笑わない妹と夢見る頂点へ   作:イチゴ侍

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【最終話】笑わない歌姫と俺

「まさか来てくれるなんて思ってなかったよ。ようこそRoseliaの皆さん」

「あぁ、これはどうもご丁寧に」

 

 たいして感情のこもっていない神童の言葉に、俺は素っ気なく返す。表面上はただのオーディションだが、そこには審査するされるの仲はない。相手は審査する気もないし、俺たちは審査される気もない。

 

「Roseliaの皆さん。スタンバイお願いします」

 

 審査員の1人が呼びかける。みんなが黙々と準備をする中、俺は神童と睨み合う。嫌味のこもった不敵な笑みが憎たらしいが、手は出さずぐっと堪えて部屋の隅に置かれたパイプ椅子に腰を下ろした。 横一列に並ぶ審査員5名。その真正面にセンターマイクは置かれ、雑音一つ無い音のない世界で歌姫は構える。

 

「準備終わりました」

「では、お願いします」

 

 あの日、Roseliaの演奏は過去最高のものになった。季節外れの芽を残して──。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

「友希那〜そろそろ起きろ」

「……もう朝?」

 

 薄らと空いた目を擦る友希那は、どこか猫のように見えた。そう伝えたら喜ぶのか、はたまた照れ隠しに怒るのだろうか。

 

 

「ほら、寝癖ひどいぞ」

「ん……兄さん、くすぐったいわ」

「じっとしてろよ、せっかくの綺麗な髪が台無しだ」

「……ばか」

 

 嫌そうな顔をする友希那。 しかし俺の手を振り払おうとはしない辺り、素直じゃない。そしてそこもまた可愛いのだ俺の妹は。

 

「兄さん。早く部屋から出てってよ」

「え、なんで」

「.着替えられないじゃない」

「なんだそんなこと気にしてんのか。別にもう何度も見てるんだから別に──」

「……」

「あ、はい。はい、すぐに出ていきますから……だからその軽蔑の目を止めて 」

 

 汚いものを見るかのような鋭い眼光にやられ、俺は颯爽と友希那の部屋を飛び出す。

 階段を降りる際に「先に下で待ってるからな」と言い残すと、「ええ」と小さな声で返事を返してくれてホッとした。

 

 リビングへと戻ってきた俺は、朝ごはんが用意されたダイニングテーブルの椅子に座りテレビの電源を付ける。

 

『今年も開催 FUTURE WORLD FES 今日は出場メンバーの皆さんに──』

 

 俺たちRoseliaは、あの日オーディションを受け、案の定落ちた。他の神童を除いた審査員はみな好評だった中、あいつだけは急いで作ったかのような不評の嵐。 他の審査員の人たちは最後まで抗議してくれたが、あいつの親父はFWFを開催する会社の社長。その社長の息子という権力を振り回して審査員の好評を揉み消した。

 会場を後にしたあと「すまない」と何度謝られただろうか。しかしRoseliaが返したのは怒りでも悲しみでもない。

 

「ありがとうございました」

 

 感謝の言葉だった。 それは建前でも何でもない。本心で、そしてなにより、審査員全員があいつと同じではないのだと分かったことが一番嬉しく思えた。

 

 

「兄さんおまたせ」

「よし、じゃあ食べようか」

「ええ」

「いただきます」

 

 あれから一週間。俺たちにはまた普通の日々が待っていた。Roseliaは決して終わることもなく、毎日放課後に練習して頂点を目指すため他の道を模索している最中だった。

 

 

「今日はイベントが一つ取れた。Afterglowとの合同だ」

「……確かあこのお姉さんがいるバンドよね 」

「ああ。実力もなかなかだし、負けんなよ?」

「当たり前よ」

 

 トーストに噛み付く友希那。 俺たちがFWFに気を取られている間に、実力派バンドが次々と現れていた。それも全て夏のフェスでパスパレ、Roseliaが出演してからだという。

 〝ガールズバンド〞 主に女子高校生を中心に組まれたバンドを総じてそう呼ぶらしく、その人気はアイドルと同等だとか。

 

『そしてなんと、今年のFWFの出演バンドに一つまだ明かされていないバンドがあるそうです 一体どんなバンドなんでしょうかね──』

「特別ゲストかなんかか?」

「さぁ。どうかしらね」

「……出たかったか?」

「分からない。元はお父さんの仇討ちで目指した場所だった。でも目指すうちにRoseliaの目標になって……出たかったといえば出たかったのかもしれないわね」

「にしては悔しくなさそうだな」

 

 なぜなら語る友希那の顔が──

 

 

 

「だって……楽しかったから」

 

 

 

 笑っているのだ。

 

 

「そっか。それは良かったな」

「ええ」

 

 やっと見れた。 笑顔を見せなくなったあの日。あれから望んで、望んで.その果てにやっと俺の妹──湊友希那としての笑顔を見ることができた。願いが叶ったんだ。 でもきっと「笑ってる」なんて言ったらすぐに止めてしまうだろうから口にはしない。

 

 

『それでは次のコーナーに参りましょう。今日のにゃんこ!』

「兄さん、すぐに音大きくして」

「はいはい」

「はぁ〜……」

 

 友希那の目線は、すぐさまテレビの向こうの猫に当てられた。この光景もなんだか懐かしい気がする。でも今となっては……。

 

 

「ニャー」

「お、リア〜よしよし、友希那が構ってくれなくて寂しいのか?」

 

 我が家もついに猫を飼い始めた。いつぞや友希那が熱心に語っていたマンチカンで、名前はリア。

 オーディションが終わり少ししてから親父が連れてきたやつで、雨の中家の前でたむろってたのを迎え入れたらしい。友希那が家に帰って来て、猫を見た時の反応はそりゃもう目を白黒させて付かず離れずだった。

 

 

「うぅ……リア……」

「ほら、リアだって構ってほしそうだぞ〜?」

 

 リアの手を動かし友希那を招く。肉球をぷにっと触る度に友希那は羨ましそうにこっちを見る。 すると俺の膝に収まってたリアが離れ、友希那に向かっていった。

 

「え……?」

「ニャ」

「……っ!」

「……?」

「…………」

 

 えー、今起こったことを説明するとだ。

 友希那が座る椅子に近づいていったリアが、友希那の足元に手を乗せた。それを見ていた友希那とリアの目が合った瞬間、 友希那の顔は真っ赤に染まり噴火寸前の火山みたいになっている。

 

 

「に、兄さん……」

「リアが待ってるぞ?」

 

 友希那は意を決したのか、恐る恐る手をリアに伸ばす。リアも友希那の手を静かに待つ。そして──

 

「あっ……」

「〜♪」

「よかったな」

「ふふっ、リア〜」

 

 友希那はすっかり慣れたようで、乗せるだけだった手も次第に撫でる動作も追加された。

 

「友希那〜、ハマるのもいいがそろそろ学校行く時間だぞ〜」

「わ、分かってるわ……もう少し、もう少し……」

 

 そうして結局、それは遅刻ギリギリまで行われ俺たちは遅刻した。

 

 

 ◇

 

 

 

「ってことがあってよ〜」

「へぇー、友希那が遅刻なんて珍しいとは思ってたけど、まさかそんなことがあったとは」

「リサがいればならずに済んだんだけどな……」

「ごめんね。アタシ今日は日直だったからさ。でも良かったね友希那、やっと猫が飼えて」

「もうその話はやめて……」

 

 遅刻したのを相当根に持ってるのか、一人スタジオの端っこで不貞腐れていた。

 放課後、いつもと同じ場所でRoseliaは集まっていた。しかし今回は少し違う。何が違うかというと、俺たちは呼ばれたのだ。なんでもどうしても会いたいという人がいるらしく、その連絡をこのスタジオから受け、今に至る。

 

「でも誰なんだろう、あこ達に会いたい人って」

「ファンの方……ではなさそうですね」

「そりゃ、一ファンがこんな大それたことできるわけないだろうしな」

「もしかして、あの時の人とか……」

 

 燐子の発言でスタジオ中が暗くなった。あの時の人、まぁつまりあいつだ。俺たちが一番会いたくない人物とは考えられないが、もしかしたらと思うとゾッとする。

 

 

「にしたって今さら何の用だよ」

「また嫌味でも言いに来たりして」

「だとしたら暇過ぎだろ」

「──失礼するよ」

 

 笑い合う中、スタジオの入口が開き、渋い声が響いた。入ってきたのはかなり年齢を詰んだ方で、黒髪から覗く白髪がそれを物語っていた。

 

 

「えっと、あなたは?」

「私は神童(しんどう)義文(よしぶみ)と申します」

「神童……って、え!? もしかして」

「神童明宏の父です」

「ええ──────っ!」

 

 ということはこの人は、あのFWFを運営してる会社の社長ってことか。そんな人がなぜ俺たちに会いたがっているのか、 心のどこかで察しがついていたが、早とちりしないようまずは、義文さんの話を聞くことにした。

 

 

「先日は我社のオーディションを受けていただきありがとう」

「いえ、俺たちにもいい経験になりましたから」

 

 これは嘘でもなんでもなく本当だ。Roseliaは確かにあの仕組まれたオーディションで落ちた。でも、それはあく まで結果であの時のRoseliaには、その落ちるまでの過程が何より一番重要だったのではないか。改めて振り返ってみるとそう思えてくる。

 なんであれ、あいつはただRoseliaの進化に貢献しただけになったのだ。

 

「……君たちの目を見る限り、それは本当なのだな。実を言うとだね、今日は君たちに謝りに来たのだよ」

「謝るって、義文さんが……ですか」

「ええ。息子、明宏のことでどうしても謝らなければいけないと思ってね」

「あ、あの。別にアタシ達はそこまで気にしてないって言いますか……」 「息子には、相応の罰を与えているところだが、本当にすまない」

 

 義文さんは頭を下げてしまった。 俺たちは、すぐに「上げてください」と口にする。が、一向に下げてくれる気配がない。 そのまま土下座までもしてしまうのではないか、という勢いだったので、俺は咄嗟に思った疑問を口にした。

 

 

「あの、何故そこまでするんですか 俺たちは別に何度もやられてるわけじゃないのに……」

「先日、審査員を担当していた1人からこれまでの息子の悪行を聞かされたのだよ」

 

 その審査員とは、あの時何度も「すまない」と謝罪していた人だった。あいつから圧力をかけられていたにも関わらず、クビを覚悟で報告してくれたらしい。 どうやらその人は、オーディション初期からあいつと一緒に審査していたようで、今回と今までのも含めて話したそうだ。

 

「その中で湊友希那さん、湊秋也さん、お二人のお父さんが組んでいたバンドがなぜ落ちたのか、それも聞かされました」

「……」

「お父さん……」

「私も疑問だったのです。あのバンドの音楽はとても素晴らしかった。音楽会に革命を起こせるかもしれないほどに……だからオーディションなどすぐに受かる、落ちたのはきっとコンディションが悪かっただけだ……」

 

 あの日、親父達のコンディションは最高だった。バンド仲でトラブルなんて何一つ無かった。

 

「でもきっと次の機会にまたやってくる……そう思っていたのも束の間、彼らのバンドが解散になってしまった」

「ええ。それからお父さんは音楽に関するもの、音楽自体を捨てた」

「取り返しのつかない事をしてしまった。今すぐにでも彼本人に謝りたい ……でもまずは、君たちが先だと思い今日は会ってもらったのだ」

「そう、だったんですか」

 

 義文さんは、膝の上で強く握り拳を作っていた。

 

『君たちの音楽は最高だった。心が震えたよ……なのに、すまない。本当にすまない……』

 

 あの日、俺たちに何度も謝っていた人たちが言っていた。

 義文さんもみんなそうだ。

 音楽を心から愛してるんだ。

 だから素晴らしい音楽を作り出してくれる奏者の道を、嘘偽りであれ潰してしまったことに心を痛める。

 

 

「今日は謝罪だけではなく、これを渡しに」

「これは……」

 

 義文さんから1枚のチケットを差し出され受け取った。

 

「FWFのシークレットバンドとしてRoselia、君たちに出てほしい」 「っ!」

 

 どうやら予感は当たっていたようだ。 今朝見たニュースで知らされていないもう1グループ、そして会いたいという人からの呼び出し。うぬぼれすぎだと言われても言い返せないが、何となくRoseliaが出れるんじゃないかっていうそんな気がしてたんだ。

 

 

「こちらから断っておいて虫が良すぎるのは分かっている。しかし、彼らの二の舞になってほしくないんだ。頼む……」

「私たちは──」

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 熱気に包まれる会場。止まらない歓声。広がる人の波。 お父さんもこんな景色が見たかったんだろうか。センターマイク前に立つ私はふと思う。

 

 

「ひゃー、おっきいな〜」

「今井さん。少しは緊張感持ってください」

「はーい」

 

 いつも見てきた光景。例えどんな所に行ったってきっと変わらないのだろう。愛用するギター、ベースを構える二人を見て私は思う。

 

 

「りんりん すっごいいろんな人が見てるけど大丈夫?」

「うん。あこちゃんと、そしてみんなといれば私は平気。頑張ろ、あこちゃん……!」

「うむ、我が暗黒の力を持って究極の音色を奏でようぞ……」

「あこちゃん、カッコいい……」

 

 何度も純粋さに助けられた。これからもどんなに目の前が真っ暗でも二人が照らしてくれるのだろう。キーボード、ドラムスティック、武器を構える二人を見て私は思う。

 

 そして、同じステージにはいないけど、いつでも私とRoseliaと共に歩んでくれたもう一人のRoseliaメン バー。そしてこれからもどんな時でも私たちの観客でいてくれる。今どこで見てくれているのだろう、聴いてくれているのだろう。

 

 

「この曲は、この舞台を目指した私の父が作った曲です。聴いてください──」

 

 

 最初は、ただの仇討ちだった。尊敬するお父さんの音楽を認めなかった人たちが憎い。そんな不純な、音楽への冒涜のような理由だった。

 

 でも、今はとにかく楽しい。仇討ちなんて理由でここになんて立ちたくない。ここは、純粋に音楽を愛す人達が立てる場所だ。だから、お父さんがこの音楽の世界にいたっていう証は、みんなの記憶に残したい。

 だから歌わせて。

 

 

 

 

「──"LOUDER"」

 

 

 

 

「親父、友希那は本当に自分の信じた音楽、そして親父の音楽を認めさせたよ」

 

 ステージ上に咲く薔薇に視線を送る。 あいつの声を、歌を聴き続けた。心が震えなかったことは無い。繊細でどこか力強く、思いの丈を具現化したようなその歌声。

 

 あいつはこんな所で収まるようなやつじゃない。もっと先を今は見据えている。なぜならあいつは、音楽の本当の楽しさを知ったから。

 仲間とともに、自分の歌を好きでいてくれる人達に聴かせる喜びを……。

 

 まだまだ足りない、あいつの笑顔からそう感じられる。 だから俺は、寄り添い続ける。あいつに、仲間達に。

 

 

 

 ──頂点へ、狂い咲け

 

 

 だってこれは、

 笑わない妹と夢見る頂点への物語だから。




ここまでお付き合いして頂き、誠にありがとうございました。
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