天才がゲシュタルト崩壊!! by及川   作:こうやあおい

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02話:及川徹と天才の手

 ──新学期。

 学校生活に特に目新しいことなどはなく、登校し、授業を受け、部活をする。ユカだけでなく、きっとおおよその生徒が似たような日常を送っていることだろう。

 

 及川徹もそのうちの一人であり、基本的に生活は朝練・授業・部活というローテーションで回っていた。

 学内での自由時間らしい自由時間は休み時間程度のもので、授業の合間に友人と喋ったり、クラスを出て女の子に囲まれればにこやかに対応したり、ごく普通の中学生活だ。──そういえば、女の子から騒がれるようになったのっていつ頃からだっけ? 数秒ほど考えてみるも、どうにも思い出せない。まあ、これだけ美少年なんだから当然なのかな。と、ごく自然に口に出したら岩泉辺りから殴られそうな事をうっすらと廊下の窓ガラスに映った自分の姿を見て過ぎらせたのは、違うクラスの女の子から差し入れと称して御菓子をもらった直後の事だった。

 今日のお昼は岩泉と取ろうと教室を出た矢先の出来事だったゆえに、及川はその足を岩泉のクラスに向けた。

 そうして足を踏み入れた途端、傍目にも教室が色めき立ったのが伝った。むろん、自分のせいという自覚はある。

「やっほー!」

 遠巻きに名を呼ばれたので、取りあえず手を振って笑みを浮かべてから岩泉の机の方へ視線を向ければ、心底イヤそうな顔をした岩泉が映って「ヒドイ!」と及川は反射的に主張した。

「なんでそんな顔すんの」

「おめーこそ何しにきやがった」

「岩ちゃんが寂しい思いしないようにお昼ご飯一緒に食べに来てあげたんじゃーん」

「頼んでねえ」

「岩ちゃんってほんと俺の扱い酷いよね!」

 こんなやりとりが当然の事になったのはいつ頃からだっただろう? 岩泉との付き合いは長すぎて、お互いに当然のように親友同士だと思っているから気にもならない。きっと。たぶん。いくら否定されても親友のはずだ。と過ぎらせつつ及川は岩泉の前の空いていた椅子に腰を下ろした。

「岩ちゃん、今日もお母ちゃんの手作り弁当?」

「まーな」

「岩ちゃんのお母ちゃんほんと偉いよね。朝練前にきっちり弁当用意するって大変そうだしさ」

「まあ……そうかもな」

「俺は今日は自分で夕べの残りとか詰めてきたよ! 俺エライ!」

「それが言いたかっただけじゃねえか!」

 笑いながら弁当を広げ、及川はふと顔を上げて「そういえばさ」と岩泉を見やった。

「あの子、いつも教室にいないよね。どこにいんの?」

「あの子……?」

「美術部の栗原ユカちゃん」

 岩ちゃんと同じクラスなんでしょ、と続けると「ああ」と岩泉が視線をどこかへ向けた。おそらくはユカの席なのだろう。

「そういや、いねぇな」

「エ、まさかいま気づいたの!?」

「お前な……、クラスメイトだからって一人一人の行動把握してるわけねぇだろ」

 呆れたように言い返され、む、と及川は口をへの字に曲げた。悪い頭でも少しは働かせてないとますます悪くなるよ。と口から出かけたが、その後が分かり切っているので止めておいた。──以前、岩泉がユカと2人で体育館に現れた夜、岩泉はユカを律儀に家まで送っていったが。これは本当に律儀以外の理由はないようだな、と思いつつ箸を弁当につける。

 ──まさか、な。と及川はなんとなくユカの居場所を察した。たぶんきっと美術室だろうな、と思いつつ。もしかして自分も昼にトレーニング追加をした方がいいのだろうか? と思いつつ岩泉の顔を見たら、なぜか睨まれてしまった。

 なんでそんな顔すんのさ、と再度突っ込みつつ思う。これ以上やると今度は身体が悲鳴を上げそうだ。やりたいが、物理的にやれない。絵を描くだけだとそんな心配いらなさそうでいいよな、と我ながら意地の悪さに感心してしまうことも過ぎらせてしまった。

 でも──。彼女の手。「普通だね」と言いはしたが、普段見ている女の子とは全然違っていた。「天才の手」という意味ではない。使い込んでいるのだとありありと分かる手をしていた。

 まあ、自分だって負けてないけどね。とうっかり箸を置いて自分の手を凝視していたらボソッと「キメェ」と声が聞こえた。

「なに自分の手に見とれてやがんだ。気色悪ぃな」

「ヒドイってば!」

 ──冬には新人戦が控えている。主将として初めて臨む大会。トーナメント方式の試合ではおおよその場合、準決勝もしくは決勝まで白鳥沢とは当たらない。とはいえ、白鳥沢も必ず勝ちあがってくるはずだ。そう、今度こそ白鳥沢に勝って優勝してやる。と及川は岩泉と冗談を飛ばし合う裏で強く思った。

 怪童と呼ばれる牛島若利を迎え、白鳥沢学園中等部は宮城県のいち強豪から「県内最強」と謳われるまでの絶対王者の座についた。同じ中学生、まして同い年なのだから「怪童」などと大げさな。と感じた事とは裏腹に、中学に上がってからというもの一度も白鳥沢に勝てていないどころか一セットすら取れていない。中学一年の夏は、さすがに正セッターは取れずに控えセッターだったが、それでも試合にはピンチサーバー等で出させてもらった。そして夏以降はずっと正セッター。つまり、いままでの全試合を自分は牛島のいる白鳥沢と戦っている。

 夏の中総体、冬の新人戦、そして春の選抜。今まで4度対戦して、全てストレート負けだ。

 今度こそ勝って次に繋げなければ、悲願である全中出場の道は閉ざされてしまう。全国大会への出場チャンスがあるのは夏の中総体のみ。つまり、チャンスはあと一回なのだ。

 夏以降、3年生が引退してメンバーが大幅に替わっている。これからのチームは自分が主軸となるのだ。だから自分が頑張らないと──と考え込む及川は、眼前の岩泉が不審そうに自身を見ていることにとうとう気づけなかった。

 

 

 秋から冬にかけては学校行事の多い時期だ。

 運動部は新人戦。文化部は文化祭。加えて球技大会等々校内スケジュールは予定に次ぐ予定で埋まっている。

 10月に入ってすぐに始まった運動部の新人戦で北川第一はことごとく地区予選敗退を余儀なくされ、こうなってくるといつも通りバレー部の活躍に期待が集まっていた。バレー部自体が試合をするのは冬休み前ということだったが──、ユカがそのようなバレー部情報を知っているのは同じクラスに岩泉がいるせいだ。

 

「かっ飛ばせー、ハ・ジ・メ!!」

「ホームラン! ホームラン! ホームラン!」

 

 岩泉は校内でも屈指のスポーツ万能で有名であり、体育祭や球技大会等々では一躍スターに躍り出る。

 10月中旬に開催された球技大会で、野球を選んだらしき岩泉が華麗にホームランを飛ばす様子を見かけてユカも「わあ」と感嘆の息を漏らした。

 球技大会は全て男女混合で、運動部は所属部以外の球技を選ぶことになっており岩泉は最初からバレーは選べなかったわけだが。あの様子であれば、どの部に転部しても活躍間違いなしだろう。

 及川も今日ばかりは違う競技に励んでいるのだろうか。と、ユカは時計を見つつ体育館に向かった。

 ユカ自身は、生まれ故郷が有明であるため、しょっちゅう目にして馴染みのあったテニスを選びたかったが、あいにく種目にすらなく自動的にバスケットとなってしまっていた。

 むろん本格的にバッシュで臨む気合いの入ったものではなく、体育館シューズで行うものだ。

 が──、体育館に入るなり黄色い歓声が耳に飛び込んできて、ユカは反射的に目を見開いた。

 

「及川先輩ッ、ナイッシュー!」

「いいぞいいぞトオル! いいぞいいぞトオル!」

 

 ──ああ、及川もバスケを選んだのか。と本人を確認するまでもなく分かる声援だった。

 足を踏み入れれば体育館は2面を使ってバスケット競技が行われており、ちょうど及川のクラスがプレイ中で、体育館二階のギャラリーにも観客が出来ている光景が視界に飛び込んできた。

 とはいえ球技大会の規約上、即席バスケチームは素人ばかりのはずである。どういうチームが出来ているのだろう? と過ぎらせつつユカは思い出した。クラスでサッカーのポジションについて相当に揉めていたのを、だ。ほぼ全員が攻撃をやりたがるという典型的な揉め事だった。

 バスケットで言ってもフォワードだろうか。と何とはなしに及川のチームを見やった。及川は背が高い。この中で、ポジション的に合っているのはセンターだろう。が──。

 

「さあ、もう一本いくよ!」

 

 スローインを受け取って指示を出すそのポジションは、ポイントガードだ。なるほど、根っから司令塔が好きなのか。とさすがに感心するやら呆れるやらで肩を竦めてしまった。きっと、センターをやってくれ、と希望が出ただろうに。見たところセンターはさすがに男子を配置しているがフォワードは女子だ。

 とはいえ先ほどの歓声を聞くに、ポジションは形だけで自ら張り切って得点しているのかもしれないし。そもそもバスケ部ではないのだから、そう深く考えていない可能性の方が高いか。とユカは自分のクラスメイトを捜した。

「なんか……、ギャラリー全部あっちに取られてると思うと気分悪ぃな……」

 近くでクラスメイトの男子がそう呟き、ユカは苦笑いを漏らした。

 結局、球技大会は岩泉の活躍もあり、ユカのクラスは良い成績で終わることができた。

 

 そうしていよいよ秋が深まってくれば、街中の木々は秋らしく色づいてくる。

 用事のない休日にユカがすることと言えば、もっぱらスケッチブックを抱えてひたすら風景を描いていくということだ。

 自宅から少し歩けば仙台市の中でも大きめの川が通っている。土手沿いにていつも持ち歩いているレジャーシートを広げてスケッチブックを広げるのは、いわばユカにとっては一つの習慣でもあったが、さすがに寒いかな、と紅葉も見頃の11月上旬に川沿いから山吹色や赤に染まる木々を見つめた。

 そして二週間ほど経てば、学生にとっては今学期最後にして最大の山場でもある期末試験がいよいよ近づいてくる。

 試験開始一週間前から全ての部活は活動停止になるため、ユカとしても試験前の一週間はあまり好きではない期間の一つだった。なぜなら自宅よりは美術室の方が圧倒的に作業環境が整っているためだ。

 コンクールの締め切りが近い等の理由があれば活動許可を取れるが、今回はそんなせっぱ詰まった理由もない。家で一週間みっちりデッサン練習をしていようか、などと悩みながら週明けから始まる部活停止期間のことを過ぎらせつつ金曜は午前の授業を終えて教室の外に出ると、ユカはふと担任の教師に呼び止められて立ち止まった。

「少々頼みたい事があるんだが……」

 そんな声と共に職員室に付いてくるように言われ、むろん嫌などとは言えるはずもなく付いていく。すると、担任は自身のテーブルに戻るなりあらかじめまとめておいたらしきプリント類をユカに手渡してきた。

 疑問符を頭に描いていると、なんのことはない。どれもこれも見覚えがある。中間試験以降に宿題等々で既にやったことのある問題だった。しかも、数学・理科・そして英語の三教科のみだ。

「あ、あの……、これは?」

 宿題は滞りなくやっているし、理数系に至っては得意科目である。なぜこれを、と考えあぐねていると、担任はこう切り出してきた。

「バレー部の新人戦が試験開け直後に予定されている。そこで、レギュラーのみ試験前及び期間中も通常通りの活動を行いたいと申請があった」

「あ……、そう、なんですね」

 バレー部の新人戦が冬に行われる、というのはユカも知ってはいた。が、よりによって試験直後とは。ちょっと大変だな、と同情を寄せていると担任はさらに話を続けた。

「そこで、岩泉なんだが……。お世辞にも成績のいい生徒とは言えん」

「……」

「お前も放課後は部活停止になるだろう? 自分の復習にもなるし、岩泉の勉強を手伝ってやって欲しい」

 岩泉には誰か一人付けさせると既に伝えてある。と切り出され、ユカは拒否権のない状態でそんなことを押しつけられて文字通り絶句した。

 確かに部活はないのだから時間が出来ると言えば出来るが。──と職員室を出て取りあえず教室に戻ろうとドアの所まで来てユカはピタリと足を止めた。

「あ……」

 珍しいことではないが、岩泉の席の前には及川が座って何やら雑談をしつつ昼食を取っている。

 これはいま話しかけるのは面倒だな。けれども及川はキャプテンだ。先ほど教師に言われたことを伝えた方がいいのだろうか? とはいえ、それは岩泉自身がきっと伝えているだろうな、とユカはそのまま踵を返していつも通り美術室に向かった。

 そうして放課後。岩泉が部活へと行く前にユカは彼を呼び止めて話を切り出す。

「岩泉くん。あの、先生から聞いと思うんだけど……。その、部活停止期間の間の勉強のこと……」

 が、どう説明すれば分からず曖昧な言い方をすると、おう、と岩泉は瞬きをした。

「先生、誰かに頼むっつってたけど栗原だったのか。悪ぃななんか」

「う、ううん。それはいいんだけど……どうしよう? いつにする? 私、先生からプリント預かってるんだけど」

 そう言って先ほど担任から渡されたプリント一式を出せば、岩泉は露骨に「ゲッ!」と顔をしかめた。

「私は部活ないから、バレー部に行くのを少し遅らせてやってもいいし、早めに切り上げて部活のあとでもいいし……」

「ああ、そうだな。そういや停止中の練習メニューについてまだ監督とも及川とも話してねーや」

「そ、そうなの?」

「悪ぃ。何とか都合つけてみるわ。栗原、携帯持ってるよな?」

「え……うん」

 連絡先を教えて欲しいと言われてユカは携帯を取り出し、岩泉は取りあえず後で連絡すると言って部活へと駆けていった。

 ふぅ、とユカは息を吐く。──彼の成績はそれほど芳しくないのだろうか? 来年は受験生なのに、と思うも岩泉より練習過多と思われる及川はその辺りどうなのだろう? バレーが強いならバレーで進学ということもあり得るだろうが。と過ぎらせつつ自分も部活へと向かう。

 文化祭後に3年生が引退してしまい、美術部はさらに少人数制になって場所を広く使えるという意味ではありがたかった。が。高校はもっと設備的にも充実した所に進みたいな、と思う。仙台に越してきていなかったら東京で通ってみたい学校もあったが、とついつい過ぎらせてしまって視線が落ちてきてハッと首を振るう。取りあえず、高校までは仙台にいると既に決めた。ここで出来ることを精一杯やるしかない。

 などと考えつつ日も落ちてきてそろそろ帰ろうかと準備していると携帯が鳴った。着信だ。見れば岩泉からで、メールを打つより電話した方が早いと思うタイプなのか。と、どことなく岩泉らしさを感じ取りつつ受信ボタンを押す。

「はい」

「おう、俺、岩泉だけど。いま大丈夫か?」

「うん」

 どうやら周辺の音から外にいる様子だ。帰宅中なのだろう。

「今日話してたヤツ、放課後でいいか? 俺、ちょっと遅れて部活参加するってことで話つけたわ」

「うん、分かった。じゃあ、土日のうちに今日渡したプリント進めてもらっていい?」

「は……!?」

「放課後、分からなかった所とか間違ってる所の復習した方がいいかな、って。時間もあんまりないみたいだし……」

「お……おう。そうだな」

 なんとかしてみる、と岩泉が答えて電話を終え、ふ、とユカは息を吐いた。取りあえず帰ろう、とコートを手にとって美術室を出て校舎を出る。とたん、吐いた息が白く空気に溶けていった。やはり日が落ちるといっそう寒い。

 ユカはちらりと体育館の方を見やった。まだ明かりがついている。大会前で、及川は主将として臨む初めての大会。おそらく優勝を狙っているのだろうし、当然なのかな。と、ユカは体育館に背を向けた。

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