Xenoblade2 The Ancient Remnant   作:蛮鬼

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 お待たせしました。今回はシリアス成分多めにお届けする予定です。


38.焔と光と滅と……

「――いやはや、時の流れというのは本当に恐ろしいものだな」

 

 

 しんみりとした様子で、女騎士(スタクティ)がふとそんな呟きを漏らした。

 腰まで届く1本に結わえた黒髪を、その髪型の由来通り仔馬の尻尾(ポニーテール)のように揺らしながら呟く彼女の前に見えるのは1人の老人。

 背丈はヒカリと大差なく、しかし全盛時の姿を知る彼女にとっては、時の流れの残酷さを示す証となっていた。

 ……尤も、そう思うのは相手方(コール)も同じことだったのだが。

 

 

「いやいや、それはこちらの台詞だぞ。まさか……あの時沈んだ筈のあんた――いや、貴方が復活されていたとは……しかも性別すら変わって」

 

「いや、これには深くも浅い複雑な事情があってな。……あと、尊称や畏まった話し方は不要だ。かつてのように接してくれると、私もありがたいのだがね、ミノチ(コール)

 

「そうか。では、お言葉に甘えて。……で、性別が変わったことも含めて、一体何があったんだ?」

 

「ああ。それは――」

 

 

 スタクティは語った。500年前の大戦後、自分がどうなったのかを。

 雲海深くで朽ちていたところをレックス――現在のホムラとヒカリの同調者(ドライバー)に引き上げられ、神としての記憶を失った状態で1年の間、彼の下で暮らしていたことを。

 そして数日前、シン率いる武装組織『イーラ』の依頼でとある古代船を探索し、そこでホムラ(ヒカリ)と再会したことを。

 最後に、自分自身(スタクティ)の正体――数十億年前にこの星で栄えた文明の生き残り。『火の時代』なる時世より生きる不死生命体『不死人』のことを。

 

 性転換についてはおまけ程度に済ませ――それでもやはり呆れの混じった目で見られたが、語るべき全ての内容を明かしたところでコールは顔を僅かに俯かせ、顎に手を添えて考え込むように小さく唸った。

 

 

「そうか……そんなことが……」

 

「信じて、くれるのか?」

 

「全部とまではいかんが……特に、あんたの正体……不死人、だったか? ブレイドでも人間でもない、幾度死のうと蘇る者がいたなど……しかもそれが、数十億年前より生きて、神の片割れとして在ったとは――」

 

 

 俄かには信じがたい――そう言いたげな表情を浮かべるコールに、スタクティは苦笑と共に頷き、傍らに立つヒカリを見た。

 視線を向けられた彼女も同様に苦笑し、それが然して重要ではないことを伝える。

 

 

「確かに、父様は人間でもブレイドでもないわ。でも、私たちの父様であることに変わりはない……でしょ、父様?」

 

「ヒカリ……」

 

「……そうだな。如何なる形であれ、あんたたちの再会をわしは祝福しよう。……良かったな、2人とも」

 

 

 本当に、良かった――。

 

 2人が初めて出逢ったのは、まだメツとの戦いの最中だった。

 決戦を翌日に控えたヒカリたちの下へやってきたスタクティは、偽名を名乗り、身を偽ってまで彼らの戦陣に加わり、翌日の早朝、単独でメツを討つべく先行し、凄絶な戦いをメツと繰り広げた。

 後のことは後世に遺された伝説が語る通りだ。暴走したヒカリを止めるべく身を盾とし、残る力で天を埋め尽くすメツの黒鉄の僕(ガーゴイル)を殲滅し、『イーラの巨神獣』と共に雲海の底へと消えた。

 

 その終末に至る間、2人が互いを父娘と認識し、触れ合った時間は皆無だった。

 最期の時に交わした言葉すら、触れ合いと呼ぶには程遠い。

 だからこそ、コールは心より嬉しく思った。

 あの2人が再び巡り会い、今度こそ父と娘として言葉を交わし、共に在る今を。

 

 例え奇妙奇天烈な理由で諸々が変わっていようとも、神たる鎧王の正体が歪なる不死の怪物だったとしても。

 今はただ、彼らの在り様を心より祝福したかった。

 

 

「――ヒカリ。件の方法、『世界樹』へ至る手段は聞かせて貰えたのか?」

 

 

 凛とした声を響かせて、スタクティがヒカリに問う。

 その問いにヒカリは首を縦に振って肯定し、詳細を彼に語る。

 『世界樹』へ至る方法を知る唯一の男――その言葉を聞いた時、女騎士(スタクティ)の美貌が僅かに歪み、双眸に険しいものが宿ったような気がしたが、それもすぐさま消え失せた。

 

 だが、彼の正体を思えばその反応は必然なのやもしれない。

 『世界樹』へと到達法を知るということは、つまり神域へ到達した経験があるということ。

 神の領域を侵す術を持つ者の存在を快く思わないのは、当然と言えば当然のことだった。

 

 

「……その男の正体が何者であれ、『世界樹』へ至る術を知る以上、会わねばなるまい。

 あの巨樹への道を遮る3つの障害、その1つを取り除くためにもな」

 

「3つ? ……ああ、噂に聞く赤竜と黒竜か。あれは(デバイス)とは違い、完全な生物だ。独自の意思を持つ。

 あればかりはどうしようもできん……と言うよりも、アレらは巨王(あんた)の眷属だと聞いたぞ。

 寧ろあの2匹は、あんたの方がどうにかできるんじゃないのか?」

 

「残念ながら、そうもいかない。そもそも眷属というのは、世間における呼び名に過ぎない。

 ヒカリのように(デバイス)を自在に操れるわけではないので、私個人ではあの双竜の対処は難しい。

 全盛には程遠い現状では、力尽くでの強行突破もできない」

 

 

 ヒカリの僕を用いて、彼らを撃ち落とすという手もあるが、スタクティはそれを最初の段階で手段から除いていた。

 あの故も分からぬ力――かつて旧世界を蒼光で染め上げ、旧人類滅亡の切っ掛けを作った『扉』(ゲート)に通じる異端の力。

 アレを使うための術は皆目分からないが、そもそも使う気すら毛頭ない。

 あの力は、最愛なる娘のトラウマ。拭い切れぬ悪夢の残滓そのものなのだ。

 後世にまで語り継がれる凄惨な結末を生んだ力など、使わせるつもりはないし、絶対にさせない。

 そして(デバイス)――旧人類の遺産の1つたる鋼の天使たちさえも、例外ではない。

 

 大戦に通じる全て――あの娘の悪夢に繋がるあらゆる要素は、可能な限り取り除いてあげたい。

 過保護に過ぎると言われればそれまでだが、それでも……

 

 

(それでも私は、もうこの娘たちの泣き顔は見たくない……)

 

 

 それにあの双竜は『火の時代』、つまりこの一行内ではスタクティにのみ関わりを持つ者たちだ。

 本来あり得ざる怪物の対処は、同じ時代の出である者が対処するのが筋というもの。

 そしてそれ以上に、スタクティはあの2匹を対処できる術――空飛ぶ竜を射ち落とす者を知っている。

 

 

「対話で解決するならば、それに越したことはないが、竜種という生命の性質を考えるに、それは難しい。

 故に、再び相対する前に会っておかねばならない者がいる。空飛ぶ竜を射ち落とす『弓兵』にな」

 

「『弓兵』?」

 

「『鷹の目』ゴー――巨人族と呼ばれる巨躯の種族、その中でも最たる狙撃技術を有した弓使い。

 彼ならば、万が一の事態に陥った際、あの2匹を対処してくれるだろう」

 

 

 彼の所在は今のところ掴めていないが、世界各地に散らばる眷属に尋ね訊けば、いつか彼の居場所を知れる筈だ。

 僕『サーペント』、赤竜『ヘルカイト』、黒竜『カラミット』――。

 始まりの地たる『世界樹』への道を遮る番人たち。彼らを除き、かの地へ辿り着くための算段は着実につけられていく。

 言葉が1つ紡がれる度、コールは改めて、ヒカリとスタクティが本気で『世界樹』を目指していることを感じ取った。

 

 共に肩を並べ、戦場に立った者たち。

 かつての戦友たちの目指すものを真に理解し、老いたブレイド(コール)はいよいよ自身も決意を固め、彼らに協力すると誓う。

 

 

「――分かった。力を貸そう」

 

 

 誓いの言葉を口にし、いざ動かんと踏み出した、その時。

 

 

「っ、げほっ……えほっ……!?」

 

「ミノチッ!?」

 

「大丈夫!?」

 

 

 激しく咳き込むコールに手を伸ばし、支えるスタクティ。

 ヒカリは彼の背に手を当て、少しでも和らげようと擦り続けた。

 少しして、部屋の外側で内部の状況を察したらしいレックスたちが扉を開けて入り込み、その内の1人――イオンが彼の下へと駆け寄った。

 

 

「おじいちゃん!」

 

「だ……大丈夫、だ……すぐ、治まる……」

 

 

 口ではそう言うも、身体の方はそうはいかない。

 誰の目から見ても今のコールの容体は芳しくなかった。

 それでも皆に、特にイオンを落ち着かせるために「心配ない」と何度も口にし、その度に小さな咳を吐き続けた。

 

 

「……こりゃぁ、今日は引き上げた方が良さそうだな」

 

 

 彼の様子を見て、そう判断したのはヴァンダムだった。

 長年の知己である彼の容体を優先し、他の皆にも視線を向けると、レックスたちもそれでいいと小さく頷き、彼の判断に従う姿勢を見せた。

 

 

「す、すまんな……良ければ、明日……また来てくれ」

 

 

 再び咳き込むコール。

 それを機にヴァンダムが「行くぞ」と呼び掛け、レックスたちはコールとイオンの2人を残し、座長室を後にした。

 

 

「……ミノチ」

 

 

 最期に1度だけ、スタクティは後ろを振り返る。

 その耳内には古き友の、病に侵された声音だけが木霊し続けていた――。

 

 

 

 

 

 

 彼らが去って後、容体が治まったコールは1人、座長室にて立っていた。

 洋灯に照らされた机。細かな言葉の羅列が書き綴られた紙面の上に置かれているものは、古びた1本の武器。

 短剣にも見えるソレを見下ろして、1人沈黙の内に耽るコール。

 そんな彼は、だが己の後ろより迫る何者かの気配を感じ取り、深めに被ったフードの下で顔を上げると、まるで懐かしむような声を上げて、後ろに立つ者たちに向けて言った。

 

 

「……本当に、今日は懐かしいことばかりだ」

 

 

 振り向いた先、そこに居たのは青と黒の鎧。

 先日フレースヴェルグ村にてレックスたちを襲った青年、ヨシツネ。

 そして同じく、古代船にてレックスたちと戦った黒鎧の大男、メツ。

 その片方――メツがコールの言葉を受けて後、肩を竦めながら一歩踏み出て、彼に向けて言い放った。

 

 

「――言っとくが、同窓会をしたくて来たわけじゃねぇぜ?」

 

 

 変わらぬ荒々しい言動。けれども力尽くでどうこうしようという意思はないらしく、纏う空気も以前とは異なり穏やかなものだった。

 

 

「“天の聖杯”なら、もう旅立ったよ――同じ“根”を持つ者よ」

 

「フッ、抜け抜けと……」

 

 

 見え据えた虚言に対し、メツは鼻を鳴らして彼を嘲笑う。

 一方、それまで沈黙していたヨシツネは眼鏡の奥で鋭く眼光を輝かせ、コールの老いた肉体をじっと見つめ続け、やがてその口を開いた。

 

 

「――随分とお身体の具合が悪いようですね。この街には、良い医者も、力を持ったブレイドもいないようだ」

 

 

 先日とまるで変わらぬ慇懃無礼な物言い。

 表面上こそ相手を労り、心配しているかのように聞き取れるが、その内側にはコールの安否を思う気持ちなど微塵もなかった。

 

 

「僕とカムイなら、その身体に滞ったエーテルの流れを正常に戻せる。

 あなたの命を永らえさせることができるんです」

 

 

 “命を助けてやる。だから“天の聖杯”の居場所を教えろ”

 暗にそう告げてくるヨシツネに対し、コールが示した反応は1つ。

 

 

「己の生に固執することなど、もうあり得んよ。わしは充分に生きた」

 

 

 再び見えた戦友を裏切るなど当然あり得ないが、同時にコールにはもう、これ以上生に対する渇望と執着はなかった。

 核たるコアクリスタルを破壊されない限り、幾度でも蘇り、永劫を生き続けるブレイド。

 その変異体――『マンイーター』と呼ばれる忌み者であるコールには、もはや永劫の命は失われている。

 それでも500年生き続けた。限りある命と化し、それでも充分過ぎるほど永い時を生きて、多くを知り、見て、感じてきた。

 だから、もういい。これ以上の生を望んだところで何になろうか。

 

 

「引き取った難民の子供たちが悲しみますよ?」

 

「……子供たちは、皆強い子だ」

 

「っ……茶番ですね。この上もなく陳腐な台詞だ」

 

 

 子供たちを出しに使うも、それもバッサリと両断され、微笑を絶やさぬまま軽く舌打ちするヨシツネ。

 これ以上問答を重ねたところで無意味と悟り、退室を促すようメツに視線を移すと、メツはその大柄な体躯を揺らし、扉を開けて通路に出ようとして、

 

 

「――そうだ。ミノチ」

 

「ん……?」

 

 

 不意に呼び掛けられ、反射的にそちらの方角を向くコール。

 顔は後ろ向きゆえ見えないが、何故かよくないものを聞かれる――そんな予感がコールにはあった。

 

 

「――()()()()()()()()()()?」

 

「――!」

 

 

 予想は当たった。

 もう1人の“天の聖杯”に執着するメツ。

 如何なる理由があって彼女を求めるのかはさておき、その問いに口にするだろうことは、コールも少なからず予想できていた。

 

 大戦における決戦時、血で血を洗う親子同士の殺し合いを演じたメツとスタクティ。

 あの様子から察するに、メツはスタクティに対して並ならぬ執念を抱いている。

 片割れの復活に際し、各地で動きが活発化した『巨王の眷属』の様子を見て、巨王も復活しているのではと予想を立てているのではと思ってはいたが、まさかこうも単刀直入に聞いて来るとは……。

 

 そして、すぐさま返答せず、驚愕を露わにするコールの様子から全てを察したらしく、メツはヨシツネを引き連れ、座長室を後とした。

 

 

「……これは、かなりまずいことになるぞ……スタクティ」

 

 

 呟くコールの不安を具現するように、その夜、とある1つの出来事が生まれた。

 コールの引き取った難民の1人――イオンが姿を消したのだ。

 

 

 

 

 

 

 柔らかな風が、2人の頬を撫でる。

 澄み切った青空。風になびく草原。立ち並ぶ森林。

 白い住居が立ち並ぶ光景を一望できる丘。そこで彼女たちは並び立ち、広がる景色をその瞳に映していた。

 

 

「もう大丈夫なの?」

 

 

 仮初めの景色から目を離し、傍らに立つ赤き少女の方を向きながら問うヒカリ。

 その問いに、ホムラは小さく頷き、微笑みと共にヒカリに「ええ」と返した。

 

 

「ありがとうございます、ヒカリちゃん」

 

「別にいいわよ、お礼なんて。……でも、一体何を見たの? 前に父様を助けた後も同じような反応を見せたけど、さっきのはそれ以上だった」

 

 

 駄目元で尋ねるヒカリに、しかしやはり、ホムラは言葉を濁して答えようとしない。

 否、答えようにも答えられないのだ。

 あの悍ましい()()。怨念の塊の如き、黒く恐ろしい魔性じみたモノを例える言葉が見つからず、そして口にすることさえ恐怖のあまりにできない。

 

 思い出すだけで、またあの声が響いてくる気さえ感じられる。

 悍ましの怨嗟から逃れるべく、再びその細腕を己の身体に回し、顔を青ざめさせていくと――

 

 

「……!」

 

 

 己の身体を引き寄せ、柔らかいものが包み込む感触があった。

 震えるホムラを、ヒカリが抱き寄せたのだ。

 彼女があの時何を見て、何を知ってしまったのか。

 それを知るには、直接見たホムラに聞くしか方法はないのだが、だからと言って無理に聞き出すつもりもヒカリにはなかった。

 

 けれど、何気ない問いが彼女を怖がらせてしまったのは事実。

 ならせめて、その震えが鎮まるまで共に在ろう――。

 それゆえの抱擁は温かく、その温もりに甘えるようにホムラも身を預け、柔らかな胸に顔を埋めていると……

 

 

「――へぇ。ようやく()()()も目覚めたのかよ」

 

 

 後方――大樹のある方角より、1つの声が響く。

 聞き慣れた、けれど願わくば聞きたくなかったソレを耳にし、ホムラとヒカリは互いに離れ、同じ方角に目を向けると、その真紅と黄金の四眼にて、大樹に寄りかかる声の主の姿を映し捉えた。

 

 

「――メツ」

 

「どうして、あなたがここに……」

 

「おいおい、何だよその言い草は。俺にだって『ここ』に来る()()ぐらいはあるんだぜ?」

 

 

 メツが『ここ』と称した場所――ホムラとヒカリが構築し、造り上げた仮初めの『楽園』。

 あの日、初めて彼女たちがレックスと出逢った場所であり、いつか至る約束の地。

 そこに異物であるメツの到来に、顔を僅かに険しくさせるも、当のメツは悪びれる様子は一切見せず、寧ろここに来れるのは当然であると断言した。

 

 

「――ミノチのところのガキを預かっている」

 

「「――!」」

 

 

 唐突の言い放たれた言葉に、2人は同時に目を見開いた。

 その反応を面白そうに見て密かに笑うと、メツはさらに言葉を続けた。

 

 

「“お前が目覚めた場所”まで来い。……覚えているよな?」

 

「……っ」

 

 

 “お前が目覚めた場所”――この場合の“お前”が誰を指し示しているのか、この3人の間では分かり切っていることだった。

 そして先の言い振りから、メツはミノチ(コール)の子を人質に取っている。

 狙いは言うまでもなくホムラとヒカリ――“天の聖杯”。

 だが、彼が求めるものは、彼女たち2人だけではなかった。

 

 

「それから1つ……聞いておきたいことがある」

 

「……何よ」

 

「――親父は傍にいるのか?」

 

「――!?」

 

「っ、何で……?」

 

「……やはりか。ミノチの奴も、似たような反応を示してたからな」

 

 

 先までの余裕さえ感じさせる佇まいが一変。

 不快さと苛立ちで顔を染め、双眸に一層鋭利な眼光を宿し、彼女たちを強く睨み据える。

 あの時と同じだった。500年前と変わらず、メツは今もあの人を――実父(スタクティ)を追い求めている。

 

 

「一体いつからだ? 俺たちとの戦いから逃げ去ってすぐか? それともこの巨神獣(インヴィディア)に着いた後か?」

 

「あなたに、答える義務はないわ」

 

「そうかよ。……ならこっちも、相応の手を取らせて貰うぜ」

 

 

 寄りかかっていた大樹から背を離し、ゆっくりとした足取りでメツが彼女らの下へと歩み始める。

 この場にいる以上、物理的な接触を行ったところで現実には影響しない。

 それは彼も分かり切っているだろう。ならばこそ、口にした『相応の手』とやらが気になる。

 警戒を露わにし、互いをいつでも庇えるよう整えると、縮まる距離に比例して、徐々に近づいてくるメツを強く睨みつけ。

 

 そして――。

 

 

 

 

 

 

 ――()()()()、と。

 

 

 湿りけのある泥が流し込まれたような、そんな得体の知れない不快感が3人を襲った。

 澄み渡る青空も、風になびく草原や森林にさえも変化はない。

 だと言うのに、明確な差異だけが認識できる。

 ()()()()()()――形容し難い現象発生を察知し、より強くなる不快感を頼りに3人は意識を1つの方角へと向け、そこに視線を注ぐと――

 

 

『――!?』

 

 

 そこに、1つの()が穿たれていた。

 黒い(もや)のようなものに囲われた、不定形な黒孔。

 獲物を待ち構える肉食虫の大顎(アギト)の如きソレ。その孔の奥から一層濃い不快感が溢れ、汚泥のように垂れ流れている。

 

 塵屑が流れ、積み重なる吹き溜り。

 汚泥と穢れの流出口たる黒孔より――だが()()は現れた。

 

 

「あ、ぁ――!」

 

 

 誰よりも早く反応し、声を発したのはホムラだった。

 ヒカリの抱擁により鎮まりかけていた蒼白が再び滲み、恐怖が彼女の顔を染め上げていく。

 一体何を怖れているのか、などとここに至って愚問を口に気などはない。

 アレこそが、ホムラが幾度も怖れたモノ。

 闇より父を救ったあの日、彼女が目にした悍ましの元凶であると――!

 

 

「あなたは……何なの……?」

 

 

 蒼黒の泥のようなモノを纏い、確かな身体の形を持たない不定形なる何者か。

 それでもソレが意思あるものであると理解できたのは、偏にソレから放たれる悍ましいまでの負念と凶念ゆえだった。

 

 

『……此処は、どこだ……』

 

 

 地の底を這う亡者のように、ソレ――『闇の王』は虚ろげに呟いた。

 

 

 




 めっちゃ久しぶりにメツの台詞を書いた気がしました……ホント一体何週間ぶりだろ。
 次回、『親戚会議(仮)』。お楽しみに。

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