笑わない妹と夢見る頂点へ   作:イチゴ侍

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記憶のあの子と俺

 

 

 

 あれはまだ俺が、親父のバンドに興味を示す前のことだ。当時、小学生だった俺は周りの同年代の子と同じく、元気にかけっこしたり、ドッチボールや公園の遊具でめいいっぱい遊んでいた。

 その日も俺は、子供らしく鬼ごっこしていた。いつも遊ぶ友達の中では、ずば抜けて足の早かった俺は、ハンデとして10数えて追いかけるところを20数える事になっていた。

 

「じゅ〜はち、じゅ〜きゅう、に〜じゅう よっしゃ! いくぜいくぜいくぜぇ〜!」

 

 しっかりと20数え、どこに逃げたかを見ないように目隠しになってくれた木とお別れをして、走り出そうとしたその時……、

 

 

「……だ、誰かぁ……おかあさん。おとうさん……うぅ……っ 」

「ん?」

 

 どこからか助けを求める声が聞こえた。しかし、いくら周囲を見渡しても近くには見当たらない。

 それでもその弱々しい声だけは聞こえてくる。まさか幽霊では……などと子どもながらの考えもしてみたが、よく聞いているとその声は上から聞こえてくるのだ。

 俺は半信半疑で目隠しにさせてもらっていた木を見上げてみる。そして見上げたまま後ろに回ってみると、そこには木の枝に掴まった状態で、降りれなくなっているピンク色の髪の女の子がいた。

 

 

「どうしたの? 降りれなくなっちゃったの」

「……」

 

 返す余裕もないのか女の子は、ただ首を縦に動かし頷くだけだった。しかしなぜ、こんな事になっているのだろうと疑問に思う。女の子の感じからして木登りをしていたわけではないだろう。 しかしそんな疑問も俺の思考を知ってか知らずか、女の子が口を開いてくれた。

 

 

「わ、わたし……お友だちと遊んでたら、羽が飛んでいっちゃって……それで木の上に」

 

 女の子の言う通り木の下には、バドミントンで使うシャトルが落ちている。ということは気に引っかかったシャトルは取れたものの、その後降りることが出来なくなったようだ。

 この木の近くには、木製のテーブルとベンチが置いてあって、それを土台にすることで長い木の枝にぶら下がる事ができる。しかし、ぶら下がり少しでも進めば、もう足元には土台はなく、足をつく場所もない。 身長があれば女の子を抱き抱えて降ろす方法もあるだろう。でも俺は子どもだ。いくら足が速かろうが男だろうが、大人 のように身長が高いわけでも力が強いわけでもない。

 大人を呼ぼうにも公園内にはいない。 助けを求めるために探しに行こうにも、その間に女の子が落ちない保証もない。 だからその時、俺は子どもなりに考えに考え、ある事を思いついた。

 

「大丈夫 俺が助けるから!」

「ほ、ほんと……?」

「うん! だから、ほらっ……降りてきて大丈夫だよ」

「で、でもぉ……」

 

 もう女の子の声からは、余裕も無くなってきている。多分、力が入らなくなっているのだと分かった。

 

「大丈夫だって、俺がしっかり受け止めてあげるから! 怖くない怖くないから……ね 」

 

 なんとか女の子の恐怖心を取り除こうと何度も「大丈夫」と声をかける。

 それでも頑なに首を横に振り「無理」だと主張す るが、それに相反するように手に入る力が弱くなってきている。

 ────女の子が枝から手を離し、落ちてくるまでは一瞬だった。 我ながらものすごくカッコ悪い結果となった。あれだけ「しっかりと受け止める」などと啖呵をきったくせに、受け止めるどころか支えきれずに、女の子の下敷きとなっていた。

 落ちてから少しの間、意識が遠退いていた時……、

 

「あの……大丈夫ですか……?」

 

 女の子の声が聞こえた。俺より年下であろう女の子の声は、本当に年下なのか? そう疑うほどしっかりとしていて、それでいてどこか控えめだった。

 

 

「あ、ありがとう……」

 

 いつの間にか俺の体の上から起き上がり、未だに倒れ込んでる俺に手を差し伸べてくれていた。俺もその手を握り起き上がる。

 助けた女の子の名前は、彩ちゃんという。俺も軽く自己紹介する。

 

 その後、彩ちゃんの友達であろう子が駆けつけてきた。どうやら彩ちゃんを助けるために大人を呼びに行っていたらしい。どうりでもう一つラケットがあるわけだ。俺は鬼ごっこの途中だった事を思い出し、早々に立ち去ろうとした。

 

 

「ま、まって 」

「ん どうした」

「……また……また会える……?」

 

 うーん、と少し間を開ける。

 

「もちろん!」

「ほんと……? また会える?」

 

 花咲くようにパッと笑顔になる彩ちゃん見て、小さいながらも俺はドキドキしていた。

 

 

「おう! 俺はいつでもここで遊んでるから、きっと会えるよ」

 

 そう俺が言うと彩ちゃんは、近づいてきて小指を差し出してきた。

 

 

「やくそく 」

「う、うん 」

「じゃあね、あー君 」

「あ、あー君?」

「あきやくんだから"あー君"だよ!」

 

 そして俺たちは、それっきり会うことは無かった。

 

 

 ◇

 

 

「えっ……、あー君……」

「も、もしかして……彩、ちゃん?」

 

 あの日以来、また会おうと約束をしたあの日ぶりの再会だった。「久しぶり」と一声かけようとした時、彼女は口を手で覆うと彩ちゃんの頬に一筋の線を描くように涙が落ちた。

 

「…………っ」

「ご、ごめん!」

 

 彩ちゃんの言葉を遮るように俺は、頭を下げる。

 

「俺、あの後さ足痛めちゃって入院してたんだ。あ、別に彩ちゃんを庇ってなったわけじゃないよ それで彩ちゃんに会いに行こうにも行けなくて、治ったら絶対に行こうと思った。でもなかなか退院できなくて……そんな時にさ親父が、俺の父さ んが一枚のCD持ってきてくれたんだよ」

 

 外で遊ぶ事だけが俺にとっての娯楽だったのだが、そんな娯楽もできなくて毎日俺は退屈していた。そんな俺のために親父が自分たちのバンドの曲が入ったCDをくれたのだ。ちなみにその時入っていた曲が『LOUDER』だったりする。

 

 

「そん時の俺、単純というかなんというか、好きになったものに真っ直ぐすぎてほかの事を忘れちゃうようなバカだったんだ。 それから彩ちゃんとの約束も忘れて、親父にバンドに夢中になって……」

 

 決して親父を責めているわけじゃない。むしろ感謝してるくらいだ。ただ無性に自分に腹が立ってるだけだ。

 

 

「最低……だよな」

 

 最後にもう一度「ごめん」と呟く。

 許されようなんて思ってない。 こんな約束一つすら守れないどころか忘れるような奴をどうか許して欲しくなかった。 すると彩ちゃんは、途切れ途切れに何かを伝えようとしていた。

 

 

「…………った」

「彩……ちゃん?」

 

 様子が気になり俺は、下げた頭を少し上げ目の前の彼女に視線を向ける。

 

「……かった……よかったよぉ……わ、わたし……きらわれちゃ……っ……たって、おもって……ずっと……」

 

 彩ちゃんは、首にかけていたタオルで何度も何度も溢れ出る涙を拭き取っていた。その姿に酷く胸が締め付けられる。今にも崩れ落ちそうな彩ちゃんをただ見ているだけじゃいられず、腕の中に収める。

 

 

「嫌いになるわけないだろ……」

「でも……また、会おうなんて……我が儘言っちゃって……」

「それで俺が嫌いになるって? ありえねぇって、逆に俺が嫌われる様なことしてるだろ。ほんとごめん」

「ううん、もういいの。……またこうやってあー君に会えたんだもん」

 

 あぁ……あの時見た笑顔と一緒だ。俺たちが言葉を交わした時間は、とても短くて脆い。世の中には人との出会いは一期一会、1度っきりだなんて言葉あるけど、俺と彩ちゃんはこうやってまた会えた。もしかしたら彩ちゃんとの約束がまだ続いていたのか。

 そんなメルヘンチックな事を思ったり……。

 

 

「はぁ……嫌われてなくてよかったよぉ」

「俺が嫌いになるわけないだろ。彩ちゃん大好きだし……」

 

 

 ……? 

 あれ、なんでシーンとなるの。

 

 

「随分と大胆ッスね……」

「男前……ですね 」

「兄さん……」

「……秋也さん」

「あ……秋也さん……」

「こ、これが……告白っ 」

 

 今まで黙り込んでた他のみんなが、それぞれ一言口に出していく。もちろん、さっきまで日菜ちゃんを拘束していたお姉さん御二方も驚いてるような、顔真っ赤になってるというか……なんとも言えぬ表情だった。

 

 

「あ、あー君……私のこと、だ、大好き……なの……」

 

 あ、あれ もしかしてこれ告白みたいになってる? しまった…………ファンですって意味と被ってしまった。

 

「いや、さっきのは言葉の綾でして……」

「えっ! そんな。急に"彩"なんて呼び捨て……うぅ。あー君とは、友達として……で、でも……」

「まずいッス。彩さんの脳内がピンク色に!」 「と、とりあえず。話を整理しようか! アタシもう頭がついていけない……」

 

 そんなリサの呟きでパスパレ組とRoselia組(日菜ちゃん+お姉さま御二方は別)で分かれて話を整理しようとしていた。

 

 

「あのー、合同練習参加に来ました」

「あ、ようこそ……と言っても今立て込んでいまして、もうしばらくお待ちください」

 

 武内さんは、遅れてやって来たバンドに事情説明をしながら、あの時のように首の辺りをさする仕草でこちらをチラッと確認する。

 

 

「それで……って彩さん? 聞いてます?」

「えへへ……あー君が私のこと……えへへ〜」

「だめだ……。アイドルがしちゃいけない顔してるッス」

「これはアヤさんも心頭滅却すれば火もまた涼し! ですね 」

「千聖さーん。早く戻ってきて〜」

 

 パスパレ組は、彩ちゃんの看護をしている。関わっている身としてはものすごく申し訳なくなる。

 

「それで兄さん。何か言いたいことは?」

「あの……これはどういった状況で?」

「縛ってる」

「いや、それは分かるんだよ。なんで縛られてるんだろうなーって」

「アタシもすごーく気になってるんだなぁーこれが」

「リ、リサまで……? てか浮気って……俺まだ結婚もしてねぇし!」

 

 何故か俺は、Roseliaのみんな(紗夜を除く)に囲まれ、なおかつ椅子に縛り付けられている。(どこから縄を持ってきたかは不明)

 

『け、結婚……やっぱり、そうなっちゃったらアイドル辞めなきゃ……だよね。で、でも……あー君と結婚……はぅ……もし かしたらあー君との子どもだって……えへへぇ〜』

 

 それと今の"結婚"というワードによって、遠くに離れているはずの彩ちゃんが反応したりしていた。

 

 

「合同練習……どうしましょう」

 

 カオスな現場にポツリと武内さんの声が漏れたが、決して誰の耳にも届かなかったとさ。

 

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