天才がゲシュタルト崩壊!! by及川   作:こうやあおい

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09話:及川徹の北一卒業

 ──二月。

 私立高校入試の合否は各高校に掲示されるとはいえ、基本的には教員から直接知らされる事になっている。

 むろん、家族が見に行きメール等々で子供に知らせるという手段を使う家庭も多かったが、ユカの場合は担任からの呼び出しで知ることとなった。

「おめでとう」

「ありがとうございます」

 結果は無事に第一志望の青葉城西に受かっていたが、少々厄介なおまけが付いていた。

「特進科に授業料免除というオファが付いているが……」

「特進科には行きません」

 春からの進路指導以降、気の遠くなるほど繰り返したやりとりをさらに繰り返し、ユカは肩を竦めた。たいていの私立高校は特進クラスを持っており、試験の成績次第で授業料を免除にしても学生を確保しようとする枠がある。その見返りは有名大学への合格者数を上げることだが、課外授業の多さは避けられない。

 ユカとしては進学の目的は美術活動が一番であり、再三のやりとりを終えると礼をいって進路指導室を出た。

 ともかくあと一月ほどで卒業式だ。公立を受ける生徒達は卒業後に合否を知ることとなり、きっと落ち着かないだろうな。と思いつつ美術室に向かった。2,3時限目は合格発表のおかげで自主学習となっており、授業がないためだ。

 3月頭には一年に一度の大きなコンクールの締め切りが控えている。終わらせて出品してから卒業せねば──と励んでいるうちにあっという間に一月が過ぎ、あっという間に卒業の日がやってきた。

 

 卒業式なのに、あまり感慨がない──。

 と感じてしまうのは、もう5年は住んでいるのにまだ仙台に慣れていないと感じているせいか。それともいずれここを去ると分かっているためか。

 

 日々の思い出といえば、毎日美術部に居残っていた事くらいで──。

 ああ同じような人がいるな、と思った相手が及川だった。と思うと、及川は自分の中で中学時代の大部分を占めているのかもしれないな。と、式が終わった後の体育館を少しばかり感傷的に見やってユカは苦笑いを漏らした。

 この先の三年も一緒なのに……と思いつつ、周りを過ぎ去っていくセーラー服や学ランの群れ、歓声を眺めつつハッとする。烏の羽が濡れたような黒髪が風に揺れたのが見えた。泣いたり笑ったりと忙しい生徒達の中に不自然に佇む学ラン姿の少年がいたのだ。

「あれ……」

 その少年は、飛雄、と及川が呼んでいた少年だ。ユカは首を捻った。2年生は在校生代表で全員が式に出席していたが、1年生は今日は休みのはずだ。

 とはいえ、彼はバレー部だし、北川第一はバレー強豪校で、バレー部の先輩を送る会でもあるのかもしれないし。じゃあなぜ一人でキョロキョロしているのだろう? と思い至ってユカはそっと彼に近づき声をかけてみた。

「こんにちは」

 春先よりだいぶん伸びた身長でこちらに振り返った彼は、相変わらずの黒い瞳を瞬かせてこちらを見た。

「ちわっす」

「もしかして、及川くん探してるの?」

 それ以外に理由が思いつかなかったユカがそう問いかければ、少年は少し唇を尖らせて目線をそらした。

「でも、及川くん捕まえるの大変かもしれないね。たぶん、どこかで女の子に囲まれてるんじゃないかな」

 ユカ自身、今日は何度か及川を遠巻きに見かけたがいずれも女生徒という女生徒の群れに囲まれていてバレー部の後輩が近寄れるような空気はいっさいなかった事を思い出していると、眼前の少年は呆れたようなうんざりしたような表情を浮かべた。

「そういうわけじゃないです。俺、このあと体育館片づいたら部活なんで」

 それは本心からの言葉だったのか。彼は唇を尖らせたままそう言い下し、ぺこりと頭をさげるとそのままユカに背を向けた。

 ユカ自身はバレー部でなにがあったか知るよしもなく、過ぎ去っていく少年の背を見送って自身も歩き出した。

 式も済んだし、帰ろう。北川第一の制服を着るのもこれで最後かと思うとちょっとだけ寂しいかな、と外に向かうと校門の付近に岩泉がいた。

「岩泉くん」

「おう」

「あ、もしかして及川くん待ってるの?」

 さっきのいまだったため何となく聞いてみれば、岩泉は少しの間を置いて心底嫌そうな顔をした。

「いや。帰るところだ」

「そ、そう……。あ、バレー部のお別れ会とかってないのかな?」

「いや、特にねーけど」

 帰る、と行った手前なのか岩泉はそのままユカに並び、帰り道もほぼ同じであるため校門を出て帰路についた。

「そうなんだ。さっきバレー部の一年生見かけたんだけど……」

「一年が? なんでまた……。二年はけっこう式のあと挨拶に来てくれたけど、俺たち三年は一年とはあんま関わってねえからな」

 頭の後ろで腕を組む岩泉を見つつ、小さくユカは唸った。岩泉ならば及川と先ほどの少年の事情を知っているだろうか?

「その子、今日は部活があるからって言ってたんだけど……。もしかしたら、及川くん探してたのかなって思って気になっちゃって」

「一年が及川を……? 誰だよそれ」

「えー……と、”飛雄”くん……?」

 そういえば下の名前しか知らない、と思いつつ言えば、ピタ、と岩泉は足を止めた。あれ? とユカが思った時には再度歩き出して「あー」と少し目線を斜め上にあげた。

「影山か。なんでこんな日に及川を……」

「あ、私が勝手にそう思っただけだから。でも……仮にそうでも、今日の及川くんってぜったい捕まえられないよね」

「……。かもな」

 何となくユカが後ろを振り返れば、岩泉は心底うんざりしたような息を吐いた。おそらく岩泉も朝からユカの見た光景と同じものを目にしていたのだろう。

「学ランの第二ボタン争奪戦、とかってお話の世界じゃけっこう見たりするけど……、現実でもそういうことってあるのかな」

「俺は都市伝説だと思いたい。少なくとも俺の周りで”第二ボタン下さい”なんて言われてたヤツは一人もいなかった」

 言いつつ互いに苦笑いを漏らす。互いに思うところは同じだったようで、及川は制服が無事な状態のまま自宅に帰り着けるか、とか、いっそいくつボタンが残っているか賭けるか等々の話をして程よく学校から遠ざかった所で岩泉の携帯が鳴った。

「──もしもし?」

「岩ちゃん!? いまどこ!?」

 及川か。と分かるほどに大声なのか声が漏れており「うるせぇ!」と岩泉が一喝した。

「あ? わざわざおめーを待つわけねぇだろボゲ。……あ? もう家に向かってる途中だ。──うるせぇ! ……チッ、切りやがった」

 岩泉は憎々しげに携帯を仕舞うと、ハァ、とため息をついた。

「あ、あの……岩泉くん、帰ってきちゃって大丈夫だったの?」

「ああ、まったく問題ない。なんで女にキャーキャー言われてるヤツを待ってなきゃなんねえんだよ」

 うんざりしたように言い下した岩泉にユカは苦笑いを漏らし、そのまま違う話題を続けてしばらく。後方から凄い勢いで足音が近づいてきて、ユカだけでなく岩泉も、ゲッ、と眉を寄せた。

「岩ちゃーん!」

「あのボゲ……走ってきやがった……」

 おそらく全速力で駆けてくる及川をうっかり視界に入れてしまったために2人は立ち止まり、及川もこちらに追いつくとさすがに膝に手を付いて肩で荒い息を零した。

「置いくなんて酷いよー……ッ」

「ウゼェ……! なんでおめーを待たなきゃいけねぇんだよボゲ」

「ていうかなんでユカちゃんと仲良く帰っちゃってんのさ……! 俺だけ仲間はずれなの!?」

「たまたまだ、たまたま」

 愚痴をこぼしつつ荒い息を吐いていた及川は少しして呼吸を整え、もう一度深い息をしてから顔をあげた。

 その及川の姿を見て、ハッとしてユカは岩泉と顔を見合わせた。どうやら岩泉が感じた事も同じだったようだ。

「え、2人ともなに……?」

「ぶ、無事だね……」

「ああ、無事みたいだな」

「え、何が!?」

 及川の学ランはきっちり全てのボタンが揃っており、てっきり全て奪われてしまっただろうなどと話していたユカたちにとっては意外だったのだ。

 その旨を伝えれば、及川はおどけたように笑いつつなぜかウインクをした。

「もしかして2人とも及川さんの第二ボタン欲しかったのカナ? ──あいたッ!」

「気持ち悪いこと冗談でも言うなボゲ!!」

 コメカミに青筋を立てて岩泉が及川を叩き、ユカは肩を竦めた。けれども本当に意外で、何となく及川を見上げていると「だって」と及川が笑った。

「たった数個しかないボタンをあげちゃったら不公平じゃーん。博愛主義の及川さんとしてはそんな申し訳ないこととてもできないんだよネ」

 そうしてピースサインをしつつ舌を出した及川を再度岩泉が文句を言いながら叩き、ユカは「痛そう」と感じつつも、そういうものなのかな、と感じた。

 確かにあれだけ女の子がたくさんいて、もしも配っていたら余計な争いになるかもしれない。普段からそういうことを考えて接していたのだろうか、とジッと見上げていると、こちらを見返してきた及川がニコッと笑った。

「ユカちゃん、欲しい? 俺の第二ボタン」

「……いらない……」

「また即答!? なんで? 及川さんの第二ボタンだよ!?」

「んなもん売り飛ばして金にするくらいしか使い道ねえだろうが」

「売り飛ばさないで!!!」

 このやりとりを見るのも今日で最後かと思えば感慨深かったが、きっとこの先数年は見ることになるのだろうな、と思うと滲んでくるのは苦笑いで、4月から高校生か、と今日で最後になるだろう2人の学ラン姿を見つつ思う。

「青城の制服ってブレザーだよね。入学案内に指定のお店とか書いてあったけど、2人とももう買っちゃった?」

「まだだけど、青城の制服ってめちゃくちゃ俺に似合いそうだよネ!」

「あ……うん。そうだね」

「リアクション薄ッ!」

「否定されなかっただけマシだろ」

 すれば及川はショックを受けたように固まり、岩泉がそう突っ込んで「え」とユカは瞬きをした。

「ほ、ほんとにそう思ったんだよ。及川くん、たぶんすっごく似合うよ。学ランも似合ってるけど、青城の白のブレザーはもっと似合いそうだなって思って」

 青葉城西の男子生徒の制服は紫がかったグレーのシャツにブラウンチェックのパンツ、濃赤のネクタイに白のブレザーである。なかなかに着こなしが難しそうな配色だが、及川には似合うだろうなと思って言えば、眼前の2人は若干固まって、及川に至っては大げさに口元を手で覆っている。

「ユカちゃんって、時々サラッと俺のこと口説きにかかるよね」

「え!? 口説……え!?」

「おい栗原、あんまコイツ褒めんな。調子乗ってウザイ」

「嫉妬はみっともないよ岩ちゃん!」

「うるせえ! 俺はあのチャラチャラした制服は好きじゃねえ!」

「わ、私も白のセーターはちょっと……。男子のジャケットが羨ましい」

 青葉城西の女生徒の制服は、ジャケットの替わりに白のセーター、ネクタイの替わりにリボンである。スカートは同じブラウンチェックであるが、なぜ男子だけジャケットとネクタイなのだろう? 女子も同じでいいのにな、と思う。

「確かに……ユカちゃん、絵を描くんだし袖口汚れそうだよね」

「んー……なるべくジャージ着て描かないとダメかも……」

 そういえば北川第一のセーラー服は濃紺で気にならなかったが、高校の制服は色々と汚れやすそうだな、とそのまま雑談を続けて分かれ道までやってくる。

「じゃあ、2人ともまたね」

「うん、まったねー!」

「おう、入学式でな」

 自然とお互いそんな言い方をして、あ、とユカはなおさら実感した。

 今日で中学生活は終わり。だが、またこの先の数年間を彼らと一緒に過ごすのだ、と。

 今度こそ少しむずかゆいような嬉しさを覚え、笑みで手を振る及川と岩泉にユカはにこりと笑みを向けた。

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