良かった、間に合ったみたいだ。
もしあそこで洗脳が解けなければ、俺はこの手で大好きな人を殺めてしまうところだった。
右手に持つソードを振り上げ、ハル目がけて投げつけた。
「きゃあ!!」
ソードはハルの頬をかすめて後ろの壁に突き刺さった。
ここは…俺の研究所か。なんだか懐かしいな。
そして、影鬼の使い魔であるハルと対面するのはこれで2度目だ。
ハルは、俺が洗脳を解いたことに驚きを隠せないようだ。
「どうして!?影鬼様の洗脳を解いたというの!?」
「ああ、解いたさ。…いや、解いてもらったという方が正しいかな。俺の事を大好きに思ってくれる人が、闇に飲まれた俺の心を救ってくれたんだ。」
「おのれ…。オーガ、影鬼様への忠誠はどこへ行ったの!?」
「ふっ、俺はオーガなんかじゃねぇ。俺の名前は葉月欧我!ブン屋の助手兼写真屋さ!」
ハルは怒りが頂点に達したようで、俺に向かって赤く光る弾幕を展開した。
俺は両手を床に叩き付け、目の前に大地の壁を作り出す。
放たれた弾幕は次々に壁に命中したが、作り出した壁はびくともしなかった。
そしてもう一度叩き付け、ハルの足元の床を動かして両足をからめ捕る。
両手をハルに向けると床から水柱が立ち上がり、両腕の羽を巻き込んだ。
「すげぇ…。」
これが、リミッターを解除した能力の威力か…。
単純に威力が増しただけではなく、イメージをして自分に投影させるというプロセスを踏まなくても、俺のイメージ通りに技を繰り出すことができる。
大地と水で両手両足を捕えられ、ハルは身動きが取れない。
必死に抜け出そうと体をよじらせているが、それよりも強い力で大地と水は押さえつける。
「おのれ…おのれぇ!」
口角を吊り上げ、両手から雷を放出した。
「ぎゃああああ!!」
身体を襲う電撃に顔をゆがめ、悲鳴を上げる。
…いけない、まだオーガの性格が残っている。暴走しないように気を付けないと。
そのためには早く止めを刺した方がいいな。
「行くぜ!」
右脚に炎を纏い、上空へと飛びあがった。
空中で両足をハルへと向けると右脚に纏った炎を射出し、ハルの目前で円錐状に形を変える。ぐるぐると回転する円錐状の炎に向かってキックを繰り出した。
「仮無『クリムゾンスマッシュ』!!」
「ぎゃあああああ!!!!」
炎を纏った強烈なキックは、ハルの体を貫いた。
炎に包まれたハルは断末魔とともに霧となって消滅した。
「すーーーはーーー。」
オーガの性格を追い出すため、また戦いで興奮した気持ちを落ち着かせるため、何度も深呼吸を繰り返す。
よし、落ち着いたぞ。
それよりも文は!?
「文!」
文は床に横たわったままこちらを見つめていた。
文のそばにしゃがみ、顔を覗き込んだ。
良かった、生きている。
「文、ごめん。本当にひどい事をした。」
正座をし、深々と頭を下げた。
文は上体を起こして座ると、何も言わずに俺の肩に両手を置いた。
「ううん、もういいのよ。」
「…え?」
顔を上げ、文の顔を見た。
「私は気にしていないわ。それよりも、お帰りなさい、欧我。」
「文…。」
本当は、文に対して謝るだけでは済まされないことをしてしまった。
俺に襲われた時の文の気持ちは、到底予想もつかないほどだっただろう。
それなのに、文は俺を許してくれた。
そんな俺に、いつもと変わらないまぶしい笑顔を見せてくれた。
本当に…。
「文、ありがとう!」
涙を流し、文に抱き着いた。
口にしようとした感謝と謝罪の言葉は、途切れることなく漏れる嗚咽によってさえぎられて言葉にすることができなかった。
俺の中で溢れたその言葉は行き場を失い、行動、涙に姿を変えて体の外に放出された。
文をしっかりと抱きしめ、肩に顔をうずめて俺は泣き続けた。
文はそんな俺を払いのけようとはせず、優しく背中をさすってくれた。
「落ち着いた?」
「うん、なんか恥ずかしい…。」
「いいじゃない。私たち夫婦なんだから。」
「そうだね。」
身体の中に溢れだした言葉を出し切り、俺は平静を取り戻すことができた。
それにしても…。
研究室をきょろきょろと見渡すと、オーガとして行動していた時の記憶、そして計画を打開しようと影で動いていた時の記憶が蘇えってくる。
俺は、影鬼に洗脳されたときにすべての記憶を取り戻した。
だから、この場所も、使い魔であるハルの事も、自分の正体の事も、全てを知っている。
「さあ、早く皆さんのもとに駆けつけましょう!」
文はそう言って右手に持つ葉団扇を握りしめる。
そうだけど、でもその前に自分の事について知りたいことがある。
取り戻した記憶の中で、信じることができないものがあったからだ。
それを確かめるためにも、この研究室で探すべき物があった。
「ごめん、ちょっと調べたいことがあって。」
「調べたいこと?」
「うん。確か資料は…。ここだ。」
沢山のファイルが並べられた棚の前に移動し、目当てのファイルを探す。
それは、意外にもすぐ見つかった。そのファイルのタイトルは『葉月欧我』、そう、俺の名前だ。
ファイルを手に取り、ぱらぱらとページをめくる。
「っ!やっぱり!」
そのファイルの中に閉じられた資料を見て、俺の抱いた不安は的中した。
俺は…。
「どうしたの?」
「俺は…。」
この事実は信じられなかった。
でも、このファイルに書かれていることと、俺の記憶にあることを合わせて考えればこれはまぎれもない事実なのだ。
それに、俺の持つ人間離れしたイマジネーションや身体能力、そして回復力も、この事実があれば説明がつく。
「俺は…。人間じゃない。」
「人間じゃないって…どういうこと?」
「ほら、これを見てよ。」
文にその資料を差し出した。
その資料によれば、驚異的なイマジネーションをさらに強化するため、妖怪に負けない身体能力を発揮するため、すぐには死なないために、人間だった俺の体に様々な妖怪の遺伝子や細胞、組織を組み込み、今の俺の体になった。
見た目は人間でも、俺の体の中にはたくさんの妖怪の細胞がぎっしりと詰まっている。
この状態はもう、人間じゃない。
正真正銘の、れっきとした妖怪だ。
「なるほど、そう言うことですか。分かりました。」
「え…?俺を嫌いになったりしないの?」
その資料を見た文の反応が予想外だった。
「私が好きなのはあなたですよ、欧我。だから、欧我が妖怪であったとしても、好きだというこの気持ちに変わりはありません。それに…」
そう言うと、右目でウィンクをした。
「妖怪の夫は、妖怪のほうがしっくりと来ますよ。」
「文…。うん、俺も大好きだよ。妖怪であったとしても、俺は文を愛している。この気持ちは一生変わらない。」
2人は笑いあうと、唇を合わせてキスをした。
「さあ、行きますか。」
「ええ。」
空間に裂け目を作り出し、その中に足を踏み入れた。
これで、この研究室ともおさらばだ。
両手に炎を纏わせ、灼熱の火球を研究中にばらまいた。
あちこちで火の手が上がり、瞬く間に辺りは火の海になった。
「これでよし。じゃあ、行こう。最後の戦いに。」
「はい。」
2人は頷き合うと、スキマの中へと消えていった。