Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 やはり感想を貰うと嬉しいですね、やる気がもりもり湧いてきます。
 今回の話は途中でかなり時系列が飛びますので、ご了承ください。
 それではどうぞ。


3.原初からの創世

 ——クラウスによる相転移実験から、長き時が経過した。

 

 その間、スタクティはクラウスから離れ、『ラダマンティス』を降り、独自に地表の調査を行った。

 クラウスの言葉通り、多くのものや人が姿を消し、現代文明は半ば崩壊していた。

 それでもその中で、僅かな生き残りたちの姿を見つけることができたが、人ならざる生きた鎧とも言うべき異形を地上の人々が受け入れる筈も無く、悲鳴と罵倒、銃弾による拒絶を受け、逃げざるを得なかった。

 

 火の消失の後——数え切れない年月の果てに、地形も大幅に変わっていた。

 北に位置する広大な極寒大陸。

 数多の気候と地理を有する広大な大地。

 小さな島々が連なりできた小国。

 そして遥か東の島国。

 海を越え、山を越え、数々の場所を目にしたが、人の姿はほとんどなく、故に否が応でも現実を受け入れざるを得なかった。

 

 “人類は、そう遠くない内に滅ぶ”——久しくしなかった長い旅の末に得た答えは、古き時代の男の淡い期待を打ち砕くには充分過ぎた。

 砕けた希望を引きずりつつ、最後に彼が辿り着いたのは、欧州のとある一村——かつてスタクティが眠りに就いていた地。

 相転移実験の際に生じた蒼光に呑まれたのはどの国も同じだ。

 この村も例外ではなく、あの実験による爪痕が残っていた。

 

 屋根や一部の壁が失われた家屋。

 家畜のいなくなった小屋。

 荒れ果てた田畑等――。

 かつてはのどかであっただろう村は完全に活気を失い、あるべき人々の姿も、誰一人として見当たらなかった。

 

 

『……やはり、彼女らも……』

 

 

 眠りに就く前に、彼女――火防女は言った。

 せめて己の眠りが安かなものであるよう努めていく、と。

 その言葉通り、彼女は生涯をスタクティの眠りの守護に費やし、後に生まれた彼女の子孫たちも、始祖と同じように彼の眠りを守り続けた。

 全てを知るわけではないものの、彼女と彼女の子孫たちが、課せられた使命に生涯を費やした跡は、今もなお残っている。

 

 『創世の始祖王――此処に眠る』

 墓標のように突き立てられた石板に刻まれた文字は、あの時代においても使われていた言語だ。

 故に彼にも容易に読み取れ、石板の褪せ具合から、どれ程の年月を彼女たちが自分のために費やしたのか、それを改めて認識した。

 

 

『もう……居ないのだな。――?』

 

 

 石板の後ろに見える黒穴。

 場所からしておそらく、スタクティ自身が埋まっていただろう場所の中に、彼は“何か”の姿を捉えた。

 巨鎧を鳴らし、鋼腕を伸ばして穴の中にあるソレを掴み、引っ張り出すと、彼は手にしたソレの姿に驚愕を表わした。

 

 

『……何故、()()が……?』

 

 

 鋼腕の掌中にあるもの――それは一振りの剣だった。

 だがそれは、剣と呼ぶには歪に捻くれ、切っ先から柄頭に至るまで、その全てが劫火に晒されていたかのように灼け焦げていた。

 『螺旋の剣』――古き時代、不死人たちの唯一の拠り所である『篝火』と共にあった剣。

 彼が有する『火継ぎの大剣』と同じものがどうしてここにあるのか。

 湧き出る疑問に思考を巡らせていると、彼は穴の中に光る新たなモノを見つけ、再びその鋼腕を伸ばした。

 

 彼が手にしたもの――それは眼球(ひとみ)だ。

 それも普通のものではない。それは、光を失った火防の乙女たちに微かな光を見せるもの。

 彼が見つけ、彼女に渡し、そしてこの時代へと繋がる裏切りの選択を得るに至った因縁の遺物。

 

 

『……そうか』

 

 

 それだけで分かった。

 彼女たちはどこかで悟った。自分たちの使命の終わりを。

 闇の時代へと導いた魔性の瞳の返還とは、即ち、自らに課した守護の任の終焉を意味する。

 これより先の未来にて、王は必ず目覚める。

 そして目覚めの後、彼は再び使命を見出し、その身を捧げるだろう――と。

 

 終わってしまった世界に、一体如何なる使命があるのか。

 だがそれは、いつの時も等しく、己ではなく、誰かの言葉によって知って来た。

 王たちの眠る地(ロードラン)古き貴壁の大国(ドラングレイグ)故郷の流れ着く地(ロスリック)――全ての時代における使命を授けたのは、火防女たちだった。

 そして此度もまた然り。言葉を告げる乙女の姿はなく、救うべき国も、世界も、人々も、その多くが失われた。

 それでも行かねばならない。進まねばならない。

 この目覚めに意味があるのなら、この滅びに向かう世界に何かを齎せられるのなら。

 

 往かねばならない――この身に宿るソウルの全てが尽き果てる、その時まで。

 

 

 

 

 

 

 ——旅からの帰還の後、彼を待っていたのはさらなる悲劇だった。

 次元転移から生き残った人類が、人ならざる異形と化していたのだ。

 自身も不死人という人理の埒外にある存在とはいえ、全く未知の生物へと変貌した彼らに、スタクティはただ驚愕することしかできなかった。

 襲い来る彼らの群から逃れるように駆け、ようやく辿り着いた軌道タワー(ラダマンティス)だったが、悲劇はそれだけは終わらなかった。

 数年の歳月を経て、戻って来たラダマンティス内部居住区は、かつての姿を残していなかった。

 青々と草木が茂る草原は荒野と変わり、人のいなくなった建物や道路は朽ち果て、その大半が崩壊していた。

 

 人界の崩壊――その縮図とも呼ぶべき凄惨たる光景は、この世界の原初を生み出した祖王の心を慟哭させるには充分過ぎた。

 だが、この光景はある意味当然の結末だった。あの相転移実験により多くの人類が飛ばされ、この世界から失われた。

 人の手によるものは、人の手が及ぶ限り壊れることはまずないが、逆に造り手たる人類が居なくなれば、時の経過の末に朽ち果てるのは必然のことである。

 

 

『……本当に、終わってしまったのか……』

 

 

 新たな決意を抱き、帰還してすぐ見せつけられた光景がこれだ。

 人類滅亡が、もう目と鼻の先にまで迫っていることを突きつけられているようで、抑え込んでいた悲しみが、再び湧き上がってくるのを感じた。

 そして、共に湧き上がる激情(いかり)があった。

 慟哭の末、(クラウス)の下から離れるように『ラダマンティス』を後にした彼だったが、放浪の旅の中で悲哀は薄れ、怒りも腹底の奥に沈んだ。

 けれども、それは彼を許したわけではない。

 あの日の出来事を思い出す度に、薄れた悲哀が滲み出し、抑えていた怒りは炎となって、この鎧の巨躯を赤熱させた。

 

 その男に――今から彼は会いに行く。

 この数年の間で、あの男は何を思い、何をしていたのか。

 罪の重さを自覚し、耐え切れずに死を選んだか。

 あるいは己の負った罪と向かい合い、贖罪のための業に手を伸ばしているのか。

 知らねばならない。他の誰でもない、己自身(スタクティ)が。

 

 共に1つの時代、1つの世界を終わらせた者同士。

 かつての己と同じ道を選ぶか、あるいは異なる道を往くか――。

 

 

『――』

 

 

 (ソウル)の気配を辿り、行き着いた先の扉前に立つ。

 あの日、世界の行く末が決定したと言ってもいい因縁の場所。

 数年の間に復元させたのか、こじ開けて壊れてしまった扉は元に戻っているが、扉越しも魂――否、業による探知を用いずとも、彼の気配は感じ取れた。

 

 

『――クラウス』

 

 

 ぽつりと彼の名を呼ぶと、それを合図に扉は左右に開き、炎眼の視界に()の後ろ姿が映り込む。

 闇に喰われた左半身。金紗色の髪は無造作に伸ばされ、手入れもロクにしていないのは一目見て分かった。

 体も随分痩せた――いや、やつれたと言っていい程だ。

 朽ちかけた白衣を纏う背を揺らし、彼――クラウスもまた鎧の巨人(スタクティ)の方へ体を向け、残った右目で彼の姿を捉えた。

 

 

「……スタクティ」

 

『……クラウス。貴公……』

 

「……君がここを離れて後、私は多くを知った。

 己の愚かさ――届くはずのないモノへ手を伸ばした、その傲慢さを」

 

 

 クラウスは語る。スタクティが此処を離れた後のことを。

 闇に半身を喰われた彼は、静かなる後悔の果てに、残る半身の消滅を願った。

 だが、如何に時を経ようとも闇が残る半身を喰らうことはなく、死による救いを神は与えなかった。

 あるいは、それこそ神の下した罰であり、呪いであったのかもしれない。

 

 己の消滅を得られぬと知り、それが神の――そして自分たちの祖王たるスタクティの希望を裏切った罰なのだと悟った彼は、ある計画に着手する決意をした。それ即ち――

 

 

「――『世界再生』。それが私が犯した罪に対する……唯一の償いだ」

 

『……』

 

 

 この世界に目覚め、世界の終焉を味わい、その後の旅で数々の経験を得た以上、今さら驚きはしない。

 だが、その言葉に響くものがなかったと言えば嘘になる。

 本当にそんなことができるのか? 人の手では及ばぬモノに手を伸ばした結果、最悪の結末を迎えたばかりではないか。

 そんな男に、本当にそのような大業が成せるというのか――。

 

 否――確かめるべきはそこではない。

 この鉄の浮遊城に足を踏み入れ、再びクラウスに会うと決めた理由。

 長き旅からの帰還の目的を今一度思い出し――そしてスタクティは解へと至る。

 

 

『……貴公も、同じ道を選ぶというのだな』

 

 

 無知ゆえに火を継ぎ、後世を地獄と変えた愚かな不死人が、未来にて新たな世界の開闢を成したように。

 この男もまた行こうとしているのだ。己の愚かを償うための、創世への道を。

 聞けばきっと万人が笑い、それは無理だと叫ぶであろう空想の言を、だが彼は、否とは断じなかった。

 もしも本当に、(クラウス)にその意思があるというのなら――。

 

 

『……話を聞こう。全ては、それからだ』

 

 

 もう1度始めよう――“創世の大業”を。

 

 

 

 

 

 

 その日――世界を“雲”が覆った。

 

 穢れなき純白の雲は瞬く間に世界を覆うと、崩壊した文明の跡たる数多の物を取り込み、荒廃した世界を再生させていった。

 やがてその世界に“神”は恵みを与え、雲の海より生命――『巨神獣』(アルス)が誕生した。

 巨神獣たちは次第に数を増やし、その体躯もより巨大なものへと進化していく。

 進化の果てに、巨神獣はその身より新たな生命を生み出し、多くの命の種が広大なる雲の海にばら撒かれた。

 やがて巨神獣より生み出された生命は、長い長い時を経て、数多の進化の末に、こう呼ばれるようになっていった。

 

 

 ――『人間』、と。

 

 

 だが“神”は、己が欲して止まなかった生命(にんげん)の誕生にも、そしてこの世界に対しても、己の信を置くことはなかった。

 かつての己と同じく、愚かな空想の果てに愚を犯し、同じ過ちを繰り返す者が現れるのではないか、と。

 故に――神は決断した。同じ過ちを繰り返さぬよう、もう1つの大業を為さんと。

 それが亜種生命体――『ブレイド』

 

 

『――それで、そのブレイドとやらの管理を()()()に任せると?』

 

 

 かつての頃より重みを増した低声で、鎧の巨人(スタクティ)老人(クラウス)に問う。

 あの日から、共に果てしない年月を過ごして来た2人。

 世界再生からの新人類誕生にまでこぎ着けた彼らだったが、創世者の片割れとも言うべきクラウスは、未だこの世界と人類を信じきれずにいた。

 だからこそ、かつての己と同じ過ちが繰り返されぬよう、彼は次なる計画『ブレイド』を実行に移した。

 その『ブレイド』の初期型も既に誕生し、彼らの新たな計画が進み始めた頃、クラウスはスタクティにある事実を明かした。

 

 ブレイドの管理は自分たち2人では行わず、別のものに任せる。ソレをクラウスは見せ、スタクティはその問いを口にしたのだ。

 

 

「そうだ。かつて私が犯した罪――“扉”(ゲート)による時空転移現象を引き起こした際、その実験に用いたものがこれらだ」

 

 

 クラウスの視線の先。そこにあるのは、武骨な機械の内に埋め込まれた2つの結晶。

 1つは翠玉、もう1つは黒紫色をした結晶体であり、その姿を目にしたスタクティは、ある物体の名を口にした。

 

 

『……『コアクリスタル』か?』

 

「ああ――『トリニティ・プロセッサー』。アオイドスという“扉”の研究機関が作成した合議型人工知性群。

 君の言う通り、コアクリスタル……その最たるものとも言うべき代物だ」

 

三位一体(トリニティ)……では、元は3つあったということか』

 

「『ウーシア』……あの転移実験の後、この1つだけが欠けていた。

 おそらくは、実験の際に次元の彼方へ飛ばされたのだろう」

 

三位一体(トリニティ)と名を付けるくらいなのだ。3つ揃わねば、万全に機能できないのではないか?』

 

 

 かけられた問いに、クラウスは首を左右に振ってそれを否定した。

 確かに、『トリニティ・プロセッサー』の機能を十全に発揮させるならば、3つのコアクリスタルを揃えるべきだ。

 だが、重なる仮想空間での育成で独自の個性を獲得した彼らは、例え1つ欠けても『ブレイド』というシステムの運営・管理を無事に熟せるだけの能力を得ている。

 そう説明するとスタクティも納得したように髑髏兜を傾けながら頷き、残る2つのコアクリスタルをジッと見つめた。

 

 

『……クラウス。残る2つのコアクリスタルは、名を何というのだ』

 

「翠玉色のコアクリスタルが『プネウマ』。そしてもう片方の黒いコアクリスタルが『ロゴス』だ」

 

『『プネウマ』……『ロゴス』、か』

 

 

 生者ならざる、知識ありしモノ。

 かつて己が生きた時代では到底あり得なかったモノに興味を向けるスタクティ。

 

 人の手にも、況して神の手にも依らぬ世界の運営。

 人類をより良く進化させ、繁栄の道を進ませるための術であると共に、今や神たるクラウスが抱く懸念を拭うための縛鎖にして楔。

 用途や形は違えども、その在り様をスタクティは、かつて己が進み、成し遂げた『火継ぎの使命』と重ねていた。

 アレはグウィン神族が自分たちの時代の終わりを迎えることを怖れ、闇の時代の到来を忌諱した結果生まれた偽りの使命だったが、共にその時代の人間を縛るという点においては、僅かながらに似通っていた。

 

 

(クラウスとの共同とはいえ、()()()が神の真似事とは……)

 

 

 そんな思いを抱きながら、スタクティは巨腕を伸ばし、その人差し指でコンピューターに埋め込まれた2つのコアクリスタル(プネウマとロゴス)を撫でる。

 巨鎧と変じた己と比して、あまりにも小さい2つの結晶。

 この2つがこれから人類の繁栄と進化に関わる大業に携わると考えると、つくづく未来の技術の凄まじさを思い知らされる。

 だがそれは、真の人の時代を願った原初の始祖王(スタクティ)にとって喜ばしいことであり、己の選択が誤りではなかったことの証明でもあった。

 

 結果的にクラウスに用いられ、世界崩壊の一助を担ってしまったが、人の繁栄と技術、その最上の結晶たる『プネウマ』と『ロゴス』の存在を誇らしく思う気持ちに変わりはない。

 その思いを胸に、再び彼はその指で2つのコアクリスタルを愛おしげに撫でた。

 

 ――故に思う。繁栄の果てに滅び、かつての面影を失った旧人類の末路(人の業)を。

 

 

『――クラウス』

 

「何だ。……?」

 

 

 振り向いたその先にクラウスが見たのは、轟々と燃えるように輝く巨人の姿。

 今や遥か過去となった旧人類滅亡の日。全てを次元の彼方へと飛ばしてしまったクラウスの罪に、その時初めて露わとなったスタクティのもう1つの姿。

 その赤熱する巨鎧の右手には、螺旋を描くように捻くれた――歪な刀身を持つ大剣が握られていた。

 

 

『暫し――留守を頼む』

 

 

 

 

 

 

 ――『荒廃した世界』

 

 そう表わすほかにないほど、その地は荒れ果てていた。

 崩れかけたビル群。砕けた道路。

 暗緑色の闇に覆われた世界に人の気配はなく、風と共に時折、呻きめいたものが響くだけだ。

 その荒廃した地を踏みしめて、鎧の巨人(スタクティ)は独り進んでいた。

 

 『ラダマンティス』内の居住区も充分に荒れ果てていたが、これらの光景はまた別方向で悍ましいものと化している。

 それでも、この朽ちた世界こそが旧き人類の跡。

 かつてこの星に栄えた偉大な種族の痕跡であり、彼らの存在の証明だ。

 その朽ちた旧世界を歩いていく内に、彼の歩みが少しづつ緩やかなものへと変わり、やがてその巨躯は崩れた道路の中心で立ち止まった。

 

 小さく唸りを上げる髑髏兜。そこに穿たれた覗き目(スリット)の深奥に灯る炎の双眸が細められ、その視界に()()()()()()を捉える。

 

 

『……やはり、生き残っていたか』

 

『■■■■■……』

 

 

 炎の瞳が捉えるモノ、それは異形。

 人に似た姿形を残しながらも、その四肢や頭部は軟体生物を彷彿させるものと化した――人であった者たち。

 『ラダマンティス』への帰還後、クラウスより聞いた話では、彼らはある試みの果てに異形と化したという。

 元々『コアクリスタル』とは、人の脳細胞の代用品といて用いるべく造られたものであり、それは永劫の命を求めた人の渇望の具現だと言う。

 結果、コアクリスタルを施した彼らは確かに永劫の命を得た。だがその代償に自我や知性は失われ、己以外の全てに牙を剥く獣と堕ちた。

 

 死への恐れ、自ら永劫を欲したという違いはあれど、己以外の誰かに牙を剥き、果てなき徘徊に囚われるその様は、まるで亡者と同じだ。

 既に死地と化したこの土地を、きっと訪れるものなど現れないだろう。

 贄となるものが現れぬ限り、彼らは永久永劫この死地を彷徨い、癒えぬ渇きに苛まれ、苦しみ続けることだろう。

 

 故に――彼は剣を抜く。

 赤熱する巨体の右手に握られるは、螺旋を描く刀身の大剣。

 捻じれた刃に炎が這うと、やがて炎は巨人の身そのものを包み込み、轟々たる劫火と化す。

 

 

『貴公らは、我ら2()()の罪の証だ。クラウスが実験を行わなければ、貴公らはそのような姿にならずに済んだやもしれぬ。

 そして私があの時、クラウスの実験を知り、止めていれば……貴公らの世界が滅びることもなかっただろう』

 

 

 言葉を紡ぐと共に、己の傲慢さを自覚する。

 自分が何とかしていれば――などと言うのは、自力の過信だ。例え神をも超える力を手に入れたとしても、その腕が世界の全てに届くわけではない。

 IF(もしも)はあくまでIF(もしも)でしかなく、起きてしまった現実を塗り替えることは誰にもできない。

 

 

『貴公らをかつての姿に戻すことは出来ぬ。それは我が力の不足であり、だが同時にそれは、永劫を求めた貴公らへの報いなのだろう』

 

 

 轟――ッ。

 燃え盛る炎剣を薙ぐように振るい、さらなる灼熱を呼ぶ。

 

 望む者。望まぬ者。

 共に同じ永劫を手にした者たちの違いは、自らソレを欲したか、否かであった。

 望まぬ者に与えて安らかな平穏を奪い、望む者には渇望に対する報いとして、歪さを織り交ぜたソレを齎す。

 その悍ましい応報の形を何と呼ぶか――『悲劇』である。

 

 だからこそ――彼は『悲劇』を終わらせんと、この地に降り立ったのだ。

 

 

『同じ不滅の苦悶を知る者として、その悲劇を終わらせよう。

 その行いが私やクラウスの贖罪になるとはもはや思わぬが……貴公らがこれ以上、苦しむ道理はない筈だ』

 

『■■■■■■……』

 

 

 徐々に集まり、数を増やして近づいてくる異形(にんげん)たち。

 迫る彼らの群を前に、鎧の巨人――灼熱の巨王は剣を水平に構え、来たる彼らの姿を再び捉えて――

 

 

『創世の大業の最中にあるクラウスに代わり、私が貴公らの分まで背負おう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

我が子ら(にんげん)よ――さらばだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎の剣閃(救いの御手)が――放たれた。

 

 

 

 

 




 

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