前回のメロペーのセリフにある「尊大なるお名前」について、尊大は使いどころおかしくない?といった報告をいただきました。この場をお借りしてお礼申し上げます。
ですがこれは敢えて使った言葉です。
オリオン→放尿する者→放尿は下向いてするもの→見下ろしている
要約するとこんな感じですかね。無理やり過ぎるかも?
メロペーにとって、並の男とは一線を画するオリオンの雄姿は神を持恐れぬ尊大なものに映った。そういうことにでもしていただけると助かります。
それでは、どうぞ!
キオス島の空に大穴が開いた日から一週間。狩人オリオンは何度目かになる溜息を吐いた。
「はぁ………どうしたものか」
目頭を指で軽く押さえつつ、未だ興奮冷めやらぬ町から離れた川辺に腰を下ろす。
清らかなせせらぎと風に揺れる木の葉、小鳥のさえずりが彼の心に幾許か安らぎを与える。
自然と共に生きる狩人ならではのリラックス法だが、今回ばかりは効果が薄いようだ。
彼の頭を悩ませている問題。それは、一週間前に己がみせた曇天への一射……ではない。
「―――――オリオン様ぁ」
「ヒェッ………ご、ご機嫌麗しゅうメロペー姫」
甘く蕩ける様な声色とともにしな垂れかかってくる、キオス島で最も美しい姫君。
行先も告げていないのに気付けば己の傍らに現れる彼女こそ、オリオンの悩みの種である。
一週間前。オリオンは王とその娘への献上品が思いつかず、気分転換に町を訪れていた。
生憎の空模様だったが、町の賑わいは変わらない。名産品の美酒と露店料理に舌鼓をうち、
よい気分転換になったと大満足。良い考えが浮かぶやもと川辺へ戻ろうとしたのだが、
ちょうどその時、屈強な男たちに群がられている一人の女性が目に留まった。
薄い金色の長髪をなびかせる麗しい年頃の娘。彼女が例の、王の娘であると悟るオリオン。
確かに噂が立つのも頷ける美貌だと納得した彼だが、女性の表情を見て首を傾げた。
浮かない顔をしている。結婚を望んでいないのだろうか。しかし壁のように並ぶ男たちへ
視線を向けてないわけではない。だとすれば、何かが彼女の心を塞いでしまっているのか。
己に向けられるものでなければ女性の機微にも聡くなる紳士オリオン、妙案を思いつく。
顔色を曇らせたままでは、彼女も自分の問いかけに答えてくれないかもしれない。
それでは困る。ならばその憂いを、衝撃で以て晴らしてやればよい。そう考えた結果…。
「いけませんわオリオン様。このような人のおらぬ森の中で、たった独りだなんて。
さぁ、屋敷でご馳走を用意させていますから、一緒に楽しみませんこと?」
「あ、あぁ。嬉しい申し出であるのだが、その、昨日も一昨日も厄介になったし…」
「厄介などとんでもない! 全てはオリオン様に喜んで頂く為にしていること!
私に出来ることなど些細なもの。どうか精一杯の歓待だけでもお受け取りを……」
「うぅん……」
困った。いやホントに困った。どうしよう。
オリオンは内心で弱音を吐く代わりに、また溜め息一つ。これで何度目になるか。
彼女の申し出は実際、喜ぶべきことではある。王族の娘に気に入られ、歓待を授かるなど。
これほどの幸運は狩人たる身としては中々のものだろう。だが、聡明な彼は理解していた。
「ささ、共に参りましょうオリオン様。屋敷まで案内します、お手を取ってくださいまし」
「い、いや結構。もうお屋敷への道は覚えているので。それに姫、あなたはまだ未婚の身。
そのように大事な時期に、私のような狩人と手を繋ぐのも良からぬ風聞が立ちましょう」
「言いたい者には言わせておけばいいのです。さ、お手を取ってくださいまし」
「や、あの、だから……」
「お手を、取って、くださいませ」
「………………はい」
おそらくこのメロペー姫。己が歓待を辞退しようと、絶対に受け入れないだろうと。
それどころか、あの手この手を使って屋敷へ招き入れようとしてくるに違いない。
事実、名を聞かれた一週間前から、彼女は毎日オリオンを自分の屋敷へ呼び招いていた。
いや、招くだけだったのは四日前まで。そこからは、屋敷の外へ出さぬようになっている。
メロペー。彼女は現代でいう「束縛系ヤンデレ地雷女」というタイプの女であった。
日に日に圧力ある笑みを向けるようになってきたメロペーに戦々恐々とするオリオン。
今日も夜明け前に屋敷を抜け出してきたのに、半日と経たず居場所を特定されている。
それだけではなく、最初こそ控えめな態度だった彼女も、今では平然と体に触れてくる。
これまでに出会ったどの女性とも異なる様子に、流石の狩人もたじたじだった。
抵抗するだけ無駄と諦めたオリオンはメロペーの手を取り、歓喜の吐息を漏らしながらも
己の剛腕に頬擦りしてくる彼女の好きなようにさせる。今まで以上に深い溜息を吐いた。
ひとまず我が問いに答えてもらうまでの辛抱だ。自らに言い聞かせ、とぼとぼと歩き出す。
この時、彼がハッキリと断っておけば、あのような事態が起こりはしなかったのに…。
酒神ディオニュソスが一子、キオス島を治めるオイノピオーン王は、頭を抱えていた。
「おお、神よ。何故だ、どうしてこのようなことに……」
彼の頭を悩ませている問題。それは、愛娘メロペーの結婚相手についてであった。
王たるオイノピオーンは、娘をあらゆる脅威から守るだけの強さを持つ英雄級の戦士を
夫に迎え入れるつもりだった。そんな意図があったからこそ、娘の美しさを吹聴していた。
理由のある暴力は正当化される時代。力を正義と同一視する者が英雄として名を馳せる時代。
男であるならば、美しい妻を娶りたいと思うのは必定。その欲望を逆手に取った策である。
これは非常に効果的だったといえる。オイノピオーンが広めた噂を聞きつけ、ギリシャ中の
屈強なる男たちがそろって島を訪れるようになったのだから。目論見は順調だったのだ。
そう。空に大穴を穿つ狩人、オリオンが現れるまでは。
「ないわーマジ。狩人って。ダメダメ、論外に決まってんだろクソボケ」
あの日。曇天を射抜いて青空に円を描いてみせた男の登場で、全てが狂い始めてしまった。
メロペーの美しさに見惚れていた男たちは、狩人の尋常ならざる力にこぞって集中する。
それぞれが「俺の方が凄い」だの「俺にもできる」だの、口先ばかりで大したことのない男達を
差し置いて、娘のメロペーが
もうどんな男が口説こうとも、功績を誇ろうとも、すべて無価値に成り果てた。
なにせすぐそばに、誰一人として成し得ない偉業を披露した、見るからに強き男がいるのだ。
やはりと言うべきかメロペーはその狩人に心奪われてしまい、夫とする気マンマンである。
これを看過出来るオイノピオーンではない。
強き男であれば別段良いのでは? そう考えたこともあった。けれど王は耳にしていた。
どこからか島へやってきたオリオンなる狩人。彼がこの島を訪れる前に体験した出来事を。
「かの女神ヘラが妻を冥府へ堕としたと聞く。ならばそれだけの理由が奴にはあろう。
冗談ではない! ゼウス神の正妻たるヘラ様に目をつけられてる男に、娘はやれん!」
あわれオリオン。もうなんもかんも
まぁ冗談はさておき。実際問題として、娘を幸せにしたいという親心を持つ父にして王の
感性としては、むしろギリシャにおいて珍しく真っ当な部類であると擁護させてもらおう。
オイノピオーンは娘の為、そして己の一族が繁栄する為に打てる手を打っているだけなのだ。
「お父様ー! ただいま帰りましたわー!」
「む……メロペー、帰ったか。しかし大声をあげるなど少々はしたない、ぞ…」
「…………どうも」
「
愛しい娘の帰宅を出迎えたはずが、ほぼ毎日見ている山の如き巨漢が玄関に立っている。
心底から本音をブチまけてやりたいところをグッと堪え、引き攣った笑顔で狩人を歓迎する。
彼を邪険に扱うと娘の機嫌を損ねる。我慢を己に課すオイノピオーンは正直偉い。
背後に回した拳を握りしめて耐える父王に、メロペーは花咲く様な笑顔で語る。
「お父様! 私、オリオン様の妻になりたいので、許可を下さい!」
瞬間。オイノピオーンの屋敷の空気が凍り付く。
「えっ」
「―――――なんだと?」
娘の言葉の意味を理解した途端、オイノピオーンの心には怒りの炎が燃え盛っていた。
驚きを通り越した感情で思考が真っ赤に染まりつつある父王。冷静さは失われている。
だが、メロペーの発言に誰よりも驚き心穏やかでなくなったのは、無論オリオンであった。
「待て、待ってくれメロペー姫! お気持ちは嬉しいが私はもう結婚していてだな!」
「そそ、そうだぞメロペー! オリオンは妻ある身。お前の夫にはなれんのだよ!」
「あら。ですがその妻は冥府にいるのでしょう?
大の男が二人そろって息を詰まらせる。年若い娘の一言に、ぐぅの音もでなかった。
彼女の言葉は、ギリシャにおいて当然の判断から出たものである。
不倫に浮気、近親相姦も日常茶飯事となっている魔境ギリシャに生きる者であれば、
ぶっちゃけ伴侶がいようといまいとほぼ関係ない。力づくでものにしたら勝ちなのだ。
これは男のみならず、女の方にも通用する常識だった。女は美しくあるほどよい。
ならば、美しい者が誰よりも良き男を捕まえることもまた、ギリシャでは常識、と。
なるほどメロペーはまったく正しい。
が、しかし。それで納得するオリオンではなかった。
「いや、いや。メロペー姫。それは出来ない。私は妻を生涯愛すると誓っている。
たとえ彼女が今は冥府に身を窶していようと、この想いに如何ほどの陰りもなし」
「この世にいない女を愛するなど意味はありません。それに引き換え、私はこの世にいます」
「だから……」
「
己は今も妻を想っている。そう言い切ってみせるオリオンだが、相手が悪過ぎた。
もはやメロペーにとって、彼が今なお愛している妻の存在は、いなくなったものなのだ。
彼は妻を大切に「していた」のか。「愛していた」のか。全ては過去と受け止めている。
話が平行線のまま無為に続けられようとしたその時、オイノピオーンの脳裏に謀略奔る!
「―――良かろう。メロペー、お前とオリオンの結婚を認めてやらんでもない」
「⁉」
「まぁ! 本当ですか、お父様!」
あれほど否定的な顔色をしていた父王の反転に、味方を失った心境のオリオンは声もでない。
対照的にメロペーはこの世の絶頂にいるかの如き晴れやかな笑みを振りまいている。
舞い上がる娘に、オイノピオーンは「ただし」と釘を打つような物言いで話を続けた。
「条件がある。メロペー、お前にではなく、オリオンの方にだがな」
「………何故、私が?」
「良いか。このキオス島では度々、
狩人であることを名乗るならば、これを見事狩ってこの私と娘に献上してみせるがいい!」
途中でオリオンが口を挟もうとするものの、有無を言わさないオイノピオーンの迫力に
押し黙ってしまう。この条件を聞いたメロペーは、結婚は確実であると確信していた。
「オリオン様の御力があれば容易き事です! そうですよね、オリオン様!」
「その前に私は貴女と結婚するとは一言も」
「分かっておりますわ! 言葉ではなく、猛獣を狩るという結果で以て、私を娶ると!」
「聞いちゃいねぇ……」
瞳孔ガン開きで頬を紅潮させたメロペーにはもはや、愛するオリオンの言葉すら届かない。
己の勝利が絶対のものであると沸き立つ娘に、父王オイノピオーンは更なる一計を案じた。
「忠告しておくぞオリオン。その
その身を守っておる。これまで幾度となく討伐に差し向けた兵が、悉く食い殺された」
「…………それは危険だな」
「よってオリオンよ。かの獣を狩らんとするのなら、素手でなければ仕留められぬぞ」
「素手なんて、そんな! いくらオリオン様でも、危険過ぎます!」
オイノピオーンが告げたのは、猛獣が宿す尋常ならざる力について。まぁ嘘なんだけどね。
そんな猛獣いてたまるかって話である(実はホントにいたんだけど、ここにはいない)。
オリオンの狩りの腕を信じていたメロペーだったが、父王が述べたような特性を有する獣を
相手に素手で立ち向かわなくてはならないとあっては、彼と言えど身が保たないと危惧する。
自分が見出した最高の男と結婚はしたい。しかし、その為に彼を危険へ晒すのは本末転倒だ。
己のワガママひとつで、彼の命運が左右されかねない状況。メロペーに口出しはできない。
一方のオリオンはというと、閉口していた。
オイノピオーンの課した条件とやらが厳しいから、ではない。彼が黙した理由は単純。
(………素手で獣を狩るのはいい。でも、それを果たしたら姫と結婚になるのか……)
そこだけが納得できないでいた。彼は別段、メロペー姫を娶ろうなどと思ってはいない。
それどころか彼女から送られてくる秋波に、辟易としてすらいる。精神的に疲れていた。
なので、彼としては聞きたいことさえ聞ければ、別にオイノピオーンの課す結婚条件も
承諾しなくてよいわけだ。結婚する気もないのに、わざわざ仕事してやる必要もあるまい。
そう言って突っぱねてやることは簡単で、これがただの結婚条件の話ならそうしていた。
けれど、そう。彼はオリオン。ギリシャにて唯一無二レベルのクソ真面目堅物男である。
彼は「猛獣によって島民が犠牲になっている」と聞いてしまった。
ならばそれを無視出来ようはずもない。なぜならば彼は、彼はオリオンなのだから。
「………その王命、承知した。素手で鬣のある猛獣を仕留め、献上すればよろしいか?」
「オリオン様…!」
この言葉を聞いたメロペーの感激たるや、表現し得るものなどこの世にないほどだった。
愛する男が、自分の為に曇天を貫き蒼空をもたらした最強の男が、愛を証明する為に自身の
命すらも懸けてみせようと言ってくれたのだから(そんなこと一言も言ってないんだよなぁ)。
オリオンの宣言に唯一感激しなかったのは、発案者たるオイノピオーンその人だけだ。
(なんでそうなる⁉ 死にたがりかこの男‼ いやまぁ死なせる為に言ったんだけども‼)
死なせるというより、諦めさせるが正しいが。この場合、メロペーに二の句を告げさせない
状況を作り上げたうえで、勤めを果たす本人が「嫌です」と言えばそれで済む話だったのに。
だというのに眼前の狩人は、なにを渋々といった表情で受け入れているのか。王、ご立腹。
ただ、本当に被害者は出ていたので、それを退治できるのだとしたらありがたい話ではある。
とはいえ、彼が空に大穴を穿つほどの腕をもっていたのは、あの二振りの神器あってこそ。
そう思い込んでいる(半分正解)オイノピオーンは、オリオンの狩人の才能を軽視していた。
軽視というか、「いくらなんでも素手で猛獣とタイマンはれるヤツはおらんやろ」だった。
「そ、そうか。この難題を果たした暁には、望む通りの褒美をくれてやるとしよう」
「…………承りました。必ずや件の猛獣を狩りましょう。我が名オリオンに誓って」
「オリオンさまぁ…」
三者三様。人の心は複雑怪奇。面と向かい合っていても、こうも拗れるものなのか。
結局、誰一人として互いの心情を把握しきれていないまま、事態は進み続けてしまう。
こうして、オリオンの恋愛譚と同時に彼が無双の狩人としての知名度に箔をつける一幕、
【キオスの猛獣退治】が始まろうとしていた。
そしてそれは、彼の人生を大きく変える事件の切っ掛けとなるのだった。
いかがだったでしょうか?
本作のメロペーは絶対に清姫と話が合う(確信)
あまりに多くの感想を頂き、返信が遅れてしまっておりますことを謝罪いたします。
なるべく早いうちの返信を心がけますので、ご容赦ください。
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