Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 長かった……気づけばこんな時間に投稿する羽目になってるし。

 予告通り、今回でイーラ編は終了する予定です。
 あと、今話では独自設定として灰のお方ことスタクティのオリジナルアーツが登場します。それをご了承の上でお読みください。

 それではどうぞ。


9.親子の形 ―ヒカリとスタクティ―

 冷たい黒き鋼の感触が、肉を通じて伝わってくる。

 

 内臓が食い破られるような痛み。筋肉を裂かれるような痛み。

 体を内側から焼かれるような痛み。骨を断たれ、砕け散らされるような痛み。

 

 数多の痛みが(スタクティ)の身を苛んだ後、鎧に包まれた長躯は揺れ、先程のメツと同じ姿勢で石畳に倒れ伏した。

 

 

「――ファーナム……?」

 

 

 ほんの一瞬、それこそ刹那にも思える短い時。

 その間にスタクティ(ファーナム)は大剣によって貫かれ、今は無惨にもその骸を晒している。

 突然の出来事に何が起きたか理解できず、アデルとヒカリ、2人の視線は彼を貫いた大剣の主――背後にいた黒鎧の大男、メツへと向けられる。

 

 

「メツ――貴様……ッ!」

 

「……こんな形で、終わらせたくはなかったぜ」

 

「何を――!」

 

 

 怒りに満ちたアデルの眼差し。

 それを一身に受け、だが意に介さぬといった素振りでメツはヒカリを見て、それからアデル、ラウラ、シン、カスミ――ミノチ、ユーゴ、カグツチ、ワダツミといった順で彼ら全員に視線を向けていく。

 

 

「お前らが居なけりゃ……お前らがこいつの足を引っ張りさえしなけりゃ、あるいは俺に勝てたのかもな」

 

「――ッ!? どういうことなの、メツ……!」

 

「見てたぜ、薄っすらとだがな。俺を背後からブッ刺して、身動きを封じる筈だったのに、その直後お前らの方に加勢に行ってガーゴイルたちを殲滅しやがった……スタクティ(おやじ)の甘さも原因だが、その甘さを引き起こしたのは他でもねぇお前らだ」

 

 

 メツの口調は、その表情共に驚くほど静かで冷徹だった。

 先までスタクティ(ファーナム)と血で血を洗うが如き凄惨な戦いを繰り広げていたとは思えない変わりぶりに、その場にいた9人全員が違和感を覚え、メツを凝視した。

 だが唯一、ヒカリだけはもう1つ別の何かを感じ取っていた。

 

 今のメツは確かに妙だ。先までの叫声を吐き散らし、戦いに愉悦していたとは思えないほどの変わりぶりだ。

 だがそれは、まるで己の内側から湧き上がる()()を必死で抑え込んでいるようにも見えた。

 

 いや――それよりも……

 

 

「“おやじ”って……何を言っているの……?」

 

 

 背後からスタクティ(ファーナム)を突き刺した時から口にしている、その呼び名。

 まるで彼が“そうである”と言わんばかりに迷いのないその呼び方に、ヒカリもまた、湧き上がる疑問を口にせずにはいられなかった。

 

 

「あ……? ああ……そうか。そういや偽名で通してた素振りだったもんなぁ……ファーナムだなんて、一体いつそんな偽名考え付いたんだか……」

 

「――答えなさい、メツッ!」

 

「――言葉通りの意味だよ、相棒(ヒカリ)

 

 

 担いだ大剣の切っ先を、倒れ伏すスタクティ(ファーナム)へと向け、メツは語る。

 

 

「てめぇらがファーナムと呼んだこの男。俺がああまで高く評価し、一騎討ちに拘ったこの男……妙だとは思わねぇか?

 ドライバーでも、ブレイドでもない、古くせぇ武具を携えた()()()()()が、“天の聖杯”であるこの俺を相手に、あと一歩のところまで追い込みやがった。

 『何事にも例外は存在する』――ちっと前に俺はそう言ったよなぁ? それがこいつだ――こいつの正体だ」

 

 

 言葉を乗せた声が昂りを滲ませ、世界の全てに宣言するかのように、メツはスタクティ(ファーナム)の正体を明かす。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつの本当の名は“灰”(スタクティ)。俺たちがいるこのアルスト、そしてアルストに住まう俺たちブレイドと、お前ら人間を生み出した創造主。

 『創世の双神』、その片割れ――『炎の巨王』本人なんだよッ!!」

 

 

 

 

 

 

 轟響――そして絶句。

 メツの口から紡がれたその名は、その場にいる全ての人間、ブレイドを驚愕一色に染め上げた。

 

 『炎の巨王』――数千年前よりこの世界(アルス)に降り立ち、様々な恩恵を人類にもたらし神の一柱。

 薬祖、戦神、鍛冶神、狩猟神――数多くの側面を持つ原初の神の片割れは、もう片方の“神”とは異なり、積極的に人類と接触し、彼らと共に在り続けた。

 だが、500年前のあの日。トレランティア古国の至宝『炎の剣』が某国の調査団の手で強奪されそうになった時、怒りを露わにした巨王が神剣を振るい、世界中に己の神威を示した『紅蓮の日』を境に姿を消し、以来かの神は再び人類にその姿を見せることはなかった――その筈なのだが……

 

 

「う、そ……ファーナムが――『炎の巨王』(とうさま)……?」

 

「スタクティだ、間違えんなよ相棒。まあ、何で人の姿形を得て現れたのかは俺も分からねぇが……そこは“神の御業”と分けるしかねぇだろうな」

 

「……っ、なら! 仮にそうだとしたら、メツ、何で君は――!」

 

(おやじ)を殺した、か? ――それこそ愚問だぜ、イーラの王子さまよ」

 

 

 (おれ)は破壊。滅ぼす者。この世界の遍く全てを消し去る者。

 人間は当然、動物、植物、モンスター、そして同じブレイドさえも消去対象。

 そしていずれは――『神』さえも屠る消去者(イレーサー)であると。

 

 

「だが――そんな俺に真っ向から向かい合ってくれたのは、巨王(おやじ)だった。

 巨王(おやじ)だけが、俺の衝動を受け止めてくれた!」

 

 

 世界を壊すならば、例え息子でも止めねばならぬ――。

 断固たる破壊の拒絶こそあったものの、その代わりとして世界に向ける筈だったメツの破壊衝動を、スタクティは一身に受け止め、刃で応じた。

 殺し合いを通じた親子の絆——実に歪で、禍々しい。血濡れた手と手が紡ぐ繋がり(キズナ)は、きっとヒカリやアデルたちには理解できないだろう。

 

 だがそれでいいと、メツは思った。

 この繋がりは俺のものだ。俺だけのものだ。誰にも渡しはしない――!

 なのに――

 

 

巨王(おやじ)が見ていたのは、俺だけじゃなかった。

 あいつが俺を息子と呼んだように……ヒカリ、お前のことも娘と呼び、大切に思っていた」

 

 

 ヒカリだけではない。

 アデルも、ラウラも、シンも、カスミも。

 ミノチ、ユーゴ、カグツチ、ワダツミ――この世界に住まう全ての人類、ブレイドたちを我が子と呼び、その生を喜んでいた。

 それ故に同じ子の1人でありながら、彼らの住まう世界(アルス)の破壊を望むメツの蛮行を許せず、名を偽り、仮初めの人の肉体と共に単騎でメツに挑んだのだ。

 

 そしてヒカリたちを窮地より救うためにその身を張り、晒した隙をメツに突かれ――死に果てた。

 

 

巨王(おやじ)が俺との戦いの前に言ったことを教えてやろうか?

 ――我が娘(ヒカリ)が好きと言ってくれたこの世界を、同じ自分の子である(メツ)に壊させてなるものか……だとよ」

 

「……とう、さま……」

 

「……思えば、ヒカリ(おまえ)に逢いに行けだなんて言わなきゃ良かったぜ。

 そうすりゃ巨王(おやじ)もお前らと関わりを持つことなく、余計な憂いも無しに俺と戦ってくれただろうよ……」

 

 

 メツの体躯から、禍々しい黒紫のエーテルが溢れ出す。

 抑え込んでいた激情がエーテルへと変わり、彼の怒りを代弁するかのように苛烈に盛り、渦巻いている。

 

 

「――ああ。もういい。こんな世界、もうたくさんだ。

 人間もブレイドも巨神獣も、何もかもがくだらねぇ……!」

 

「――メツッ!」

 

「なら俺は――俺の在るがままに、全てを(こわ)し尽すしかねぇだろうがよぉッ!!」

 

 

 黒鬼咆哮——!

 

 滅びのエーテルを放出させ、破壊の嵐がメツの周囲に巻き起こる。

 自身の持つ『因果律予測』でそれを予測したヒカリはアデルと共に、倒れ伏すスタクティの身体を拾い上げつつ、メツのエーテルの届かない領域にまで後退する。

 

 一方メツは、遂に解放した己の激情に身を任せ、苛烈極まるその敵意をヒカリたち――その先に見えるモノへと向けた。

 

 

「まずはてめぇだ――『サーペント』ッ!!」

 

 

 向けた大剣がエーテルにより輝き、送信された指令の下、空を舞うガーゴイルたちが『サーペント』へと殺到する。

 自爆前提の体当たり。数十機ものガーゴイルの自爆を受け、流石のサーペントも耐えられなくなったのか、力のない鋼の悲鳴を上げながら雲海の底へと沈んでいく。

 

 

「『セイレーン』ッ!」

 

 

 高らかに吼え、大剣を旗の如く掲げると、呼び声に応じて黒い機械の天使(セイレーン)が舞い降りる。

 降臨した黒いセイレーンはメツの意思を実行するべく、左右に展開したツインブレード型の武装を機体の前面で合体させ、巨大な砲身を形成する。

 

 

「――吹き飛べ」

 

 

 砲撃――形成された砲身の奥より放たれる、全力の破壊光線(レーザービーム)

 赤黒い閃光は瞬く間にイーラ国の王都『アウルリウム』を灼き、未だそこにいる人々の命諸共、その多くを破壊し尽していった。

 

 

「――街が……!」

 

 

 ラウラの悲痛な叫びが響く。

 この数日間、皆で寝食を共に、守らんと誓ったイーラの地。

 それがたった一瞬、一条の閃光によって破壊されていく。

 

 そして王都(そこ)には、彼らの良く知る者たちの姿もあった――。

 

 

「――ミルト、サタヒコ……!」

 

 

 まだ年若い2人の少年。

 力も無く、それでも共に行きたいと願い、アデルとヒカリたちの生還を待ち続けてくれた大切な仲間。

 その2人も――メツの閃光(ちから)によって呑みこまれた。

 

 

「そ――そん、な……!」

 

 

 人の命が芥の如く消えていく。

 あまりにも呆気なく、無慈悲に、滅亡の光によって刈り取られゆく命の有り様に、ヒカリはただただ唖然とした。

 その光景から目を背けるように、何かに縋るように、抱きかかえたスタクティを見るも、その双眸は固く閉ざされ、彼女の願いに応えることはない。

 

 

「ミルト……サタヒコ……とうさま……!」

 

 

 親しかった友人たち。

 自分を娘と呼び、密かに愛を注いでくれた実の父。

 その命の喪失を目の当たりにし、現実として認識してしまった時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ヒカリの中で、()()が目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ、あぁ――あああああああああああああああああああああああぁっ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女(ヒカリ)慟哭(ひめい)が世界に響く――。

 

 閉ざされた禁断(とびら)の力が解放される――。

 

 

 胸のコアクリスタルが眩い翠玉色の輝きを放ち、天高く立ち上る。

 それは遥か宙、宇宙と呼ばれる漆黒の領域にまで到達し、もう1人の神(クラウス)が住まう『ラダマンティス』の最奥――巨大な格納庫に収納された終末の機神(アイオーン)を呼び覚ます。

 

 膨大なる未知の力の奔流。

 ヒカリのコアクリスタルと同じ翠玉色のエネルギーが流れ込み、アデルの体内を駆け巡る。

 だが、それは人が扱うには過ぎたる力。

 古き世界の終末を引き起こした禁忌の力、その一端さえも振るうことは叶わず、アデルはその場で体勢を崩した。

 

 

「ヒ、ヒカリ――何を……!?」

 

 

 崩れ落ちるアデルの体躯。

 その右腕に握られている大剣は、既に先までの白き剣ではなく、淡い翠玉の光をそのまま剣と為したかの如き一振り。

 それをヒカリは、感情を喪失した虚ろの瞳で見つめて後、アデルの右手から落ちたそれを拾い上げ、敵――“黒き聖杯”(メツ)へと向き直った。

 

 

「……へぇ。そうかい。お前が俺の相手をしてくれるってのか――“天の聖杯”(あいぼう)ッ!?」

 

 

 激情を爆発させ、黒のエーテルを纏い、その身を輝かせるメツ。

 石の大地を蹴り上げ、共に大剣を携え、衝突するヒカリとメツ。

 両者の激突は先のスタクティとメツの戦いにも劣らず、何人も立ち入ることの叶わない高みにあった。

 

 数合の打ち合い。神速で駆け抜ける2人の戦場は地上から空へと移り、信じがたいことに空中を自在に舞い、幾度となく大剣を打ち合い続けた。

 

 

「良いねぇ――だが足りねぇッ! この程度じゃあ……巨王(おやじ)の剣には程遠いぞ、ヒカリ(あいぼう)ッ!!」

 

「――」

 

 

 獣の如く吠え立てるメツに、ヒカリはひたすら無感情に応戦し続ける。

 そして打ち合いが百を超えた頃に、ヒカリは背後に己の(デバイス)――白き『セイレーン』を召喚し、自身と同じ翠玉色のコアクリスタル――搭乗部(ゾハル)へと取り込まれるように搭乗し、一体化する。

 メツもそれに倣い、同じく呼び寄せた黒い『セイレーン』へと搭乗すると、2人を乗せた2機の機械天使は天高く飛翔し、イーラの遥か上空にて再び激突した。

 

 

「ま――待つんだ、ヒカリッ! このままじゃ――!」

 

「一体……何が起きてるのッ!?」

 

 

 激突の余波は地上にまで届き、シン、カスミ、カグツチ、ワダツミ、ミノチの5人がかりで展開した多重障壁(シールド)でさえ持ち堪えるだけ精一杯だった。

 人の領域の及ばぬ激闘。神の造りし力の具現。

 (デバイス)と一体化し、真に性能を発揮した2人の聖杯(ブレイド)の力は、もはや誰の手にも止められるようなものでなかった。

 

 

「これが――天の聖杯同士の、激突……!」

 

 

 神話の戦い、その再現。

 あまりにも凄絶にして凄惨たる光景に、年若き皇帝(ユーゴ)が呟きを漏らすも、それが誰の耳に届くこともなく、地上に降り注いだ赤黒の閃光によってかき消された。

 巨神獣の上空を駆ける白のセイレーンと、それを追い、絶えず光線を放ち続け、巨神獣背部のイーラの大地を灼いていく黒のセイレーン。

 時に殴り合い、時に剣を振るい、投げ飛ばす。

 肉弾戦の末にメツの搭乗する黒のセイレーンは巨神獣の背部外殻に叩きつけられ、くぐもった声がメツの口より漏れ出た。

 

 

「ぐぅ、ぉ――ッ!?」

 

ああああああああああああああああああああぁッ!!

 

 

 全天に響く少女(ヒカリ)の叫び。

 悲哀と絶望に満ちた慟哭に呼応し、白きセイレーンが展開したツインブレードを砲撃形態へと形成移行。

 直後に白き閃光が眼下の黒きセイレーンへと放たれ、対するもう1機も閃光から逃れるべく飛翔。

 

 白き光が外殻を灼き、覚醒した『イーラの巨神獣(アルス)』の竜翼を落とし、木々の覆い茂る巨神獣の大地をも滅していく。

 

 

「――哭いて、いる……」

 

「え――?」

 

 

 空の激闘の最中、アデルの耳に1つの声が届く。

 弱々しく、今にも死にそうなその一声。

 それが紡がれたのは彼の手に抱えられた人物――メツによって死んだと思われた、スタクティの口からだった。

 

 

「ファーナム――いや、巨王様……!?」

 

「哭いて……いる、のだ――あの()が……ヒカリが……哭いている……!」

 

 

 生と死の境を彷徨い、曖昧な状態に陥っていたスタクティ。

 その彼の耳に、(ソウル)に届いたのは、鉄と鉄がぶつかり合い、火花を散らす戦いの音色。

 そしてその裏で密かに聞こえる――悲哀に満ちた愛娘(ヒカリ)の慟哭だった。

 

 

「メツを、止められず……ヒカリにも……辛い思いを、させた……なのに、私は――!」

 

「動かないでください、巨王様! それ以上は傷が……!」

 

「巨王……そうか。メツめ……明かしたのか……」

 

 

 

 

『――消え失せろッ!!』

 

 

 

 

 上空でメツの絶叫が轟き、背後のガーゴイルたちが一斉に白きセイレーン(ヒカリ)へと殺到する。

 『サーペント』に対してそうしたように、再び自爆特攻を仕掛けるつもりなのだろう。

 爆弾と化した飛来する黒鉄の魔像たちに、ヒカリの搭乗する白きセイレーンは飛翔したまま、何をすることもなく佇んでいる。

 

 しかし内部――そこに居るヒカリの胸のコアクリスタルが眩い輝きを発すると、神秘的な翠玉光と共に、セイレーンの周囲に極光(オーロラ)めいた歪みが発生し、飛来するガーゴイルたちを呑みこんでいった。

 

 

「何だと――!?」

 

 

 否――それは果たして、呑みこんでいると言えるのだろうか。

 幻想的な翠玉色の輝きに触れたガーゴイルたちは、その機体を丸ごと輝きの中で霧散させ、()()()へと消えていく。

 消滅というよりも、全く別の次元へ飛ばされているような光景を見て、地上のスタクティは満身創痍の肉体を起き上がらせ、あらん限りに目を見開いた。

 

 

「馬鹿な――()()は……!」

 

『くッ……はははッ――ははははははははははははははははははははッ!!

 

 

 目を見開いて驚愕するスタクティとは対称に、上空にてセイレーンに搭乗しているメツは狂ったように笑声を轟かせた。

 

 

()()だよ、()()ッ! ソレこそが『創世の双神』(おやじたち)が俺たちに与えた力だッ! ()()()()()()()()()()ッ!!

 その力のために――俺も! お前も! そのためにここにいるッ!!」

 

「ち――ちが――私――は――!」

 

「そうかよ――ならこの俺が代わりに、全てを貰って行くぜぇッ!!」

 

 

 黒紫のエーテルを漲らせ、右手を武器を見立てて、破壊の異能と共にメツがヒカリへ迫る。

 展開された2機の防御障壁(シールド)がぶつかり合い、再び苛烈なる力の波が周囲へと拡散する。

 機体の噴射装置(バーニア)を最大出力で起動させ、徐々に白きセイレーンとの距離を詰める黒きセイレーン。

 

 確実に迫る魔の手を前に、操縦室(コックピット)内のヒカリは変わらぬ虚ろの双眸のまま、声にならぬ悲鳴を上げていた。

 

 

(……っ!)

 

 

 脳裏に過ぎる過去の記憶。

 今日この日まで過ごして来た、かけがえのない仲間たちとの思い出。

 

 ――そして続く、()()()()()()()()未来の可能性。

 自分とよく似た顔立ちを持つ赤髪の少女が、青い衣服を纏う小さな少年と出会い、共に戦い、未来を進んで行く姿。

 

 

「……私、は――」

 

 

 過去の回想——因果律予測の果ての未来図。

 異なる2つの光景が過ぎ去り――最後に彼女が思うのは、たった1人の男の姿。

 暗い夜の橋の上で、自分と向かい合う大きな体の鎧騎士。

 硬い籠手に覆われた右手で、自分(ヒカリ)の金色の髪を撫でながら、柔らかな笑みを向けてくれた()()()

 

 

 ――助——けて――■■■■

 

 ――たす――けて――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――スタクティ(とうさま)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――!」

 

 

 声が――聞こえた。

 あまりにもか細く、今にも消えてしまいそうなその声を。

 慟哭の内に少女が零した、誰かに救いを求める――(ソウル)からの声を。

 

 

「……行かねば、ならぬ」

 

「巨王様……?」

 

「あの娘の――ヒカリの下へ、行かねばならぬ……」

 

 

 ざり、とブーツで硬い石畳を踏みしめながら、鎧に覆われた長躯を歩ませる。

 だがまともな治療も施されていない今の状態では、ただ歩くだけの凄まじい激痛が走るのは当然のこと、メツに貫かれた腹部からは夥しい量の血が溢れ、彼の鎧と脚絆を濡らしている。

 

 

「――! なりませぬ、巨王様ッ!」

 

「その御身体で向かわれるのは無謀です! どうか、ここで回復を……!」

 

「貴公らの癒し手(カスミ)の力を以てすら、先の傷も癒えなかったことを忘れたか。……それにエストも尽きた。なら待とうと動こうと、結果は変わらぬ……」

 

 

 道を遮り、行かせまいとするカグツチとワダツミを右手で制し、退けさせると、再び彼は歩みを進め、空高く舞うヒカリたちとの距離を縮めた。

 その間に、ヒカリの御する白きセイレーンが一層強い輝きを発すると、機体を囲う極光の歪みから尋常ならざる数の光矢を放ち、メツ、そしてその下にある『イーラ』の地へと降り注いだ。

 

 

「行くって……どうやって向かわれるというのですか! それに今の貴方は……もう動くだけで精一杯の重傷なのですよ!?」

 

「アデルの言う通りです! このまま行っても、あの2人の戦いに割って入るなんて――」

 

「出来ぬと申すか――ラウラよ」

 

「――!」

 

 

 その一声に思わず、ラウラは己の言葉を止めた。

 死にかけの存在とは思えない、荘厳なる覇気に満ちた一声は、やはり神たる存在ゆえのものなのか。

 破滅をもたらす光雨が注ぐ中、スタクティは血を失い、蒼白さが滲み始めた顔で空を仰ぎ、その先にいる2機の鋼鉄の天使たちを見た。

 

 

「確かに、今の状態では不可能なのやもしれない。そしてどのような行動に出ようと、私の命は程なくして尽きる」

 

 

 だが――

 

 

「だが私はまだ、()()()()()()()()。全身を尽くそうとも、全霊をまだ注ぎ切ってはいない。

 そして――それを解放するのは、今だ」

 

 

 己の胸中にソウルの孔を穿ち、その蒼白い空洞より3つ――強大な力に満ちた()()()()()()を取り出す。

 

 

「どうして――どうして、そこまでするのですか」

 

 

 後ろより問い掛ける者が1人――アデルだ。

 ヒカリのドライバーでもあり、この国の王子でもあった心優しき青年の問いは尤もだろう。

 例え神であろうと、自らの命を賭けてまで外界の出来事に干渉はしない筈だ。

 

 けれども、(スタクティ)は肩書きこそ創世の神なれど、本質は彼らと同じ人間だ。

 そして何より――あらゆる理由に勝る、命を賭けるに能う理由が、今の彼にはあった。

 

 

 

 

 

 

「――泣いている娘を慰めてやるのは……父親として当然のことだろう」

 

 

 

 

 

 

 魂を通じ、今なお続く愛娘(ヒカリ)の慟哭に感応し、悲哀に満ちた微笑みと共にアデルに答えを返す。

 その在り様に、これ以上の言葉は意味を成さないと判断してか、アデルも顔を俯かせ、それ以上は何も言わなかった。

 

 彼の反応を目にし、再び前方を向くとスタクティは掌中に収まる3つのソウルを掲げると、蒼白い輝きを伴い、彼の眼前に3つの巨大な像が浮かび上がる。

 

 巨槌を携え、裸体を模した黄金の大鎧に身を包む大巨漢。

 毛皮の外套と粗末な脚絆を身に帯びる、奇妙な空洞を持つ顔面の巨人王。

 そして先の2人を優に上回る、小山の如き巨躯を有する、大鉈と大盾を携えた偉大なる巨人。

 

 

「“スモウ”、“巨人の王”、“ヨーム”――力を貸してくれ」

 

『――』

 

 

 実体なきソウルの虚像。主の姿を模した彼らが、言葉を以てスタクティに答えることはない。

 彼らは再びソウルに戻ると、一層強い輝きをソウルより発し、その光輝を以て彼の意思に応えた。

 

 眩い(おお)いなる者たちのソウルを握りしめ、その性質を己の内に取り込ませながらスタクティはその場から一気に疾走。

 『飛翔の台座』のその先、断崖へ至ると共に跳躍。

 

 

 そしてその後、彼の体躯をソウルの輝きと劫火が包み。

 此処に、創世の神の片割れ――その真体が顕現する!

 

 

 

 

 

 

 破滅の光雨が降り注ぐ。

 空を、地を、海を、あらゆる全てを巻き込んで、万象の悉くを蹂躙する。

 黒きセイレーンに搭乗するメツもまた例外でなく、その機体のあちこちに光雨を受け、損傷した箇所を起点に灼熱が蝕んで来るのが分かる。

 

 

「ぐゥ――おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 機体のみならず、己の肉体さえも灼熱が侵してきたにも関わらず、メツは渇望を――ヒカリに向けるその手を伸ばすのを止めなかった。

 あの力こそ、世界を変える力。

 新たに全てを生み出すのも、世界を滅ぼすのも容易い、神が求めた至高の力。

 あの力があれば、俺はさらなる高みへ上れる。この世の全てを蹂躙し、一息に壊滅させるだけの絶大な力を得られる。

 

 その時にこそ、俺は――

 

 

(俺は、今度こそ……巨王(おやじ)を――!?)

 

 

 注ぐ光の雨の先。

 極光のオーラを纏う白きセイレーンの背後に見える――()()()()()()

 噴き出る紅蓮の炎を鬣のように成し、王冠と一体化した髑髏の巨貌が現れ出でる。

 

 巨山さえも比ではない、赤熱した巨大なる鎧躯。イーラの巨神獣には及ばずとも、その巨体はあらゆる生物を見下ろし、己の存在の矮小さを否が応にも突きつけてくる。

 その(おお)いなる髑髏の巨人が右腕を大きく振り上げて、その先に握る一振り――灼熱の炎に覆われる()()()()()()を、メツへ目掛けて振り下ろす。

 

 

「が、ぁ――ッ!!」

 

『……赦せ、メツよ。螺旋の剣、その真なる(ほむら)(かがやき)――貴公に見せることは叶わない』

 

 

 呪詛じみた言葉と共に、髑髏の巨貌に炎眼が灯る。

 その眼差しは灼熱を有していながらも、どこか悲しげで、これより堕ちゆく息子(メツ)の末を哀れんでいるようにも見えた。

 

 

ヒカリィ……! ――『炎の巨王』(おやじ)ィィイイイイイイイイイイイイイッ!!!

 

 

 その身を炎に焦がされて、悲痛な断末魔の叫びを上げながら、赤熱する黒きセイレーンと共にメツは雲海深くへと堕ちていく。

 結局、『炎の巨王』——スタクティでは、メツを止めることは叶わず、その命を以て贖わせる他になかった。

 だが、まだ終わりではない。寧ろここから本番だ。

 

 絶えず降り注ぐ光雨。それは今も尚、このイーラ王国を蹂躙し、巨神獣の肉体を傷付けている。

 スタクティの目から見ても、もはやイーラ王国の滅亡は避けられない。

 それでも――これ以上の悪化を阻止することはできる。

 

 

『ヒカリ……』

 

 

 注がれる破壊の閃光を一身に受けながら、巨体が鳴動する。

 一歩、また一歩と歩み寄り、空中に滞空する白きセイレーンに両手を伸ばすと、包み込むようにそれを閉ざし、己の胸中へ宛がうように引き寄せる。

 

 

『ぐ、ぅ、お、おおォ――ッ!?』

 

 

 閉じ込められた巨王の掌獄の中でも、光雨――(ゲート)の力は止まらない。

 イーラに注がれる筈の全ての光雨がスタクティの鎧躯を灼き、鋼の巨体に悲鳴を上げさせる。

 やがて光雨の猛攻に彼の鎧躯も耐えられなくなり、赤熱を宿す神代の板金は貫かれ、そのまま光雨がイーラ王国を襲う。

 

 幾百幾千の破滅の流星。それらの幾つかは巨神獣のコア周辺にまで飛来し、膨大なエネルギーを爆発させて、遂に巨神獣のコアを破裂させた。

 コア近辺にいるアデルたちも当然、溢れ出るエネルギーの奔流に巻き込まれるだろう。

 だが、助けにはいけない。ここでヒカリを手離してしまえば、より多くの人命が損なわれることとなる。

 何より――

 

 

『がっ、ぁ、あああああああああああああッ!? ——させ、ぬ……!』

 

 

 両掌が半壊し、胸部の大部分も抉れ、先に受けたメツからの斬傷周辺に至っては、もう完全に砕け散っている。

 髑髏を模した鉄兜も、左目に相当する部位は消し飛ばされ、露わとなった空洞には、より盛りを得た炎眼が覗いていた。

 

 

『させぬ……断じてさせぬ……! これ以上――()()()()()()()()()()()()()ぁぁぁぁぁッ!!』

 

 

 巨王咆哮――!

 

 猛々しくも痛ましい髑髏の巨人の咆哮。

 そのあまりにも悲痛な叫びに応じて盛りを得たのか、彼が宿す赤熱がさらなる灼熱を生み、劫火の鎧となってヒカリとスタクティを包み込む。

 未だ絶えぬ禁断(ゲート)の力を、『最初の火』が抑え込もうとしている。

 未知なる神秘の力と、万物の起源たる炎が互いを喰らい合い、存在そのものを掻き消さんと拮抗する。

 その余波も、生じる全ての衝撃もスタクティはその鎧躯で受け止め、全霊を賭してヒカリの呼び出した禁忌の力(ゲート)に抗った。

 

 それからどれ程の時が過ぎ去ったのだろう。

 刹那か、あるいは永遠にすら感じられる破壊と激痛の嵐。

 既に鎧躯のほとんどは壊れ果て、立っているのがやっとという有り様。

 それでも禁忌の力は止まず、炎は絶えず溢れ、スタクティの(ソウル)を糧に燃え盛っていく。

 

 

『ぐ、う、ゥぁ――戻って……こい……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『戻ってこい――ヒカリィイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那――炎が極限にまで燃え上がる。

 鎧から溢れる炎はこれまでで最大の盛りを得て後、完全に巨王(スタクティ)と一体化し、その絶大極まる灼熱にて残る禁忌の力を喰らっていく。

 翠玉が紅蓮に喰われゆく――もはや守り、塞ぐための鎧ではなく、対象を喰らう獣と化した炎はヒカリより溢れる全ての力を喰らい、その悉くを薪のように焚べ、一層灼熱を増していく。

 

 そして禁忌の力が絶え、セイレーンを囲う極光が消失した時——。

 

 

 

 

 

 

 

 

「——あ、れ……わた、し……」

 

『——戻った、か……ヒカリよ……』

 

「その、声……スタクティ、とうさま……? ——ッ!」

 

 

 意識を取り戻し、セイレーンの機能を用いて外部を見ると、彼女の瞳にまず映ったのは、変わり果てた父親(スタクティ)の姿。

 巨山を超える規格外の鎧躯、そのほとんどが失われている。

 手足には無数の穴。胸部は削られたように大きく抉れ、腹部に至ってはあと少しで完全破壊寸前といった有り様だ。

 髑髏を模した鉄兜も、左目に当たる部位が消し飛ばされ、その内に広がる空洞で眼らしき炎が灯っている。

 

 

父様(とうさま)!? その姿は――!」

 

『気に、するな……と言っても、この(ザマ)では無理もない、か……』

 

 

 声もどこか弱々しく、些細な動作する度に鎧躯のあちこちが擦れ合い、悲鳴のような金属音と共に軋んでいく。

 

 

『さて……』

 

 

 そんな満身創痍の巨体を揺らし、左掌にヒカリの搭乗するセイレーンを乗せたまま、スタクティは空を見る。

 広大なる暗天には、主を失った機械仕掛けの魔像(ガーゴイル)たちが滞空したままだ。

 機能を停止し、墜落する様子も無く、かと言って先程のように一斉に迫り来ると言った様子も見せない。

 

 だがあれは、もはや存在するだけのこの世界を恐怖させる代物。破壊の具現たるメツの尖兵だ。

 故に、一掃せねばならぬ。サーペントは討たれ、ヒカリも先の覚醒により、これ以上の戦闘は望めないだろう。

 

 だからこそ――彼は剣を取る。

 イーラの大地に突き刺した、巨山の如き刀身と化した螺旋の大剣を引き抜いて、それを左腰に添える形——かつて東国の剣士たちが使った『居合』にも似た構えで、上空に巣食う黒鉄共を睨み据える。

 

 

『ヒカリよ――間もなく……私の命は、終わる。鎧躯の大半は砕かれ、我が真核(ソウル)にも……浅からぬ傷を負った』

 

「そんなの……そんなの、見れば分かるわよ……! なのに……!」

 

『ああ――きっと、きっと君はこの先……多くのものに苛まれるだろう。

 それを共に……傍らで慰めてやれぬのは……何とも悲しく、口惜しいことだ……』

 

 

 轟――ッ! と、左腰に添えた大剣の刀身に火が灯る。

 それに伴いスタクティの鎧躯も再び赤熱を取り戻すも、機体越しとはいえ不思議と彼に触れているヒカリに熱はなく、ほんの僅かな温かみが感じられるだけだった。

 

 

『だからせめて……君には知って貰いたい。メツが渇望し、如何なる手段を用いてでも抜かせんとした……我が(つるぎ)

 『炎の剣』——その力の源たる『最初の火』の、本来の在り様を……!』

 

 

 構えた大剣の刀身より劫火が噴き出し、螺旋を描いて渦巻く。

 そして腰を低く落とし、狙いを定めて炎眼を見開き――そして!

 

 

 

 

 

 

『黒鉄共よ――原初に還れ……!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——『古の残火』(エンシェント・レムナント)ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (それ)は、この世界で初めて不死人(スタクティ)が編み出し、用いた戦技ならざる『アーツ』。

 『最初の火』を纏う剣閃。灼熱の一閃による大焼却。

 されど、その剣は破壊のための一振りではなく。

 放たれる炎の剣閃は、触れるもの総てを灼き、原初に還す――回帰の灼熱。

 

 創造のための破壊。それを体現する灼熱の一閃は残る数千機のガーゴイルたちを全て灼き、アルスの空を紅蓮を超えた『真紅』に染め上げ、神の――否、『薪の王』の王威を遍く世界に知らしめた。

 

 

『……っ』

 

 

 だが、その代償は大きかった。

 元々崩壊寸前だった鎧躯は遂に限界を迎え、あちこちで鋼の軋む音が鳴り始めた。

 螺旋の大剣を握る右腕は完全に崩壊し、捻くれた刀身が再びイーラの大地に突き刺さり、墓標の如く突き立った。

 

 

「——!? 父様ッ!!」

 

『……もう、髪を撫でては……やれん、なぁ……』

 

 

 口惜しそうに髑髏兜の口元からそんな言葉を漏らすと、セイレーンを乗せた左掌を上げ、彼女と自分の貌の距離を縮めて、露わとなった炎の双眸で彼女(ヒカリ)を見つめた。

 

 

『……先にも言ったが、君はこの先、多くのことを知り、時に苛まれ……絶望に沈む時もくるだろう。

 それは生者としての必然であり……逃れられぬ運命(さだめ)、そのものだ……』

 

 

 運命の全てを肯定するわけではないが、それでも認めねばならぬものがある。

 光ある所に陰が生まれ、善ある所に悪が潜むように――この世は2つの概念が対を為し、そうすることで成り立っている。

 

 

『だが、忘れないで欲しい……どんなに世界が残酷でも、永久に孤独(ひとり)ということは……ない。

 君を信じ、受け入れてくれる友を――その生涯を共に、歩んでくれる『伴侶』を……』

 

「もういい……もういいよ――とうさまぁ……!」

 

『——最後になったが……これだけは、言わせてくれ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『愛しい娘、ヒカリよ。私は君を……ずっと――愛している』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ようやく紡げた、父としての娘への愛。

 

 その言葉を切っ掛けに、いよいよ鎧躯の崩壊が始まり、鋼鉄の巨神の真体が音を立てて崩れ始めた。

 

 

「——ヒカリィッ!」

 

 

 その時、2人の耳に聞き覚えのある青年の声が響く。

 声の発せられた方角を見ると、そこには巨大な飛空船に乗ったアデルたちの姿が見えた。

 「アデルッ!」と彼の姿を見てヒカリもセイレーンの内部で叫ぶも、すぐさま視線は彼から離れ、眼前の鎧巨人(スタクティ)へと向けられる。

 

 

「父様――!」

 

『……行きなさい』

 

「——!」

 

 

 分かっていた。分かり切っていたことだった。なのにそれでも、ヒカリは言いたかった。

 『一緒に行こう』——けれど、その言葉が口に出されることはなく、揺らめく巨人の炎眼と弱々しい一声で彼女の口は閉ざされ、底の無い悲しみだけが彼女の顔を染めていった。

 

 

『——アデル王子』

 

「——! ……はい」

 

『ヒカリを――娘を、頼みます……』

 

 

 神としてではなく、1人の父親としてのその言葉に、アデルだけでなく、彼と共にいた仲間たちも同じく首肯し、巨王の言葉を受け入れた。

 そして彼らの助力の下、セイレーンから分離したヒカリを飛空船に乗せると、そのまま空高く飛翔し、崩れゆくスタクティとイーラの大地から離れて行った。

 

 いよいよ崩壊の時。

 左腕も遂に崩れ、両足も膝から先は完全に失われた。

 それでも彼は身を大地に突き立て、最期のその時まで堂々たれと屹立し、その偉容を崩すことはなかった。

 

 

(ああ……そう言えば……この世界で死ぬのは、これが初めてだったな……)

 

 

 薄れゆく意識の中、ふとそう思いながらスタクティは空を見上げ、炎の視線を走らせる。

 その先に今も見える1隻の飛空船――そこから顔を覗かせ、泣き顔で自分(こちら)を見ている黄金の少女の姿に、死の間際であるにも関わらず、スタクティは小さく笑った。

 

 

『ヒカ、リ――』

 

 

 紡ぐその名を最後に、(おお)いなる鎧躯が遂に崩壊する。

 イーラの巨神獣と共に沈みゆく『炎の巨王』の真体。

 多くを欠損し、燻る赤熱も、頭部に灯る炎眼も失われた巨王の真体は雲海へと呑みこまれ、それから再び姿を見せることはなかった。

 

 

「とう――さま……とう、さま……!」

 

「ヒカリ……」

 

 

 その日――1つの国が、神と共に雲海へと沈んだ。

 

 偉大な父たる創世神の片割れを失った人類は嘆き悲しみ、ある者は怒り狂い、神の死を最後まで否定した。

 そして神たる父が守護した“天の聖杯”ヒカリは、己の力が生み出した悲劇を目にし、共に在り続けた幼き命の死を切っ掛けに自らの人格を封印。異なる別人格――赤い少女『ホムラ』を生み、アデルの協力の下、古代船と共に雲海の底へと封印された。

 

 ——だがこの時、誰が予想できただろうか。

 『炎の巨王』の死と共に、彼がそれまでに蓄え続けた膨大な『ソウル』が一気に解き放たれ、各地の巨神獣(アルス)に浸透し、コアクリスタルを介し、全く新しいブレイド(モンスター)と化したことを。

 

 その内に、古き英雄豪傑、魑魅魍魎の姿を模る者たちが居たことを――。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そして遥か彼方、巨王の加護を受けし始まりの大地(トレランティア)では。

 

 

「な――何だ、これは……!」

 

「玉座が5つ……? 何故にこんなものが神域に……!」

 

「——それは偉大なる御方々が座す玉座。古き王たちの偉業の証左に他なりません」

 

「——! 何者かッ!」

 

 

 島主を筆頭に、突然神域に出現した5つの玉座を確認しに来た守り人たち。

 その彼らの前に現れたのは、黒い衣を身に纏う――銀の仮面で目元を覆い隠した銀髪の女。

 

 

「私は火防女――かの御方のお傍に侍るものです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——そして時は流れ、神暦4057年。

 

 深い雲海の底、朽ちた船の墓場にて。

 

 

「——何だろう、これ? 鎧の――騎士……?」

 

 

 その日――少年は、(かみ)と出逢った。

 

 

 

 

 




 次回からゼノブレイド2本編に入ります。
 ダクソキャラも徐々に出していく予定ですので、ご希望などがありましたらアンケートを出しますので、そちらに記入をお願いします。

 皆さんの感想お待ちしております。

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