長いようで短かった練習期間も終わり、遂に本番の日を迎えていた。当初心配されていた悪天候も微塵も感じられず、雲一つない快晴となった。絶好の演奏日和だ。
まぁ……それは嬉しいことなのだが、
「あ、そのダンボールは向こうに持っていってください 」
「照明確認OKです 」
「機材のチェック終わりました」
「……舞台裏ってこんなに忙しいんだな」
辺りではスタッフの方々が、目まぐるしく右へ左へ常に動きまくっていた。
よく、テレビで人気アイドルの舞台裏へ密着みたいなコーナーでスタッフの人が動いてるのを見てるけど、あんなのごく一部だっていうのがよく分かる。それに今日は一段と気温が高く、ジリジリと地面が焼けるほどでは? というくらいには日差しが強い。スタッフさんの中にも熱中症にかかった人が出たくらいだ。
「俺もあいつらに注意しておかないと……」
「お、秋也さん! こんな所で何してんの?」
「ん? あぁ、リサか。リサこそどうしたんだ。今の時間ならまだ最終調整の真っ最中じゃないか?」
「みんななら今、楽器のチェックしてるところだよ。で、アタシは早く終わったからお手伝い。ほい、秋也さん」
リサは両手に持っていたペットボトルを一つ手渡してくれた。渡されたペットボトルはまだひんやりとしていて、先程ま で冷やされていたのが分かる。きっとリサは、こうやって手渡して歩いてるのだろう。
出演者とは思えない動きっぷりだよな……。
「それじゃ、アタシはもう行くね」
「おう、あ……リサ、熱中症に気をつけろよ? 自分の体調にも気を使っておけよな」
「ダイジョブだって! こんなの真夏のレジ打ちに比べたらどーって事無いってば〜」
そういい颯爽と去っていった。
「……てか、冷房付いてるコンビニ内とSANSAN太陽照りつけるステージを一緒にしちゃあかんって」
俺はそう一人呟いてリサから貰ったペットボトルの蓋を開け、熱気でカラカラになっていた喉を水で潤す。その時だけは、 この暑さを忘れる事が出来た。
◇
あのまま、あの場でただ突っ立っているのも邪魔になるだけと思い、Roseliaの控え室に向かっていた。
「失礼しまーす……って誰もいないのか」
メンバーの誰かはいるだろうと思ったのだが、誰もいなかったようだ。しかし困ったな……武内さんとの打ち合わせも終わっちゃってるし、ちょっとそこら辺を見て回ろうかな。
控え室を出ようとドアノブに手を伸ばすと同時に、ドアは開かれた。しかもここのドア内側に開く仕組みで、それが何を指すかと言うと……、
────ドンッ!
「いでっ────」
思いっきりおでこを打ってしまった。とは言ってもそこまで勢いがあった訳では無いので、一瞬の痛みだけで済んだ。
「……え、えっ……? あ、秋也……さん! ご、ごめんなさい! 私……てっきり、誰もいないと……思って」
「……その声、燐子か?」
「はい……あの、大丈夫……ですか?」
「う、うん。なんとか、ありがと」
座り込んでいた俺と同じ背丈になるよう燐子も座り込み、ぶつかったおでこを摩ってくれていた。ほんとこの子いい子だ……お兄さん泣けてきちゃう。
改めて燐子に視線を向けると、相変わらず服装は真っ黒だった。
「こ、これ大丈夫か?」
「これ……って言うと、Tシャツ……ですか?」
「そうそう、黒って日差し浴びて熱くならないか?」
何でこう、うちのバンドは黒や紫とか小さい男の子から"カッコいい"と言われる色ばっかなんだかねぇ……。
まぁ、Roseliaっていう名前の時点で定められてはいたよな。
「でも……友希那さんが」
「なるほど、いつもの燐子が作ってくれた衣装は確かに夏向き……では無いよな。それで、無地の黒Tシャツか」
「いえ、ちゃんと……後ろに」
そう言われ、燐子に後ろを向いてもらう。すると背中には青く"Roselia"と綴られていた。しかも文字に添えるように青い薔薇の刺繍まで……これ傍から見たらおっかない組の者かと疑っちまうほどだ。それほど本格的な刺繍だった。
「おぉ、すっげぇ! これもまた燐子が?」
「は、はい……ちゃんと、秋也さんのもあります……」
「マジでか!」
燐子は荷物をまとめている場所から、綺麗に畳まれた黒のTシャツを取り出し渡してくれた。
流石に女の子の目の前で堂々と脱ぐわけにも行かないので、背中を向けて着替える。驚いたのはサイズがピッタリだった事だ。
燐子に教えた覚えもないし……一体どこで、はっ まさか……。
「もしかしてサイズとか……」
「……? 友希那さんから、教えてもらいました……けど」
「オーマイガー」
最近うちの妹が怖いです……。
「……よし、何だか身が引き締まった感じするよ。ありがとう燐子」
「い、いえ……」
「ん? もしかして緊張してるのか?」
「そ、その……す、少し────きゃっ」
いや〜やっぱり緊張解くには抱きしめてあげるのが一番。これ湊家代々伝わる秘伝の技だからな。
しっかし、ここ最近女の子を抱きまくってるような……いや、決して変な意味じゃないぞ! そんな犯罪行為起こしてませんって……。
「……ナデナデ」
「あ、あきや……さん……」
「……ナデナデ」
「……も、もう……大丈夫……ですから。その……」
「そうか? ならよし」
少し物足りない気もするが、本人にもういいと言われちゃどうしようもない。
「燐子、頑張ろう! 俺は陰ながらだけどな」
「……それじゃ、秋也さんが……私たちの背中を……守ってください」
「まっかせなさい」
するとさっきまでの暗い顔から一転、安心したように笑ってくれた。こうやって元気づけることがステージに上がれない俺が唯一できる事だ。
俺には主人公みたいな特別な力も無ければ天才でもない。ただ、俺みたいな凡人でも出来ることがいくらでもあるんだーって事をたくさんの奴に知らしめてやりたいと思う。
「そういえば他のみんなは?」
「えっと……友希那さんと氷川さんは別々に練習しに行っています」
「相変わらずだな〜あの2人は……」
「あと、今井さんとあこちゃんは────」
「────秋也さーん!」
その時、室内にいても聞こえるほどの大声が廊下に響き渡った。その声の主は、あこだった。
「おい、どうしたあこ!」
「あ、秋也さん……リサ姉が……」
「リサがどうした!」
「いきなり倒れて────」
「……っ!」
あこが血相を変えて必死に伝えようと話しているが『倒れて』というそのワードを聞いただけで、俺の体はすぐに動いた。
あこの向かってきた方向から察するに、きっと練習用のスタジオだと分かった。何故ならそこから先は、通路がない行き止まりだからである。
「────リサッ!」
中に入るとそこには、ベースを肩からかけた状態で横たわるリサがいた。
「おい! 大丈夫か!? っ……熱いな」
体温も高くなってる。それに汗の量が尋常じゃない……。声を何度かかけてみたが、反応がない。多分できる余裕がないんだろうな。
俺はひとまずリサの上体を起こし、ベースを降ろす。
……まずは運ぶしかないよな。こんな状況で恥ずかしいなんて思ってられない。俺は、通称──お姫様だっこと言うやつでリサを持ち運ぶことにした。
────その同時期に夏フェスの幕が上がることとなった。