Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 お待たせしました。
 本格的な戦闘シーンは次話で、今回はそこに至るまでの話です。
 それではどうぞ。


28.譲れぬモノ

 ――目覚める。

 

 ――魂の奔流に乗り、2人の魂が肉体へと戻りゆく。

 

 ――虚空の傍観者の手による再生は、肉体面にも反映され。

 

 ――死の淵にあった2人は、奇跡的ともいえる生存を遂げて。

 

 ――目指すべき場所――為すべきことを為すべく、動き出す。

 

 

 

 

 

 

「――!」

 

 

 信じられなかった。

 突如2人の身体を蒼白い光が包み込むと、治療が絶望的だった腹部の傷がたちまち癒え、まるで最初から何もなかったかのような急速な回復を遂げたのだ。

 そしてすぐに2人は目を覚まし、その身を起き上がらせると、周りを囲うニアたちに問い掛けた。

 

 

「レ、レックス……ホムラ……!」

 

「……ニア。スタクティさんは……どこに行った?」

 

「え? ――あ……あいつは、あのトゲ男を追って、大空洞の方に……」

 

 

 村の正門のある方角を指差すと同時に、大空洞の方から竜と魔人の絶叫が轟いた。

 死の具現たる赤炎と毒炎が空を満たし、魔人の放つ殺意の刃がそれらを諸共に斬滅する。

 ……もはや何人も立ち入れぬ死の領域となった大空洞だが、起き上がった2人は僅かな痛苦に顔を歪ませながらも、その双眸は真っ直ぐにその方角を見据え、決して外さなかった。

 

 どうやって傷が回復したのか、何が2人に起きたのかと疑問は尽きなかったが、まず何よりも優先して問うべき事柄を、ニアは違えはしなかった。

 

 

「まさか――アンタたち、行くってのか!?」

 

「もぉ!?」

 

「……っ」

 

 

 ニアの問いに対する2人の反応に、トラが大きな耳を逆立て、ヴァンダムは眉を僅かに動かし、唸るような低声を漏らす。

 正直に言って、あの戦場に割って入るなど無謀の極みだ。

 片や、3匹の竜を従える最凶の『巨王の眷属』。

 片や、その男が繰り出した8騎の眷属を瞬く間に討滅し、危険極まる異能を行使しながら暴走するスタクティ。

 

 生ける厄災とさえ称される眷属たち、それを従えるトゲの騎士を仮に打倒、もしくは撤退させたとしても、残ったスタクティをどう対処すればいい。

 今の彼は、獣も同然だ。敵も味方も見境なく、剥き出しの(やいば)で喰らいかかる飢えた魔獣だ。

 それに、あのカークが言っていた『権能』という力もある。

 黒虎の姿をした2匹の眷属を一瞬の間に滅ぼした力が『権能』とやらならば、下手したらカークよりも厄介な相手となる。

 

 

「アンタたちはあのトゲ男に貫かれちまったから分からないだろうけど、あの後あいつは……スタクティは――!」

 

 

 そこでニアの言葉が止まった。

 自分を受け入れてくれた仲間を、これ以上悪く言いたくはない。

 例え怪物の如き存在へと変貌しようと、彼がスタクティである事実は変わりないのだ。

 そんな彼と、理由は分からぬが奇跡の回復を遂げたレックスとホムラを、殺し合わせるような真似はさせたくない。

 

 その気持ちはニアだけでなくトラも同じで、2人がかりで訴えかける。が、それでも――

 

 

「――それでも……行かなくちゃならないんだ」

 

「何でッ!? あいつは、もう――」

 

「――“オレたち”がやらなくちゃいけないんだ! でなきゃ、スタクティさんが――消えるんだ……!」

 

「――っ!?」

 

「ど――どういうことも? 消えるって……どうなっちゃうも!?」

 

「……お前ら、あいつの身に何が起きてんのか。分かるのか?」

 

「……詳しいことは、オレたちにも分からないし、説明している時間もない。

 でも――オレたちがやらなきゃ、スタクティさんは戻って来ない……!」

 

 

 死の淵にて何を見て、何を知ったのか。

 それを説明する時間も惜しいとなると、いよいよそのスタクティの消失も近いということになる。

 だが焦りは禁物だ。余裕の欠如は確かな勝機を見逃し、事態をさらなる最悪へと至らしめる。

 

 ならばこそ、現状の整理――即ち、自分たちの為すべきことと、出し得る手札を知る必要がある。

 解決策らしきものを知るのは、レックスとホムラ。

 ニアとトラはまだ混乱の最中にあるし、これから何をすべきかも分かっていない。

 それはヴァンダムも同じことだったが、幸いというべきか、彼には他の皆にはないものがあった。

 

 即ち――

 

 

「――おい。レックス、ホムラ」

 

 

 これまで唸りぐらいしか上げなかった彼が、ようやくそこで口を開いた。

 皆の意識を集中させるため、敢えて声音を重く、低くし、極小の地鳴りのような声で2人の名を呼んだ。

 

 

「お前ら……あいつを元に戻す方法を知ってんのか?」

 

「……確実ってわけじゃない。でも、唯一の解決策だって、教えられたんだ」

 

「……そいつは?」

 

 

 教えられた――つまりは意識がない間、彼らは『何かしらかの存在』と接触し、その方法を得たのだ。

 意識だけが別の場所に飛んで、そこにいた何者かによって策を与えられるなど、物語や御伽話、英雄譚のお約束の1つだが、それが現実となればまず、それを口にした輩の正気を疑うだろう。

 だが、今は正気も狂気も関係ない。元より繰り出せる手など皆無だったのだ。皆無(ゼロ)から始まり(イチ)へと状況が変わっただけでも、全然違うのだ。

 故にヴァンダムは問い――レックスは、授けられた解決法――あの騎士が紡いだ言葉の羅列を繰り返した。

 

 

「“剣には剣を以て応じ、絶叫に隠された小さな慟哭には、言葉と想いを以て応じる”――詳しいやり方は、オレにも分からないけど……」

 

「それが唯一の解決策……そうなんだな?」

 

「うん。……あと、殺意と敵意で以て応えちゃいけないって」

 

「何だそりゃ。その前の言葉といい、いよいよ英雄譚のお決まりみてぇな話になってきやがったな」

 

 

 言葉ではそう言うも、ヴァンダムは決して笑わなかった。

 思えばあの暴走も、レックスとホムラがトゲの騎士(カーク)にやられ、彼がそれを認識してしまったことから始まった。

 

 魔獣の如き怨嗟の咆哮も。万象を尽滅せんと振るわれる闇色の刃も。

 大切なモノ(ヒト)を喪失し、悲哀の果てに叫ばれる慟哭にも聞こえるし。

 失ったモノ(ヒト)を取り戻そうと、闇の中を手探る(かいな)のようにも見える。

 ならば『剣には剣を以て応じる』というどういう意味なのか――

 

 

(こいつだけは……直に確かめるしかねぇ、ってか……)

 

 

 危険と承知しておきながら、不安要素の存在する戦場へ無策で赴くのは傭兵――戦の何たるかを知る者としては、下の下だ。

 されど、準備にばかり力を注ぎ、機を逸してしまうのはさらに最悪だ。

 ならばこそ、こればかりは賭けに出るしかない。

 得体の知れない輩が託した策。それを受け取った、レックスとホムラの2人に――。

 

 

「――ニア、トラ。俺は乗るぜ。こいつらの言う唯一の策ってヤツに」

 

 

 お前らはどうする――?

 

 視線を向けられた2人は一瞬驚きを瞳に湛える。

 伝えられた策とやらは曖昧で、具体的さに欠けている。

 ヴァンダムの言葉を借りるなら、神話や英雄譚のお約束のようなものだ。

 謎を解き、見出した方法で悪逆の獣を討つ。けれど今回は、討つのではなく救うのが目的だ。ただ討ち果たすよりもなお困難だ。

 

 それでも2人がやるというのなら――。

 まだ可能性が残っているのなら――。

 

 

「――あぁっ、もう!」

 

 

 頭部の耳ごと髪をくしゃくしゃに掻き、ニアが吼える。

 トラも難しそうに顔を歪め、「もももぉ……!」と唸りを上げているも、それらは間もなく失せ、後に残ったのは、決意を固めた2人の顔だった。

 

 

「――いいさ。どのみち打つ手がなかったんだ。なら、そいつに賭けてやろうじゃないか……!」

 

「トラも手伝うも! それでスタクティさんが戻るなら、何だってやってやるも!」

 

「お嬢さまが仰るのなら、僭越ながら、この私も……」

 

「ハナもご主人と同じ気持ちですも」

 

 

 皆の意思が1つとなった。縋るような形ではあるが、唯一の策略(きぼう)の下、皆の意識が統一された。

 ならば後は――

 

 

「よしっ! そんじゃあ行くぞ。囚われのお姫様ならぬ――お前たちの騎士(あいつ)を助けに……!」

 

 

 如何なる災厄が待ち受けていようと、もはや彼らには関係ない。

 彼らの騎士(スタクティ)を助ける――彼らはそれだけを見据えていたのだから。

 

 

 

 

 

 

『――……ッ!』

 

 

 竜の咆哮が轟く。

 古き時代の君臨者、その末裔である彼らの発したソレは、しかし先のものとは異なり、ひどく弱々しく、生気に欠けていた。

 当然だ。何せ今の咆哮は断末魔。尽滅の黒刃を受け、存在そのものを抹消された『護り竜』の最期の一声なのだから。

 

 『深淵の闇』に侵蝕され、その内に織り交ぜられた極大の殺意により、細胞一片はおろか、存在概念そのものを喰い尽され、尽滅されていく赤竜。

 唯一残ったソウルも瞬く間に取り込まれ、内包した記憶とソウル、その他諸々がスタクティの一部と化していく。

 だが、それでもなお魔人の進撃は止まらない。

 右手の鉄塊の如き大剣(グレートソード)を振るい、咆哮を伴わせて破滅の斬撃を繰り出していく。

 一撃必殺どころではない。それを超えた一撃必滅。掠りでもすれば、耐性のない者はその時点で存在を滅せられる。

 

 その耐性すらも、彼の持つ『権能』が全盛に近づけば近づくほどに効果は弱まり、完全なものへ回帰すれば、もはや彼に対して防御は意味を成さない。

 それは同じく『闇の眷属』(ダークレイス)であり、少なからず深淵の力を得ているカークとて例外ではなかった。

 ……だと言うのに、彼は――

 

 

「ハハハハハハハ――クハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!

 

 

 豪笑(わら)っていた。腹底から声を上げて。

 心底より嬉しそうに。壊れた自動楽器(オルゴール)のように、ありったけの声で狂い笑っていた。

 一見すれば、戦況はカークが優勢のように見える。

 既に1匹が討ち取られたとはいえ、まだ彼には2匹の竜型眷属(ブレイド)が居り、そのどちらもが強力な個体だ。

 どちらも相応の巨体ゆえ、竜翼で飛翔しながらか、あるいは蜥蜴のように岩壁に張りつく形での相対となっているが、足場の問題など彼らには無いにも等しいし、だからこそ誰もがカークの陣営こそ優位と見るだろう。

 

 だが、歴戦を積み、かつ彼らについての詳細を知る者ならば、戦況の優劣を全く逆に見ただろう。

 追いつめられているのは魔人ではなく竜たちで、その傾きは時を経るごとに増している。

 事実、魔人の身より噴き出る闇の瘴気は一層濃さを増し、覆う部位も上半身から全身へと至り、同化すら始めている。

 まるで人型の闇だ、と。見る者が見ればそう例えるのだろうが、その悍ましい姿を見て恐怖を抱くどころか、歓喜故に笑声を上げているのが、他ならぬカークだったのだ。

 

 

「ハハハハハハハッ!! そうだ……もっと怒れ! もっと憎め!

 怒りと憎悪があんたの根源。1つの世界を絶滅させた、あんたという規格外(かいぶつ)の原動力! 全ての起源!

 そいつを以て、あんたは再び目覚める――暗闇に轟く『凶王』の御名と共にッ!!」

 

 

 回帰(かくせい)は順調だった。

 絶えず注がれる殺意と敵意に対し、魔人もそれに相応しい量の負念を溢れさせ、さらなる激流を引き起こす。

 そうだ――この魔人は()()()()()()()()()()

 向けられる負念が大きければ大きいほどに、それに比例して魔人の噴き出す殺意も増す。

 殺意に塗れ、深淵の闇が深まれば深まるほどに、彼の――『スタクティ』の人格は失われていく。

 そして奥底に封じられていたもう1つの側面――遥か昔に枝分かれした人格(ソウル)の1つが表出する。

 

 ソレこそ、『闇の眷属』――カークの望む悲願であった。

 

 思えば、この日が来るのをどれだけ待ち続けたことか。

 『万象掃滅』という名の大偉業の果て、無謬無垢なる純白の地平を夢見た王の道は剪定され、以来絶望の淵に沈み、それでもどこかで心待ちにしていた王の復活。

 全てを覚えているわけではないが、少なくともカーク自身が覚えている限り、永劫に等しい繰り返しの末、この時に至るまでにかかった時の数は――

 

 

「――()()()だ。()()()()……俺はこの時を待ち続けた。

 他の連中は数億、数十億程度しか覚えていないようだが……少なくとも俺は覚えてる。あんたが消えた後の――悲劇(セカイ)時間(ながさ)を……!」

 

 

 カークは思う。選ばれた最後の王、“燃え殻の王”(スタクティ)が幕を開けた『第二の時代』も。

 意図せずとはいえ、その時代を滅ぼした『クラウス』なる男が、“燃え殻の王”と共に再生し、新生させた『第三の時代』も。

 全て、『火の時代』と変わらない――“悲劇”であると。

 

 第二の時代は、スタクティが大半を眠りに費やしていたため、ほんの一部しか見ることは叶わなかったが、少なくともクラウスという愚者を生み出した時点で失敗作だ。その末に時代は滅び、再びの創世が始まったのだから。

 そして第三の時代――つまりはこの『アルスト』だ。

 『火の時代』と比べたら、どの時代も穏やかで、平穏であるとかつての不死人たちはそう思うだろう。カークも最初はそうだった。

 だが、『聖杯大戦』での巨王(スタクティ)の死の際、彼のソウルが散らばって、その内に内包されていた彼らのソウルがブレイドとして独立し、己の目で直接この世界を見て回った末、カークの考えは変わった。

 いや――あるいは()()()という方が正しいのか。

 

 

「この世界に呪いはない。この世界に歪みはない。俺たちを苦しめた、愚かな神々の敷いた偽りの運命(みち)もなく、あの頃と比べれば平穏そのものだ。

 ……だと言うのに、この世界の新人類共は何なのだ。どうして平穏を自ら崩し、戦乱を巻き起こし、己の足で死地へと向かう?

 ――馬鹿じゃないのか。俺たちのように、明日への希望さえ望めない日々にあるわけでもないのに、自ら死へと飛び込んで行く。

 殺し合いの果てに互いを貪り、延々と地獄が続いていく……!」

 

 

 自分でも何を言っているのか分からない。自分のこれまでにしてきた行為を棚に上げた物言いは、いっそ清々しささえ感じられる。

 いや、元よりカークという人間には、確固たる考えもなければ、己を支える唯一の柱もないのだろう。

 村人の苦悶に心を痛め、自らそれを受け入れることで痛みを一手に担おうとし、結果異形と成り果てた魔女の娘に同情し、彼女の従僕となったのも。

 果てなき世界の終焉を夢見て、魔王の謗りを受けようと邁進を止めず、己の全てを是としてくれた『闇の王』に惹かれ、死合うその時まで彼の傍らにあったのも。

 

 全ては確たるものが定められていないが故――だからこそ、カークは何者にも染まれるのだ。

 

 

「これでは……俺たちの時代と何ら変わらんではないかッ!! 何のためにあんたの王道(みち)が切り捨てられた! 何のために俺たちは、不承不承ながら、あの『灰燼』(スタクティ)の新世界開闢を了承したというのだッ!?」

 

 

 それでも――吐き出す言葉だけは、嘘偽りない真実(カークの本音)だった。

 天井知らずの怒りと憎悪――この『アルスト』という第三の時代に向けられた、極大の負念を放出し、それを言葉と共に魔人(スタクティ)へと叩きつける。

 必然、注がれた負念を薪に変え、黒炎の如く盛る闇と共に、魔人がさらなる咆哮(さつい)を轟かす。

 それは消えゆく自我(スタクティ)の断末魔であり、これより出でる自我(■■■■■■)の再誕を示す産声でもあった。

 

 いよいよ刻は近い――焦がれて止まなかったあの男が。真の救済者が、再び現世(セカイ)に降臨する。

 真実無謬をもたらすべく、無垢なる地平をこの世に顕現させるべく――殺戮の救世主が復活する。

 

 

「だからよ――あんたの目で見定めてくれッ! この世界が存続するに能うか、否か!

 それに値するなら俺も納得しよう! この時代にまで残り続けてしまった『火の時代』の残滓として消え失せよう!

 だが、あんたがこの世界を赦せぬと言うのなら――もう1度やり直してくれ。殺戮の地平を――大殺戮(大浄化)を!」

 

■■■■■■■■■■■■――ッ!!!

 

 

 殺意が――湧き出る。

 憎悪が――溢れ出す。

 怨嗟の咆哮を轟響させて、この世全てに対する負念を撒き散らす。

 

 

 憎い――憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す――。

 

 

 方向性の定まらない、ただ世界に向けて放たれる負念の奔流。

 それに比例して闇の同化も早まり、深淵の侵蝕による『スタクティ』という人格の抹消は、もう目前にまで迫っていた。

 あと少しで完成する。焦がれた男が、再び目を覚ます!

 噴き上がる歓喜の情を抑え込み、完成を確実なものへと至らしめるべく竜たちに命を下し、彼らの必殺の一撃(ドラゴンブレス)で最後の仕上げをしようと決めて。

 

 

「――ん……?」

 

 

 その瞬間(せつな)――カークの視界に何者かの姿が映った。

 フレースヴェルグ村の正門から出てくる輩共。そんな彼らの姿には見覚えがあった。

 

 亜人の娘(ニア)丸い怪生物(トラ)大柄な筋肉爺(ヴァンダム)

 白い虎(ビャッコ)機械仕掛けの小娘(ハナ)赤い鳥人間(スザク)

 この6人までは良かった。だが、その6人の後に続いて出て来た2人を見て、カークは一瞬、己の双眸を疑った。

 

 

(――()()……!?)

 

 

 その瞳に映ったのは“青”と“赤”――レックスとホムラの2人だった。

 『命の共有』という2人の間にのみ存在する特性をカークは知らないが、あの瞬間ホムラを貫き、それに続いてレックスの魂魄(ソウル)も弱まったのを感じ取り、結果2人は諸共に死んだと知覚していた。

 正しくは、死の間際に追いつめられたのだが、あれだけの致命傷を受けて助かる見込みなどないと判断し、故にそのまま放置して、こちら(スタクティ)に専念し始めたのだが……

 

 

(ソウルの鼓動が戻っている……回復したというのか、()()()()から――ッ!?)

 

 

 不死人ですら、1度死を経てようやく復活できるのだ。当然その際、ソウルの鼓動は無に帰し、最悪取り込んだ全てのソウルを失って、己の真核(ソウル)だけが残る。

 だと言うのに、何だこの2人は。その跡が全く以て存在しない!

 死を経ず、死の淵から蘇ったとでもいうのか。まるで()()()()の手引きによって、今の状況にまで至ったようではないか!

 

 真実は分からず、この状況では知りたいとも思わない。

 だが、明確なのはただ1つ――魔王復活のために注がれていた極大の殺意と敵意が、2人の少年少女(レックスとホムラ)に向けられたことだ。

 憎い。あの2人が――()()3()()が憎い。

 例え中身は異なれども、同じ顔をしたアレ(スタクティ)を堕落させ、王の名を汚させた塵屑共。

 やれ娘だ、やれ父様だ、家族だと互いをそう呼び合い、偽りの家族ごっこに興じさせた愚者共――!

 

 

「――貪食。眠り竜。貴様らは王の復活に注力しろ。

 ……俺は――不安要素(ごみくず)共を排除する」

 

『――』

 

『……』

 

 

 意思なき竜たちに是非を問う意思も意味も無く、ただ仮初めの主たるカークの言に従うのみ。

 酸の濁流、毒炎の奔流を吐き出しながら、剥き出しの負念と共にスタクティへと向かう双竜。

 そして彼らの背より飛び降りて、凶棘の黒騎士は凶刃を手に――再び彼らの前に立ち塞がる。

 

 

 

 

 

 

『――貴様らぁああああああああああああああああああああッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その光景は、まさに死地と呼ぶに相応しい凄惨さに満ちていた。

 

 毒炎により木々や岩は侵され、酸を浴びた大地より草木は失われ、不毛の地へと変貌している。

 あちこちには破壊の跡。火炎弾を叩き込まれたような黒ずんだ跡は、あの3匹の竜のいずれかがやった結果なのだろう。

 人の踏み入るべきではない殺戮舞台。悪鬼羅刹の住まう地の獄、その両端にて睨み合う――魔人と双竜。

 

 

「クソッ……もうだいぶ進んでやがるか――!」

 

 

 戦場に残る跡を見て、ヴァンダムはそう察し、忌々しげに舌打ちする。

 それに、直接向けられているわけでもないのに、息苦しさを覚えるこの感覚から察するに、いよいよ連中の計画とやらも大詰めなのだろう、と。

 そんな予測を立てながら周囲を見回すヴァンダムとは別に、レックスとホムラは双竜と魔人を交互に見比べ、やがてその視線を魔人の方へと戻した。

 

 噴き出る闇の瘴気は完全に彼の長躯を覆い、霧状だったそれは固まり、ぴたりとスタクティの体躯に張り付く形で同化している。

 闇を纏う人間(ヒトガタ)か、それとも人の形(ヒトガタ)を模した闇そのものか。

 どちらであれ、最悪の状態であることに違いはなく、今も魔人は負念を孕んだ咆哮を上げ、絶望の唄を奏で上げている。

 

 

『■■■■■■■■■■■■――ッ!!!』

 

「……っ、村の時よりも酷い――本当にアイツを戻せるの、レックス、ホムラッ!?」

 

「……」

 

「……っ」

 

「ア――アニキ? ホムラちゃん? どうしたも……?」

 

 

 悍ましい絶叫を喉奥より迸らせて、怨嗟を謳う黒き魔人。

 その姿を見て、誰もが恐怖を抱き、忌諱の目を向けるであろうが、今の2人が感じているのは、それとは全く異なる感情(おもい)だった。

 

 

「……レックス」

 

「うん――……()()()()()

 

 

 “絶叫に隠された小さな慟哭”――それは、憎悪や怒り、殺意などの負念に埋もれ、埋没していた彼の悲鳴を指していた。

 親を見失い、彷徨う子供のように――両者の関係を考えれば、寧ろ立場は逆なのだが、大切な誰かを失い、その面影を求めて叫ぶ姿はひどく悲しげで、恐れよりも悲哀を感じて止まない。

 

 それはニアやトラ、ヴァンダムたちでは感じ取れないもの。

 2人がそれを知れたのは、あの虚空領域にて邂逅した騎士の言葉を直接受けたのもあるが、その最たる要因は、やはり彼との間に結ばれた繋がり(キズナ)――『ソウル』であろう。

 

 胸の奥、そのさらに深奥より溢れ出る感情(おもい)

 大海の底よりなお冷たく、降りしきる豪雨のように止まない悲哀の慟哭。

 

 

 “■■■……■■■■……■■■……”

 

 

 それは言葉として成立する前に崩れ、意味を失い、獣の声と成り果てる。

 それでも込められた感情までは死なず、それらは漂い、流れに乗って、今や唯一の行き場となったレックスとホムラの心中へと流れ込んて行くのだ。

 

 『呼び声』――子が親を求めるように、親もまた子を求める。

 喪失の大海に沈み、真っ黒となった視界(セカイ)の中で、今も彼は探し続け、求め続けているのだ。

 愛しい我が子。愛しい我が娘。最愛たる子らよ、どこにいる。

 私を置いていかないで。私を孤独(ひとり)にしないで。

 

 誰か――誰か――応えて……!

 

 

「――……っ!」

 

 

 絶えず続く父親(スタクティ)呼び声(どうこく)が、ホムラの胸内を強く締めつける。

 完全とまではいかずとも、ようやく記憶を取り戻し、本当の意味で自分を娘と迎えてくれた彼が味わった喪失は、果たして如何ほどのものだったのか。

 共に血は繋がらず、それどころか生物としての種さえ違うというのに、本物の家族のように扱ってくれた。

 その彼が、目の前でそう呼び、愛おしく思っていたレックスとホムラ(じぶんたち)を失った悲しみは、どれ程に深いものだったのか。

 

 この慟哭さえも、その悲しみの一端でしかない。

 止まぬ豪雨を止めるために。荒れ狂う波濤を止めるために。

 行かなければ――そして伝えなければならない。

 “私たちはここにいる”――と。

 

 

 

 

 

 

『――貴様らぁああああああああああああああああああああああああッ!!』

 

 

 

 

 

 

 ならばこそ、行く者があれば阻む者もあり。

 憤憎の限りを尽くした咆哮を上げて、黒き鉄塊が彼らの前に降り立つ。

 踏み締めた大地を砕き、吹き出た土煙を裂いて姿を見せたのは、あの凶棘の黒騎士――カーク。

 顔はやはり棘だらけの兜に覆われて見えないが、兜越しでも分かるほどに、今の彼は、その顔を憤憎の二色に染めていた。

 

 

「――お前……!」

 

塵屑(ガキ)共が……何の用だ……貴様ら如き、もはや出る幕ではないというのが分からんのか――!」

 

 

 圧倒的な殺意の波が放たれ、レックスたちに叩き込まれる。

 耐性のない者ならば発狂し、最悪それだけで死に至るほどの絶大な負念。漆黒の覇気。

 幾千幾万の戦場を越え、それを遥かに上回る数の命を奪い、糧と変えた者にのみ許される気迫(オーラ)

 『闇の王』には及ばずとも、カークもまた彼と同系統の存在。憧憬の王、その写し鏡とも言うべき男を堕落せしめた2人を許せる筈がなく、故に叩き込まれる負念は最大のものだ。

 

 だと言うのに――

 

 

「――()()()()()ッ!!」

 

「――っ!?」

 

 

 だと言うのに、何故そんな言葉を吐ける。

 どうして正気を保ち、狂い死ぬことなくそんな目を向けられる――!

 

 

「お前の事情なんて知るもんか! オレたちは、オレたちのやりたいようにやる! それを――お前なんかに止められてたまるか!」

 

「このッ――ガキが、戯言を吐くか……!」

 

「戯言だろうと何だろうと構わない! オレは――オレたちは、()()を取り戻しに行くだけだッ!」

 

「家族――」

 

 

 その一言で、ただでさえ溢れて止まなかったカークの激情がさらなる勢いを得た。

 噴火や波濤どころではない。星が内奥より爆ぜるが如く、生じた激情は放出し切るよりも早く膨れ上がり、彼の肉体と精神、その魂魄に至る全てへ駆け巡り、侵し尽した。

 

 あとはどうなるかなど、訊くまでもない。

 1つの感情に支配された者の末路は――狂気(ぼうそう)だ。

 

 

「家族――家族、家族、家族、家族……! ふざけるなよ貴様ら……島擬きの獣より生じた(あか)の如き人間が……元を辿れば鉄の身体に雷の脳髄しか持たぬ人間紛い(ブレイド)が――何を根拠にアレを家族と呼ぶッ!!」

 

『――っ!!』

 

「ふざけるなよ貴様ら……ふざけるなよ貴様(てめぇ)ら……例え顔が同一なだけで、中身はまるで違うものだとしても、アレは紛れもなく俺たちの王、その別側面(えだわかれ)! 貴様(てめぇ)ら如きが、軽々と家族と呼んでいい奴じゃねぇんだよ……!」

 

 

 口調が荒くなり、言動そのものまで棘を帯びたかのような禍々しさに包まれる。

 レックスとホムラがスタクティを大切な家族と認識しているように、カークもまた、崇拝する王本人ではなくとも、その別側面である彼には一定の評価はあったらしい。

 それを堕落させ、腑抜けさせたならば何人であろうと許さない。

 唯一絶対は『闇の王』だが、彼らにとって『王』とは特別な意味を持つ称号であり、存在だ。

 そんな彼を只人の如く貶め、それを悔いることなく寧ろ正当に通そうとする態度が、カークの逆鱗に触れた。

 

 

「塵屑が……そうだ、塵屑だ。塵屑ならば掃除しなくてはな……もうすぐ目覚めの刻だというのに、目覚めて早々塵を視界に映したら、あいつも気分が悪くなるだろう。ああ――それがいい。掃除しよう……殺そう」

 

 

 もはや誰に対して言うのでもなく、己に言い聞かせるようにカークはぶつぶつと唱える。

 ()()()――と。そんな音色が響いてきそうな素振りで剣を構え、剥き出しの殺気をその刀身に纏わせ、レックスたちと相対する。

 

 ――だがそれを、馬鹿正直には応じぬ者が1人――否、2()()いた。

 

 

「――()()()ッ!」

 

「おうよ、()()()()()――ッ!」

 

 

 飛翔する赤翼の鳥人。

 その彼目がけて手にした双鎌を投擲し、飛翔の最中に鳥人の両手がそれらを受け取り、柄頭を連結させる。

 双鎌ならぬ双刃鎌。他に例を見ない奇怪な双身武器をブーメランのように投擲すると、双刃鎌はカークを切り刻みながら周囲に暴風を巻き起こし、風の刃が狂い舞う嵐の牢獄を創造する。

 

 

「「おおおおおおおおお――《クリムゾンストーム》ッ!!」」

 

 

 旋回し、再び手にした双刃鎌による大振りの袈裟切りでカークに一撃を見舞いつつ、ヴァンダムは棘騎士を睨み据えながらレックスとホムラへと叫ぶ。

 

 

「――行けッ、レックス、ホムラ!」

 

「ヴァンダムさん!」

 

「この訳の分からん棘野郎は俺たちが引き受ける! ……ニア! トラ! お前らもそれでいいな!?」

 

「ああ! レックス、ホムラ――スタクティのこと、頼んだよッ!」

 

「トラたちに任せて、アニキたちは早く行くも!」

 

「ニア……トラくん……」

 

「――急げい、レックス! 皆の気持ち、無駄にするでないぞ!」

 

 

 ここでようやくヘルメットの中から復活し、飛び出たセイリュウが最後の一押しとばかりにレックスに檄を飛ばす。

 そうだ。今回は相手を倒すのが目的ではない。

 何よりも優先すべきは、彼を――スタクティを助ける(すくう)ことだ。

 カークの強さは、まだ底が知れず、下手をすれば先の自分たちと同じ末路を皆に辿らせてしまう可能性さえあった。

 それでも、それを承知でヴァンダムはレックスたちに「行け」と告げたのだ。

 

 大事なモノを取り返せ。大切な人を失うな――!

 これは、奪うための戦いではない。これは――“守る”ための戦いなのだ!

 

 

「――レックス」

 

「ホムラ――ああ……行こう!」

 

「――はいっ!」

 

 

 皆の思いに応えるように、2人は一切の迷いを捨て、背を向けて走り出す。

 その姿を暴風の獄より見ていたカークは、行かせるかと怨嗟を吐きながら、盾を括り付けた左手を黒炎を宿し、それを地面に叩きつけ――呪術『黒蛇』を這わせ、レックスたちを捉えんとした。

 

 

「させないよ――ッ!」

 

 

 それを遮ったのは、ビャッコに跨り、ツインリングを振るうニア。

 闇を主体にするとはいえ、根本は呪術である『黒蛇』が水に勝る道理はなく、特別強力というわけでもないソレは、ビャッコの纏う水のエーテルとニアのアーツでかき消され、レックスたちを捉え損ねたという結果だけを残し、消失した。

 

 

「おおおおおおおおぉ――ッ!!」

 

「――っ!」

 

 

 力強い雄叫びを伴わせ、今度は双鎌を掲げたヴァンダムがカーク目掛けて切り掛かる。 

 双鎌の刃が鎧に届くよりも早く盾を翳し、剣を構えて受け止めると、両者は向かい合う形で硬直し、己の得物越しに互いを睨み、その感情をぶつけ合った。

 

 

「貴様ら……! どいつもこいつも、蝿のように湧いてきやがって……!」

 

「はっ! ならそう言うてめぇは、蝿にたかられる糞山ってか!? いいじゃねぇか、お似合いだぜ?

 ――漂わせる臭い(ソレ)が、血臭じゃなけりゃの話だがな」

 

「あ……?」

 

「傭兵稼業が長ぇと、必然と分かっちまうんだよ。――てめぇ……これまでに何人殺した? 血臭の濃さから察するに、ここ最近も殺したばかりだろう……」

 

 

 ヴァンダムの声が重みを帯びる。

 それは今までに聞いたことのない、真の戦場を知る者の声であり、言葉であった。

 そして何より、その声には――明確な怒りの感情が宿っていた。

 

 

「てめぇ、『白王』を――『ロイエス村』の連中をどうしたッ!!」

 

「――殺したよ」

 

「――ッ!?」

 

 

 あっさりと、まるで呼吸でもするかのように軽い声音で、カークはヴァンダムの問いに答えた。

 この反応には彼だけでなく、ニアやトラ、ビャッコやハナ、スザクさえも絶句し、カークという男の人間性を疑わざるを得なかった。

 

 

「殺したよ。村人全員、例外なく。150人を1人1人、俺の手で直接殺してやった。

 ……『白王』と奴の飼い虎3匹は少々手こずったが、期待していた程ではなかったな」

 

「な……ぁ……てめぇ……!」

 

「何だよ。訊いて来たのは貴様だろうが。それとも何だ? たかだか150人()()を殺されて、まさか狼狽えているとでも言うのか?

 ……俺はもう昔と違って、趣味趣向で殺戮をするわけじゃあないが、この程度で動揺する様じゃあ、戦士としての程度が知れるぞ?」

 

 

 先程までの怒りと憎悪はどこやったのかと言わんばかりの、恐ろしいまでの冷淡な口ぶり、

 さもそれが当たり前のように言うカークに、動揺の後、腹底より込みあげてくる怒りを悟って、ニアとトラたちがカークを睨みつける。

 だが、それ以上に怒りを示したのは――他でもないヴァンダムだった。

 

 

「……そうかよ。何となくは分かってちゃいたが……てめぇがそうなのか……!」

 

「だからどうした? 貴様の抱く憤憎など、あのガキ共に抱く俺のものと比べれば、クソにも劣る極小だろうがよ……!」

 

「抜かせ! 怒りと憎しみのデカさを比べて誇る奴こそ――どうしようもねぇクソ野郎だろうがァッ!!」

 

 

 怒りが満ちる。怒りが迸る。

 互いに譲れぬものがあり、許容できぬものがある。

 そうして互いを受け入れず、拒み続けたその先にこそ――

 

 

「礼を言うぜ、トゲダルマ――これでてめぇを、心おきなくぶん殴れる……!」

 

「やってみろよ、筋肉ダルマ――『皆殺し』のカークの名に賭けて、貴様は俺が殺してやろう……!」

 

 

 真正の殺し合い――本物の闘争(たたかい)があるのだ。

 

 

 

 




 補足しますと、カークの言っていた『一千億年』という時間は、ダクソ世界の繰り返しを含めた上で経過時間でして、それを差し引いた時間は数億か数十億年程度になります。
 次回でカーク戦決着予定です。

 皆さんの感想お待ちしております。

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