なんとか俺は、リサを運び出し医務室へとたどり着いた。どうやら脱水症状を起こしたらしく、しばらく安静にしていれば 大丈夫らしい。
「困ったな……」
「今井さん、ずっと皆の手伝い頑張ってて……それで」
「ったく……自分の体調管理も気をつけろって言ったのに」
「あこが練習付き合ってなんて言ったから」
「過ぎたことを後悔してても意味無いわ」
「友希那……」
話を聞きつけて友希那と紗夜もやって来ていた。どちらも今は、この後の事で頭がいっぱいらしい。
「湊さんの言う通りね。しかしどうしますか? Roseliaの番は最後ですが、それまでに今井さんが回復するとは限りません。回復したといってすぐ出られる訳では無いですが……」
「ベースを音源で補うという手もあるけど、それじゃ曲の感じが変わってしまうわ」
「他のベースの方に頼むというのは……」
「この短期間じゃ無理に等しいな。そんなもん天才でもない限りできない」
全員でなんとか考えてはみるが、どれもいい打開策とはいえなかった。そんな間にも次々とバンドの演奏が終わり刻一刻と番が迫ってきている。
「あき君っ!」
医務室前の廊下で固まっていた俺たちの元に、演奏を終え着替えてきた日菜ちゃんがやって来た。
「日菜ちゃん」
「リサちーが倒れたってほんと!?」
「ああ、それで今演奏をどうしようかって話してたんだ」
「そっか……私がベースできたら」
「さすがに無理だよな」
いや、まて……。曲の感じが変わる、他の人……、天才で、短期間。──これだっ!
「日菜ちゃん!」
「ん、なになに?」
「リサの代わりに出てほしい」
『────っ!?』
俺の突拍子もない発言にみんなは驚いていた。そんな中、提案された当の本人は「え、えっ……?」と戸惑っていた。
「で、でもあたしすぐにベースできるか……」
「いや、ベースじゃなくていいんだ。ギターでいい」
「でもでもギターならおねーちゃんが」
「兄さん、もしかしてツインギターにする気?」
『……っ!?』
またまた周りに驚きという名の電流走る。流石我が妹、俺の思惑にすぐに気づいたか。
「その通りだ。でも、これをやるためには、日菜ちゃんが譜面をすぐに覚える必要があるんだけど────」
「────やるっ!」
「日菜! あなた分かっているの? もう私たちの出番までほとんど時間もないのよ」
「なら、お前が支えてやるしかないんじゃないのか?」
「……っ」
リサが、Roseliaがピンチって時にこう思うのは少し場違いかもしれないが、この姉妹の仲を縮められるのは今がチャンスなんじゃないか? と思ってしまった。
そして俺は話を続ける。
「確かにいくら日菜ちゃんでも、この短時間で全て覚えるのは難しいだろう。でも今は、それを的確に教えられるお前がいるだろ 」
「私が……教える」
「あっれぇ〜? それとも何か、紗夜お姉様は妹へのコンプレックスをこじらせまくった末に『姉より優れた妹など存在しない』とかなんとか言っちゃって、教える事も嫌になっちゃったのかなぁ〜えぇ〜?」
「……ッ」
やばい.ちょっと煽りすぎたかな。なんかお姉様が歯ぎしり立ててこっち睨んでくるんだけど……。
もうあれだ、飢えたライオンの檻に入れられた気分だよ。ライオンの王様だよ……キングだよ。
「おねーちゃん」
「……っ、日菜」
「……」
二人の間に沈黙が流れる。その空気に圧されてか、俺たちも黙ってしまう。
しかし、そんな沈黙を先に破ったのは紗夜だった。
「……はぁ、さっさと準備して」
「──おねーちゃん!」
「何してるの、時間は限られているんだから。Roseliaのギターパートはそう易々と覚えられるほど甘くないのよ」
「……うんっ!」
これで一件落着……なのかな。まぁ、これで少しは仲が改善されるきっかけになれば良いけど……。
「それじゃ、おまえ達も最後の練習行ってこいよ」
「で、でも……」
「あぁ、リサの事なら俺に任せろって! たとえ火の中、水の中、草の中、森の中、土(ry リサのスカートの中、どんな場所でだって守ってやるさ」
「……どうにも信用しずらい」
「あれが兄さんなりの安心のさせ方なのよ。察してあげて」
「おお……流石は兄妹 」
こら、そこ感心しないの。
てか、友希那よ……お前いつからそんな察しの良い子に育ったの。でも自分のデレには相変わらず気づかないと……くっ、タチ悪いぜ。
「ほらほら、行った行った」
「はーい」
「はい……」
「兄さん、リサに何かしたら後で覚えておいて」 「……ひゃ、ひゃい!」
兄の尊厳0になりそう……。
3人の後ろ姿を眺めながらそう思う俺だった。
◇
みんなが去った後も俺は、リサの側を離れずにベッドの横にパイプ椅子を設置して様子を見ていた。
「失礼します。秋也君、今井さんの様態は……」
「武内さん……、だいぶ汗の量も少なくなってきてますね。表情も心做しか落ち着いています」
「……そうですか」
自分だけ座っているのもなんだと思い、武内さんにもパイプ椅子を用意する。時計をチラッと確認すると、もうすぐRoseliaの番だった。
「あ、そうだ。日菜ちゃんの件、勝手に決めてしまってすいません……こういうのってちゃんと許可取らないとですよね」
「いえ……その件は大丈夫です。私の方から事務所には伝えていますから」
良かった……。もしこれでなんか罰せられるとかなんてなったらと思うとゾクッとする。
「それはそうと、日菜さんが自分からやりたいと言ったのですか?」
「いえ、俺が閃いた事で……それに日菜ちゃんが賛同してくれたってだけです」
「なるほど、実に考えましたね。ギターを二組とは……」
「自分でもあの時は、馬鹿な考えかと思いましたがね。でもあの2人なら……と思いました」
的確な支持だったとは思わない。本当に的確な支持が俺に出来るなら、まずリサが倒れるなんて事は起こらなかったはず。
だからこの程度で俺が自惚れることは無い。
「秋也君はよく見ていますね」
「えっ?」
「実は昔、私があるプロジェクトのアイドルを持っていた時のことです。その時、事務所所属アイドル総出のフェスを開催しました……」
その話によると武内さんが担当していた新人アイドルの1人が、極度の緊張と発熱で倒れたという。その彼女ともう1人でユニットを組んでいたらしく、彼女がどうしてももう1人だけは出して欲しい、と強く頼んだらしい。 そして結果、メンバーの1人が率先して代わりをやろうと出てきてくれて、無事ユニットは出れたそうだ。
「私は都合上、皆さん一人ひとりを見ることは出来ていませんでした。彼女が自分から出てきてくれなければ、そのまま願いを叶えられぬままでした」
「でも武内さんは凄いですよ……そんなに多くのアイドルを持ちながらも仕事してたんですから。俺はその、何にも縛られる役職がないからこういう自由な発想ができる訳ですから。俺がもし同じ現場にいたらパニクってたましたよ。ははは……」
そんな自由な俺だからこんな我が儘を思いつくんだろうかな……。
「武内さん、一つお願いしたいことがあるんです」
「……何でしょう」
「彼女を、リサをステージに……Roseliaと一緒に上がらせてやりたいんです」
「つまりそれは、Roseliaのステージを2度やるという事ですか?」
「はい……自分が馬鹿で無理難題を押し付けてるのは重々承知の上で、です」
やっぱり難しいよな……。
武内さんは困った様子でいつもの手を首に当てる仕草をしている。でも俺にも譲れないものがあるんだ。
「リサの頑張りを無駄にして欲しくないんです。これからに活かせばいい……と言われれば何も言えません。ですが、こいつはこの日のためにずっと頑張っていたのを俺は知ってる。こいつ、ずっと「自分はメンバーの中で1番下手」だって自分を卑下しまくって、誰よりも頑張ってたんです。だから今日、ステージに立って演奏して、自分に自信を持ってほしいんです お前は凄いんだって……」
「だからお願いします。こいつをステージに上げるためにRoseliaに2度目の演奏をさせてくださいっ 」 頭を下げるなんて事初めてだったかもしれない。それほど、俺は必死だった。
────沈黙が痛い。今にも胸が破裂しそうだ。何度目かもわからない顔から流れ落ちる汗。そしてまた1粒、落ちる……その時、 医務室のドアが開いた。
「……全く、男がそう軽々と頭を下げるもんじゃないぞー 」
「優さん……」
「おう.……ったく、さっさと顔上げなって、すいませんね。いきなり秋也君の愛の告白の相手になってもらっちゃって」
「は……はぁっ!?」
当の武内さんはというと「は、はぁ……」と若干返しに困っていた。
「安心しなって、もしかして説明聞いてなかった 」
「……へっ?」
「今回のフェスだけど、全バンドの出番が終わったら観客に投票してもらうんだよ。それで一番票を貰ったバンドがもう1度演奏できる仕組みって事 all right?」
「お、おーけー……」
突然の事でまだ頭がついて行かない。そんな俺をほっぽり出して、武内さんと優さんは医務室を出ていってしまった。
……マジかよ。俺めちゃくちゃ恥ずかしい事言ってたぞ! ああああああちゃんと説明聞いておくんだったああああああ!
……ってか、確かその事Roseliaのみんなに俺が説明してたじゃんか……やべ、穴があったら入りたい。
「はぁ……最悪だ────」
「……っ……ふっ……ふふっ……うっ……ぷふっ」
ん、なんだ? この音……。
「あははははっ! いや〜もうだめっ! 耐えられない! あははははっ!」
「げっ、リサお前!」
どうやらさっきの音はリサだったらしい。ってかどんだけ笑ってんだよ……笑いすぎて 顔真っ赤だぞ。
「はぁー、いや〜笑った笑った」
「どこから聞いてたんだよ」
「『彼女を、リサをステージに……Roseliaと一緒に上がらせてやりたいんです(イケボ)』ら辺だったかな 」
「やだ……もうお嫁に行けないっ!」
もうだめだ……おしまいだぁ……。誰でもいい僕を岩盤に叩きつけてくれ。
「……でも、すっごいカッコよかったよ。さっきの秋也さん。アタシめっちゃドキッとしちゃったよ〜ははは……」
「そ、そうか……」
「う、うん……」
「……」
「……」
……お互いしばらくの間、顔面真っ赤で沈黙が続いた。