もしも、オリオンがクソ真面目な堅物だったら   作:萃夢想天

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どうも皆様、萃夢想天です。

投稿が遅くなってしまい申し訳ありません!
まさかひと月も手が出せなくなるなんて…。
仕事でのストレスが原因で体を壊してしまい、
そこから筆が一向に進まず…ごめんなさい!

今回からはまたペースを緩めながら
再開していこうと思います! 頑張ります!


それでは久々の、どうぞ!






光を求めて…エオスの悲恋・その2

 

 

 

 

 

 

眼を焼かれ光を奪われたオリオン。彼は父である海神ポセイドンから伝えられた神託に従い、

遥かオケアノスを臨むリムノス島へ赴く。そこで鍛冶場の新人であるケーダリオン少年を

道案内として、海岸線の岬に辿り着いた。此処で二人は、暁の女神の降臨を待っていた。

 

 

物語は静かに、だが確かに歪み、形を変え始める。

 

 

ケーダリオンは目の見えないオリオンの道案内として、サイクロプスが鎚を振るう鍛冶場から

オリオンの肩に担ぎ上げられていた。常人を見下ろす巨躯より高い視座となった少年の目に、

彼方オケアノス海の水平線から空へと駆け上っていく一条の光が差し込んだ。

 

 

「お、オリオンの旦那! 海の向こうから光が、真っ直ぐこっちに来てる!」

 

「光? となれば、神託より伺ったヘリオス神か」

 

「ほ、本当に神様とお会いするんスか…? 止めといた方が…」

 

「この身は既に海神ポセイドンの……大神ゼウスからの伝言らしいのだが、大いなる神託を

 授かっている。このオケアノスにてヘリオス神の駆る銀の馬車の光を浴びろ、とな」

 

 

神との邂逅。それは戦士や英雄を志すものであれば栄誉なことである。しかし、そういった

ある種の超越者の道を歩まない人々にとっては、超常存在たる神など災害にも等しい。

 

つまり、好き好んで会うような代物ではない、ということだ。

 

凄まじい速度で接近してくる光源に震えが止まらないケーダリオン少年。目は見えずとも

少年を肩に担ぐオリオンには、彼の震えや浅く短い呼吸が音と振動によって知覚できていた。

 

オリオンは少年を肩から下ろしてやり、不安と困惑に驚く少年に優しげな声色で語る。

 

 

「鍛冶師ケーダリオン殿、此処までの道案内に深く感謝する。其方の役目は私をこの岬へ

 案内することであり、付き添うことではない。これより私はヘリオス神に神託を明かして

 目の傷を癒していただく。先に鍛冶場へお戻りを。後程、礼をもって戻ると約束しよう」

 

「だ、旦那…!」

 

「ご苦労だった、ケーダリオン殿。これより先は私個人の問題故、お引き取り願おう」

 

「……ありがとうございやす!」

 

 

オリオンは少年の頭を軽く撫で、この場から立ち去るように暗に告げた。少年は己と違い、

神を敬いこそすれ恐れていることを目視せずとも見抜いたからだ。

 

ケーダリオンはオリオンの言葉の真意に気付き、そして彼ほどの豪傑の口から「鍛冶師」と

認めてもらったことと、自分を巻き込まないようにする配慮が、泣きそうなほど嬉しかった。

 

誰よりも高潔な男の姿に心から敬服の念を抱き、深々と頭を下げてから一目散に駆け出す。

遠ざかっていく若い足音を聴覚で確認したオリオンは、空を裂きながら迫る音へ向き直る。

時間にして一分も経たぬうちに、音は彼の立つ岬の上空で止まり、声をかけてきた。

 

 

『あ、あ、アンタ…! こ、此処らじゃあ見ない顔つきだね! 何モンだい!』

 

「……(女の声?)…我が名はオリオン! 海神ポセイドンが子なり! 此度は大神ゼウスと

 我が父から神託を受け、はるばるオケアノスまで参上した次第である!」

 

『なっ…ポセイドンの子だって? アンタが? そうは見えないが…』

 

「どのような所感を持たれようと事実は変わらない。それよりも私は神託に従い、焼かれた

 両眼を癒していただきたいのだ。どうか銀の馬車より光を放ちたまえ、ヘリオス神よ」

 

『―――ヘリオス? アタイはエオスだよ!』

 

 

やけに()()()()()()な口調で話しかけてくる、恐らく女性と思しき声の主。

オリオンはヘリオス神であろうと目星をつけていたが、残念ながら盲目の彼の眼前に立つのは

ヘリオス神の妹である女神エオス。兄姉にコンプレックスを抱く、ギリシャ一不遇な女神だ。

 

そんな彼女の琴線に図らずも触れてしまったオリオンは、己の非礼を詫びるべく謝罪する。

 

 

「……盲目である故、と言い訳は致しません。どうかお許しを、輝ける暁の女神エオス」

 

『えっ!? あ、アタイの事を知ってるのかい?』

 

 

膝をつき、頭を下げ陳謝するオリオン。妻シーデーを喪い各地を放浪した五年の間に培った

知識から、ヘリオス神に近しい存在である女神エオスの事を引き出し、その名を口にした。

すると神らしい激怒の様子が一転、神らしくないとすら思えるほど自虐的な言葉が飛び出た。

 

ここでオリオンは「おや?」と内心で首を傾げる。女神エオスの態度が妙だったからだ。

ギリシャにおいて神々は、己の尊大さをどこまでも誇示する傾向が強い。神だから当然だが。

いわゆる後年の仏教などにおける「衆生の救済」を説く神などではないのである。

 

だからこそ、このギリシャという世界で女神であるエオスが自虐的な発言をする意味がない。

そう思ったオリオンは、やめときゃいいのに言葉を紡いでしまう。それが過ちとも気付かず。

 

 

「無論です。御身は世界に夜明けをもたらす光輝の女神。夜空を朱に染め上げる始まりの曙。

 御身あればこそ、我ら人間は朝を、一日を迎えることができるのです。御身を知らぬ者は

 即ち、昇りゆく朝日を拝まぬ者。人であれば、御身の偉業を讃えぬ者などおりますまい」

 

『―――っ』

 

 

オリオンは神を前にした人間として相応しい姿勢、つまり片膝をついて頭を垂れた状態で

そう言い切った。彼の言葉に微塵の嘘偽りもないことは、仮にも神であるエオスには

お見通しである。心の底からそう信じている。エオスという神を、信奉しているのだ。

 

女神エオス。彼女は同類である神を愛せず、短命にして愚かなる人間しか愛せぬ女神。

 

神が人を想うことは、きっと欠陥(バグ)でしかないのだろう。

精密な機器に生じた、ほんの小さな故障(バグ)のようなもの。

 

有り得ることではないし、有り得てはならない。

 

しかし時折、現実という時間の中では、こうした「有り得ない」が起こり得るのだ。

 

 

『……お、オリオン。アンタはアタイを、そんな女神だと本気で…?』

 

「本気も何も、それが御身であるのでしょう? 世界に始まりをもたらす、偉大なる神よ」

 

はうっ

 

 

女神エオスは今日まで己の役割を、偉業などと捉えたことはなかった。それもそうだろう。

 

彼女の役割は兄であるヘリオス神に夜明けを告げる、たったこれだけなのだから。

エオスでなければ成し得ない、というわけでもなく。他の誰にでも務まる程度の役割。

遣り甲斐など皆無に等しい。それを彼女の自意識が芽生えてから今日まで延々と繰り返した。

 

意味もなく、価値もなく、ただ「そうあれかし」と定められた為に、彼女は従ってきた。

 

けれど、オリオンとの出逢いによって、彼女は報われたのである。

 

 

「……女神エオス?」

 

『んぇぁ!? あ、ああ! にゃん……なんでもないよオリオン』

 

 

オリオンに名を呼ばれる。先程までと同じ、畏敬に満ちている彼の声のはずなのに、

どうしてかエオスは不自然な態度を取ってしまう。意図しない言動が思考より先んじる。

非合理的な対応が表出している現状を客観視しようにも、今の彼女にそんな余裕はない。

 

精密機器が些細な影響で機能不全に陥るように、エオスの心に恋慕(バグ)が生じた瞬間だった。

 

奇しくも女神でありながら人のような感情に振り回され始めたエオス。

彼女は威厳を保つべく厳粛に咳ばらいを一つ。二頭の神馬を上空に留め、地に降り立つ。

光り輝く神としての姿を意識して抑え込み、人間と変わらない状態に機能を低下させる。

 

そうしてオケアノスを臨む岬に降臨したエオスは、礼を尽くす姿勢を解かない狩人に触れた。

 

 

「オリオン、オリオンよ。真に神を尊ぶ敬虔なる者。神託に倣い、汝の目を癒そう。

 これよりは我が兄ヘリオスが明星を沈め、天に昇りて朝を照らす刻を迎える」

 

「………」

 

「さすれば夜を染め、世を覚ます太陽の権能から放たれし光輝を以って、汝オリオン。

 その焼け爛れ塞がれた無明の暗黒は取り払われるであろう。神の威光を、讃えよ」

 

「はっ。伏して(こいねが)うは暁の女神エオス。太陽の神ヘリオス。そして我が身を憐れみ神託を

 お授けくださった大神ゼウス並びに我が父ポセイドン。我が信仰を此処に捧げ奉らん」

 

「……いい、いいぞ。オリオン。お前は、最高の男だ…!」

 

 

神々の存在は、人間の信仰心を以って保たれる。女神エオスはその存在を信仰する人間が

そもそも少数であり、彼女の権能の薄さも相まって神殿すら建てられない希薄な神格。

そんな低レベルな神と呼べる彼女を、オリオンは大神やその兄たる海神と同等に扱った。

 

エオスの機能中枢(ココロ)に熱が溜まっていく一方であるが、そんなこと知りもしないオリオン。

もはや女神エオスはその身を蝕む呪いもあってか、オリオンの事しか考えられないほどに

彼を意識してしまっている。ギリシャに生きる全人類に向けるべき庇護を集約している。

 

彼女の思考ルーチンを構築する大脳機構に、修繕不可能なほど深刻な(バグ)が生まれていた。

 

人間の女性とほとんど見分けがつかない現界用の義体で、エオスはオリオンに告げる。

 

 

「な、なぁオリオン。もしお前が望むんなら、アタイはなんだってしてやるぞ?

 力を望むなら権能を授ける神に会わせてやるし、知慧を求めるならまた然りだ。

 金でも地位でも、何でもだ。何が欲しい? アタイがお前の望みを叶えようとも」

 

 

深々と頭を垂れ膝をつく姿勢で動かないオリオンと話す為、仮にも女神であるエオスはなんと

膝どころか足を地に放り出し、彫りが深くも慈愛を感じさせる男の顔を手で撫で上げた。

 

いま口にした言葉は、本気だ。エオスはオリオンの望みを本当に叶える気でいた。

彼女自身にそういった権能はない。けれど、彼が望むのならば望みを叶えるためにあらゆる

手段を厭わずに実行に移す。そうした決意に満ちた言葉を、神が一人の人間に語ったのだ。

 

あわれオリオン。ここにまた一人、「オリオンガチ恋勢」を爆誕させてしまう。

 

エオスの過分すぎる気遣い(と思っている)オリオンが慌てて返答しようとした時、

オケアノスの水平線から眩い光が夜空をかき消し、ギリシャの世界に朝の到来を告げる。

 

 

「やっと来たかクソ兄貴。今日は機嫌がすこぶるいいから小言は控えておいてやるか。

 よし。これでオリオン、お前の目が癒えて見える……よう…に………」

 

 

東の空から兄ヘリオスが銀の馬車で空を駆け出す様を遠目で確認した女神エオス。

普段の彼女であれば直接出向いて「グズ! ノロマ!」と罵詈雑言を浴びせていただろう。

しかし今は目の前の美丈夫が最優先事項に上書きされてしまっている状態。

怒る気を静め、凄惨な傷で視界を奪われた男の変化に注視していた。

 

そして、約束の時は訪れた。

 

朝日の光がオリオンの火傷痕に吸い込まれるように溶け込み、じわじわと爛れた皮膚の部分が

癒えて正常な状態に巻き戻っていく。そうしてたっぷりと光を浴び、数分が経過する。

 

やがて空洞だった眼窩に形のある膨らみが現れ、それを覆うように瞼が再形成された。

火傷で目が潰れていた男の姿は綺麗に消え、そこにいたのは粛々と瞳を閉じる寡黙な大男。

 

そして男はゆっくりと、確かめるように眼を開く。

 

 

「―――おお、おお……おおおっ…‼」

 

 

黒とも言えない完全なる無色の世界を見つめ続けていたオリオン。だが今の彼の瞳には、

色彩に溢れた世界がはっきりと映っていた。空が、海が、この世の全てが色づいていた。

 

狩人オリオン。この時、21歳。既に成人を迎え、妻を持った身であれど、覚者に非ず。

無双の剛力を誇り、無敵の俊敏を有し、無類の才能を宿す男は、しかし怖かったのだ。

 

目が見えないという、誰しもに有り得ることが。見えていたものが見えなくなることが。

 

事の発端は、自らの過ちであると認めてはいた。だから仕方がないと諦めていた。

いや、諦めたふりをしていただけだった。どうしようもないと、突き放すしかなかった。

そうしなければ、無限の暗闇が怖くて仕方がないのだ。無明の世界が恐ろしいのだ。

 

しかし、その恐れは払拭された。闇は掻き消え、光に満ち溢れた世界が瞳に映る。

 

 

「いいさ、泣きなよ。いま此処にはアタイしかいないから。言いふらしゃしないって…」

 

 

歓喜のあまり神の御前でありながら知らず立ち上がっていたオリオンに、女神エオスは

横顔を覗き込むように話しかける。慌てて姿勢を正そうとする彼に、彼女は続けた。

 

 

「そんなに肩肘張らなくてもいいよ。アタイはそこまでされる神でもないしね」

 

「い、いや、しかし……」

 

「いいんだって言ってんだろ? それより、ご覧よ。これが女神の玉体さ。どうだい?

 そこらの人間の女よりかはイイ見た目してるとは思うが、アンタの目で見てどう思う?」

 

 

視覚を取り戻したオリオンが一番最初に見る女。つまり、「最初の女」になれることが

神として讃えられること以上に歓喜を生じさせる。未体験の法悦に熱が上昇するエオス。

その彼女を改めて目視するオリオン。神を見下ろす不敬に罪悪を感じつつ、彼は視る。

 

鮮やかな橙色の髪、女性らしく丸みを帯びてはいるが、しかし豊満とまではいかない肢体。

均整の取れた彼女の出で立ちは、まさに極上の美を体現した、女神に相応しい様相である。

 

並の男であれば即ルパンダイブをかますか口説きに行く美女を前に、狩人は口を開く。

 

 

「御身を象徴する暁という言葉が姿を得たような、女神を人間の言葉で形容して良いのか

 不明ではありますが、その……美しいと思います。あまりの光輝に瞳が潰れそうです」

 

「んなっ…! は、ははは! ぞ、存外舌の回る男だな! 悪くない……むしろイイ

 

「女神エオス?」

 

「なんでもない! なんでもないったら! コッチ見るな!」

 

 

小さな滴を目尻に残す巨躯の男は、良い意味で人間臭い女神の様子に思わず微笑む。

そんな彼の、穏やかな風に揺られる森の木漏れ日のような甘い温もりに満ち満ちた笑みに

またも思考回路を埋め尽くされた女神。頬を真っ赤に染めて、けれど口角を緩ませる。

 

 

これこそがオリオンの神話の始まり。

 

そして、オリオンという狩人が、「狩人として」生涯を終える事となる始まり。

 

決して報われることのない【エオスの悲恋】と呼ばれる一幕が、始まった瞬間でもあった。

 

 

 

 

 

 









久々の執筆でかなり筆の進みが遅い……。
これはリハビリをしなくてはいけませんね…。

読者の皆様も長らくお待たせしてしまいすみません!

どうかこれからも拙作をよろしくお願いします!
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