築かれたものであるはず。だというのに、与えられた知識に合致する船は存在しない。成程、行き詰った人類史とは、何も
汎人類史とは異なる歴史を歩んだ結果、より優れた事で未来を閉ざされた剪定事象。その可能性を脳裏に思い描き、徐々に迫る船団へと視線を向けた。
「――ッ!!!」
瞬間、数えることも無駄に思えるほどの光条が、我が身へ向けて殺到する。
魔力を編んで束ねた熱線兵器であると、知性が答えを導き出すよりも数瞬速く肉体が躍動し、海上を疾駆した。巨大な水柱が遥か後方で雨粒に変わるのを横目に、船の群れから絶えず放たれる光線を避け続け、射線から逃れようと駆け続けた。
「くっ…! 動きが読まれているのか…!?」
だが、攻撃の精度は余りにも高く、綿密で、緻密であった。我が身が滑る様に身を屈ませると、測った様に我が筋骨隆々の肉体が縮められる限界に沿った位置へ、熱線を飛ばしてくる。通常の
「避け続けるばかりでは勝てん――ならば!」
予告も宣誓も無い、無慈悲で一方的な攻勢を前に、受け身になっていてはいずれ力尽きる。故に、此処からはこちらも反撃に移るとしよう。幸いにも今の我が身には、それが叶うだけの力があるのだから。
《……来るか。聞いていた通りの性能だとしても、圧倒的物量の効果は見込める。座標を送れ、順次投下しろ》
灼けつく空気のうねりと揺れ踊る波にも遮られること無く、紫紺の全身鎧をまとう者の呟いた伝令を、海神の加護厚き我が聴覚が
唐突に過ぎる敵対行動の意図も図りかねているが、ここまでされて今更話し合いで解決できるとは思えん。止むを得ないが、実力を行使させてもらう。
「仕方ない……『
自身の内に渦巻く魔力を消費して、人類史の碑文に刻まれた我が伝説の一端を再現する奇跡を行使する。人類史に名を連ねる英霊は、その存在を象徴した『宝具』を有する者が多く、その数は一つきりから複数まで多岐に渡る。
基本的には生前の逸話や武具、伝説の一部や成した行いが昇華されるものであり、どれも強力無比であることに変わりはない。しかしながら我が身は【冠位】を頂いた為か、
「オオォオオォォッッ!!!」
我が第一宝具――『冥府にて咲け、石榴の花』――その効果は、英霊に共通する様々なステータスの内、幸運と魔力以外を二段階上昇させるというもの。即ち、筋力・耐久・敏捷の三項目が著しく強化される。
通常の英霊以上の規格で召喚されていても、基本的なステータスは然程大きな差が開いてはいない。だが、宝具による上昇の恩恵は計り知れない。数回ほど肌を掠めていた光の攻撃も、今や我が身の残像を捉えることが精々と言ったところか。放たれる熱線が遠く海面を蒸発させ、泡立ち噴き上がる蒸気が立ち込め始める。
自然の煙幕と化したそれらを活用して射線を遮りつつ、文字通りに海面を滑り、姿を目視で追えなくなり混乱と動揺の奔る船団の一つへ飛び乗った。
「て、敵襲! 数、
「単独だと!? 囲め! 数的優位に持ち込むのだ!」
我が身が着地すると同時に甲板が激しく揺れる。それでも兜で顔を隠した屈強な者達はそれぞれが武器を手に、適切な間合いを保って陣形を組む。問答無用で攻撃を仕掛けてきた割には、かなり訓練を積んだ精鋭のようだ。立ち直りも判断も早く、冷静で思考に澱みが無い。よほどの軍師が鍛え上げたことが窺える。
だとしても、その程度で怯えるつもりもない。
「命までは
いつでも攻撃を仕掛け、逆に飛び掛かられても対応できるように両腕を軽く広げたまま言葉を掛ける。言葉だけで争いが無くなれば良いのだが、そんな夢物語が叶うはずもなく。
「汎人類史の者が、何を!」
「貴様らを根絶する事こそ、我らの使命!」
「抵抗することなく命を差し出せ!」
口々に発せられたのは、激しい怒りと敵意に塗れた咆哮ばかり。やはり対話は試みるだけ無駄なようだ。仕方がない、まずは棍棒や槍といった武装に狙いを絞って粉砕し、なおも向かってくるのであれば関節を捻じ曲げて海に落とそう。そこまですれば流石に敵対は出来まい。
徐々に包囲を狭める戦士と、距離を測る。あと一歩誰かが踏み込めば、一番近付いてきた者の武器を掴んで粉々に……戦闘の流れを構想していたその時、ようやく周囲の違和感に気が付いた。
「………他の船が離れている?」
船が隣り合う程に距離の短い船団ならば、甲板を飛び移って増援が来てもおかしくない。けれど先程まで近くに漂っていた船のほとんどは、全体像がどれもはっきり捉えられる程度には遠ざかっていた。
たった一艘に乗った戦士数十人で始末できると考えるような、御粗末な指揮官ではないはず。何か狙いがあると思考が回り始めた直後、船体が真下から轟音とともに裂けた。
「ッ…! この船は、囮か!」
何かの合金や基盤らしき破片が舞い散る最中、最も目を惹いたものは、牙。人間一人など優に超す程に、大きく太い尖歯。ズラリと並ぶ白く原始的な武器とも呼べる牙が、二度、三度と敵味方を問わず船を粉微塵に噛み砕いていく。船体を水面下から食い荒らしたソレの正体に、襲われてから気が付いた。
「冥府の番犬、ケルベロス……いや、その亜種か模倣だな!」
咄嗟に海へ飛び降りた我が身は、人も船も無差別に咀嚼した魔獣の全体像を目測する。伝え聞いているような四足獣ではなく、燃え盛る首輪に繋がれた鎖が千切れ、不規則に揺れ動くばかりで、言葉通りの意味で首から下が存在しない。三つの頭部が首輪を起点に繋がり、浮遊している。尋常の生命とは言い難いその存在を前に、我が身を危機感を覚えない。否、多少奇怪な見た目をしている程度で、かつて死線を交わしたあの蠍に比べれば、大した脅威足り得ないと判断しただけだ。
目視不可の海中から奇襲を仕掛け、それを避けた我が身を次なる獲物として睨みつけるケルベロス擬き。鋭い眼光が此方を捕食の対象と認定するのとほぼ同時に、我が身も動き出していた。
「遅いッ!」
野生に生まれ、飢餓に苦しんだ天然自然の獣ではないのだろう。矮小な人間を弄するような悪辣さを含んだ瞳から、ある種の手が加えられた生命だということは薄々察せられた。故に、油断もするし慢心もしよう。我が身を前にして口を開いたまま吼え立てるだけ等、するだけ無駄だと理解していないのだ。だから、この結果は必然であった。
ボキッッ!!!
人体どころか鉄板程度なら容易に引き裂く巨大な牙を、振り抜いた拳が破砕する。振動で閉じられずにいるままの口へ、繰り返し拳を叩き込む。一歩踏み出し、右拳で牙を折る。半歩下がり、左拳が下側の犬歯を叩き割る。正確に、しかし速く重い一撃を連続してぶつけ続けていく。五秒後には獣の亡骸が、血反吐を吐いて海へ沈んでいた。
だが、力なく没していくケルベロス擬きを見下ろしたその時、夜空に星が瞬くかの如く、水面へ浮上してくる複数の炎を見た。どうやら、単なる模造ではなく量産品でもあったようだ。
「物量で攻める、とはそういう意味か…」
何らかの加護か概念的防御を得ていない限り、我が身が獣を敵として数えることはない。狩人として人理に名を刻み、その伝承を骨子に存在を定義されている以上、我が身にとって獣は狩るべきもの。それ以上でも以下でもなく。
ただ、英霊として召喚されている現状では、話が変わる。魔術師、つまり召喚者たるマスターが不在の今、魔力の供給源は何処にも無い。
獣を狩るだけならば問題は無い。しかし、この獣たちを嗾けてきている者達がソレを許すかは、別の話だ。
「ケルベロス擬きに足を止めさせ、遠方からの射撃にてこの身を削る、か。随分と合理極まる思考だな」
相当に戦略と戦術に長けた者が、あの艦隊を率いているのだろう。恐らくはあの紫紺の鎧に身を包んだ人物…少なくともこの異聞のギリシャを、そして我が身を知り尽くした知将に相違ない。だとすれば、此方の勝利条件とは何か。
異聞帯から汎人類史を取り戻す『カルデア』とやらがやって来るまでに、一人でも多くの敵を屠ることか。否、それは戦士の役割だ。我が身は狩人。消えかけた土地の残響が託した祈りは、【獣】の討伐。つまり、この海戦もとい包囲殲滅戦に付き合う必要は何一つ無い。
結論を出し、その場から即座に逃走する判断を下す。しかし、容易な逃走を許さぬ為の布陣か、船団は散開していた。我が身を中心とした円形の包囲陣。おまけに海中からは続々とケルベロス擬きや、ナーガと思しき半人半蛇の怪物が姿を現している。絵に描いたような、まさに絶体絶命の状況である。
「獲物と正面切って殴り合う狩人等、考え得る最悪のシチュエーションというヤツなのだがな!」
迫る怪物の波。鋭く尖る牙を避けながら顎を殴り飛ばし、魔術を行使しながら毒の吐息を吹きかけてくるナーガの顔面を握り潰す。ビクビクと痙攣する胴体を空き手で掴んで振り回し、様子を窺う艦隊の方角へ矢弾代わりに放り投げる。先程発動した宝具によって敏捷と耐久の値も上昇した我が身にとって、怪物の牙や爪では傷すらつかない。
大口を開けて飛び掛かるケルベロス擬きの鼻面に蹴りを入れ、残る両側の首が此方へ噛み付こうとする一瞬の間に伸びた舌を引き千切った。絶叫しながら身悶える三つ首の犬に付けられた燃える鎖を両手で握り、汎人類史にて栄えた競技の一つ・砲丸投げの要領でぐるぐると振り回す。遠心力と風圧で左側の首が瞬く間にひしゃげて血肉を撒き散らすが、気にも留めずに手を放す。勢いよく解放されたソレは砲弾の如く海面スレスレを一直線に飛び、その先にて待機していた船と衝突した。爆炎を上げて沈み出す船を一瞥しながら、絶え間なく襲い来る作られた獣たちを肉体性能で蹂躙する。
「糧とするでもなく狩り続けることは、本来愚の骨頂だが…今は狩らねば此方が死ぬ」
召喚されて間もない我が身を攻撃してくる相手だ、間違いなく此方を…汎人類史を敵視する者の行い。つまるところは、異聞帯の者らだろう。それは理解できる。その上で、たかがサーヴァント一体を相手に此処まで丁寧な戦術を行使する意図が、全く読めないでいた。
余程の完璧主義者なのか。それとも、徹底した汎人類史の排斥が狙いか。理由はともかく、ひたすら獣を送り込まれ、その上で艦隊からの掃射を受けてしまえば此方が先に倒れる。どうにかして包囲に穴を開けねばなるまい。さて、どうしたものか。
身体はほぼ自動的に獣を狩り続ける中で、冷えた思考回路が生存の術を見出そうとしていた。
「適度に船の方へ投げ物をせねば、嬲られるだけになる…ん?」
掴み、砕き、投げ飛ばす。揉みくちゃになりそうな骨肉の渦の中で、我が瞳は違和感を目敏く見出す。それは、ほんの些細な変化。ともすれば見落としてしまいかねない、僅かな隙間の広がりだった。
(船団の包囲が更に広がって……違う、包囲を解いている?)
そんなはずはない、と一蹴しかける。
相手は我が身を確実に滅ぼす為の策を実行している最中であり、それは遠方からの艦隊射撃と等間隔の包囲によって成り立っているのだ。それを自ら放棄するような愚は犯すまい。だが実際に、船は少しずつだが離れていっている。何のつもりか…もしや新たな策略か?
次なる一手に警戒しようにも、眼前に迫る獣たちの攻撃は止まらない。次々に海面へ現れるソレらを海の藻屑へと変えて沈めつつ、周囲へと目を配る。此処までしてくる相手が、今更になって我が身を逃がす理由はない。有効打を与えられないと、手を切り替えてくるか。
へし折ったケルベロス擬きの牙の先端を、海中へ引き摺り込もうとしてくるナーガの脳天目掛けて振り下ろしたその時、歪な輝きを水面の反射の中に見た。
「……陽光、ではない!?」
見上げた蒼空には汎人類史と同じく、太陽神アポロンの移し身たる太陽が中天に座している。だがその日輪よりも更に遥か遠い位置に、禍々しくも清らかな光が集まり出す様子を、我が瞳が捉えた。
「まさか、空からだと!?」
この異聞帯は汎人類史よりも栄えている。その可能性を船団を確認した時より思い描いていたにも関わらず、予期していなかった。まさかこの
数秒足らずで極光へと至りつつある輝きに目を細めていると、強化された聴覚が波間に掻き消されそうなほど小さな呟きを聞き拾った。
《ケイローン、何故アルテミスの砲撃シーケンスが起動している? まだ我々の退避が――》
幾つもの単語が飛び交う中で、一つの名を耳にした瞬間、思考が空白に呑まれる。
今、なんと…アルテミス? 我が女神の名が、何故空の光に向けられているのだ。
それでは、まるで…。
《
忌々し気に怒鳴る紫紺の鎧の言葉に、正気を取り戻す。そうだ、今は姿の見えない彼女を気に掛けている暇など無い。とにかく、あの極光による一撃を回避しなくては!
既に太陽よりも眩く海原を照らす頭上の光に怯え、我が身に牙を向けていた獣たちは散り散りに逃亡していた。離脱の足を妨げるものは無くなった。あとは、アレの範囲外へ逃れるのみ。
《
奴らの慌て様が此方にも届くが、構っている猶予は同じく無い。全速力で海面を走ってどうにか出来るだろうか。海中へ潜ったところで、宇宙空間から射出される光の柱が水深数十メートル程度で止まるとも思えない。打てる手は、何かないか…!
「どうすれば…!」
遂に船団の姿が水平線の向こうへと消え、我が聴覚ですらも届かぬ海域へ鎧の者達は逃げ去ったようだ。一人取り残された我が身は、青い空を白く塗り潰す圧倒的魔力の凝縮を、ただ見上げるばかり。
そして、遂にその瞬間が訪れた。
《――想定外の挙動ではあったが、当初の目的は果たした》
「あら。オリュンポスの信厚きオデュッセウスともあろう御方が、まさかあの程度で終わったとお思いで?」
《…貴様の言う通り、あのオリオンと言う英霊。確かに対獣との戦闘ではまるで歯牙にもかけていなかった。だが、アルテミスの砲撃で消滅しない者等、存在しない》
「その名前を私の前で出さないで下さいません? 怒りでどうにかなってしまいそう」
《公然と神を嫌うとは、汎人類史とは厚顔無恥極まるのだな。俺には理解出来ん》
「私にも信奉する神はいらっしゃいます。ただ、そう…あの
《俺には理解不能な言語だが、恐らく罵倒の類だと認識は出来る。恐れ多い女だな、貴様は》
「当然でしょう。私は、私自身の願いの為に、
次回をお楽しみに(五点倒地)