────どんなに無理だと言われようと、どんなに他人から自分の音楽を否定されようとも、私は私の音楽を信じる。
「────♪」
だめ……こんなんじゃ全然、超えられる気がしない……お父さんでも超えられなかった相手に……。
「────っ。何が私は私の音楽を信じる……よ。一番信じきれてないのは私じゃない……」
今日はもう帰ろう。自主練と言って一人でスタジオに来たけれど、あまり遅くなると兄さんが心配するもの。
借りたマイクを元あった場所に戻し、ステージの照明を消す。外に出ると人工的じゃない自然な光がパッと顔を照らした。
「スタジオ、空きました」
「お疲れ友希那ちゃん。最近、個人練頑張ってるね。Roselia、どう?」
「まだまだ上を目指せると思います」
昔の私だったら、ここから何も言わなかったかもしれないわね。 スタッフさんもそう思っていたのか、私が「でも」と続けると少し驚いていた。
「でも、最高の仲間だと私はそう思っています。みんな以上の仲間は私には見つからないのだと」 「そっか、変わったね友希那ちゃんも前に同じような質問した時が懐かしいよ」
「そうでしたか?」
同じような質問をされただろうか、私には検討もつかない。
「ええ、あの時も友希那ちゃんが個人練しに来た時だったわ。"Roselia、どう? "って全く同じ質問をしたらね……"まだまだ理想のレベルには程遠いです"って言ったのよー」
思い出したわ。まだRoseliaが出来たばかりの頃ね。確かにあの頃は、それしか言葉が無かった。 紗夜は、どこか音楽に集中出来ていなかったし。
リサは、ブランクのせいでベースはほぼ初心者に近かったし。 あこは、演奏になると一人先ばしりしていて全員で合わせるというのができていなかったし。 燐子は、腕こそ良いものの積極性が欠けていたし。
そんなメンバーを前に私は"頂点"を目標にした。音楽の頂点、そこそこなんかじゃ満足しないと圧をかけた。それでもみんな、私について来てくれた。
紗夜は、自分の力で悩みに折り合いをつけて完璧なギターを。
リサは、今までの遅れを取り戻すように人一倍努力して最高のベースを。
あこは、周りとの調律を学んで誰よりもカッコいいドラムを。
燐子は、自分の意思を、音色をはっきりと伝えられる立派なピアノを。
私の無茶な目標を超えてくれた。他の人なんかでは、到底敵わないメンバーばかりだ。 だから尚更、負けるわけにはいかない。どんなに仕組まれたオーディションだったとしても、文句のつけようがない完璧な音楽を……。
「……ちゃん、友希那ちゃん 」
「…………っ! えと……なんですか?」
「ほ、やっと反応してくれた。友希那ちゃんってば急に考え事に没頭しちゃうんだものビックリしたわ」
スタッフさんに言われやっと気づいた。そうだ私……話の途中で考え事しちゃって全く聞いていなかった。
「ごめんなさい……」
「いいのよー。友希那ちゃんが個人練する時は決まって何か悩みがある時でしょ?」
「……っ!」
まだ今日を入れて2回しかしていないけれど、当たっていた。1回目はお父さんのバンドに勝つため。そして今日は、お父さんのバンドが超えられなかったオーディションの罠を超えるため。
どちらもお父さんが繋がっていた。音楽を、バンドを続ける限り切っても切れない縁なのかもしれない。
「一人で抱え込んじゃダメよ 」
「……はい」
「友希那ちゃんには素敵なお兄さんがいるんだから」
「────っ! そう……ですね」
それもいいと思った。でも、そう言って前も兄さんに相談にのってもらって背中を押された。
頼ってばかりじゃいけない。自分の悩みは自分で解決しなくちゃ……。
◇
「友希那〜ちょっと来てくれ」
「なに? 兄さ…………きゃっ」
個人練から帰ってきた友希那を俺は、すぐに自分の部屋に迎え入れた。友希那の腕を引っ張り、胸元まで持ってきて抱きとめる。抵抗もなく俺の腕の中にすっぽりと収まった友希那をベッドに座らせる。
「さて、ここに座らせたってことは分かるだろ 」
すると、友希那は思い当たる節があるのだろう。眉がピクリと動いたのが見えた。
俺は、友希那を座らせたその隣に腰を下ろし、話を聞く体勢になる。
「……何もないわ」
「だったらなんで俯く。何もない自信があるなら堂々とすればいいじゃないか」
一筋縄では行かない。そんな事は前にも一度経験しているからわかっていた。 いつも凛々しいほどちゃんとしてる友希那が、誰にでもわかるほど悩んでいるのだ。何もないわけがない。
「でも…………」
「兄さんじゃ頼りにならないか?」
「そ、そんなこと!」
「なら言えるはずだ」
何十分でも何時間でも待ってやる。だから兄を頼ってほしい。兄っていうのは妹に頼られて初めて、兄と名乗れるのだから。
例え妹に"兄には絶対に頼らない"っていう気持ちがあったとしても、それでもお構い無しだ。
「なんでもいい。悩んでいる事じゃなくても、今友希那が思っていることでも……なんでも話してくれ」
「いい……の?」
「ああ、いいともさ」
友希那は一息つくと、ポツリと呟くように話し始めた。
「……私、超えられるのかしら」
「超える?」
「そう、お父さんを……FWFのオーディションを……」
あの夏祭りの日、友希那は堂々とやってやると言ってくれた。それは多分、弱気になってる俺がいたからなんだよな……本当は友希那だって不安だったに違いない。
だからこそ、俺はここで友希那の背中を押してやらないといけなんだ。
「自分の音楽を信じる……そう言ったのに一番信じられてなかったのは、結局自分だった」
「お前の歌は最高だ……なんて言っても解決にならないよな」
「……兄さん」
「でも一つだけ言っておくぞ。お前の音楽は人を動かす力がある。それだけは信じてくれ」
俺は、友希那が喋る前に次々と言葉を並べていく。
「その例としてRoseliaがそうだ。紗夜は、お前が一人スタジオで歌っていたの聴いてバンドを組もうとした。リサは、お前の音楽に対する気持ちに心うたれバンドに入ってくれた。あこも、そして燐子もお前がスタジオで歌うその姿を見て、聴いて入りたいと言ってくれた」
どれも嘘偽りのない真実。
友希那の信じるものがみんなを動かし、そしてRoseliaというバンドを作り上げた。
「私が……」
「そう、お前がみんなを動かした。どうだ、まだ信じられないか? 自分を音楽を」
「私……私は────」
「まだ焦らなくていいさ。じっくりと考えろ。な?」
また俯いた友希那の頭を、ゆっくりと撫でてあげた。友希那もみんなも絶対に大丈夫だという思いを込めて。神童、あいつの失敗は一つ。あの時、Roseliaの力を見ていかなかったことだ。音楽に関しては問題ない。あとは気持ちの問題だ。
────オーディションまで残り2週間。
お久しぶりです…。だいぶ更新遅れましたこと、大変申し訳ございませんでした。