天才がゲシュタルト崩壊!! by及川   作:こうやあおい

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41話:及川徹のとあるオフの日2

 5月に入れば、運動部は夏の大会に向けてますます活気づいてくる。

 その中でも青葉城西随一の活躍を誇る男子バレー部はとりわけ多忙を極めた。

 ゴールデンウィークは強化合宿。週末は遠征かホームでの練習試合で埋まり、朝から晩までバレー漬け。

 

 それでもユカとしては教室で毎日及川の顔は見られるし、話も出来る。だから特に不満なく過ごしていたが、及川の方が不満らしいというのは薄々感じていた。

 なぜなら自分がたびたび月曜のデートを断っているからだ。及川には悪いが、自分は自分で部活に出たいし、美術部の公式活動は週三日とはいえ自分は週五体制でこなしているわけだから休んでもいられないのだ。

 

 ──明日、放課後あいてる?

 

 五月も三週目に入ろうという日曜日。

 部屋に携帯を置きっぱなしにしていたユカが寝る前にふと携帯をチェックすると、複数のメールが溜まっていて「う」と思わず息を詰めてしまった。

 一通目のメールは昼頃の受信になっている。及川からだ。きっと部活のランチタイムにでも打ったのだろう。

 

 ──美術室に籠もってないとダメ?

 ──ケヤキ並木の緑、きっとスケッチにはもってこいだよ!

 ──スケッチブック持参で及川さんと散歩しない?

 

 及川は自分が返事をしないことを否定だと受け取ったのか、段々とこちらにおもねるような内容に変化していてユカは少し居たたまれなさを覚えた。

 確かにケヤキ並木の緑は盛りで綺麗だろうし、スケッチをしていいという事であれば断る理由はなく。僅かな罪悪感も相まって釣られていると分かっていてもついつい承諾してしまう。すればすぐにハートマークや星などでデコレーションされたよく分からない返事が来て、相変わらずどういう意味なのか分からず、ユカは少し肩を竦めた。

 けれども、辛うじて「デート」と呼べるような寄り道をしたのは始業式の日に夜桜を見に行ったのが最後だし、そう考えると一ヶ月以上前である。

 最近の休日は受験・試験対策に追われていることも多くて外にスケッチに行くことも少なくなっていたし、明日晴れるといいなと思いつつ携帯をベッド脇に置いてユカはそのままベッドに入った。

 

 及川徹は基本的にいつも笑みを浮かべている人間である。

 それでも今朝はいつも以上にニコニコしているというのがいやでも分かる。──と翌日の月曜日に教室で顔を合わせた及川を見てユカは苦笑いにも似た笑みを漏らした。

 及川と同じクラスになって改めて思ったことは、及川は基本的にはクラスでは大人しくよそ行きの対応をしているということだ。

 女子にはもちろん、男子にもである。

 

『ていうか俺、ユカちゃんの前で無理したこと一度もないしね』

 

 「無理をしたことがない」というのは、及川の他人よりも振れ幅の激しい喜怒哀楽の感情をマイナスであれプラスであれぶつける、という意味に他ならず。──逆に言うと普段の及川はあまり感情的な揺れがないということで。

 及川は自分といると、おそらくマイナスに振れてしまう事もあるはずだ。影山や牛島と同じように。

 今さら「それでいいのか」などと言うつもりはないが。──と何となく授業の準備をしつつ窓際の方を見ていると席に座っていた及川と目があってヘラッと笑われて手を振られ、ユカは肩を竦めつつも笑った。

 及川と月曜日に行動を共にする時は、大抵がバス停で待ち合わせだったり及川が予告なく美術室にやってきて自分を連れ出すというのが常であったが、同じクラスであれば特に待ち合わせをする必要はない。

 そう、待ち合わせる必要はないのだが。と、本日最後の授業が終了した途端、うっかりユカの心音が脈打ってしまった。

 クラス内で及川と一緒にいることは既にクラス中が「中学の頃からの勉強仲間」として認識したらしく問題ないとはいえ──。

「帰ろ、ユカちゃん」

 及川の方は気にも留めていないのかいつも通り声をかけてくれ、「うん」とユカも立ち上がった。

 そうしてロッカーから荷物を取りだして教室を出て、並んで廊下を歩く。3年の校舎内では平穏そのものであるが、ひとたび他のエリアに出ればそういうわけにもいかず、下駄箱に辿り着く前にさっそく2年生と思しき女子の集団に声をかけられて愛想を振りまく及川を横にユカは自分の下駄箱から靴を取りだして履くと、外へと出た。

 

「及川せんぱーい、さようならー!」

「はーい。バイバーイ!」

 

 及川曰く、及川のファンはバレー部が月曜オフということも周知していて月曜日に差し入れの類をもらうことは滅多にないという。

 それでも下駄箱から正門までという短い距離の間にいったい何人の女生徒が及川に声をかけたのだろうか、といっそ感心しつつバス停まで行けばさすがに放課後。混んでいた。

 やってきたバスにすし詰め状態で乗り込めば、降りるのも一苦労だ。なにせほぼ全員、目指すのは仙台駅である。その手前で降りる予定のユカたちは人混みを掻き分けてどうにか降車までこぎ着け、ふぅ、と息を吐いた。

「俺は朝練と夕練あるからラッシュに捕まることって滅多にないんだけど、月曜だけは別だね」

「ほんと……」

 零しながらも自然と手を繋いで、目的地である定禅寺通りのケヤキ並木に向けて歩き始める。

「及川くん、最近の月曜日ってなにしてたの?」

「ん? ユカちゃんにフラれて落ち込んでマシタ」

「……」

「あ、ウソウソ、落ち込んだのはホントだけど気にしてない!」

 ふくれっ面をしたかと思えば瞬時に慌てたように及川は首を振り、そうして「んー」と考えを巡らせるようにして彼は少し視線を上向けた。

「ま、何だかんだロードワーク行ったり、甥っ子の面倒見たり、おさんどん押しつけられたり。イロイロだね」

 いい気分転換にはなってるけど。と続けた及川はその他の時間はいつも以上にバレー一色だったのだろう。なにせ貴重な休息であるはずの休み時間さえほぼ全てを復習にアテているのだ。その分ほかの時間は全てバレーに費やしているに違いない。

 及川の復習に付き合っているのはむろんユカだったが、ユカにしても授業の確認が手早く済ませられるのはありがたくお互いにとって良い時間の使い方だと思っていた。が、及川の場合は──果たして予備校通いを続けているだろう他の受験生と同じレベルをキープできるのだろうかという懸念は少なからずあった。

 自分たちのクラスである国立理系は普通科の中ではそこそこ真剣に進学を希望している生徒が多い。とはいえ……と思う。「バレーの強豪」である国立大は知る限りただ一つ。ソコは特進科でさえ青葉城西からは滅多に出ないレベルである。及川の志望校は分からないが、もしも予想が当たっていればかなり厳しいのでは。と考えつつ話ながら歩いていると、目的地が見えてきた。

 元より仙台は「杜の都」と称されるほど緑豊かな都市である。ユカにとっては故郷の有明に勝る場所ではなかったが、いまではずいぶんと仙台に居ることがしっくり来るようになってしまった。

 たぶん、その理由は及川の存在……なのかもしれない。と繋いだ手が温かくて微笑みつつ、見えてきたケヤキ並木の緑にユカは頬を緩ませた。

 中央分離帯の遊歩道に立てば傾いてきた太陽の光がケヤキの葉を縫って屈折を伴いながらキラキラと瞳に差し込んできて、へえ、と及川も感嘆のような息を漏らした。

「キレイだね」

「うん」

 イルミネーションの時期も綺麗だが、初夏の緑もまた格別である。ただ歩いているだけで活気が漲ってくるような風景をさっそく吟味しつつ及川の手を離し、指でフレームを作ってどこをどうスケッチするかを焦点を絞って考えていると時間の感覚などすぐになくなってしまう。

 しばし景色に見とれてケヤキの葉や幹の色の微妙な色の違いを観察していると、ふと「すみません、ちょっといいですか?」とそばで声があがってハッとした。

 そして振り返ると及川が数人の男女混合の社会人らしき人々に囲まれており、そのうち一人は立派なカメラを携えていてユカは目を見開いた。

「やっぱり! どこかで見たことあると思ったら、青葉城西の及川クンだ! いつだったかな……テレビの特集で見たことあるよ!」

「ドーモ」

「実は街中で見かけた格好いい高校生の取材をしてるんだけど、どうかな?」

「こういう雑誌で──」

 どうやら何かの雑誌の編集者やカメラマンなのか。名刺を差し出しながら及川に詳しく説明している様子が映ってユカはちょっとだけ距離を取ってしばし様子を見守ることにした。

 すると熱心に説明を聞いていた及川は、いつも通りのよそ行き女性向けの完璧な笑顔でニコッと笑った。

「モッチロン。イーですよ!」

 そうしてあれよあれよと言う間にケヤキ並木を背景にポーズを取った及川の撮影会が始まり、何度かポーズを変える及川に向けられたカメラのシャッター音が大量に鳴り響くのがユカのところまで聞こえた。

 しばらく見守っていると一通り済んだのか彼らは及川と挨拶を交わして去っていき、ふ、と息を吐いた及川がこちらを振り返る。

「びっくりしちゃったよー。なんか雑誌の特集だってさ」

 いま撮られた写真は上手く撮れていたら今月末にはティーン向けの雑誌に載るらしく、慣れたように説明する及川の声に耳を傾けながらユカはそばのベンチに腰をおろし、及川も座った。

 及川のルックスは目立つ。それはユカもよく理解しているし及川も自分で理解しているだろう。実際にたびたびテレビ取材なども入っており、他校の女生徒にまでファンが大勢いるのはその辺りにも理由がある。

 だけどさ、と及川はぼそりと呟いてベンチにもたれ掛かった。

「そろそろバレー雑誌が俺の特集組んだりしてくれてもイイと思うんだよね」

 やや悔しさ混じりの声だ。そしてどこか諦念した声でもあった。

 及川はアイドル扱いされている自分をも楽しめるタイプで、実際、そういう扱いが嫌いなわけではないだろう。だが、及川はバレーに対してどこまでも真面目で、基本的には交友関係も何から何まで知る限り真面目だ。

 騒がれることを嬉しく思う反面、ルックスではなくバレー選手として評価をされたい、というのが彼の本音なのだろうなという思考もそこそこに、ユカはバッグからスケッチブックを取りだした。

「しばらく絵を描いててもいい?」

「ドーゾ。それ目的で来たんだしね?」

「そ、そういうワケじゃ……ある、けど」

 冗談めかしたように、ニ、と笑った及川にややバツの悪い顔を浮かべつつ、パラパラとスケッチブックを捲る。

 気持ちのいい陽気だ。及川が隣で伸びをしつつベンチにもたれ掛かったのを感じながらユカは鉛筆を滑らせた。

 そのうちに不意に及川がユカの肩にもたれ掛かってきて、見やると寝息を立てている及川がいてユカは小さく笑った。

 こうして絵を描いている自分の隣に及川がいてくれることが嬉しくて、身体から伝わる温もりが心地いい。ふふ、と笑みを零して一度及川の頭に自分の頭を寄せてからユカは再びスケッチに集中した。

 どことなくいつもよりはかどっている気がするのは、そばに及川がいるせいだろうか──と集中してどれくらい経っただろうか。陽もすっかり傾き、西日が木々の隙間から差し込み始めた頃、ぴく、と肩にもたれていた及川の身体が撓ってゆっくり及川が目を開けた気配が伝った。

「……あれ……。ゴメン、俺寝ちゃってた……」

「ううん、平気」

 ユカは手を止めて口元を緩めながら及川を見上げた。及川はやや眠そうな顔で伸びをし、時間を確認するように辺りを見渡している。

「もう夕方かぁ……」

「もしかして疲れてた? けっこうぐっすり寝てたから」

「んー……そういうワケじゃないけど。でも、なんかスッキリした。ユカちゃんの肩枕が気持ちよかったのかもね」

 そうして探るように瞳を覗き込まれて、ぴく、とユカの心音が跳ねる。

「わ、私も……。今日はけっこうスケッチはかどったよ」

 少し目線をそらせつつ言ってみれば、はは、と及川はさも当然のように笑った。

「知ってる。俺ってけっこうユカちゃんの絵に貢献してるもんね」

「え……?」

「あれ、心当たりない? ”コンクール荒らし”なんて呼ばれちゃってる栗原ユカさん?」

 そして悪戯じみた笑みで誇らしげに歯を見せて微笑まれ、ユカは思わず瞠目した。まさか……と、一気に背中に汗が噴き出てくる。

「……え……」

「”恋人たちの橋”と”バレンタインの夜”だっけ? なんのコンクールか忘れちゃったけど、前者が最優秀で後者が特別賞──」

「ちょッ……!」

 ユカは及川の軽口に被せるようにして声をあげ、カッと熱の走った顔で及川を見上げた。

 ──ユカは定期的に応募したいコンクールには出品し、小規模なコンクールであれば決まって最優秀を獲っているため付いたあだ名が「コンクール荒らし」というのは既に知れたことだ。が、最近はもう少しレベルを上げて年齢を問わない成人に混じった世間一般にも価値の重い賞に絞って応募していた。

 その一つは年末に出品して獲った賞と、春先に獲ったばかりの賞であるが……なぜ及川が知っているのかと汗を流していると上機嫌で及川は説明をしてくれた。

 なんでも跡部とのツーショット記事を見つけて以降、それとなく目に付いた美術関係のニュースは目を通すようになっていたため自然と見つけてしまったらしく。

 及川が自分の絵画に興味を持っていたとは露ほども思っていなかったユカはただただ赤面した。

「”恋人たちの橋”の絶賛ぶりは凄かったよね。一人も人間を描いてないのに、そういう雰囲気が出てるってこぞって褒められてたしさ」

 ──”恋人たちの橋”、はポンデザールを描いた風景画で、”バレンタインの夜”はベンチに一輪の薔薇が置かれた様子を描いたこちらも風景画である。

 ポンデザールは及川と初めてキスをした場所で、バレンタインの絵は及川に薔薇をもらって嬉しくて。どちらも風景画ではあるが、ユカにとっては実際の風景以上に美しい記憶が残ったゆえにモチーフにした。

 人物は今まで通り一人も描かれていない。とはいえ、描かれていないキャンバスの外に及川の存在があったのは否定しようもない事実だ。

 おそらくは、「仙台の冬」を描いたときのように──と思うも気恥ずかしさは変わらず口籠もってしまう。

「俺ってほんと愛されてるよね!」

 笑う及川の声に、事実なだけに否定できない。と恥ずかしさで耳まで赤くしていると、ふ、と及川が柔らかく笑った。細められた瞳のココア色は相変わらず優しくて、やっぱり綺麗な瞳だな、とこんな時だというのに見惚れてしまう。

 そっと及川が自身の大きな右手を膝に置かれていたユカの手に重ねてきて、ぴく、とユカの頬が撓った。

 そうして左手がそっとユカの頬に触れて、間近でココア色の瞳と目があった。

「ユカちゃん、顔真っ赤」

 愉悦を含んだような声で囁かれた直後、及川の薄めの唇が軽く唇に触れた感触が伝ってユカはキュッと瞳を閉じた。

「……ッ……」

 何度か啄むようなキスを繰り返して自然と互いに指を絡ませて、ふと唇が離れるとユカは気恥ずかしくて俯いた。その額に及川がこつんと自分の額をくっつけ、小さく笑った気配が伝う。

 次いでユカも小さく笑い、しばらく二人で笑い合ってから及川はそのままユカの身体を抱きしめてきた。

「俺さ……最近すんごいユカちゃん不足だった」

 どこか感慨深げな声だ。

「え……」

「そりゃ毎日学校で会えるし教室で話もできるけどさ……、教室だとこういうコトってできないしね?」

 言いつつ及川はユカの右サイドの髪を手で掬って、チュ、と露わになった耳元に軽く唇を寄せてくる。

「スキンシップってお付き合いの大切な要素だと思うんだよね」

 何度か耳や頬に軽くキスされたあともう一度ギュッと抱きしめられ噛みしめるように言われて、ユカも及川の背中にキュッと腕を回して肩口に顔を埋めた。確かにこうしてゆっくり及川の体温を感じるのは久々だ。ふわふわ心地よく浮いたようなこの甘い感覚は教室では味わえず、じんわりと胸が熱くなる。

 うん、と頷くと及川の零した笑みに合わせて及川の喉元が上下したのが伝った。

「だったら毎週……とはいかなくてもなるべく月曜は俺とデートしてよね?」

「う……うん」

「ホラまたそうやって返事を濁す! 大好きなカレシとのデート渋るなんてほんと信じらんない!」

 すればすぐに脹れっ面をした及川は相も変わらずでユカは苦笑いを零すしかない。

 とはいえ及川も現状が変わることは特に期待してはいないのだろう。言うだけ言って満足したのか、「さて」と一度大きく伸びをして彼はベンチから立ち上がった。

「夕方になっちゃったし、晩ご飯食べてかない? 俺、中華な気分なんだけど」

 どう? と聞かれてユカも立ち上がりつつ考える。それほどお腹は空いていないし、麺類くらいなら、と答えると「オッケ。決まり」と先導して歩き出した及川に並ぶ。

 自宅にその旨をメールしつつ、及川はいくつか候補の店を挙げてあまり普段はバレー部員と行かないという場所をチョイスした。

 部活帰り、特に遠征や練習試合帰りは学校近くのラーメン屋に部員と繰り出すことも多いという及川だったが、今日はオフであるため久々に普段は行けないところに行きたいという。

 何より部員と鉢合わせしたくないし、と話しつつバスに乗っていくつか停留所を過ぎた辺りで降りる。

 酸辣湯麺の美味しい店だと上機嫌の及川が語る店はユカも名前だけは聞いたことがあり、見えてきた店内に入ればカウンターと畳のテーブル席に分かれていた。

「いらっしゃいませー!」

 生憎と満席のようで、畳の席で相席でも良いかと聞かれて取りあえず進んでいくと、及川が固まった気配が伝った。

「ゲッ……!」

 先導先の一番奥のテーブルに座っていたのは及川と同じ制服に身を包んだ少年二人。

「マッキー、松つん……」

「及川!?」

 あ、とユカも目を丸めつつ声をあげた。

「花巻くん……!」

「栗原さん……」

 ともあれ知り合いということに店員はホッとしたような顔を浮かべ、ユカがちらりと及川を見るとややしかめっ面をしていたものの気心の知れた相手ということも変わらず、二人は靴を脱いで花巻と松川が座っているテーブルに向かい合わせで腰を下ろした。

 自然、ユカは花巻の隣に腰をおろし、斜め前の松川は面白そうにこちらの様子を見やっている。

「なに、デート?」

「見れば分かるよね」

「いやいや、学校一のモテ男のデートコースがまさかの中華屋とは予想外だわ。これは拡散案件だな」

「ちょっと僻まないでもらえますぅ?」

「中華屋はないデショ」

「うっさいよマッキー!」

 そんなやりとりにユカとしては苦笑いを浮かべるしかない。

 そうこうしている間にも店員がメニューを聞きに来て、ユカは酸辣湯麺を普通の辛さで注文し、及川は酸辣湯麺を普通の辛さとミニマーボー丼をセットにして付けていた。

 そうして入れ替わりのように花巻と松川が注文していたらしきものが運ばれてくる。

 花巻の前に置かれたのはオーソドックスにラーメンで、松川の前に置かれたものは一見すると真っ黒な料理で、ツン、と辺りに柑橘類のような香りが広がった。

「わ……もしかしてそれ全部山椒……?」

 思わずユカが口にすれば、ん? と松川がこちらに目をやってから小さく頷いた。

「そう。本場四川式のマーボーらしいけど、舌が痺れる感じがクセになるんだよな」

「へえ……」

 そうして二人は「お先」とそれぞれ料理に箸を付けた。

「だいたい、マッキー達はなにやってんのさ」

「何やってたって、まァ、普通にビリヤードやって適当に買い物?」

「花巻がトラストシティでスイーツ買いたいっつーから付き合ったけど、俺は絶えきれなくなってこっちに逃げてきたんだよな……。で、まさかのそこに現れる学校一のモテ男」

「俺たちがどこに行こうと松つんには関係ないじゃんほっといてよ!」

 くく、と喉を鳴らす松川に及川が食って掛かり、花巻は肩を竦めてユカの方に視線を流してきた。

「ていうか、いまの時間ならあの辺のタワーの方が眺めいいんじゃない?」

「そうかも。でも花巻くん、相変わらず甘いモノに目がないんだね」

「日々の活力だかんね」

「パリで花巻くんが撮ってきたシュークリームとかエクレアの写真、ほんとに美味しそうだったもんね」

「そうそう、ロンドンのアフタヌーンティーも良かったしね」

 そうして花巻と雑談しつつふと目線を前にやると、及川が不機嫌そうに眉を寄せていてユカはおののいてしまう。

 それを見たのか花巻が吹き出し、松川も面白そうに笑った。

「ウチの主将まじ余裕ねえな。──ねえ栗原さん、好きな食べ物とかってなに?」

「え……? え、と……オムライスとか、グラタン……かな」

「お。俺と趣味似てるかも。イイよね洋食、この前テレビで名取市にあるハンバーグの美味い店特集やってたんだけど観た? グラタンも美味そうだったし、何なら今度──」

「ちょっと松つん! 人のカノジョをナンパするのやめてクダサイ」

 がなる及川に松川が肩を揺らし、ユカはオフコートにおける及川の扱いというのを垣間見た気がして苦笑いを浮かべた。

 そうこうしているうちにユカと及川の頼んだ料理も運ばれてきて、取りあえず食事へと意識を移した。

「あ、美味しい……!」

 酸辣湯麺は文字通りぴりりとした辛さも兼ね備えつつサッパリとしていて、そこまで空腹ではなかったユカでも食べやすくて思わず唸ってしまう。

 及川も料理で気持ちが切り替わったのか「うん、美味しい」と上機嫌で、その様子を見やった花巻達も、ヤレヤレ、と言いたげに笑みを浮かべていた。

 そうして先に来ていた花巻達は先に食べ終わり、箸を置くや否や二人とも立ち上がった。

「じゃーな、お先」

「明日、朝練でな」

 ユカも及川も二人を見送り、及川は真っ先に複雑そうな顔をして零した。

「部員を避けたつもりが、ばっちりバッティングしちゃった……」

「き、気が合うんだよきっと……」

「んー……」

 仙台は少なくとも東京よりは狭い。行動パターンが似通った人間が街でバッタリというのはそう珍しくもないだろう。

 とはいえやっぱり少し緊張したかも、とそのまま麺に舌鼓を打って店を出ると、もう薄闇模様だ。

 及川は空を見上げつつ、やや不満そうな声を漏らす。

「どうしよっか? マッキーアドバイスに乗っかってタワー登っちゃう?」

 及川は基本的に花巻のオススメリストをこなすことに積極的ではあるものの、直接口を出されるのは微妙ではあるのだろう。だが、ユカは笑って「うん」と頷き及川の手を取った。

「もう少し一緒にいたいもん」

「だよね、俺も」

 お互いに部活一色で忙しい日々で明日からはまたいつも通り。

 でも、触れ合うことが大切だという及川の意見はきっとその通りなのだろうな。と繋いだ手はそのままにキュッと及川の腕にもう一方の手を絡ませて身を寄せたユカは体温の心地よさに頬を緩めた。

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