Xenoblade2 The Ancient Remnant 作:蛮鬼
予告通り、今回でイーラ編は終了する予定です。
あと、今話では独自設定として灰のお方ことスタクティのオリジナルアーツが登場します。それをご了承の上でお読みください。
それではどうぞ。
冷たい黒き鋼の感触が、肉を通じて伝わってくる。
内臓が食い破られるような痛み。筋肉を裂かれるような痛み。
体を内側から焼かれるような痛み。骨を断たれ、砕け散らされるような痛み。
数多の痛みが
「――ファーナム……?」
ほんの一瞬、それこそ刹那にも思える短い時。
その間に
突然の出来事に何が起きたか理解できず、アデルとヒカリ、2人の視線は彼を貫いた大剣の主――背後にいた黒鎧の大男、メツへと向けられる。
「メツ――貴様……ッ!」
「……こんな形で、終わらせたくはなかったぜ」
「何を――!」
怒りに満ちたアデルの眼差し。
それを一身に受け、だが意に介さぬといった素振りでメツはヒカリを見て、それからアデル、ラウラ、シン、カスミ――ミノチ、ユーゴ、カグツチ、ワダツミといった順で彼ら全員に視線を向けていく。
「お前らが居なけりゃ……お前らがこいつの足を引っ張りさえしなけりゃ、あるいは俺に勝てたのかもな」
「――ッ!? どういうことなの、メツ……!」
「見てたぜ、薄っすらとだがな。俺を背後からブッ刺して、身動きを封じる筈だったのに、その直後お前らの方に加勢に行ってガーゴイルたちを殲滅しやがった……
メツの口調は、その表情共に驚くほど静かで冷徹だった。
先まで
だが唯一、ヒカリだけはもう1つ別の何かを感じ取っていた。
今のメツは確かに妙だ。先までの叫声を吐き散らし、戦いに愉悦していたとは思えないほどの変わりぶりだ。
だがそれは、まるで己の内側から湧き上がる
いや――それよりも……
「“おやじ”って……何を言っているの……?」
背後から
まるで彼が“そうである”と言わんばかりに迷いのないその呼び方に、ヒカリもまた、湧き上がる疑問を口にせずにはいられなかった。
「あ……? ああ……そうか。そういや偽名で通してた素振りだったもんなぁ……ファーナムだなんて、一体いつそんな偽名考え付いたんだか……」
「――答えなさい、メツッ!」
「――言葉通りの意味だよ、
担いだ大剣の切っ先を、倒れ伏す
「てめぇらがファーナムと呼んだこの男。俺がああまで高く評価し、一騎討ちに拘ったこの男……妙だとは思わねぇか?
ドライバーでも、ブレイドでもない、古くせぇ武具を携えた
『何事にも例外は存在する』――ちっと前に俺はそう言ったよなぁ? それがこいつだ――こいつの正体だ」
言葉を乗せた声が昂りを滲ませ、世界の全てに宣言するかのように、メツは
「こいつの本当の名は
『創世の双神』、その片割れ――『炎の巨王』本人なんだよッ!!」
轟響――そして絶句。
メツの口から紡がれたその名は、その場にいる全ての人間、ブレイドを驚愕一色に染め上げた。
『炎の巨王』――数千年前よりこの
薬祖、戦神、鍛冶神、狩猟神――数多くの側面を持つ原初の神の片割れは、もう片方の“神”とは異なり、積極的に人類と接触し、彼らと共に在り続けた。
だが、500年前のあの日。トレランティア古国の至宝『炎の剣』が某国の調査団の手で強奪されそうになった時、怒りを露わにした巨王が神剣を振るい、世界中に己の神威を示した『紅蓮の日』を境に姿を消し、以来かの神は再び人類にその姿を見せることはなかった――その筈なのだが……
「う、そ……ファーナムが――
「スタクティだ、間違えんなよ相棒。まあ、何で人の姿形を得て現れたのかは俺も分からねぇが……そこは“神の御業”と分けるしかねぇだろうな」
「……っ、なら! 仮にそうだとしたら、メツ、何で君は――!」
「
人間は当然、動物、植物、モンスター、そして同じブレイドさえも消去対象。
そしていずれは――『神』さえも屠る
「だが――そんな俺に真っ向から向かい合ってくれたのは、
世界を壊すならば、例え息子でも止めねばならぬ――。
断固たる破壊の拒絶こそあったものの、その代わりとして世界に向ける筈だったメツの破壊衝動を、スタクティは一身に受け止め、刃で応じた。
殺し合いを通じた親子の絆——実に歪で、禍々しい。血濡れた手と手が紡ぐ
だがそれでいいと、メツは思った。
この繋がりは俺のものだ。俺だけのものだ。誰にも渡しはしない――!
なのに――
「
あいつが俺を息子と呼んだように……ヒカリ、お前のことも娘と呼び、大切に思っていた」
ヒカリだけではない。
アデルも、ラウラも、シンも、カスミも。
ミノチ、ユーゴ、カグツチ、ワダツミ――この世界に住まう全ての人類、ブレイドたちを我が子と呼び、その生を喜んでいた。
それ故に同じ子の1人でありながら、彼らの住まう
そしてヒカリたちを窮地より救うためにその身を張り、晒した隙をメツに突かれ――死に果てた。
「
――
「……とう、さま……」
「……思えば、
そうすりゃ
メツの体躯から、禍々しい黒紫のエーテルが溢れ出す。
抑え込んでいた激情がエーテルへと変わり、彼の怒りを代弁するかのように苛烈に盛り、渦巻いている。
「――ああ。もういい。こんな世界、もうたくさんだ。
人間もブレイドも巨神獣も、何もかもがくだらねぇ……!」
「――メツッ!」
「なら俺は――俺の在るがままに、全てを
黒鬼咆哮——!
滅びのエーテルを放出させ、破壊の嵐がメツの周囲に巻き起こる。
自身の持つ『因果律予測』でそれを予測したヒカリはアデルと共に、倒れ伏すスタクティの身体を拾い上げつつ、メツのエーテルの届かない領域にまで後退する。
一方メツは、遂に解放した己の激情に身を任せ、苛烈極まるその敵意をヒカリたち――その先に見えるモノへと向けた。
「まずはてめぇだ――『サーペント』ッ!!」
向けた大剣がエーテルにより輝き、送信された指令の下、空を舞うガーゴイルたちが『サーペント』へと殺到する。
自爆前提の体当たり。数十機ものガーゴイルの自爆を受け、流石のサーペントも耐えられなくなったのか、力のない鋼の悲鳴を上げながら雲海の底へと沈んでいく。
「『セイレーン』ッ!」
高らかに吼え、大剣を旗の如く掲げると、呼び声に応じて黒い
降臨した黒いセイレーンはメツの意思を実行するべく、左右に展開したツインブレード型の武装を機体の前面で合体させ、巨大な砲身を形成する。
「――吹き飛べ」
砲撃――形成された砲身の奥より放たれる、全力の
赤黒い閃光は瞬く間にイーラ国の王都『アウルリウム』を灼き、未だそこにいる人々の命諸共、その多くを破壊し尽していった。
「――街が……!」
ラウラの悲痛な叫びが響く。
この数日間、皆で寝食を共に、守らんと誓ったイーラの地。
それがたった一瞬、一条の閃光によって破壊されていく。
そして
「――ミルト、サタヒコ……!」
まだ年若い2人の少年。
力も無く、それでも共に行きたいと願い、アデルとヒカリたちの生還を待ち続けてくれた大切な仲間。
その2人も――メツの
「そ――そん、な……!」
人の命が芥の如く消えていく。
あまりにも呆気なく、無慈悲に、滅亡の光によって刈り取られゆく命の有り様に、ヒカリはただただ唖然とした。
その光景から目を背けるように、何かに縋るように、抱きかかえたスタクティを見るも、その双眸は固く閉ざされ、彼女の願いに応えることはない。
「ミルト……サタヒコ……とうさま……!」
親しかった友人たち。
自分を娘と呼び、密かに愛を注いでくれた実の父。
その命の喪失を目の当たりにし、現実として認識してしまった時。
――ヒカリの中で、
「ああ、あぁ――あああああああああああああああああああああああぁっ!!?」
閉ざされた
胸のコアクリスタルが眩い翠玉色の輝きを放ち、天高く立ち上る。
それは遥か宙、宇宙と呼ばれる漆黒の領域にまで到達し、
膨大なる未知の力の奔流。
ヒカリのコアクリスタルと同じ翠玉色のエネルギーが流れ込み、アデルの体内を駆け巡る。
だが、それは人が扱うには過ぎたる力。
古き世界の終末を引き起こした禁忌の力、その一端さえも振るうことは叶わず、アデルはその場で体勢を崩した。
「ヒ、ヒカリ――何を……!?」
崩れ落ちるアデルの体躯。
その右腕に握られている大剣は、既に先までの白き剣ではなく、淡い翠玉の光をそのまま剣と為したかの如き一振り。
それをヒカリは、感情を喪失した虚ろの瞳で見つめて後、アデルの右手から落ちたそれを拾い上げ、敵――
「……へぇ。そうかい。お前が俺の相手をしてくれるってのか――
激情を爆発させ、黒のエーテルを纏い、その身を輝かせるメツ。
石の大地を蹴り上げ、共に大剣を携え、衝突するヒカリとメツ。
両者の激突は先のスタクティとメツの戦いにも劣らず、何人も立ち入ることの叶わない高みにあった。
数合の打ち合い。神速で駆け抜ける2人の戦場は地上から空へと移り、信じがたいことに空中を自在に舞い、幾度となく大剣を打ち合い続けた。
「良いねぇ――だが足りねぇッ! この程度じゃあ……
「――」
獣の如く吠え立てるメツに、ヒカリはひたすら無感情に応戦し続ける。
そして打ち合いが百を超えた頃に、ヒカリは背後に己の
メツもそれに倣い、同じく呼び寄せた黒い『セイレーン』へと搭乗すると、2人を乗せた2機の機械天使は天高く飛翔し、イーラの遥か上空にて再び激突した。
「ま――待つんだ、ヒカリッ! このままじゃ――!」
「一体……何が起きてるのッ!?」
激突の余波は地上にまで届き、シン、カスミ、カグツチ、ワダツミ、ミノチの5人がかりで展開した
人の領域の及ばぬ激闘。神の造りし力の具現。
「これが――天の聖杯同士の、激突……!」
神話の戦い、その再現。
あまりにも凄絶にして凄惨たる光景に、年若き
巨神獣の上空を駆ける白のセイレーンと、それを追い、絶えず光線を放ち続け、巨神獣背部のイーラの大地を灼いていく黒のセイレーン。
時に殴り合い、時に剣を振るい、投げ飛ばす。
肉弾戦の末にメツの搭乗する黒のセイレーンは巨神獣の背部外殻に叩きつけられ、くぐもった声がメツの口より漏れ出た。
「ぐぅ、ぉ――ッ!?」
「ああああああああああああああああああああぁッ!!」
全天に響く
悲哀と絶望に満ちた慟哭に呼応し、白きセイレーンが展開したツインブレードを砲撃形態へと形成移行。
直後に白き閃光が眼下の黒きセイレーンへと放たれ、対するもう1機も閃光から逃れるべく飛翔。
白き光が外殻を灼き、覚醒した『イーラの
「――哭いて、いる……」
「え――?」
空の激闘の最中、アデルの耳に1つの声が届く。
弱々しく、今にも死にそうなその一声。
それが紡がれたのは彼の手に抱えられた人物――メツによって死んだと思われた、スタクティの口からだった。
「ファーナム――いや、巨王様……!?」
「哭いて……いる、のだ――あの
生と死の境を彷徨い、曖昧な状態に陥っていたスタクティ。
その彼の耳に、
そしてその裏で密かに聞こえる――悲哀に満ちた
「メツを、止められず……ヒカリにも……辛い思いを、させた……なのに、私は――!」
「動かないでください、巨王様! それ以上は傷が……!」
「巨王……そうか。メツめ……明かしたのか……」
『――消え失せろッ!!』
上空でメツの絶叫が轟き、背後のガーゴイルたちが一斉に
『サーペント』に対してそうしたように、再び自爆特攻を仕掛けるつもりなのだろう。
爆弾と化した飛来する黒鉄の魔像たちに、ヒカリの搭乗する白きセイレーンは飛翔したまま、何をすることもなく佇んでいる。
しかし内部――そこに居るヒカリの胸のコアクリスタルが眩い輝きを発すると、神秘的な翠玉光と共に、セイレーンの周囲に
「何だと――!?」
否――それは果たして、呑みこんでいると言えるのだろうか。
幻想的な翠玉色の輝きに触れたガーゴイルたちは、その機体を丸ごと輝きの中で霧散させ、
消滅というよりも、全く別の次元へ飛ばされているような光景を見て、地上のスタクティは満身創痍の肉体を起き上がらせ、あらん限りに目を見開いた。
「馬鹿な――
『くッ……はははッ――ははははははははははははははははははははッ!!』
目を見開いて驚愕するスタクティとは対称に、上空にてセイレーンに搭乗しているメツは狂ったように笑声を轟かせた。
「
その力のために――俺も! お前も! そのためにここにいるッ!!」
「ち――ちが――私――は――!」
「そうかよ――ならこの俺が代わりに、全てを貰って行くぜぇッ!!」
黒紫のエーテルを漲らせ、右手を武器を見立てて、破壊の異能と共にメツがヒカリへ迫る。
展開された2機の
機体の
確実に迫る魔の手を前に、
(……っ!)
脳裏に過ぎる過去の記憶。
今日この日まで過ごして来た、かけがえのない仲間たちとの思い出。
――そして続く、
自分とよく似た顔立ちを持つ赤髪の少女が、青い衣服を纏う小さな少年と出会い、共に戦い、未来を進んで行く姿。
「……私、は――」
過去の回想——因果律予測の果ての未来図。
異なる2つの光景が過ぎ去り――最後に彼女が思うのは、たった1人の男の姿。
暗い夜の橋の上で、自分と向かい合う大きな体の鎧騎士。
硬い籠手に覆われた右手で、
――助——けて――■■■■
――たす――けて――
――
「――!」
声が――聞こえた。
あまりにもか細く、今にも消えてしまいそうなその声を。
慟哭の内に少女が零した、誰かに救いを求める――
「……行かねば、ならぬ」
「巨王様……?」
「あの娘の――ヒカリの下へ、行かねばならぬ……」
ざり、とブーツで硬い石畳を踏みしめながら、鎧に覆われた長躯を歩ませる。
だがまともな治療も施されていない今の状態では、ただ歩くだけの凄まじい激痛が走るのは当然のこと、メツに貫かれた腹部からは夥しい量の血が溢れ、彼の鎧と脚絆を濡らしている。
「――! なりませぬ、巨王様ッ!」
「その御身体で向かわれるのは無謀です! どうか、ここで回復を……!」
「貴公らの
道を遮り、行かせまいとするカグツチとワダツミを右手で制し、退けさせると、再び彼は歩みを進め、空高く舞うヒカリたちとの距離を縮めた。
その間に、ヒカリの御する白きセイレーンが一層強い輝きを発すると、機体を囲う極光の歪みから尋常ならざる数の光矢を放ち、メツ、そしてその下にある『イーラ』の地へと降り注いだ。
「行くって……どうやって向かわれるというのですか! それに今の貴方は……もう動くだけで精一杯の重傷なのですよ!?」
「アデルの言う通りです! このまま行っても、あの2人の戦いに割って入るなんて――」
「出来ぬと申すか――ラウラよ」
「――!」
その一声に思わず、ラウラは己の言葉を止めた。
死にかけの存在とは思えない、荘厳なる覇気に満ちた一声は、やはり神たる存在ゆえのものなのか。
破滅をもたらす光雨が注ぐ中、スタクティは血を失い、蒼白さが滲み始めた顔で空を仰ぎ、その先にいる2機の鋼鉄の天使たちを見た。
「確かに、今の状態では不可能なのやもしれない。そしてどのような行動に出ようと、私の命は程なくして尽きる」
だが――
「だが私はまだ、
そして――それを解放するのは、今だ」
己の胸中にソウルの孔を穿ち、その蒼白い空洞より3つ――強大な力に満ちた
「どうして――どうして、そこまでするのですか」
後ろより問い掛ける者が1人――アデルだ。
ヒカリのドライバーでもあり、この国の王子でもあった心優しき青年の問いは尤もだろう。
例え神であろうと、自らの命を賭けてまで外界の出来事に干渉はしない筈だ。
けれども、
そして何より――あらゆる理由に勝る、命を賭けるに能う理由が、今の彼にはあった。
「――泣いている娘を慰めてやるのは……父親として当然のことだろう」
魂を通じ、今なお続く
その在り様に、これ以上の言葉は意味を成さないと判断してか、アデルも顔を俯かせ、それ以上は何も言わなかった。
彼の反応を目にし、再び前方を向くとスタクティは掌中に収まる3つのソウルを掲げると、蒼白い輝きを伴い、彼の眼前に3つの巨大な像が浮かび上がる。
巨槌を携え、裸体を模した黄金の大鎧に身を包む大巨漢。
毛皮の外套と粗末な脚絆を身に帯びる、奇妙な空洞を持つ顔面の巨人王。
そして先の2人を優に上回る、小山の如き巨躯を有する、大鉈と大盾を携えた偉大なる巨人。
「“スモウ”、“巨人の王”、“ヨーム”――力を貸してくれ」
『――』
実体なきソウルの虚像。主の姿を模した彼らが、言葉を以てスタクティに答えることはない。
彼らは再びソウルに戻ると、一層強い輝きをソウルより発し、その光輝を以て彼の意思に応えた。
眩い
『飛翔の台座』のその先、断崖へ至ると共に跳躍。
そしてその後、彼の体躯をソウルの輝きと劫火が包み。
此処に、創世の神の片割れ――その真体が顕現する!
*
破滅の光雨が降り注ぐ。
空を、地を、海を、あらゆる全てを巻き込んで、万象の悉くを蹂躙する。
黒きセイレーンに搭乗するメツもまた例外でなく、その機体のあちこちに光雨を受け、損傷した箇所を起点に灼熱が蝕んで来るのが分かる。
「ぐゥ――おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
機体のみならず、己の肉体さえも灼熱が侵してきたにも関わらず、メツは渇望を――ヒカリに向けるその手を伸ばすのを止めなかった。
あの力こそ、世界を変える力。
新たに全てを生み出すのも、世界を滅ぼすのも容易い、神が求めた至高の力。
あの力があれば、俺はさらなる高みへ上れる。この世の全てを蹂躙し、一息に壊滅させるだけの絶大な力を得られる。
その時にこそ、俺は――
(俺は、今度こそ……
注ぐ光の雨の先。
極光のオーラを纏う白きセイレーンの背後に見える――
噴き出る紅蓮の炎を鬣のように成し、王冠と一体化した髑髏の巨貌が現れ出でる。
巨山さえも比ではない、赤熱した巨大なる鎧躯。イーラの巨神獣には及ばずとも、その巨体はあらゆる生物を見下ろし、己の存在の矮小さを否が応にも突きつけてくる。
その
「が、ぁ――ッ!!」
『……赦せ、メツよ。螺旋の剣、その真なる
呪詛じみた言葉と共に、髑髏の巨貌に炎眼が灯る。
その眼差しは灼熱を有していながらも、どこか悲しげで、これより堕ちゆく
「ヒカリィ……! ――
その身を炎に焦がされて、悲痛な断末魔の叫びを上げながら、赤熱する黒きセイレーンと共にメツは雲海深くへと堕ちていく。
結局、『炎の巨王』——スタクティでは、メツを止めることは叶わず、その命を以て贖わせる他になかった。
だが、まだ終わりではない。寧ろここから本番だ。
絶えず降り注ぐ光雨。それは今も尚、このイーラ王国を蹂躙し、巨神獣の肉体を傷付けている。
スタクティの目から見ても、もはやイーラ王国の滅亡は避けられない。
それでも――これ以上の悪化を阻止することはできる。
『ヒカリ……』
注がれる破壊の閃光を一身に受けながら、巨体が鳴動する。
一歩、また一歩と歩み寄り、空中に滞空する白きセイレーンに両手を伸ばすと、包み込むようにそれを閉ざし、己の胸中へ宛がうように引き寄せる。
『ぐ、ぅ、お、おおォ――ッ!?』
閉じ込められた巨王の掌獄の中でも、光雨――
イーラに注がれる筈の全ての光雨がスタクティの鎧躯を灼き、鋼の巨体に悲鳴を上げさせる。
やがて光雨の猛攻に彼の鎧躯も耐えられなくなり、赤熱を宿す神代の板金は貫かれ、そのまま光雨がイーラ王国を襲う。
幾百幾千の破滅の流星。それらの幾つかは巨神獣のコア周辺にまで飛来し、膨大なエネルギーを爆発させて、遂に巨神獣のコアを破裂させた。
コア近辺にいるアデルたちも当然、溢れ出るエネルギーの奔流に巻き込まれるだろう。
だが、助けにはいけない。ここでヒカリを手離してしまえば、より多くの人命が損なわれることとなる。
何より――
『がっ、ぁ、あああああああああああああッ!? ——させ、ぬ……!』
両掌が半壊し、胸部の大部分も抉れ、先に受けたメツからの斬傷周辺に至っては、もう完全に砕け散っている。
髑髏を模した鉄兜も、左目に相当する部位は消し飛ばされ、露わとなった空洞には、より盛りを得た炎眼が覗いていた。
『させぬ……断じてさせぬ……! これ以上――
巨王咆哮――!
猛々しくも痛ましい髑髏の巨人の咆哮。
そのあまりにも悲痛な叫びに応じて盛りを得たのか、彼が宿す赤熱がさらなる灼熱を生み、劫火の鎧となってヒカリとスタクティを包み込む。
未だ絶えぬ
未知なる神秘の力と、万物の起源たる炎が互いを喰らい合い、存在そのものを掻き消さんと拮抗する。
その余波も、生じる全ての衝撃もスタクティはその鎧躯で受け止め、全霊を賭してヒカリの呼び出した
それからどれ程の時が過ぎ去ったのだろう。
刹那か、あるいは永遠にすら感じられる破壊と激痛の嵐。
既に鎧躯のほとんどは壊れ果て、立っているのがやっとという有り様。
それでも禁忌の力は止まず、炎は絶えず溢れ、スタクティの
『ぐ、う、ゥぁ――戻って……こい……』
『戻ってこい――ヒカリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!』
刹那――炎が極限にまで燃え上がる。
鎧から溢れる炎はこれまでで最大の盛りを得て後、完全に
翠玉が紅蓮に喰われゆく――もはや守り、塞ぐための鎧ではなく、対象を喰らう獣と化した炎はヒカリより溢れる全ての力を喰らい、その悉くを薪のように焚べ、一層灼熱を増していく。
そして禁忌の力が絶え、セイレーンを囲う極光が消失した時——。
「——あ、れ……わた、し……」
『——戻った、か……ヒカリよ……』
「その、声……スタクティ、とうさま……? ——ッ!」
意識を取り戻し、セイレーンの機能を用いて外部を見ると、彼女の瞳にまず映ったのは、変わり果てた
巨山を超える規格外の鎧躯、そのほとんどが失われている。
手足には無数の穴。胸部は削られたように大きく抉れ、腹部に至ってはあと少しで完全破壊寸前といった有り様だ。
髑髏を模した鉄兜も、左目に当たる部位が消し飛ばされ、その内に広がる空洞で眼らしき炎が灯っている。
「
『気に、するな……と言っても、この
声もどこか弱々しく、些細な動作する度に鎧躯のあちこちが擦れ合い、悲鳴のような金属音と共に軋んでいく。
『さて……』
そんな満身創痍の巨体を揺らし、左掌にヒカリの搭乗するセイレーンを乗せたまま、スタクティは空を見る。
広大なる暗天には、主を失った
機能を停止し、墜落する様子も無く、かと言って先程のように一斉に迫り来ると言った様子も見せない。
だがあれは、もはや存在するだけのこの世界を恐怖させる代物。破壊の具現たるメツの尖兵だ。
故に、一掃せねばならぬ。サーペントは討たれ、ヒカリも先の覚醒により、これ以上の戦闘は望めないだろう。
だからこそ――彼は剣を取る。
イーラの大地に突き刺した、巨山の如き刀身と化した螺旋の大剣を引き抜いて、それを左腰に添える形——かつて東国の剣士たちが使った『居合』にも似た構えで、上空に巣食う黒鉄共を睨み据える。
『ヒカリよ――間もなく……私の命は、終わる。鎧躯の大半は砕かれ、
「そんなの……そんなの、見れば分かるわよ……! なのに……!」
『ああ――きっと、きっと君はこの先……多くのものに苛まれるだろう。
それを共に……傍らで慰めてやれぬのは……何とも悲しく、口惜しいことだ……』
轟――ッ! と、左腰に添えた大剣の刀身に火が灯る。
それに伴いスタクティの鎧躯も再び赤熱を取り戻すも、機体越しとはいえ不思議と彼に触れているヒカリに熱はなく、ほんの僅かな温かみが感じられるだけだった。
『だからせめて……君には知って貰いたい。メツが渇望し、如何なる手段を用いてでも抜かせんとした……我が
『炎の剣』——その力の源たる『最初の火』の、本来の在り様を……!』
構えた大剣の刀身より劫火が噴き出し、螺旋を描いて渦巻く。
そして腰を低く落とし、狙いを定めて炎眼を見開き――そして!
『黒鉄共よ――原初に還れ……!』
——
『最初の火』を纏う剣閃。灼熱の一閃による大焼却。
されど、その剣は破壊のための一振りではなく。
放たれる炎の剣閃は、触れるもの総てを灼き、原初に還す――回帰の灼熱。
創造のための破壊。それを体現する灼熱の一閃は残る数千機のガーゴイルたちを全て灼き、アルスの空を紅蓮を超えた『真紅』に染め上げ、神の――否、『薪の王』の王威を遍く世界に知らしめた。
『……っ』
だが、その代償は大きかった。
元々崩壊寸前だった鎧躯は遂に限界を迎え、あちこちで鋼の軋む音が鳴り始めた。
螺旋の大剣を握る右腕は完全に崩壊し、捻くれた刀身が再びイーラの大地に突き刺さり、墓標の如く突き立った。
「——!? 父様ッ!!」
『……もう、髪を撫でては……やれん、なぁ……』
口惜しそうに髑髏兜の口元からそんな言葉を漏らすと、セイレーンを乗せた左掌を上げ、彼女と自分の貌の距離を縮めて、露わとなった炎の双眸で
『……先にも言ったが、君はこの先、多くのことを知り、時に苛まれ……絶望に沈む時もくるだろう。
それは生者としての必然であり……逃れられぬ
運命の全てを肯定するわけではないが、それでも認めねばならぬものがある。
光ある所に陰が生まれ、善ある所に悪が潜むように――この世は2つの概念が対を為し、そうすることで成り立っている。
『だが、忘れないで欲しい……どんなに世界が残酷でも、永久に
君を信じ、受け入れてくれる友を――その生涯を共に、歩んでくれる『伴侶』を……』
「もういい……もういいよ――とうさまぁ……!」
『——最後になったが……これだけは、言わせてくれ……』
『愛しい娘、ヒカリよ。私は君を……ずっと――愛している』
——ようやく紡げた、父としての娘への愛。
その言葉を切っ掛けに、いよいよ鎧躯の崩壊が始まり、鋼鉄の巨神の真体が音を立てて崩れ始めた。
「——ヒカリィッ!」
その時、2人の耳に聞き覚えのある青年の声が響く。
声の発せられた方角を見ると、そこには巨大な飛空船に乗ったアデルたちの姿が見えた。
「アデルッ!」と彼の姿を見てヒカリもセイレーンの内部で叫ぶも、すぐさま視線は彼から離れ、眼前の
「父様――!」
『……行きなさい』
「——!」
分かっていた。分かり切っていたことだった。なのにそれでも、ヒカリは言いたかった。
『一緒に行こう』——けれど、その言葉が口に出されることはなく、揺らめく巨人の炎眼と弱々しい一声で彼女の口は閉ざされ、底の無い悲しみだけが彼女の顔を染めていった。
『——アデル王子』
「——! ……はい」
『ヒカリを――娘を、頼みます……』
神としてではなく、1人の父親としてのその言葉に、アデルだけでなく、彼と共にいた仲間たちも同じく首肯し、巨王の言葉を受け入れた。
そして彼らの助力の下、セイレーンから分離したヒカリを飛空船に乗せると、そのまま空高く飛翔し、崩れゆくスタクティとイーラの大地から離れて行った。
いよいよ崩壊の時。
左腕も遂に崩れ、両足も膝から先は完全に失われた。
それでも彼は身を大地に突き立て、最期のその時まで堂々たれと屹立し、その偉容を崩すことはなかった。
(ああ……そう言えば……この世界で死ぬのは、これが初めてだったな……)
薄れゆく意識の中、ふとそう思いながらスタクティは空を見上げ、炎の視線を走らせる。
その先に今も見える1隻の飛空船――そこから顔を覗かせ、泣き顔で
『ヒカ、リ――』
紡ぐその名を最後に、
イーラの巨神獣と共に沈みゆく『炎の巨王』の真体。
多くを欠損し、燻る赤熱も、頭部に灯る炎眼も失われた巨王の真体は雲海へと呑みこまれ、それから再び姿を見せることはなかった。
「とう――さま……とう、さま……!」
「ヒカリ……」
その日――1つの国が、神と共に雲海へと沈んだ。
偉大な父たる創世神の片割れを失った人類は嘆き悲しみ、ある者は怒り狂い、神の死を最後まで否定した。
そして神たる父が守護した“天の聖杯”ヒカリは、己の力が生み出した悲劇を目にし、共に在り続けた幼き命の死を切っ掛けに自らの人格を封印。異なる別人格――赤い少女『ホムラ』を生み、アデルの協力の下、古代船と共に雲海の底へと封印された。
——だがこの時、誰が予想できただろうか。
『炎の巨王』の死と共に、彼がそれまでに蓄え続けた膨大な『ソウル』が一気に解き放たれ、各地の
その内に、古き英雄豪傑、魑魅魍魎の姿を模る者たちが居たことを――。
——そして遥か彼方、巨王の加護を受けし
「な――何だ、これは……!」
「玉座が5つ……? 何故にこんなものが神域に……!」
「——それは偉大なる御方々が座す玉座。古き王たちの偉業の証左に他なりません」
「——! 何者かッ!」
島主を筆頭に、突然神域に出現した5つの玉座を確認しに来た守り人たち。
その彼らの前に現れたのは、黒い衣を身に纏う――銀の仮面で目元を覆い隠した銀髪の女。
「私は火防女――かの御方のお傍に侍るものです」
——そして時は流れ、神暦4057年。
深い雲海の底、朽ちた船の墓場にて。
「——何だろう、これ? 鎧の――騎士……?」
その日――少年は、
次回からゼノブレイド2本編に入ります。
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