もしも、オリオンがクソ真面目な堅物だったら   作:萃夢想天

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どうも皆様、萃夢想天です。

今回からはギリシャ神話内でもダントツの不遇っぷりを発揮した女神エオスとオリオンの邂逅の物語が始まります。
まぁすぐ終わるんですけどね、初見さん。

だってエオスネキ神話でもさほど取り扱われないし、
恋に落ちた男が悉く相手にしねぇんだもん……。

それでは、どうぞ!






光を求めて…エオスの悲恋・その1

 

 

 

 

 

海神にして己の父たるポセイドンから神託を受けてから、三か月が経過していた。

 

オリオンは海神の血を有する半神半人。水の、海の上を往く特殊な才能を生まれ持っている。

彼はその力を活用してキオス島沖から三か月、ほとんどを海上で行動していた。

 

勿論、彼は人間として生まれているので腹も減れば喉も乾く。

空腹については彼にとって問題足りえない。目が見えずとも彼には、ポセイドン経由だが

大神ゼウスより授かった神域の聴覚がある。空を飛ぶ鳥の声や羽ばたきも容易に聞き取れた。

 

狩人であり、弓と棍棒という二振りの神器がある。空腹を満たす獲物はどこにでもいた。

彼が大地の代わりに足場としている海中にも無数の獲物は泳いでいたが、海神の息子として

海の生命を狩るというのはどうなのだろう、と頭を悩ませたので魚には手を付けなかった。

 

そして肝心の水分の補給はというと。沖合へ小舟で出ていた漁師たちから分けてもらったり、

小さな島へ立ち寄って香りや肌触りだけを頼りに、水気の多い植物を探り当て啜っていた。

自身が海神の子であると知った漁師たちは、漁の安全や大量を祈願して上等な水や干し魚を

オリオンに与えた。申し訳なく思いつつ彼らの厚意を受け取って一路、オケアノスを目指す。

 

そして――

 

 

「…………ああ、聞こえる。サイクロプスが打つ鎚の音が…」

 

 

――ついに。オリオンは東の海の果て、オケアノスを臨むレムノス島へ辿り着いた。

 

神域の聴覚が鍛冶場の喧騒を恙なく拾い、中でも一際甲高い金槌の音をしっかりと捉える。

間違いない。目視こそできないものの、神託にあったレムノス島に違いないと彼は喜んだ。

目が見えないというのは、ハッキリ言って不便だ。優れた聴覚で代用こそできてはいたが、

どこまでいっても代用は代用。視覚機能が優秀で狩人には必要であることに変わりはない。

 

彼は海の上を来てはいたが、途中の島々に上陸した際に何度、路傍の石に躓いたことか。

生きているものは必ず音を放つ。動物然り植物然り。だが、動かず語らない鉱物は別だ。

道端に落ちている小石ひとつとっても、盲目のオリオンにとっては脅威に感じられていた。

 

さて。おっかなびっくり上陸を果たしたオリオンは、金槌の音を頼りに山道を歩く。

道中ですれ違う島民たちは彼の並外れた巨躯と美貌に目を奪われたが、既に目を奪われて

いるオリオンが気づくことはなかった。一歩一歩、確かめるようにゆっくりと進んでいく。

 

そうして彼はとうとう、音の発生源の目の前へやってきた。

 

 

「……凄まじい熱気だ。目が無事であれば、この熱で焼けていたかもな」

 

 

などと軽く自虐をかましながら近付くオリオン。大きく息を吸い、咆哮に等しい声を放つ。

 

 

「我が名はオリオン! 海神ポセイドンを父とするボイオディアの狩人なり!

 此度は海神の告げし神託を成就せんと参った次第! 我が声に耳を傾けたまえ‼」

 

 

ビリビリと空気は震え、浜辺では波が逆立った。オリオンの容姿に興味を抱いて着いてきた

幾人かの島民も、島全体を震わすほどの大声量にビビり散らして逃げ出していった。

オリオンの大胆過ぎる〝御邪魔します〟の一声の後、鍛冶場は静謐に満たされた。

 

しばらく待っていると、ドシンドシンと大きな足音が近付いてきた。

この場所が何処かを事前に聞いていたオリオンは、この足音の主が何者かを知っていた。

 

 

「突然の無礼、どうかお許しを。偉大なるヘファイストス様に連なる鍛冶のサイクロプス殿」

 

「……あンだ、おめェ。デケぇ声で騒ギやがッてよ」

 

「我が身はオリオン。海神ポセイドンの息子にして、神託を授かりし者である」

 

「ポセイドンン…? あァ。海のカミサマか。そったら人ガ、何の用だベ?」

 

 

サイクロプス。後世において、一つ目玉の巨人であるとされた、人知を超えた種族である。

彼はヘファイストスが司る鍛冶という分野において、人間以上の腕前を持つ職人なのだ。

 

盲目のオリオンはサイクロプスがどのような外観かすら分からぬまま、素性を語る。

 

自分が狩人であり、ヘファイストスから神器を授かった事。

遠くキオスという島にて、娘の身を案じた王の逆鱗に触れてしまい、目を焼かれた事。

そして今。海神の告げた神託に従い、目を治す旅路に勤しんでいるという事。

 

見も知らぬ男の壮絶な過去を知ったサイクロプスは、目の前の美丈夫が海神の息子という

点を抜きにしても、力になってやりたいと考えていた。大きな単眼の端に雫を湛えて。

 

 

「そウか……オメぇ、苦労したンだなァ。目ェ焼かレっちまってンのか」

 

「ああ。その事を恨んではいない。が、父にして海神たるポセイドンの神託とあっては

 無下にすることなど有ってはならない。なので、神託に従いオケアノスを目指している」

 

「オケアノス……あァ。こっからそウ遠くはネぇが、目も見えネぇヤツが行くにャぁ、

 ちょいと険シイ道のりダべや。おし、待っとレ。うォーい! ケーダリオンン!」

 

「えっ⁉ あ、ハイ!」

 

 

ガンガン、と金属の板か何かに鎚を叩きつけ、サイクロプスが何者かの名を呼んだ。

いきなり呼ばれて慌てたのか、あちこちにぶつかったような音を立てて近付いてくる。

オリオンは近付いてきた者の声のトーンや発声位置の低さから、少年であると悟った。

 

 

「ケーダリオン。おめェ、この人をオケアノスが見えル岬まで連れテってやレ」

 

「は、ハイ。分かりやした親方」

 

「……いい、のか? 何処の馬の骨とも知れぬ私の為に、お弟子殿を」

 

「構わン。まだ金打の基礎も出来ちゃイねェ小僧ダ。送りぐらイなら使えルだろ」

 

「……かたじけない。この御恩は必ずや」

 

「要らネぇよ。アンタの持ってル神器を拝メただけデ、満足だベ」

 

 

そう言ってサイクロプスは豪快に笑う。オリオンの身の上話を聞いただけでも既に協力的に

なってはいたのだが、なにより彼の意思を固めたのは、狩人が所持する二振りの神器故。

鍛冶の神ヘファイストスが授けたる神器。まさしく神の腕によって鍛造された至高の逸品を

同時に二つも目にすることが出来る機会など滅多にない。この出会いに感謝すらしていた。

 

律儀なオリオンが恩を返すと頭を上げるも、心底から不要だと突き返すサイクロプス。

どちらも己の道に対してひた向きだという性質において、彼らは非常に気が合うのだろう。

単眼と盲目の大男二人は同時に手を差し出し、掴み、握る。無言の友情が成立していた。

 

 

「感謝する。サイクロプス殿」

 

「イイって事ヨ。アンタも頑張ンな」

 

 

正史のオリオンであれば、サイクロプスが打つ鎚の音に紛れ、新米弟子のケーダリオンを

無理やり攫っていったことだろう。自分本位で短気なギリシャ男なら、誰だってそうする。

 

しかし、そうはならないのがこのオリオン。どこまでもクソ真面目な堅物な彼の物語では。

 

サイクロプスの鍛冶場に正々堂々正面からお邪魔し、キチンと許可を得てから弟子の案内を

受けることが出来た。彼の人徳と決して曲がらぬ精神性の成し得た、異なる可能性を辿る。

 

 

「……では。唐突で申し訳ないが、案内を頼みたい」

 

「親方に言われちゃしょうがないッスからね。お供させていただきやす!」

 

 

鍛冶場を出たオリオンは、自らの肩に乗せたケーダリオン少年に対しても真摯に依頼する。

あくまで道案内を頼む側の立場であることを忘れない謙虚さは、少年の心に刻まれた。

 

横暴でガサツな英雄と呼ばれる客連中とは根本的に違う、見たこともない巨躯の美丈夫。

熱い鉄を打つ男の背中に憧れを抱いていた少年の魂に、新たな憧憬の火を灯してしまう。

仕事場で打たれている鉄よりなお熱い少年の視線。だがオリオンはその事に気付けない。

 

ケーダリオンを伴い、オリオンは遥か東の果て、オケアノスを一望する岬へ歩を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――ったく。なんでアタイがこんな事しなきゃならないんだい』

 

 

ギリシャの夜空に、一筋の光が軌跡を描く。

 

降り注ぐ光ではなく、明星を照らすかのように空へ昇っていく非自然的な光条。

その光の正体は、まるで感情を持つかのように己の現状に対し悪態をつく。

 

 

『メンドくさいったらありゃしないが、これも大事なお勤めだしねぇ…』

 

 

ボヤく光源。もしも間近でそれを目撃する者がいれば、即座に平伏したことだろう。

なにせ、その正体とは――暁を司るギリシャ神格の一角、女神エオスなのだから。

 

 

『あーあ。なにが悲しくてクソアニキの送迎なんか……』

 

 

暁の女神エオス。ギリシャ神話において、彼女について子細に語られることはほぼ無い。

 

彼女は元々、大神ゼウスがギリシャを席巻する以前の超常存在たる〝ティターン〟たちに

属するヒュペリオンとテイアーの間に生まれし神格。いわば、前任者たちの血縁である。

 

そんな女神エオスには兄たる太陽神ヘリオスと、姉たる月女神セレーネがいる。

ここで「ちょい待ち」と思われた諸君。君たちは正しい。何故に太陽神と月女神の兄弟が

いるのか。ギリシャ神話におけるその名は、アポロンとアルテミスが該当するはずだろう。

そう抗議したくなる気持ちは分かる。しかし、ギリシャでは割とよくある話なのだ。

 

かなり大雑把にまとめてしまうと、結局は管轄の問題とでも言えようか。

 

アポロンとヘリオスは両者ともに太陽を司る神として名を馳せる。役割が被っているのは

ギリシャじゃよくあること。アポロンは太陽のもたらす恵み、力といった部分を象徴とする。

それに対しヘリオスは、夜明けや世界を照らす光といった、概念部分を象徴としている。

 

姉であるセレーネもまた同様。アルテミスと同じ月を司る女神ではあるが、片や狂気と純潔、

片や愛情と魔法を象徴としている。管轄が違う、と考えた方がごちゃごちゃせずに済む。

要は「深く考えた方が負け」ということだ。そういうことにしておけば波風は立たない。

 

 

『……はぁ。なんかもう、虚しーなー、アタイ』

 

 

さて。そんな兄と姉を持つこのエオスも、さぞ強大な使命や権能を有する女神と思われること

だろうが、実はそんなことはなかったりする。ギリシャの不遇女神の肩書は伊達じゃない。

 

女神エオスの役割は、兄であるヘリオスを呼び覚ますべく夜空を暁で照らし出すこと。

ただのそれだけである。複数の権能を持つ兄姉とは比べるべくもない仕事の少なさだ。

 

更に彼女の不遇は扱いの軽さだけに留まらない。なんと言っても、その遍歴の報われなさだ。

 

 

『……あー、もう。やめやめ。考えれば考えるほど落ち込みそうになるし』

 

 

ギリシャの神格は通常、人間たちが彼らを讃え奉ずるための神殿が建築される。

が、彼女にはそれがほとんどない。夜明けを告げるだけの神に何を祈れって話でもあるが。

 

権威や権能もほとんど無し。挙句、夫であったアストライオスは冥府(タルタロス)へ幽閉されてしまい、

独り身となった。美しい女神であり未亡人。これに手を出さないギリシャの男神はいない。

軍神アレスが彼女に手を出し、場違いにもそれに嫉妬したアフロディーテが呪いをかけた。

 

この呪いによって女神エオスは、二度と男神に恋慕や愛情を抱けなくなってしまったのだ。

 

こうして彼女は同じように悠久を起動し続ける同類(かみ)を愛することが出来ず、有限にして短命の

人類しか愛せなくなってしまった。これもまた、彼女の不遇に拍車をかける要因である。

 

 

『……クソアニキめ、自分で起きられないのかよ』

 

 

そんな彼女は現在、己に課せられた使命を全うしようとしている真っ最中だった。

 

輝く者(パエトン)光暉(ラムポス)という名の神馬を駆り、兄ヘリオスを太陽神としての務めへと送り出す。

それこそが女神エオスに与えられた唯一の使命。それに納得しているかどうかは別だが。

 

現代風に彼女を例えるなら、「仕事のできる兄を送迎しなきゃならない妹」だろうか。

 

 

『……虚しくなんかないさ。虚しくは』

 

 

二頭の神馬とともに夜空を疾走する女神エオス。彼女の使命に、他者の介入はない。

仕事柄、誰かと出逢う機会も皆無に等しい。役割が単一である以上、孤独に苛まれる時間も

どうしようもないほどに多くあった。いっそ使命に没頭する本来の自分(キカイ)に戻れたら、と。

 

 

『……哀しくない。悲しくない。アタイは暁の女神エオス。それでいいのさ』

 

 

無心で役割を果たす。そうすればいつか、いつか報われると信じてエオスは夜空を駆ける。

 

目的地であるオケアノスの水平線に辿り着いた彼女は、そこから兄ヘリオスを引っ張り出す。

これまでも、ここまでも、そしてこれからも変わらない日々。変わらない使命を繰り返す。

それでいいと自らを納得させるように、これで今日の役目は終わると、下界に目を向けた。

 

そして―――彼女は、運命に出会う。

 

 

『―――――ぁ』

 

 

女神エオスは、見た。 オケアノスを臨む海岸線の岬にて立つ、巨躯の美丈夫を。

 

女神エオスは、見た。 未だ朝日昇らぬ暗がりの空の下、悠然と彼方を見やる男を。

 

女神エオスは、見た。 その肩に少年を乗せた大男の眼が、焼かれ潰れているのを。

 

 

かくして、神と人の間に生まれし者が、神話というステージへ歩みを進める手筈は整った。

 

こうして、オリオンの恋愛譚にさらなる彩りを加える一幕【エオスの悲恋】が始まる。

 

狩人として平穏無事に生きるはずだった男の生涯が、大きく歪みだしていく。

 

 

 

 

 








いかがだったでしょうか?

お待たせしてしまった挙句に二分割。申し訳ねぇです…。
日曜日にも更新する予定ですので、お楽しみに。

それとおまけ編ですが、これも継続していきます。
本編に通じる伏線も貼っちゃったんで……頑張ります。


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