レジー「お久しぶりですね、キノ。気分はどうです?」
レジーは轢き殺した2人の男の事など最初からいなかったかのように振る舞い、キノに優しく語り掛けた。
キノ「…最悪ですね、お師匠様」
キノも一応、そう返事した。がその時、
パンッ!
キノ「い”っ”!?」
キノの額に1発のゴム弾が飛んできた。
レジー「これは、私のカノンを独断で盗んだ罰です」
レジー「そしてこれは…」
レジーはそう言葉は重ねながら、レジーのハンド・パースエイダーである《レイ》に1発のゴム弾を詰めながら、再度言った
レジー「私から、ユーリを奪おうとした罰です」
そしてレジーは額に手を当て、うずくまるキノの目の前にしゃがみこみ、ゴリッと頭に銃口をすりつけた
そして引き金を引こうとした時…
「俺を…モノみたいに…言うんじゃあないっての…」
レジー「…おや、色んな意味で随分と男前になりましたね、ユーリ」
そう言って現れたのは全身血だらけになり、疲れ果てたユーリだった
エルメス「うわーどうしたのその血。まさかボッコボコにやられちゃった?」
ユーリ「だとしたら俺は今この場にはいないだろうが…全部返り血だっての…」
ユーリは相当疲れているのか、すぐその場の木にうっかかりながら悪態を着いていた
キノ「…うぅ、ユーリ…さ「パンッ!」ひぐっ!?」
喋り出すキノに向かって、レジーはなんの言葉も発さずにキノに後頭部に向かってゴム弾を撃った
エルメス「…うわぁ、かわいそ…」
レジー「貴方、一体何をしてきたのです?ただの山賊相手にそのようになるまで押し込まれたのですか?」
レジーはレイをホルスターにしまいながらそう聞いた。
ユーリ「確かに、普通の山賊ならこうはならなかったがな…いかんせん数が多すぎたんだ。面倒だから、《力》を使っただけだ…ってか、なんでレジーがここにいんだよ…お前、家はどうした?」
レジー「質問をしているのは私なのですが…まぁいいでしょう、家のことなら捨てました」
エルメス「え」
レジーはごく淡々と述べたが、あまりのことにユーリはおろか、エルメスさえも絶句した。
ユーリ「…おいおい、正気か?いくらレジーのことだからといっても、限度がある。流石に捨てたってのはやりすぎだろう…あれ手に入れるのにどれだけ苦労したのか、忘れたのか?」
レジー「随分と酷い言い草ですね。貴方にそこまで言われるのは何気に初めてのような気がします」
レジーはまるで心外だと言わんばかりにわざとらしく言った。
ユーリ「…それだけのことを、したんだから当然だろう。レジーの事だ、ちゃんと、俺が納得できるような理由があるんだろうな?ないとは言わせないぞ…」
戦闘で疲れていることもあってか、レジーのその様子にイラつきを感じ始めたユーリは少し荒々しく言った。が、レジーはまるで見当違いのようなことをいってきた。
レジー「そんな大層な理由などありませんよ。あそこは、私の家ではなくなった。だから捨てた。それだけです」
ユーリ「…なに?」
エルメス「え、どゆこと?」
ゴム弾を再度打ち込まれて呻くキノ以外の2人は、レジーの言葉の意味がわからず、聞き返した。
レジー「…これは持論ですが、家というのは、必ずしも建物である必要はありません」
レジー「家というのは、家族が寄り集まって初めて、その場所が家となるのだと、私はおもっています。今回のことも、もうあそこには私と、ユーリの残したエレノアが残っているだけでした。だから私は、新しい家に行こうと思いました」
エルメス「新しい家?そんなものがあるの?」
あまりよく分からない話に、エルメスは再度聞き返したが、レジーはまだ分からないのかと仕方なさげにため息を着いた
レジー「ここですよ」
キノ「…意味が…分かりません…」
やっと痛みが引いてきたのか、顔だけレジーの方へ向けて、キノがいったが、その問いにユーリが答えた。
ユーリ「…俺達がいるから、か?」
レジー「えぇ、そうですよ」
レジーはやっとわかったかというため息と同時に、理解したことをほめてくれる母親のような珍しい表情をしていた。
レジー「私の帰る場所は、いつだって貴方達のいる所です。これは、貴方達にも言えることですよ。ユーリやキノの帰る場所も、私達のいるそこが、形はなくとも家なのですから、そこに帰ればよいのです」
レジーが本当に珍しく長く喋ったかと思うと、おもむろに立ち上がり、エレノアの方へ行くとそのボンネットの上に座り、ゆっくりと休み始めた
ユーリ「俺達の集まる所が家であり、帰る場所、か…」
ユーリはレジーの言葉を再度言い、少し沈黙した後にほんの少しだけ微笑んだ
ユーリ「…やっぱレジーは、根っからの旅人だな」
キノ「僕も、同感です…」
レジー「当たり前でしょう、私は昔から今この瞬間さえも、旅をし続けているのですから」
レジーはさも当然の如く振る舞う。そこに、エルメスが恐る恐る聞いてきた
エルメス「ねえお師匠様。ひとつ聞きたいんだけどさ」
レジー「なんです?」
エルメス「要するに、僕達の旅について来るってこと?」
色々な面で難ありのレジーだが、それでも着いてきてくれるのならとてつもなく頼りになるであろう存在でもある。そんなレジーが、着いてくるのかどうか、エルメスは聞いておきたかった
レジー「えぇ、行きますとも。ユーリはまだしも、キノはまだまだ不出来な弟子ですからね。本来私は最後まで、責任持って世話をしなくてはならない立場ですから」
レジーはそう言ってエレノアのボンネットの上から立ち上がると、キノ達2人が山賊に襲われる前、この森に来た時にキノがつけた焚き火を、再度点火した。
レジー「随分と長話をしてしまいましたね。今日はもう休みましょう。キノ、そこに転がっている死体を片付けますよ」
キノ「あ、はい」
キノは赤くなった額を抑えながらレジーと一緒にそこら中に転がっている死体を片付けに行った。
そうしてエルメスと2人きりとなったユーリは、襲撃された時に色々とぐちゃぐちゃになってしまった寝具をもう一度綺麗にした。
エルメス「ねぇねぇユーリ」
ユーリ「ん?」
エルメス「そういやさ、このお祭り騒ぎが起きる前にキノから話されたことなんだけどね」
エルメスはそう話し始めると、キノから聞いていたデジャヴの話をユーリにした。
エルメス「キノってさ、今回の襲撃、夢で見たらしいよ」
ユーリ「へぇ、予知夢って奴か?随分と珍しい物を見たんだな」
エルメス「そうなんだけどさ、キノってその夢についてさ、すっごく恐ろしい夢だったって言ってたんだよ」
ユーリ「…恐ろしい?」
ユーリは一旦作業を止め、エルメスの方を向きながら再度尋ねる
ユーリ「それこそ珍しいな。もうあいつに恐ろしいという感情はなかったと思っていたが…何が恐ろしかったんだ?」
エルメス「僕も途中まではわかんなくてさ、なんのことなんだろうって思ってたけど、やっと確信したんだよ」
エルメス「キノにとって、この世界でいっちばんおっそろしい人っていえば?」
エルメスは半分問題をだすかのような声色で答えた
ユーリ「……ん〜……」
ユーリはエルメスからの問いに対して様々な事を予想した。キノが恐れる人。例えば殺しても死なない化け物のような人間か。それとも自分達じゃ到底敵わないほどの強者?はたまた自分達に精神的苦痛を与えてくるような下衆な人間か。どれもユーリにとって恐ろしく、というよりかは会いたくない人間が、頭の中に浮かんでくる
ユーリ「…あ」
しかし、ユーリは気づいた。ユーリとキノにとってはある意味この世で最も恐ろしく、そして力強い存在を。
ユーリ「…レジー、だな?」
エルメス「せいかーい!」
エルメスは子供のように嬉しそうな声色で言った。
そう、2人…いや2人と一台にとって、レジーほどの恐ろしい人物はいないだろう。普段は大人しく、凛として、ただの立ち姿だけでもなんとも言えないような美しさを持つレジーだが、ひとたびキレると何をしでかすかわからない、まるで爆弾のような女性なのだ。
ユーリと旅をしていた過去の話、とある国では商人から集めた(略奪した)レジーの金品の詰まった袋を、その国の警官を名乗る人物が、「お前にような奴には必要ない。我々が役立ててやろう」などとふざけたことをぬかし、レジーの手から押収した時があった。
その夜、その国は一夜で滅亡の危機を迎えた。
何があったかは言えないが、とにかく彼女は自分の私物(略奪品)が奪われたになったというだけで、ただの憂さ晴らしに、一つの国家を破壊しかけたのだ。それもたった一人でである。
しかもちゃっかり奪われた金品以上の、希少で価値のあるものを奪っていった。
それからその国では、違う国から来た黒髪長髪の若い女性をみては頭を地面に擦り付けるほど、トラウマになっていたという。
それほどまでに、レジーという存在は、恐ろしいものである
ユーリ「…まぁ、俺達が恐れる相手って言えば、一番身近にいるあいつしかほぼいないからな…」
ユーリは少し身震いしながらエルメスに問う。
ユーリ「…えっと、なんの話をしていたんだか…あぁそうだそうだ。それで、そのレジーがどうしたんだよ」
エルメス「多分ね、キノはこの森に入ってからここまでのことを既に夢で見ていたんだよ」
ユーリ「‥何?」
エルメス「山賊がやってきて、僕達を襲う。これだけなら夢で見ることは珍しくても、恐れることはない。でも、お師匠様がいるなら話は別。」
ユーリ「…何か問題があるのか?確かにレジーは恐ろしい奴だが、それは敵対した時だけだ。仲間であり、家族である俺達は、そこまで怯えることはないだろう?」
ユーリはまだ少し理解できていないので、エルメスに説明を促した。
エルメス「確かに、ユーリは別にお師匠様にやましい事なんてないだろうけど…ほら、キノって、結構無理やりこの旅についてきたじゃん?そん時にお師匠様の大事なパースエイダー勝手に持ってきちゃってるからさ」
エルメス(まぁほんとは「カノン」を奪われた事じゃなくて、ユーリとずっと一緒にいたことが気に食わないんだろうけど…)
そんなエルメスの心情などいざ知らず、ユーリは納得したかのようにうなずいた。
ユーリ「なるほどな。そういや勝手にとってきてたからな…相棒を奪われたとなりゃ、怒るのも当然だ。今回ばかりは、俺は庇いきれそうにないな」
レジ「別に構いませんよ?キノを庇っても」
ユーリ「っ!!?」ビクゥッ!
エルメス「うわぁッ!!」
ユーリとエルメスは、気配もなく急に後ろからかけられた声に、珍しく体を思い切り震わせた。
ユーリ「…急に、後ろから声をかけないでくれ。お前に後ろを取られると、生きた心地がしない…」
ユーリは顔だけゆっくりとレジーの方へ振り向き、悪態をつくように言った。しかし、レジーは特に表情を変えるでもなく、ユーリの座ってる隣に体をすり寄せるように座った。
レジー「なんですかその言い草は。とてもレディにかける言葉とは思いませんね。不出来な弟子と一緒にいたせいか、貴方も不出来になってきましたか?もう一度教育してあげましょうか?」
ユーリの顔を無理やり自分の方へ向けると、レジーは身体を乗り出し、ユーリに上から覆いかぶさるようにしなだれかかってきた。
互いの顔は鼻先が当たるぐらいまで近づいており、あと少しでも距離を縮めれば唇が触れてしまいそうな程だ。
ユーリ「う…ぅ…」
ユーリは超至近距離に、レジーの顔があるとわかると、とても珍しく何もできなかった。
エルメス(!?え、なにあれ、なんでなにもしないの!?えちょ、えッ!!?あんなユーリ初めて見るんだけど!?)
エルメスの言う通り、普段のユーリからは想像もできないような状態だ。これがキノ相手ならば鮮やかにかわして寝るのだろうが、ユーリにはいくつか問題があった。
…ユーリは昔から、レジーには一度たりとも逆らうことができないのである。
軽々と様々なことを危なげもなくこなす彼だが、もともとがとある国の科学実験体であるユーリは、束縛され、奴隷のように扱われるのが彼にとっての常識なのだ。故にユーリは、その国から助け出されたその時から、レジーに絶対的忠誠を誓っていた。
いつも、まるでレジーと対等のように振る舞ってはいるが、体の奥底では主人に従う絶対的な感情が常にあった。
だからこそ彼は、レジーは主人であると身体が勝手に認識している以上、強引にされると、何もできず、言いなりになってしまうのである
レジー「…私に対して、悪態をつこうがどう接しようが構いません。しかし、私から離れることは許しません。私以外に誰かと共にいることも許しません。貴方が旅に出ることを許した覚えもありませんし、許すつもりもありません」
レジーはユーリから少しも目を離さずに、命令するかのように告げる。
レジー「いいですね?貴方は常に私の側にいなさい」
ユーリ「…了解…」
やがてユーリの目には光なく、深く深く奥底の深海のような青黒い目をしながら返事をした。すると、レジーの左手がユーリの頭の上におかれ…
レジー「そう…それでいいんです…それで…」
レジーはユーリの頭を自分の胸に抱えながらゆっくりと撫で始めた。
エルメス(……僕、なにを見せられてるんだろう……てかユーリ大丈夫なの…?なんか、目、死んでるんだけど…)
エルメスが半分放心状態になっていると、《それ》はきた。
「お師匠様。ユーリさんになにしてるんですか?」
レジー「…」クルッ
レジーは声のした方を振り向くと、そこには……
まるで殺人鬼のような黒く澱んだ目をした、キノが立っていた。
キノ「いつのまにか消えて…探してみればユーリさんと一緒にいて…」
キノはゆっくりと近づき、片手に「森の人」(キノの自動装填式ハンド・パースエイダーのこと)のグリップを握り、引き金に指をかけた状態で語る。
キノ「ユーリさんに変な命令して…」
キノ「ちょっと、許せないですね」
キノはそう言うと森の人をレジーに向けた。
エルメス「え!?ちょ、正気なのキノ!?」
エルメスが必死に止めようとしたが、当の本人はいざ知らず、レジーに銃口を向けたまま下ろそうとしない。
レジー「…はぁ…聞き分けのない弟子を持つと苦労します…」
レジーはユーリを離し、キノの方へ向かってそう言うと、自分の腰に吊るしてあるホルスターのあるパースエイダー《レイ》のグリップを握った
その時、
ユーリ「…
バシュッ!
キノ「!?うわっ!」
レジー「!」
キノの周りの地面から、蒼い無数の鎖が飛び出し、キノに纏わり付くようにして縛り上げた。
その鎖が出てきた際に、森の人も手から弾かれ、落としてしまった。
エルメス「え、これって…ユーリの、力…?」
キノ「うぐっ!な、なんで…ユーリさん!どうして僕に『グンッ!』…ッ!?うわぁッ!?」
キノは更に出てきた無数の鎖から、縛り上げられた状態のまま上の木に蓑虫のように逆さまから吊り下げられていた
レジー「…これは…なるほど、守ってくれたのですか」ツンツン
キノ「うぐっ…ちょ、つつかないで下さっ…」
エルメス「え、どゆこと?」
レジーはグリップから手を離し、ゆっくりと近づき、逆さ吊りになったキノを指先でつつきながら、説明した。
レジー「ユーリは常に私を守ってくれます。今回は、キノが私に対して攻撃的な意思を持っていると判断したのでしょう。故に意識がはっきりしない状態でも勝手に力が動いた、と思います。多分ですけれど…」
キノ「うぐぅ…」
悔しそうに逆さ吊りにならながら唸っていると、レジーはキノに向かって言った
レジー「全く…ユーリに感謝するのですよ?こんな状態で終わってなければ家族どうしで殺し合いする羽目になってたんですから…相変わらず感情的な子で手がかかります…丁度いい機会です。師に手をあげるようなダメ弟子にはそのまま宙吊りなっているのがお似合いでしょう。曰くそのまま反省してなさい」
レジーはそう言うと、ユーリを横にさせ、寝具を手に、ユーリの隣で寝ようとしていた。
エルメス「えぇ!?ちょ、ちょっとお師匠様!キノにも非がある…ていうか非しかないんだけど、このままにしておくの!?」
レジー「これも忍耐力の訓練です。朝までそうしてなさい」
レジーは非道にもそう言い残し、パースエイダーを片手に握りながら毛布を着て横になった。数分すると規則正しい寝息が聞こえてきた
エルメス「…本当に寝ちゃったよ…キノ、大丈夫?ってか、お師匠様に銃口むけるなんて、命知らずだなぁ…」
キノ「うるさい…仕方ないでしょ…ユーリさんに変なことしてたんだもん…」
プランプランと風にゆれながらキノは膨れっ面になっていた。
キノ「…いつか、この手で奪ってやる…」
エルメス「あっそ…ほんと、意固地なんだから…」
エルメス(結局ユーリって、お師匠様とどういう関係なんだろーなぁ…最後らへんなんて目が死んでたし…)
エルメス「…なんだか、頭が痛くなってきたよ」