早くもレクイエムコラボが始まりそうで
わくわくしております。
今のうちに原作読んだ方がええんかな…。
近所の本屋まだ閉まってるんよな…辛い。
さて、本編を進めるとしましょう。
それでは、どうぞ!
――潮騒が聞こえる。
――波に流され、泡が弾ける。
――うねる水音が遠く響く。
「………」
静かに男は目を覚ます。いや、意識が覚醒したという意味での目覚めであった。
まるで泥沼から起き上がるような感覚。重く鈍い体に力を込め、立ち上がろうとする。
だがその瞬間。塗り潰されたような黒い世界に、激痛という稲妻が迸った。
「ぐぅッ⁉ あ、ぐ…‼」
暗黒の視界に何故か痛みが広がり、あまりの苦しさに男――オリオンは膝を折った。
「なん、だ。この痛みは、あ、がぁ……‼」
パシャッ、という音が聞こえたが、そんな事を気にかける余裕など今の彼にはない。
ひりつく痛みが、ジワジワと彼の顔上部を蝕み、その度に苦悶の声を漏らしてしまう。
何も見えない。果てしない黒だけが視界を覆う。いや、違う。目が、見えていない?
痛覚が絶叫する中から導き出した答えに、愕然とするしかないオリオン。
現に目を開こうとすれば痛みに悶え、瞼を開けている感覚はあっても一面が暗闇のまま。
耳は聞こえ、鼻は匂いを嗅げ、手足の感覚もあり、潮風を肌で感じることもできている。
無いのは、目だけ。
「そんな……あぁ、こんな事が」
打ちひしがれる狩人。彼は自分が狩人としてしか生きられないと確信していた。
だからこそ絶望していた。目とは、狩りをするうえで無くてはならない感覚器官の一つ。
人が外界から情報を得るうちの大半を占めているのが視界。視力。視覚である。
それを失ってしまえば、今まで通りの生活を送ることは叶わないだろう。
「……いや。これは報いなのだ。俺がメロペー姫を拒めなかったことへの」
しかし、彼はそれを受け入れた。自らの両目が奪われた経緯を聡明な彼は理解できた。
ややおぼろげではあるものの、昨夜の記憶は残っている。そこから遡って推察する。
恐らく自分は昨夜、酒に酔ってメロペー姫の誘いを断り切れず、閨を訪れてしまった。
うっすらと覚えている限りでは事に及んではいないはずだが、もしかしたら彼女の純潔を
酔いのままに奪ってしまったのやもしれない。そうなれば父王の怒りは至極当然のもの。
目が焼かれる寸前に見た、オイノピオーンの鬼気迫る表情を思い出す。
「ああ。そうだろう、これは当然の報いだ。この目は我が過ちの贖いの証左か」
今では何も見えない目を触ろうとして、やめる。言葉では自らの状態を認めていても、
実際に確認してしまえば、本当に受け入れられるか分からない。そんな恐怖があった。
茫然自失となってその場に佇むオリオン。しばらく動く気になれそうにない。
と、その時であった。
『――おお、おお。オリオン、オリオンよ。我が息子よ』
近くからでもなく、遠くからでもなく。脳へ直接語り掛けるように荘厳な声が響く。
初めて聴く声だった。今まで聞いたこともないはずのそれは、どこか懐かしい声で。
「……何者か。私の名を知る貴方は」
『我が名はポセイドン。大いなる海にして、厳かなる嵐。そして、貴様の父である』
「なっ、ポセイドン⁉」
暗闇の中で立ち尽くしていたオリオンにかけられた声は、オリュンポス十二神が一柱
なりし海神ポセイドンのものであった。その威容は見えずとも、騙りでないと即座に悟る。
痛みが断続的に押し寄せるのを耐え、脂汗を垂らしながら、片膝の姿勢のまま頭を垂れた。
『うむ。神への恭順を示す姿、それでよい』
「はっ」
ざぁざぁと波がさざめき立つのが聞こえる。オリオンは神と言葉を交えるのは三度目。
とはいえ、慣れるようなものでもない。一度目は妻を取り戻すべく不遜を承知で啖呵を切り、
二度目はいきなり現れた鍛冶神によって神器をもたらされ、そしてここに三度目が成る。
だがしかし、オリオンはここで先程のポセイドンの言葉を思い返し、問いを投げてしまう。
「海神ポセイドン様! 今しがた貴方様は、私を息子と呼ばれたが、それはいったい…」
『そのままの意味だ。オリオン、貴様の父は我なのだ。母はクレタのエウリュアレという。
なんだ、まさか知らぬこともあるまい……待て。貴様、本当に父母を知らなんだのか?』
「は、はっ。物心つく頃にはボイオディアの辺境の村にて、狩人として育てられていた故。
村長に父母の事を尋ねた際には、母はやんごとなき身分であり、已むに已まれぬ事情で
我が身を手放したと。そう聞いておりました。ですので、かの海神が父君とは露知らず」
『おお、おお。なんということだ。いや、よくぞここまで猛き男に育ったと切り替えよう』
オリオンは驚愕に震えた。これまで常人を逸脱した力量や美貌を誇ることこそしなかったが、
自分はどこか他の人々と違う部分が多いとは勘付いていた。けれどそれが、海神の血を引く
半神の生まれであったが故だとは考えもしなかった。偉大なる父の存在に、拝礼を深める。
オリオンの態度に気を良くしたポセイドンは、神体を降臨させた要件を告げる。
『拝聴せよオリオン。我は貴様の身に起きた悲劇を憐れみ、こうして顕れたのだ』
「…か、寛大なる慈悲に感謝致します。しかし、悲劇というのは…?」
『貴様の眼。焼かれて視えておらぬのだろう。我が権能満ちる海にあっても癒えぬところを
みるに、その愚行を成した者も神に連なる者であるな。そこなキオス島を治めし王とみた』
「え、ええ。我が身はかの者に眼を焼かれました。ですが、それには――」
『言わずともよい。我が子への狼藉、断じて許してはおけぬ。これより神罰を下そう』
言葉を交わし、ポセイドンが降臨した真意を察するオリオン。ハッとして顔を上げる。
眼は見えずとも、そこに強大な存在が顕れているのを感知する。それが己の父であることも。
しかし、足場が急に蠢きだし、耳には荒々しい水しぶきがぶつかり合う音が響いてきた。
父たる神が何をするつもりなのかを聡明な彼は予測する。そして、彼はそれを良しとしない。
「お待ちを! どうか鎮まりたまえ、我が大いなる父よ!」
慌てて立ち上がり、目が見えぬままに暗闇を見上げる。そこに神がいると願って。
オリオンが引き留めようとする声に気付いたポセイドンは、三又の槍を収めて見下ろす。
『どうした、我が子よ。これなるは貴様の受けた屈辱の報い。その苦痛を返する天罰よ』
「いえ、いえ! それは無用です我が父! この眼の傷は、我が過ちが招いたもの!」
『………つまりオリオン。貴様は、あのディオニュソスの子めを、許すと?』
「許すも何も、オイノピオーン王の逆鱗は娘を思う心ゆえ! 彼は娘を守ろうとしただけで、
それは海神たる御身が神罰を下す理由にはならぬはずだ! 何卒、裁きをお控え下さい!」
ポセイドンにはオリオンの言葉が理解できなかった。いや、言葉としては通じているのだが。
息子は声高にオイノピオーンの助命を乞うた。彼は自らの血を引く半神で、狩人である。
権能を用いて海を逆立たせ、嵐を巻き起こし、冷酷無比な災害を以て神罰とすることが
想像できたのだろう。それを止めてほしいと、被害を受けた側であるオリオンが願ったのだ。
海神には理解できない。
結局、神に人の心が分かるようになる日は永遠に訪れない。今回の一件もその証明となろう。
こと古代ギリシャの倫理観において、強引に人の尊厳を奪う行為は、許されるものではない。
だが、人類にはどうにも出来ない立場に存在する神においては、その倫理は適用され難い。
何故って、基本ギリシャの男神はどいつもこいつも、下半身と脳が直結しているからだ。
大神にして最高神のゼウスは言うに及ばず、その兄弟であるポセイドンもまた同類だった。
美しい女は欲しい。抱きたい。そう思ったら、倫理も道徳も投げ捨てて実行するスタイル。
これを当然と捉えている者からすれば、
嫌なら逃げろ、抵抗しろ。それが出来ないなら大人しくヤらせろ。これが神の常識。
そんな古代ギリシャにおいては〝比較的常識のある〟海神には、理解できないのだ。
『オリオンよ。貴様、その目を奪われてなお、恨みはせぬのか』
「彼が我が身を恨むのは当然。娘たるメロペー姫を拐かす真似をした我が身の不徳だ!
けれど我が身が彼を恨むのは筋が違う! 眼の事は罪を犯したことへの罰、それだけだ!」
『おお、なんと。なんという精神か……』
ポセイドンは嘆いた。オリオンの言葉の全てが、目を奪われたことで動転した結果の妄言と
しか思えなかったからである。自分の息子が狂ってしまったのだと思い、悲嘆に暮れる。
こうなっては仕方ない。彼の眼を戻し、早急に精神に安寧をもたらしてやらねば。
そう考えたポセイドンは、オリオンに神託を授けることにした。
『オリオン、我が子よ。その目を癒す方法を授けよう』
「な、め、眼を癒す…⁉ こうなってしまった眼をどうにかできるというのですか⁉」
『然り。ここより遥か東の果てにあるオケアノスにて、太陽神ヘリオスが銀の馬車に乗り
日の出を迎える使命を任じられている。その馬車の放つ光を浴びれば、その目も癒えよう』
「太陽神ヘリオスの銀の馬車……」
『往くがよいオリオン。貴様は海神たる我の子なれば、海の上を往く力も持っていよう。
現に貴様は今、海の上に立っておるのだからな。その足で、オケアノスを目指すのだ』
高みからオリオンを見下ろすポセイドン。神とて我が子を案じるものに変わりはない。
まぁ強姦して生まれた子で、挙句に生みの親から半ば捨てられたようなものではあるが。
ポセイドンの神託を聞いたオリオンは、自身の眼の傷を癒してよいのだろうかと逡巡する。
目を奪われたのはあくまでオイノピオーンの怒りに任せた行動によるもの。けれどその怒りに
正当性があるとオリオン自身は思っている。その罰として受け入れるつもりだったのだが。
しかし、己の父にして十二神が一柱たるポセイドンの神託を無視できるはずもない。
「………承りました。不肖の息子、このオリオン。我が父の神託を成しましょう」
『うむ』
ポセイドンに言われた通り、というか先程からなんとなく「俺、海の上にいる?」と
勘付いてはいたオリオン。念の為の再確認で足を踏みしめ、チャポンと水音がしたのを
聞き逃さず。マジで海面に立ってるんだと内心で驚きつつも、神への礼節を保ち続けた。
父たるポセイドンは息子の言葉に深々と頷き、さらに旅の助けを授ける。
『されどオケアノスは遠い。目も見えぬのでは道程も定かではなくなる。そこでだ。
オリオン。貴様には、オケアノスを臨むレムノス島にてキュクプロスが叩く鍛冶鎚の
音さえ聞こえる耳を授けよう。なに、意識を専じれば聞こえるようになる。慣れよ』
「は、はっ? 海神ポセイドン、貴方にそのような御力が…?」
『なに。貴様を憐れんだゼウスめが授けようとした力を、我が預かっておっただけよ。
我は代わりにキオス島へ神罰の津波をくれてやろうと思っておったのだがな。全く』
「そ、そうですか。大神ゼウス、並びに我が父ポセイドン。その寛大なる慈悲に感謝を」
オリオンは涙腺まで焼け焦げていなければ、初めて会う父の懐の深さに涙していただろう。
いや、今まさに偉大なる父の姿を拝謁できないことに対し、悔しさのあまり泣きたくなった。
ポセイドンの神託を了承したオリオンは、海の上を往く海神の力を使い進もうとする。
しかし、そこで彼はある事に気付く。背と腰にあるべき神器の重みが微塵もない事に。
「――し、しまった! ヘファイストス様より賜った神器が! まだあの屋敷か!」
『どうした? 何故往かぬ?』
踏み出そうとした足を止めて頭を抱える息子にポセイドンが首を傾げ、声をかける。
オリオンはこれほどの不敬を犯した自らを呪いながらも、神罰を受ける覚悟で話した。
「そ、それが……恐れながら鍛冶神ヘファイストス様より賜りし神器を置き去りに…」
『ああ、聞いておるぞ。貴様の為に鍛造された二振りの神器であったな。何を嘆く?』
「神より直接受け取っておきながら、それを失ってしまうなど…」
『アレは貴様の所有物。神鉄も使われし神の武具。その名を呼べば手元へやって来よう。
失くすことなど有り得まい。貴様が他者に所有権を譲渡したとしても帰ってくるぞ』
「え…? ほ、本当ですか⁉」
『やってみればよかろう』
ところが、神罰覚悟で正直に話してみれば、ポセイドンからは意外な一言が返ってくる。
どうやらあの二振りの神器は、真名を開帳すれば己の手元まで戻ってきてくれるらしい。
半信半疑ではあるが、神であるポセイドンの言葉に偽りなどあるまい。というかどのみち
信じてやってみないと本気でヘファイストス神に殺されるだろう。やるしかない。
オリオンは両手を空に掲げ、声の限りに叫んだ。
「来たれ! 【
はたして、数舜の後。狩人の呼び声に応えるかのように、風を裂いて神器が飛来する。
目が見えないながらも音を聞き分け、接近する物体との距離感を把握。神器を掴み取る。
冷たい鉄弓と棍棒の感触を確かめ、それぞれを背と腰に帯びる。これで準備は整った。
「ふぅ。ヘファイストス様に殴り殺されずには済んだか…」
『これで神器の扱いも心得たことだろう。では、往くがよい。オケアノスへ』
「はい!」
最高の武具を取り戻し、幾許かの精神的安定を取り戻したオリオンは鷹揚に頷く。
父たるポセイドンの神託を受け、彼は耳に意識を集中し、遠くから届く金槌の音を捉える。
大まかな方向を定めた彼は、自らの眼を治し、それからの事を考えながら海を進む。
(私の失態への罰として目の傷を受け入れるつもりだったが、こうなれば話は変わる。
目を癒せば私の犯した罪がなくなる、というわけではない。謝って済む問題ではないが、
せめて誠心誠意を込めた謝罪をせねばなるまい! 目を癒し、再びこの島を目指そう!)
既に数海里を走り去っているオリオンは、天上の世界へ戻ろうとするポセイドンの呟きを
聞くことなど叶わなかった。いや、聞こえていたとしても、彼にはどうにもできなかったが。
『……やはり神罰の一つも無ければ、我ら神の沽券に関わる。我が子の受けた苦痛を、
この島に住む人間にも味わわせてやらねば。さて。潮風よ、島の者の眼を乾き潰すのだ』
あわれオリオン。いや今回ばかりはオリオンが実害を被ってはいないのだが。
津波と嵐で島ごと消え去る大災害は免れたものの、海神ポセイドンが権能を振るったことで
島に流れる潮風に神の力が宿り、島民の目に入った塩が結晶化し、誰もが視界を奪われた。
そしてここから、オリオンという男を彩る恋愛譚は加速する。
後世に記された書物に曰く。
【女神エオスの悲恋】と呼ばれることになる、オリオンの伝説の更なる一幕が追加される。
ギリシャ神話において中々類を見ない不遇キャラエオスちゃん。
さて、本作ではどうなることやら…。
それと、感想欄にておまけ編のネタ提供など
感謝致します! 愛妻家連中はいいなって思いました!
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