天才がゲシュタルト崩壊!! by及川   作:こうやあおい

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25話:及川徹との新しい関係

 ──新学期。

 

 始まってしまえば特に目新しい事などゼロなのは当たり前で、けれども及川にとっては一学期より二学期の方が何倍も登校するのが楽しみになっていた。

 今までは、たまに、ごくたまに昼休みに何とか理由を付けてユカに会いに美術室を訪ねる程度だったが、これからは理由なんて作らなくていいし。楽しくないわけがない。

 と思いつつも……。

「ユカちゃーん、お昼くらい普通に食べなよー」

 んー、と生返事するユカの視線はスケッチブックに落ちていて微動だにしない。

 二学期も二週目。昼休みを毎日は潰せないというユカは昼休みでも絶対に絵に集中していたい日があるらしく、今日は新学期二度目の「ちょっとゴメンね」という日だ。

 別にユカを邪魔するつもりはないし、この場にいるのは構わないと言ってくれているのだからいいんだけど、と紙パック入りのヨーグルトをストローから吸い上げながら思う。

 昼ご飯は、叶うなら校庭とか教室で一緒に食べたりしたい。けど、そうしたら外野の視線が鬱陶しいのは目に見えているし。自分もたまにその視線から逃れたくてユカを訪ねていた面もあるため、昼食場所が美術室ということになんの文句もないのだが。

 我ながら面倒だと分かってはいるが、構われていないとサビシイと感じてしまうし、それよりも昼ご飯くらい食べた方がいいと思うし。

 ユカの好きなオムライスでも作って持ってきたら食べてくれるのだろうか。などと考えているとユカが鉛筆を置いて、ふ、と息を吐いため及川も反射的に声をかけた。

「ユカちゃん」

「ん……?」

「今度の月曜、放課後空いてる?」

 言ってみるとユカが困ったような顔を浮かべて、むすっと及川は頬を膨らませた。

「一昨日の月曜もダメって言ったじゃん。ユカちゃんのスケジュールって休日なさすぎだよ? 休みって必要なんだよ!?」

「ご、ごめんね。10月頭に締め切りがあるコンクールの絵に急いで取りかからなきゃいけなくて……あんまり時間もないし」

 ユカが申し訳なさそうに眉尻を下げ、及川は肩で息をした。

 男子バレー部のオフは月曜のみであるため、ユカとデートするなら月曜しか時間が取れないのだ。むろんオフとは言っても軽くロードワークしたり等々何かとバレーと関わることも多く、毎週完全に遊び呆けているわけでもないし、毎週がっつりデートしたいと言っているわけではないのだが。

 当の相手がこれだとな……と諦めにも似た息を吐きつつユカのスケッチブックに目をやる。

「コンクールの絵ってなに描いてんの?」

「いまそれを考えてるの……。どうしようかな、って思って」

「じゃあさ、俺とかモデルにしたくない?」

「──え!?」

「だって絵のモデルが画家の恋人とかって超定番でしょ? かっこいいカレシがバッチリモデルになっちゃうよ?」

 さっそくちょっと携帯で有名画家の絵画をサーチして得た知識を披露しつつピースサインを決めると、ユカはあっけに取られたような顔をしたあとに苦笑いを漏らした。

「ありがとう。でも……私、人をモデルにしたことなくて」

「へ……?」

「人物画って描いたことないの。もちろん、スケッチはするし人体が描けないとかじゃないんだけど」

 言われて及川も、そう言えば見覚えのあるユカの絵は全部風景画だったような、と思い返しつつ「それじゃあ」と切り返した。

「ユカちゃんの初人物画のモデルは俺で決定しといてね」

「え……!?」

 へへ、と及川はそう宣言して笑みを見せた。たぶんユカはきっとそうする。ぜったいそのはずだ、と根拠もなく思えるのだから自分でも相当にプラス思考だと思う。

 そう。基本的に自分はプラス思考なはずなのだが。と考えていたところでハタと及川は気づいた。

「そうだ、今月って修学旅行があるじゃん!」

 それは高校生活最大のイベントと言ってもいい修学旅行だ。

 青葉城西は私立校らしく、行き先は毎年海外である。今年も例年通り5泊7日で行き先はロンドン・パリと決まっており既に班分けも終わっている。

 スケジュールが出た段階でユカとはメールで話していたが、ユカの「花巻くんと同じ班だよ」辺りで話が終わっていたのだ。

 そのスケジュール──パリでは丸一日のフリータイムがある。

「パリでの自由時間どうしよっか? どこか行きたいトコとかある?」

 及川の中ではユカと過ごすのがもはや決定事項でありさっそく話を切り出すと、ユカは予想に反してキョトンとして申し訳なさそうな顔を浮かべた。

「ごめんなさい……。私、行かなきゃいけないところがあるから……一緒には回れないと思う」

 ガン、と頭をハンマーで叩かれるというのはこういうことか、というほどの衝撃をリアルに感じ「へ!?」と及川は自分でも驚くほどの間抜けな声をあげた。

「な、なんで!? だって自由時間だよ? 普通カップルで行動って常識だよね!?」

「そ、そう言われても……」

「行かなきゃいけないところってどこ!? 俺が一緒にいたらダメなの?」

「完全に私の私用だから、及川くんは及川くんの行きたいところに行った方がいいよ」

「そうじゃなくてさ! 俺はユカちゃんと一緒がいいの! ユカちゃんいなきゃつまんないじゃん」

「い、岩泉くんと回るとか……」

「パリで岩ちゃんとツーショットとか冗談だよね!? ぜったい行き先まとまらないし、きっと迷子になるのが関の山だよ!」

 そうしてかなり必死に訴えれば、うーん、とユカは困ったように考え込んだ末こう言った。

「本当に私の用事に付き合わせる形になっても平気……?」

「モチロン、平気平気だいじょーぶ!」

 力強く頷けば、それなら、とユカは控えめに頷いた。

 及川はホッと胸を撫で下ろす。月曜のデートはともかく修学旅行でのデートまでキャンセルはさすがに避けたい。が、パリで行きたい場所とはどこだろう? と過ぎらせるも昼休みはそろそろ終わりが近づき、その場は切り上げて教室へと戻った。

 

 

「ただいまー」

 9月下旬の修学旅行を間近に控えた夜、帰宅したユカは着がえてから夕食を取って愛用のマグカップを携え自室に戻った。

 ──8月の終わりから、ほぼ成り行きに近い形で及川と付き合う事になった。

 とは言っても、昼休みに及川と過ごす事と一緒に帰宅する回数が増えたこと以外は特に変わったことはない。

 つまり、「付き合っている」とお互いが認識した以外に変わったことはないということだ。

 むろん及川に触れて不思議なほどはっきりと及川が好きだったのだと理解したし、及川もそうだったんだろうし、及川の言うとおり付き合い自体は「自然な関係」だと思うが……と考えているとさすがにちょっと恥ずかしくなりマグカップを握りしめて小さく唸る。よく手に馴染んだそれはクリスマスに及川に貰ったお気に入りのマグカップだ。

 でも──、とユカは思う。

 来年、自分は東京で進学し、そしてパリに留学して、出来ればそのままパリで勉強を続ける。というのが描いている将来像だ。

 だから、及川との付き合いはどれほど長くても留学が決まるまで……と考えるとさすがに胸が痛んで小さく唇を噛みしめる。

 

『そんな先のことなんて知らないしまだ分かんないじゃん!』

『だからそんな先のこと心配するより、いま俺と一緒にいてよ』

 

 あの及川の言葉に納得したからこそ頷いたのだが──。と深く考え込みそうになったところで小さく首を振るってマグカップを机に置き、ノートパソコンを開いた。

 メールをチェックするとパッと目にフランス語で書かれた件名が飛び込んできて「あ」と目を見開く。

 一通り目を通し、返信を済ませてからユカはしばしフランス語のニュースに目を通した。勉強の一環で各種ニュースには目を通すため、その中には当然スポーツもあって、フランスがバレーのプロリーグを持っている程度の知識はあったが。

 最近ちょっとだけ意識してもう少し深い知識を得ようとついついバレー解説などをクリックしてしまうのは、勉強になるから、というのもあるが。

 きっと及川のせいもあるよな。と考えると急に恥ずかしくなって「う……」と頬を染めながら呟いた。

 

『俺だって東京行くかもしれないし!』

 

 及川はああ言っていたが、及川自身は自分の進路についてまだ決めかねているように見えた。

 バレーを続けるのか、それとも高校で終わりにするのか。いずれにしても、出来れば……と考えていたところで携帯が鳴った。メールだ。

 

 ──パリの旅行ガイドブック買ったよ!

 

 及川からだ。写メまで付いている。相変わらずキラキラとデコレーションの施されているメールは付き合う前とまったく変わらない。が、そう言えば、と思う。

 以前ごくたまに首を傾げていた、何が言いたいのかよく分からない遠回しな文面はまったくなくなった気がする。そしてストレートな言い回しが増えた。

 気のせいかも知れないけど。と思いつつユカは、ふ、と頬を緩めた。

 

 そうして修学旅行も一週間と迫ってくると、必然的にクラスの同じ班で話し合うことも増えてくる。班分けは男女3人ずつのグループであり、自由時間以外のおおよその行動を共にする事になっている。

 揉めないようにとの配慮なのか、班分けは席順で決められ、ユカは必然的に前の席である花巻と同じ班となっていた。

 月曜日の放課後ロングホームルームの時間、班で机を寄せ合って予定表を確認していると「お」と花巻が携帯電話を片手に声をあげた。

「特進科のヤツからLINE来た!」

 言って花巻が皆にスマートフォンタイプの携帯電話の画面を見せ、「おお」と数人が反応する。”LINE”とはソーシャルネットワークのアプリケーションサービスであり、テキストメッセージや写真を送りあったり等が可能でスマートフォンユーザーにとってはメジャーなコミュニケーションツールである。

 ユカも画面を覗き込めば写真が添付されており、やや薄暗い空気の中にロンドン・アイと思しき観覧車が映っていて「わ」と呟いた。

「そっか、特進科って昨日出発したんだっけ」

「うん。バレー部も何人か特進科いるからこいつもそのウチの一人」

 青葉城西は特進科だけで数クラス持っている。普通科と特進科を合わせると航空チケットを抑えられるかどうかという問題を解消するため、修学旅行は日程をずらして二度に分けて行くことに決まっていた。そして昨日出発した特進科と入れ替わる形で普通科が出発するという予定なのだ。

「ていうか花巻、バレー部員同士でLINEやってんの!?」

 花巻の、バレー部、という単語は他の女子の興味を引いてしまったのか一人が身を乗り出して花巻の方を見やり、花巻は軽く頷いた。

「ま、スマホ持ってる部員多くないし超限定的だけど」

「え、じゃあ及川君とLINEとかやってたりする!?」

「及川君、確かスマホ持ってるよね!」

 するともう一人の女子もやや被せ気味に花巻に視線を送り、にわかに女子2人に注視された花巻は目を瞬かせつつ肩を竦めた。

「まあ、そりゃモチロンやってるデショ同じ部だし」

「マジで!? ね、どんなこと話すの?」

「どんな、って……部活で散々会ってるからLINEでマンツーで話すことあんまないな。連絡事項くらい?」

 言いつつ、ああ、と花巻は含み笑いを漏らした。

「そうそう、美味いスイーツショップの情報交換とか? 主に俺が教える側だけど」

 すれば、えー、と女子2人の声が重なる。

「及川君、甘党なの!?」

「意外ー、でもカワイイよねー!」

 花巻としてはその好意的な反応が予想外だったのか、肩すかしを食らったような表情を浮かべたあとに苦笑いを漏らした。

 ユカにしても、及川の話に花巻の名は良く出てくるし、きっと仲がいいのだろうな。と思いつつ花巻の方を見やる。

「花巻くん、よく甘いもの食べてるもんね」

「まーね。スイーツショップの開拓は趣味かもね、一つの」

 ニ、と笑う花巻を見つつ、多趣味なのだな、と感心していると「そうだ」と花巻は何か思い出したようにスケジュール表を指さした。

「ロンドンの最終日にちょっとだけ班での自由行動あんじゃん?」

 うん、とみなが頷くと花巻はいまの流れで自分が甘党であることを再度念を押しつつ──本場のアフタヌーンティーを試したい、と希望して班内がざわついた。

 他の男子2人からは「女子か!」と突っ込みが入り、自由時間にはパブでフィッシュ&チップスを食べたいだのアフタヌーンティは高いだの意見が割れ。

 ユカは父親に良い場所がないか聞いていこう。と小さく息を吐いた。──修学旅行。楽しみだけど、少しだけ緊張もするな。と思いつつ盛り上がる班メンバーの声を聞きながらスケジュール表に目線を落とした。

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