天才がゲシュタルト崩壊!! by及川   作:こうやあおい

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10話:及川徹の青城入学

 

「ねえ、入学式で見た!?」

「見た見た、すっごいカッコいい人いたよね!」

「ねー! なんかね、バレー部の期待の新人なんだって! 中学でも有名だったらしいよー」

「えー、こんど見に行こうよー!」

 

 及川徹、という人間の持つ、それこそ天性の「華」とやらを北川第一出身の人間はまだまだ見くびっていたようだ。

 と、高校入学以降絶えることのない及川の噂を耳にしてうんざりした様子の人間がいた。

 気持ちはちょっと分かるかな。と、ユカは高校で再び同じクラスになったその人物──岩泉が廊下の先で複数の女生徒に囲まれ、いくつかの差し入れと思しき包みを抱えて教室に戻ってきたのを見て思った。

 隣の席に腰を下ろした岩泉は、ユカが何かを訊ねる前に自分から愚痴り始めた。

「まーた及川に渡してくれだとよ」

「そ、そうなんだ。た、大変だね」

「中学んときもうざったかったが、高校のレベルなめてたわ。これから先が思いやられる」

 眉間に皺を寄せながら岩泉は預かり物を鞄に仕舞った。

 中学時代、及川がいくら女生徒に人気だったとは言え北川第一はあくまで地元の公立校。及川とは小学校から一緒だった人間も多く、ある意味で及川の存在に慣れていたのかもしれない。加えて、中学生という年齢層のせいもあるだろう。

 しかし、高校になると一気に年齢層はあがるし、県内から大勢の人間が通ってくる。及川を知らない人間にとっては、彼の華やかさはある種の衝撃でもあったのだろう。

 そうしてまた及川自身が愛想を振りまくことを怠らない人間というのも災いして、さっそくアイドルのような扱いになってしまっている。

 岩泉は及川とは同じバレー部であるし、そもそもが幼なじみで仲がいい。ゆえに強制的に橋渡し役として女生徒に先ほどのように使われており、日々イライラを募らせている様子だった。

 ユカもまさかこれほど騒ぎになるとは思ってもみなかったが、それはそれである。関わらなければ実害はないし──、と思いつつ午前中の授業を受けながらちらりと時計を見やった。そうして少し焦る。あと一分で午前の授業が終わるが、まだノートを写し終えていない。

 昼休みは一秒でもはやく教室から出たいのに。と焦る心とは裏腹に、チャイムが鳴って教師が去ってもノート写し作業が終わらずに数分が過ぎた。

 そうして書き終えてからノートを仕舞い、スケッチブックを掴む。その時──。北一時代でもここまでの歓声は聞いたことない、というレベルの歓声が教室を包んだ。

「岩ちゃーん!」

 次いで聞き慣れた声が響き、目線を上げられないユカの脳裏に明確に及川が弁当を抱えてやってきた図が過ぎった。

 北一の頃ならば誰かしら及川に声をかけて及川はそれに応えるというタイムラグがあったが、入学したての現在、彼はまだまだ遠巻きに、それこそ本物のアイドルのように見られている存在だ。ユカの席は岩泉の隣。つまり顔を合わせずに教室を出るのは不可能に近い。

「やっほー、ユカちゃん! 珍しいね教室で会うって」

 ひ、と案の定声をかけられてユカはおののいた。けれどもさすがに顔を下に向けたまま無視は気が引けて顔を上げれば、予想通り弁当を抱えて満面の笑みを浮かべる及川がいた。

「う、うん。ノ、ノートまとめてたの」

「さすがまっじめー。あ、ユカちゃんも一緒にご飯食べる?」

「う、ううん。私、用事あるから。それじゃ」

 取りあえず笑みで応え、ユカはスケッチブックを抱えて逃げるように教室から出た。──ものすごい針のむしろだった気がするのは、気のせいだろうか?

 岩泉によれば、入学以降に昼に及川が訪ねてくる率は半々らしいが。ともかく、いまの青葉城西の状態、端的に言えば及川フィーバーの中で及川に話しかけられるのはユカとしては申し訳ないが避けたい所であった。

 親しいと誤解されて変な騒動に巻き込まれるのも、岩泉のように橋渡しに使われるのもできれば避けたい。

 とはいえ、今が4月だからそういう状態なだけで、いずれ落ち着いていくだろう。

 及川のことはともかくも、ユカは青葉城西に進学して早くも良かったと感じていた。なぜならば北川第一よりも圧倒的に美術室のクオリティが高いからだ、と教室を出た足でそのまま美術室に行き、ユカは笑みを零した。

 美術準備室には各種画材が揃っているし、中学校よりも予算が豊富なのか質・量ともに桁違いである。

 特別教室棟の三階は角に位置している美術部の窓を開ければ、綺麗に整備された中庭が見えて見晴らしもいいし、学校そのものがスケッチ場所で溢れている。

 北川第一が好きでなかったわけでは決してないが、3年間楽しくやれそうだ。と、予鈴までユカはスケッチをして過ごし、教室に戻って午後の授業を受けた。

 そして5限目の授業が終わって休み時間に入ったところで隣の岩泉が席を立ち、代わりに複数の女子生徒がユカの席に近づいてきて、ユカは目を瞬かせた。

 何やら考えあぐねている様子の女生徒たちに首を捻ると、彼女たちはこう訊ねてきた。

「な、名前教えて貰っていい?」

 ユカもむろん彼女たちの名前は覚えておらず、言われたとおりに告げると「そっかー」などと前置きされてこう切り出された。

「あの、栗原さん……さっきお昼休みに見たんだけど……」

「及川君と仲がいいの!?」

 う、とユカは喉元を詰めた。やっぱりそう見えたのか、と頬を引きつらせつつ笑みを作る。

「同じ中学出身なの。だから顔見知り、かな」

「あ! そうなんだー。あ、だから岩泉君とも仲いいっぽいんだ?」

「う、うーん。岩泉くんは2年生の時に同じクラスだったから、話しやすいかな。やっぱり同じ中学だったからね」

 無意識のうちに「同じ中学」を強調していると、彼女たちは納得したように頷いた。

「えー、じゃあ中学の頃の及川君とか知ってるんだー?」

「いいなー、羨ましいー!」

「ねえねえ、今度紹介してよ!」

 次々と言葉を受けつつ、ドウシヨウ、という単語がリアルにユカの脳裏に過ぎった。やっぱりどう転んでも厄介だ。と本気で困惑していると岩泉が戻ってきたのか、後ろから声をかけてくれた。

「おい栗原、ちょっといいか?」

「え? う、うん」

「悪ぃな。急ぎの用事あんだ」

 岩泉は周りにいた女生徒にそう断ると、教室の外に促し、ユカもその後に続いた。

「あの、岩泉くん。用事って……?」

「言葉のアヤだ、ボゲ」

 ハァ、とため息を吐かれてユカはハッとした。同時に、そんなに困った顔をしてたのか、とややいたたまれない気持ちになる。

「あ、ありがとう」

「だいたいなんだってクソ及川のせいで俺たちが被害に合わなきゃなんねえんだよ。あいつマジぶん殴ってやる!」

「お、及川くんは関係ないんじゃ……」

「そもそもアイツが存在してなかったら発生してない問題だからな」

 及川が聞いていたら「酷い!」と大抗議していただろうな、という発言を聞きながらユカは肩を竦めつつもキュッと唇を結んだ。

 ともかく、せめて夏頃になれば状態も落ち着くだろうし、いまは余計なことに煩わされるよりとにかく絵を描いていたい。と、ユカは毎日遅くまで居残って絵を描き続けた。

 中学の頃は及川の方が遅くまで残っている事もあったが、高校に入って以降一度もそんなことはない。

 というよりは、バレー部は第3体育館を専門で使っており、体育の授業は別の体育館を使っていたためユカはまだ一度も第3体育館には足を踏み入れたことがなかった。ゆえに正確には、ユカは及川が部活後に居残っているのかさえはっきりとは知らないといった方が正しい。

 そうしてひと月も過ぎれば学校にも慣れ、6月が近づく頃にはユカはすっかり自分のペースが出来ていた。

 とは言っても中学時代と同様に授業中以外は絵を描いて過ごす、という実にシンプルな生活サイクルだ。おそらく、他の熱心な部活動の部員も似たような生活だろう。

 ユカはその日も昼休みになるといつものように美術室に向かった。途中、購買でコーヒーをひとつ買い、美術室に着くと一息つきつつ考える。

 持ってきた複数のスケッチブックから、デザイン案だけをまとめているノートをパラパラと捲って思案顔を浮かべた。せっかく高校に入ったのだし、一度、青葉城西の風景を描きたいな、などと考えていると、コンコン、と美術室のドアをノックする声が響いてパッと顔をあげた。

 休み時間の来客は中学時代からごくごく稀だ。ゼロと言ってもいい。誰だ? とドアを見やると、同時に開いた扉から現れた人物を見やってユカは硬直した。

「あ、やっぱりいた。やっほー!」

「及川くん……」

「昼休みってユカちゃんほとんど美術室にいるよね。中学の頃から一度行ってみようと思ってたんだよねー」

「な、なんで……」

「ん? だって不公平じゃん。ユカちゃんは俺の練習いっつも見にくんのにさ」

「だから、何度も言ってるけど、見に行ってたわけじゃないのに……」

「またまたー」

 さも当然のように及川が何やら昼食のようなものを抱えてやってきて、ユカはますます首を捻った。

「ちょ、ちょっと……ご飯、ここで食べるの?」

「そうだけど?」

「え? え……で、でも、オイルくさくない?」

 ユカ自身は慣れてしまっているが、美術室は常に油絵の具の匂いが充満していると言っていい。すれば、及川はきょとんとして、小さく吹き出した。

「バレー部の部室に比べれば全然爽やかなニオイだよ。平気平気」

 言いながら近くの椅子に腰を下ろす及川を見て、ユカはため息を吐きつつそばの窓を開けた。さすがに6月も近いため、風はそこまで冷たくはない。

「あ、もしかして俺邪魔だった?」

「ん……、邪魔と言えば……そう、かも」

「えー、ヒドーイ。少しくらい俺に付き合ってくれてもいいじゃーん。ていうかユカちゃん、何も食べてないじゃん。コーヒーだけなの?」

「そんなにお腹空いてなくて……」

「俺だったらぜったい部活まで持たない! あ、そうだコレ食べる?」

 そうしてガサゴソと買ってきたらしきパン類の中からズイッとひとつ差し出され、首を振るうと及川はなお笑った。

「コレ、俺の大好物なんだよね。牛乳パン。美味しいから食べてみなよ」

「え、いいよ……好きなものならなおさら」

「美味しさを共有するから良いんじゃん。あ、じゃあさ、半分こしよ?」

 言うが早いか返答など待たずにバリッと袋を破って半分にした牛乳パンを「はい」と差し出され、さすがに受け取るしかなかったユカは素直に受け取った。

「ありがとう」

「コーヒーにも合いそうだしね。あ、ユカちゃんもしかして甘いものダメ?」

「ううん。そんなに大好きってわけじゃないけど……」

「俺はけっこう甘党だったりするんだよね」

 なぜだか及川は上機嫌そうで、ユカはこの状況がますます解せずにいた。甘いな……と口に付けた牛乳パンの味を感じて、さらにこの状況が解せずに困惑する。

「今日は岩泉くんと一緒じゃないの? あ、もしかしてケンカ……とか」

「岩ちゃんとは朝から晩まで365日のうちほぼ毎日顔合わせてるんだから、昼ご飯くらい別々な時もそりゃあるよ」

「そ……か」

「リフレッシュだよリフレッシュ。俺、高校入ってけっこう疲れ溜まってたからね」

 笑いながら言われて、ユカはよく意味が分からなかったが、そんなに練習キツイのだろうか、と解釈した。それもそうだろう。中学よりも厳しくなって当たり前のはずで、上級生とは体力差もあるだろうし、ようやく慣れて疲れが出てきた頃なのかもしれない。

「そっか。あんまり無理しないでね」

「へ? なにが?」

「何がって……部活の話、だよね?」

「あ~……うん、まあ、そうだね」

 すると及川はやや眉を曲げて、くっきりと形の良い二重の瞳を少し伏せた。相も変わらず、及川の目は全てが整った及川の顔のパーツの中でも特に綺麗だと思う。見慣れていてもこう感じるのだから、やはり騒がれるのも当然だろう。

「ユカちゃんさ、高校入ってから一度も放課後に体育館来てないよね?」

「あ……。うん、たぶんいつも私の方が遅くて、電気も落ちてるから」

「毎日そんな遅くまで残って何してんの?」

「そりゃ、絵を描いてるんだよ。青城の環境、すっごくいいし。それに……3月に一年で一番大きなコンクールがあったんだけど、結果が思ったよりよくなくて、もっと頑張らなきゃって思って」

「へえ、ユカちゃんでもダメだったんだ。なに、落選したとか?」

「ううん、最優秀が欲しかったんだけど……優秀賞止まりでちょっと悔しくて」

 少し口調に悔しさを滲ませて漏らせば、及川はキョトンとした後に、「ハッ」とやや口元を歪ませた。

「出たよ天才メンタリティ、ほんっとこれだから……」

「だって毎年狙ってるんだもん」

「へえ、否定しないんだ?」

「んー……もうどっちでもいいかなと思って」

「最近、俺の扱い雑だよね!? 岩ちゃんの影響!?」

 相も変わらず、やはり彼の感情を揺さぶるのは「天才」という単語で、それに本人も振り回されていて。けれども自分相手だからこそ彼はこの程度で済んでいるしこちらも対処に慣れたが、何となく牛島や影山相手だともっと極端になるのだろうな、とユカは感じた。

 とはいえ中学の頃は自分は及川とは相性が悪くて仲良くなどきっとできないと思っていたのだから、いま普通に話せているのはけっこうな進歩かもしれない。と考えていると、さっきの話だけど、と及川は話を変えた。

「もし少しはやく帰る事があって、もし体育館に寄ったらさ。今度はちゃんと声かけてね」

「え、と……バレー部って第3体育館使ってるんだよね? 私、行ったことなくて……それに外から直接入れるドアがないから、中を覗いたりも出来ないし」

「上がってくればいいじゃん」

「う、うーん……」

 言葉を濁しつつ、一度くらいならバレー部がどんな環境で部活をしているか見るのも悪くないかな、と考えながら話していると予鈴が鳴った。

 そこで途端に現実に引き戻される。

「及川くん、先に戻ってて。私、窓閉めてからいくから」

「窓閉めるのって数秒で終わるんじゃないの」

 一緒に美術室を出て普通教室棟に戻るのは避けたい、との思いからそう言ってみたが、瞬時に言い返されてさすがにユカはバツの悪い顔を浮かべた。

 少しばかり黙していると、ハァ、と及川はため息を吐いた。

「ま、いいけど。でも俺が話しかけても、普通に話してね」

「え……」

「これでもけっこう傷つくんだからサ。じゃーね」

 ニコ、と笑って及川はドアを開けて先に行き、なんだ、とユカは悟った。分かってたのか、と感じると同時に、何となく及川にしてもいまの環境があまりに北川第一と違いすぎて戸惑っているのかもしれない、と感じた。

 岩泉もあからさまに苛ついているし、自分自身もなるべく及川に関わらないようにしてしまっていた。かもしれない。

 中学時代だって、なるべく意味もなく及川と目立つ場所で話すのを避けていたとはいえ、いまほどではなかったはずだ。

 せめて中学時代に戻そう、と思いながらユカも自身の荷物を抱えて美術室から出た。

 

 

 6月も終わりに近づいてくれば、ユカは北川第一時代のようによく女生徒に囲まれて笑みで対応している及川を見かけるようになった。

 彼女らも案外、彼が直接近づいても対応してくれる事を知ったせいだろう。岩泉は直接橋渡し役を頼まれることが減って「ようやく平和になってきた」と喜んでいたが、見るからに北川第一時代と規模が違う。

 初旬に行われたインターハイ予選で及川はピンチサーバーとして試合に出たらしく、よほど目立っていたのか他校の女子が出待ちしていることもあるらしい。

 及川の機械的な笑みのレベルもますますあがって、普段の及川を知っているだけに、岩泉がああいう彼を見ていちいち青筋を立てているのも理解できない事もないかな、とちょっと廊下に出ただけでアイドル顔負けの完璧な笑顔で女生徒に囲まれている及川の姿を見てしまい、ユカは肩を竦めた。

 

 男子バレー部はインターハイ予選で及川が目下の敵扱いしている白鳥沢と対戦する前に準決勝で敗退したらしい。

 白鳥沢はさっそく牛島がレギュラーで出ていたらしく及川も岩泉も文句を言っていたが、及川にしてみてもピンチサーバーで出してもらえただけでありがたかったらしく「春高では先輩から正セッター奪ってやる」とやや物騒な事を言っていた。

 

 7月が近いといえど、日が落ちればまだ肌寒い日もある。

 そんな肌寒い日の放課後、ユカはいつも通りの時間、つまり一番最後というくらい遅くに校舎を出て、いつも通り帰ろうとした。

 時おり、及川がまだ残っているのか気になることもあったが、なにせ第3体育館まで足を運ばなければ体育館の電気が付いているかどうかすら分からない。──と体育館の方を見やって「あれ?」とユカは瞬きをした。

 ボワッと薄暗い空間が若干明るくなっており、電気が付いているのだとユカは悟った。珍しいな、と逡巡することしばらく、ユカは足を体育館に向けた。

 まだ行ったことのない場所だし、興味もあるし。と何故だか言い訳めいた言葉が浮かんできてふるふると首を振るう。

 やっぱりいつものように及川がサーブ練習をしているのかな。と、近づいてきた第3体育館の入り口ドアを開ければ中はシンとしていて「あれ?」と目を見開いた。

 誰かが中にいて練習していれば多少なりともボールの音が響くはずである。もしかして今度こそ電気と鍵の閉め忘れだろうか、と靴を脱いで中に上がる。廊下の先の手洗い場を抜ければ室内入り口のようだ。

 さすがに広いな、と若干ドキドキしつつ恐る恐るドアに手を掛けた。そうしてドアを引けば、視界にはバレーボールネットとコートの半面に多数のバレーボールが転がっているのが映り、「あれ?」とユカは首を捻った。

 誰もいない。しかしボールは残ったまま。片づけないで帰ったのだろうか? と不思議に思ってそのまま中に入ると、横の方から「ギャッ!」という悲鳴のような声が響いた。ユカも「ひっ!」と驚いて反射的にそちらを向くと、ドリンクを片手に持った及川が壁際に立っており、「なんだ」とホッと息を吐いた。単に休憩していたのだろう。

 及川の方もホッとしたのは同じだったのか、息を吐きながら「もー」と腰に手を当てた。

「脅かさないでよ。びっくりしたじゃん」

「音が聞こえないから、誰もいないかと思っちゃった」

「ちょうどね、あがろうと思ってたんだよね」

「あ、じゃあボール拾うの手伝おうか?」

「いいの? ありがと」

 本当にあがる所だったのだろう。及川はバレー部員がいつも練習中に穿いているハーフパンツではなく普通のジャージのパンツを穿いていた。

 と、ユカはそこで違和感に気づいた。普通のジャージではない。青葉城西の一般用のジャージとは色が違う。

 とはいえ、北川第一の時もバレー部は専用のジャージを持っていたし、このジャージもバレー部専用のかな、とジッと見ていると「なに見とれてんの?」とニヤッと笑われて面倒くさい絡まれ方をしたため、「なんでもない」とコートに走りボール集めを開始した。

「あれ、及川くん。このボールちょっと大きい?」

「あー……うん。中学までは4号球だったからね。こっちは5号球。でもほとんど変わんないよ、よく気づいたね」

「んー……何となく」

 相も変わらず散らばっているボールはカラフルで、なんだかこんな球を受けていたら目が回りそう、などと思いながら黙々と拾って籠に収め、最後は及川が用具室に籠ごと仕舞った。

 そうして戻ってきた及川はコートサイドに置いていたジャージの上着らしきものを羽織り、わ、とユカは思わず及川を見上げた。

「な、なに?」

「それってバレー部専用のジャージ?」

「ああ、うん。青城男子バレー部専用。横断幕もこの色なんだよね。……って、ほんとどしたの?」

「綺麗な色だね……!」

 白を基調としたジャージは、青みがかったペールグリーンとのツートンカラーで、北川第一の青と白のそれよりも爽やかさを感じさせた。思わずユカは頬を緩める。

「私、こういう色大好き……! それに及川くんにすっごく似合ってる。北一のジャージよりも似合ってるんじゃないかな」

「そ、そう……」

 通常ジャージよりも格段にユカの好みで、いいな、という思いも込めて言えば及川は「及川さん何でも似合うから!」等々の予想されたリアクションではなく、口元を押さえて顔を背けられ、ユカは首を捻った。

「及川くん……?」

「うん……、ユカちゃんってそういう子だったよ。知ってた、知ってたけどネ」

「え……!?」

「あー……でも、うん、まあ及川さん何でも似合うから。ユカちゃんが見惚れちゃう気持ちも分かるけどサ」

「え!? ジャージの色の話だよ……?」

 確かに似合うとは言ったが、それは本当に似合っているからで。そもそもジャージなんて万人に似合うのでは、と巡らせて、あ、と口元に手をやる。

 岩泉だったら北川第一のジャージの方が似合っているかもしれない。と、何となく浮かべて、そうでもないかな、と考えあぐねていると及川がため息をついた気配が伝った。

「取りあえずさ、帰ろ?」

「あ……うん。そうだね、帰らないと」

 ユカは自身の腕時計に目線を落としてハッとしつつ2人して第3体育館を出る。そのまま道沿いを真っ直ぐ歩いていけば正面玄関だ。

「じゃあ及川くん、またね」

「え!? ちょ、ちょっと待って、待っててくれないの? 酷くない!?」

 及川は帰宅準備に部室に行くだろうし、自分は真っ直ぐ帰ろう。と先に行こうとすれば後ろから手を引かれ「え?」とユカは硬直した。

「え……と」

「もうさ、他に生徒なんて残ってないんだからいいじゃん。ちょっと待っててよ、そんな時間かかんないからさ」

 それもそうかな、とユカは頷いた。時計を見やる。確か次のバスは15分後だ。それを伝えれば及川は「急いで着がえてくる!」とダッシュで部室棟の方へ向かった。

 正門そばで待っていると、程なくして制服姿の及川が駆けてきて並んですぐ目の前のバス停に向かった。

「及川くん、バレー部はどう? やっぱり部員数とか中学の時みたいに多い?」

「あー、うん。でも他の運動部に部員が分散されてるから、人数で言えば北一の方が多かったかな。何人かコイツ近いウチにレギュラーだろうな、ってのがいて、けっこう仲良くやってるよ」

「え、レ、レギュラーになれそうだから仲良くするの……?」

「まあ、それだけじゃないけど。セッターってポジションはメンバーとのコミュニケーションが必須だからね。仲良くなれた方がやりやすいんだよね」

「ふーん……」

「たまに一緒に帰る流れになったら仙台駅で遊んで帰ったりね。中学の頃は真っ直ぐお家へ直行だったからこれがけっこう楽しかったりするんだよね。他の奴らってバレー一筋ってより多趣味だったりして話聞いてて飽きないしさ」

「そうなんだ。あ……そうだ思い出した。バレー部って毎週月曜日がオフなんだよね?」

 岩泉くんから聞いたんだけど、と言えば「うん」と及川が頷きユカは及川を見上げた。

「それで、月曜の放課後に勉強を教えて欲しいって言われてて……。及川くんも良かったら来ない?」

「え、べ、勉強?」

「うん、なんか中間試験の結果があんまり良くなかったみたいで……。いくらスポーツ推薦でも赤点あると部活停止処分とかって言ってたの。だからだと思うけど」

「……そうだった……」

 言えば及川はサッと青ざめ、ユカは首を捻った。それほど成績が悪かったのだろうか? 聞いてみれば彼は小さく首を振るった。

「ま、岩ちゃんほど散々じゃないけど! でも、ま、成績がいいに越したことはないからサ」

 そうしてどこか意味深に遠い目をして呟き、ユカは首を捻ったものの「そうだね」と相づちを打った。

 そうこうしているうちに仙台駅に着き、二人して地下鉄に乗り換える。

 ユカの最寄り駅は及川よりも一駅手前だったため、車内で別れを告げてそのまま帰宅した。

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