私が脱衣所に飛び込むと、そこには千紗がいた。今日は千紗の掃除当番だったかな、という疑問が頭をよぎった。しかし、そんな考えも千紗の顔を見た途端に吹き飛んでしまう。
「千紗……?すごく顔が青いよ。真っ青だよ。大丈夫?」
私は声をかけたけれど、千紗からのレスポンスがない。千紗は固まっているだけだと思ったけど、よく見ると震えていた。
「千紗……!」
震える千紗の肩を揺すると、叫びながら飛び上がる。そして私を見て、ほんの少しだけ安堵したかのような表情を浮かべた。
「きゃぁ!……ってなんだ、絢か」
「どうしたの、千紗」
「えっと、それは……」
「この向こうに、何かあるの?」
「それは、そうなんだけど……」
「見たの……?」
「うん」
「私も見ていい?」
「……やめた方がいいと思う」
千紗の顔は恐怖の色に染まっている。この先に何があるのか、好奇心はあったけれどそれ以上の恐怖を感じた。
「千紗、なんでここにいるの」
「まほろ、遅かったね。何してたの?」
「んー、ちょっとね」
「ちょっとって……?」
「ほら、リビングに行ってたんだけど。察しなさいよ」
「そっか、変わりなかった?」
「全然。相変わらず酷いスノーノイズだった」
スノーノイズっていうのは、テレビの画面に映る砂嵐の正式な名前らしい。後で調べたことだけど。
「で、2人してなんでこんなところで突っ立ってるわけ?」
「それは……」
私がまほろに事情を説明すると、まほろは迷わずにドアハンドルに手をかけた。
「ちょっと待って。まほろ、怖くないの?」
「いつまでも怖がってたってしょうがないよ。行く時は行かなきゃいけないの」
まほろが戸を開けると、微かに惨たらしい臭気が漂ってくる。最初はよくわからなかったけれど、それが少しして血の匂いみたいだと気がついた。
「……っ!」
「ちょっとまほろ、何があったのよ」
「……」
まほろは息を詰まらせる。それは傍から見てもわかることだった。
「……ぁ、…………」
一歩、二歩と後退る。まるで見てはいけないものを見てしまったかのように。
そのまま引き戸のレールに踵を取られてまほろはよろける。私は咄嗟に後ろから駆け寄ってまほろを支えた。だけどその時、見てしまった。扉の先に、何があるのかを。
見たこともないくらいに赤い湯が張られた浴槽と、コンクリートに入った亀裂のように床に広がる血の海。それはまだ乾き切ってはいない。それから、壁一面に血で書かれた文字がびっしりと並んでいた。
最初に目に飛び込んでくるのは高さ3m程もある壁を全面使って書かれた『私を見て』という文字。そして、その隙間を埋めるかのように書かれた不可解な英数字の文字列。s6hT。
それだけでも足が竦んで動かないのに、立ったままだった千紗は、更に何かを見たらしかった。
「千紗……!」
「絢……あ、あれ…………」
指先の指し示す方向を恐る恐る覗いてみれば、水面に包丁が突き立っていた。
「み……はる…………?」
そして私は見てしまった────。