「ソフィア様。こちらもお願いしてよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですわ、マリアさん」
書類の束を抱えたマリアさんに、私は微笑んで答えた。
私の前には未処理の書類と処理済みの書類、それから計算用のミニ黒板が置かれている。
――生徒会に入ってからしばらく。
一年生を迎えた新体制も形が整ってきた。
各々、得意分野を生かした仕事をすることになり、交渉や折衝に向かない私は主に計算と、それから「字が綺麗だから」と書類の清書を担当している。
この世界の教育はかなり発展しており、筆算の概念も存在するのだが、それでも計算能力には個人差がある。麗乃時代にさんざん経験している私には一日の長があった。
外に出て他の生徒と話をして、利益を勝ち取って来い、などと言われても困ってしまうので、私にできることがあったのは幸いだった。
と。
「……むー」
「?」
何やらカタリナ様から不満そうな視線を向けられている。
どうしてなのかわからず、私は首を傾げるしかなかったが、その理由は数日後、カタリナ様のお部屋での雑談の際に明らかになった。
「ソフィアだけマリアちゃんから名前呼びなんてずるいわ。私も名前で呼んで欲しい!」
「……姉さんにしては自制のきいた方だね。それをキャンベルさんの前で口に出さなかったんだから」
同席していたキース様がため息混じりに呟く。
メアリ様はご用事があるということで、今日は私とキース様、カタリナ様の三人だけだった。異性の寮に入るには手続きが必要なため、ジオルド様やアラン様、お兄様はあまり頻繁にカタリナ様の部屋を訪れることができない。
弟であるキース様は審査が簡略化されるため、比較的容易にカタリナ様と会うことができる。
メアリ様はとても残念そうにしていたが、「ソフィアとキース様だけなら安心ですわ」とも言っていた。キース様以外の男性陣は油断ならない相手に分類されるらしい。
「私、カタリナ様を蔑ろにしたつもりはなかったのですけれど……」
「気にしなくていいよソフィア。いつもの姉さんの我が儘だから」
「何よー。せっかく知り合ったんだから仲良くしたいじゃない。キースだってそう思――はっ!?」
言葉の途中で何かに気づいたように言葉を止めるカタリナ様。
けれど、いったい何に気づいたのかは教えてもらえなかった。マリアさんとキース様があまり仲良くなると、大切な弟を取られてしまう……とか、そういうことだろうか?
私より何倍もカタリナ様の言動に慣れているキース様は苦笑を浮かべるだけで流し、
「キャンベルさんに無理を言っちゃ駄目だよ。姉さんが下手に『名前で呼んで』なんて言ったら命令になってしまうんだから」
「わかってるわよ。私だってマリアちゃんとはそういうの抜きでお友達になりたいもの」
「カタリナ様なら大丈夫だと思いますけど……」
「キャンベルさんも良い子だしね。お菓子も美味しいし」
先日から、マリアさんは生徒会にお菓子を持ってきてくれるようになった。
手作りなので恥ずかしいと言っているが、この世界に工場製品なんて存在しないので、プロか素人かの違いでしかない。気にする必要はないと思うし、貴族用のお菓子はどうしても趣向を凝らしすぎたり砂糖が多くなる傾向にあるため、マリアさんの素朴なお菓子はとてもほっとする。
少なくとも生徒会ではみんなから好評で、特にカタリナ様はマリアさんのお菓子を熱烈に愛している。
「はっ!? もしかしてキース、マリアちゃんの魅力にやられちゃったりとかした!?」
「突然何言ってるの姉さん!?」
動揺するキース様。
カタリナ様はこうやって、キース様やジオルド様を他の女性とくっつけたがるところがある。決して、彼らを疎ましく思っているわけではないようなのだが……。
女性としての自己評価が低いのだろう。敢えて人柄を無視して見ても、カタリナ様は十分に魅力的だというのに。
「ですが、キース様は確かに、浮いたお噂がありませんよね……?」
「ソフィアまで何を言いだすの!?」
「いえ、メアリ様はアラン様と婚約されていますし、お兄様は引く手あまたですからいつでも結婚を決められますでしょう? ですが、キース様は上手く求婚をかわしていらっしゃるので……」
カタリナ様に懸想していることは知っているが、それを知らないご両親から催促があるのではないか、と心配になってしまう。
と、キース様は、優しげな顔立ちを更に真っ赤に染めて狼狽える。
「そ、そんなの。ソフィアだって同じじゃないか」
「私はキース様のように見目麗しいわけではありませんもの。アスカルト家はお兄様が継ぎますから、大した財産も付きませんし……」
「いや、ソフィアの容姿は十分に綺麗だよ。姉さんじゃないけど、人形のようでとても可愛らしいと思う」
「まあ。お世辞でも嬉しいですわ」
身内以外の男性から褒めてもらえることは少ないのだ。
と、カタリナ様が何やらにやりと笑って、
「だったら、キースとソフィアで婚約しちゃえばいいじゃない!」
「「ええ!?」」
「何よ二人とも声を揃えて。息ぴったりみたいだし、満更でもないのかしら?」
「い、いやいや姉さん、変なこと言いださないでよ。僕は誰とも付き合うつもりなんてないんだから」
「そ、そうですわカタリナ様。私は職業婦人になるつもりですので、お相手がいるとむしろ困ってしまうのです」
キース様の婚約話はどこへやら、結託して言い募る私達。
けれど、のほほん、としたカタリナ様は話しを聞いてくれず、
「旦那様がお仕事を許してくれればいいんでしょう? キース、その辺どうなのよ?」
「え? えーっと……もちろん、ソフィアなら浮気とかそういう心配はないだろうし、やりたいことがあるなら応援するけど……。って、そうじゃなくて!」
「だそうよ、ソフィア! どう、うちのキースは?」
「え、ええ。先程も申し上げたように、キース様は私には勿体ない方ですが……」
「じゃあ問題ないじゃない! ほらほら、付き合う? 付き合っちゃう?」
私とキース様は顔を見合わせた後、とにかくその話は止めよう、と、必死にカタリナ様を説得にかかった。
後日、その話をメアリ様にすると「ソフィアとキース様が結婚すればライバルが一人……。ですが、キース様とはいえソフィアを渡すのは……。いえ、そうすれば私とソフィアの縁も……」と、何やら必死に考えてくれていた。
とにかく話はなかったことになったから、と言うとほっとしていたので、心配をかけてしまったのかもしれない。やっぱり、私は結婚とか考えない方がいいのではないだろうか。
ちなみに、キース様との縁談の話は放っておいたらなくなった。ほっと一安心である。
◇ ◇ ◇
「ソフィア様は私の魔力をどう思われますか?」
生徒会室に私とマリアさんしかいなくなったタイミングで、ふとそんなことを尋ねられた。
学園にひとりきりの平民ということもあって、マリアさんもまた「交渉や折衝には不向き」と判断されている。代わりに資料の整理や他のメンバーのサポート、手が空いた時にはお茶を淹れたりお菓子を補充したりと全般的な作業を担当してくれている。
なので、二人になることも時々あるのだが、
「そうですね……癒しの力なんて、とても素晴らしいと思います」
「素晴らしい、ですか?」
「ええ。人を傷つけるのではなく、人を助けることのできる魔法なのでしょう?」
私は荒事どころか運動も得意ではないので、誰かを狙ったり狙われたりといった状況には陥りたいと思えない。
その点、ゲームで言う
敵も味方も含めて傷つく人が少なければ少ないだけいいと思う。
「マリアさんは優しいですから、光の魔力はぴったりだと思います」
「ソフィア様……」
マリアさんの緑色の瞳が真っすぐに私を見つめてくる。
その瞳はかすかに潤んでいた。
「……あ、でも。お医者様や看護の職に就いてしまうと司書になれなくなってしまいますね。素敵ですけれど、私は風の魔力で良かったかもしれません」
「ソフィア様……」
マリアさんの緑色の瞳が呆れたように私を見つめてくる。
その瞳はどこか楽しそうにも思えた。