ぼくは酔いやすい。
飛行機に乗っては嘔吐、電車に乗っては嘔吐、新幹線では嘔吐、母の運転でも嘔吐。母の運転はすごく荒いことを追記しておく。
そんなぼくが夜行バスに乗る。やめておけ、と内なるぼくがささやいた。しかしながら、男というのは不器用な生き物で、無謀だとわかっていてもやらなきゃいけないことがあるのだ。好奇心なんて言う言葉で、ロジックなんて見向きもしない。みなまで言うな、わかっている。ただの阿呆だ。
好奇心は猫をも殺す、とはどこの国のことわざだっただろうか。ふと頭に浮かんだ言葉。ぼくは言葉だけを知っていて、意味は覚えていない。だから、その言葉が今のぼくにふさわしいのかわからない。なんとなくーーそう、なんとなく今のぼくをあらわしていると思ったのだ。
猫ほどしぶといとは思っていないが、なんとか無事に五体満足で終えたいものだ。どちらかというと心配するのは内蔵――五臓六腑の方だろうか。
まるでどこかの戦場にでも赴くように話したが、ただのバスである。
夜行バスとぼく
車内後方、三列シートの真ん中にぼくのスペースはあった。この一つの座席とあたりのわずかな空間がぼくの仮宿になるのだ。意外と窮屈しなくて済みそうだとぼくは思った。
両隣――窓際につくられた別の席とは、薄手のカーテンで仕切ることができるようで、思ったより隣の人の存在を感じさせることはないかもしれない。「やるな」とぼくは呟いた。寛げないとばかり思っていたのだ。
どうやらこの夜行バスとやらは、必要最低限ではあるが、プライバシーというものを知っているらしい。夜も深まる午後二十時四十分、バスはのそのそと動き出した。
なにやら挙動がおかしいひとがいると気づいたのは、バスが福岡に向けて、名古屋のバスターミナルを出発してすぐのことだった。
乗車した後に、「トイレは扉を閉めてご利用ください」と丁寧なアナウンスがされたのに、じょぼじょぼじょぼと聞こえてくる水音。いったいぼくらは何を聞かされているのか。聴きたくないのに、聞こえてしまう。たちが悪いことに、この水音は思った以上にバスの中に響く。例え音楽を聴いていようと、それに混ざってくる。にくいことに、微妙に調和してくる。
残念ながら、対処法は持ち合わせていなかった。考えないようにするというのがもっともありきたりなものに思うが、これは悪手である。それはもうドツボな。だいたいこういうのは考えないようにしようとすればするほどイメージは消えなくなるのだ。そう決まっている。ぼくもその例に漏れなかった。
もはや楽しむしかないのかもしれない。トイレの彼が頻尿ではないことを祈りながら、ぼくは座席に頭を預けた。
くだんの男は、独り言も多彩なようだった。だれかと通話でもしているのだろうか。寝静まったバスの中で、理解のできない言葉だけが起きていて、ゆらゆらと漂っている。ああ、危うく忘れそうだったけど、運転手さんもだった。ご苦労様です、と心の内で感謝した。
乗客の奇怪な行動に、ぼくがそれほど怒りを覚えていなかったのは、はじめての夜行バスという響きにどこか浮かれていたからかもしれない。
さて、男の話はこれくらいで良いだろう。ぼくにとって、はじめての夜行バスである。
実際、夜行バスを使わずに新幹線に乗ったとしても、トータルの交通費はあまり変わらない。ただ違うのは、目的地に到着するまでにかかる時間だけだった。それなのになぜ、酔いやすいぼくは夜行バスを選んだのか。
時間はかかるのに、お金はあまり変わらない。そして揺れは大きめ。頼んでもないのにグラスにお酒を入れてくる先輩と同じだ。ぼくを酔わせてどうするつもりだ、吐くことしかできないぞ、なんてくだらないことを考えた。
"変な人"はどの交通機関でも一定数はいるだろう。赤ちゃんの泣き声に遭遇したことなんて山ほどある。高速バスで通学していたころは、見るからに暑苦しそうな立派な体型の人が乗車口に現れたなら、必死に寝たフリをするのが常だった。その多くは実らない抵抗だったけれど。
ぼくは、明らかに相性が悪いことを知っていた。
しかし、夜行バスというものを経験してみたいという、どこかつかみどころのない思いがあった。ただ純粋に興味があっただけなのかもしれない。
ぼくの頭にある"夜行バスといえば"というイメージもそれを助けた可能性は高かった。
不規則に揺れる車内、高速道路をひた走る、夜行性の運転手と乗客、それ以外は寝静まった鉄の塊。空が白み始めると、目的地まであとすこしという合図。なんともロマンチックじゃなかろうか。
そんな理想は、どこかの誰かの生活音で消え去ってしまったけれど。現実を思い知らせるにしても、もっと他の方法がなかったのだろうか。なんでソレなんだ。
いくら酔いやすいといっても、寝ていれば酔わないことをぼくは知っていた。だから、寝て起きたら目的地、というものがきらきらと輝いていたのかもしれない。
ぼくがふたたび現実に打ちのめされることになるまで、消灯を待たなかった。慣れないベッドーー座席の上で、ぼくは寝るのに必死になっていた。こんなに一生懸命に寝ようとしたことは記憶にない。寝ることさえできれば問題ない、と考えていた過去の自分を叱り散らしてやりたかった。浅はかだった。
躍起になって心を沈めようと、睡眠用に作成された落ち着いた曲調の音楽を聴いたり、たまに聴きたくもない水音を聞かされたり、毒を盛られた蛇のようにのたうちまわって寝られる体制を模索したり、とにかく寝ようという気持ちでいっぱいだった。うねうねとした動きは運動不足の体に堪えた。嫌な汗がにじみ出るのを感じながら、どこでも寝られるというものが確かな才能なんだと思った。ひどく羨ましくなった。心の中でそう吐き捨てながら、ぐにゃぐにゃと身をよじる。
このときのぼくを上から俯瞰してみたら、きっとこっけいな姿をしているだろう。想像して、あまりのおかしさに笑い声をあげそうになった。こらえきった自分を褒めて差し上げたい。
果たしてぼくは寝ることができたのか。
結論を言えば、ぼくが色々あがいているうちにいつのまにか空は明るくなり、パーキングエリアの洗面所の冷たい水で、ぼくは顔を洗っていた。持参したタオルで顔を拭きながら、眼鏡を持ってくるのを忘れていたことに気づく。広い洗面所の鏡には、明らかに寝不足で不機嫌な僕の顔がうつっていた。ぼやけていても、それははっきりわかった。
寝たのか寝てないのかわからず、けったいな記憶だけが残されていた。ため息すら出てくれなかった。
ゆるゆると冬に近づいていく秋の朝、慣れない体勢で凝り固まった首や肩をほぐしながら、ぼくは空を眺める。白み始めたとはいえ、まだまだ暗さがまさっていた。はぁ、と吐息を漏らすと、この澄んだ空気が汚れるような感じがした。ぼぅっと空を眺めるのに、頼りない視力がかえって気持ちよかった。
眼鏡を持たずにバスから離れたために、自販機とキスをせんばかりの距離で、あったかい缶コーヒーを購入するはめになった。一長一短だな、となんだか楽しくなりはじめているぼくがいた。一睡もできなかったけれど、こんな朝も悪くない。どこか弾むような足取りで、ぼくは夜行バスへと足を向けた。
そして、自分の仮宿たるバスが行方不明になったことを知る。二十二歳にもなって、ぼくは迷子になったのだ。
バスを降りる前のアナウンスで、「このパーキングエリアには、同じ目的地の夜行バスが多く停車していますので、お気をつけ下さい」と言われていたぼくの焦りはしだいに大きくなっていく。てっきり、車種は違うと思い込んでいたのだ。まだあたりが明るくなりきっていないことも相まって、目標を見つけられない。焦りが膨らんでいく。
畜生、量産品なんて嫌いだ。みんなちがってみんないいと小学生の頃に習わなかったのか。金子みすゞさん、あなたの想いは届いていないようです、とぼくは悔しくなった。見当違いな八つ当たりだと罵られても、ぼくは自分の正当性を疑うつもりはなかった。ないったら、ないのだ。
はたから見れば、ふらふらとバスに近づき、思いっきりしかめっ面をして睨みつけたあと、「違う」と呟いて幽鬼のように去っていくぼくの姿は、怪しいことこの上なかった違いない。奇怪な人間は一人ではないーーそんなことに気づきたくなかった。しかし、迫る出発時間を前に必死なぼくは、そんなことに割ける余裕も視力もなかった。
ぼくは死を覚悟した。眼鏡がない。見えない。知らない土地のパーキングエリア。バスが発車してしまう。ぼくを置いて。見つからなければ歩いて帰るのか。そんなのは嫌だ。ぼくは、ひとりぼっちで。
ーーいや待てよ?
たまに頼りになる、内なる自分がささやいた。いろいろとネガティブな思考に嵌っていったが、よく考えてみる。
ーー置いて行かれても死にはしないな。うん。
まじめ腐った顔で考えた。なんとかなる。死にかけなければ、人間はポジティブになれるのだと知った。なんとかなる、魔法の言葉だ。一気に視界が開けてきた。相変わらずピンボケしているけれど。自分の命が安全だとわかると、途端にバスに残してきた荷物が心配になってきた。薄情者、と我が愛する荷物たちが叫んでいる気がした。
二転三転とはよくいったものである。まさに、このときの僕を指し示すにふさわしい言葉だった。
とはいえ、諦めるにはまだ早い。一分の間にこれほど時計を確認した経験はなかった。やれ時間は、だの、今は何秒たった、だのと、ぼくは焦りで加速した思考により数倍に引き伸ばされた時間の中を彷徨っていた。
眼鏡の偉大さを知った。ぼくは、二度の乗り間違いを経て、無事に帰還した。席に戻ると、ぼくはそそくさと眼鏡をかけた。ぎしり、とシートに全体重を預け、ゆっくりと息を吐いた。
そんなことがあったが、バスはぼくを乗せて旅の続きをはじめた。
奇怪な男の独り言とともにバスはぼくを揺らし続けている。窓の外には、すっきりとした夜明けが広がっているというのに、ぼくは最悪な気分だった。ぼくは酔っていた。わかっていたことだ。二度と乗らない。そう決心するのも、この旅が始まる前にわかっていたことだ。
乗るんじゃなかった。そうひとりごちると、目的地を示す標識が目に入ってきた。待ち望んだ降車の時だった。すっかりしなびてしまった身体を引きずりながら狭い通路を進む。ぼくはとにかく外の景色が見たかった。ぱくぱくと魚のように、外界の爽やかで素晴らしい空気を求めた。少なくとも、この重苦しいバスのそれよりはマシだろう。普通に失礼だと思った。
ぼくは、ありがとうございます、と告げる。運転手さんは穏やかに笑った。「またのご利用、お待ちしています」という言葉は聞かないふりをした。会釈に付け合わせた笑顔が、曖昧になってやしないかと不安になる。
ぼくは、夜行バスと一夜の愉快な仲間たちにお別れを告げた。バスを降りるそのとき、わずかに、きっとほんのわずかにだろうが、寂しさがあった。
誰にも憚ることなく、思いっきり息を吸い込む。ためて、ためて、ためて、吐き出す。清々しい朝。苦味は少し残っていたけれど、「じゃあ、また」という呟きが、いつのまにかぼくの声帯を使って外に出ていた。
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