「カタリナ様と仲良くなられたのですね」
「はい。危ないところを助けていただいて――お名前で呼ぶことを許していただきました」
ある日。
いつものように生徒会の仕事をしていると、遊びにやってきたカタリナ様がマリアさんと「マリアちゃん」「カタリナ様」と呼び合っているのに気づいた。
なんでも、私達の知らない間にマリアさんがピンチに陥っていたらしい。
「そうなのよ! マリアちゃんをよってたかっていじめている子達がいてね! 許せなかったから私の土ボコでこらしめてやったの!」
「まあ、お怪我はありませんでしたか?」
「大丈夫! 私もマリアちゃんもこの通りぴんぴんしてるわ!」
「それは良かったです……」
通称『土ボコ』はカタリナ様が得意としている魔法だ。
名前の通り、地面の一点が突然ボコっと盛り上がるというもので、派手さはないものの、足場を崩して人を転ばせることができる。
剣で斬りかかってくるような輩には効果が薄いが、魔法でいじめをしようとしている令嬢相手なら効果的に隙をつくことができただろう。
「学園にいてもそうした危険があるのですね……。私ももっと気をつけなくては」
「ソフィアにはあの魔法があるじゃない。あ! あの魔法をマリアちゃんに教えることはできないかしら?」
「カタリナ様。残念ですが、私とソフィア様は魔力が違いますので、同じ魔法を使うことはできないかと……」
「ああ、そっかー……残念ね」
しゅんとするカタリナ様を見て、マリアさんと顔を見合わせて微笑み合う。
メアリ様はといえば、何やら難しい顔で小さく独り言を口にしていた。
「カタリナ様……まさかまたライバルを増やしてしまわれるなんて。確かにキャンベルさんは綺麗で優秀な方ですが、だからといって……」
マリアさんがライバルになった、と心配しているようだ。
そうなのだろうかと、カタリナ様とマリアさんの様子を窺ってみると、
「そうだ。カタリナ様、またお菓子を作ってきたのですが、いかがですか?」
「本当!? もちろんいただくわ!」
楽しそうなカタリナ様の笑顔はいつも通り。
マリアさんの方は、頬を赤く染めて「すぐにご用意しますね」と張り切っている。なるほど、確かに彼女の表情は恋する乙女のように見える。
彼女も大切なお友達だし、女の子の恋はできるだけ応援してあげたいが――その恋はなかなかに茨の道だ。成就させるのは難しいかもしれない。
と、振り返ったマリアさんと目が合って、
「あ。お菓子、ソフィア様もいかがですか?」
「よろしいのですか? もちろん、いただきます」
お腹が空いていると思われてしまっただろうか。
少し恥ずかしい気分になる私だったが、美味しいお菓子の誘惑には勝てず、計算仕事を切り上げて休憩を取ることにした。
◇ ◇ ◇
休日。
朝ご飯を済ませた私は心を弾ませながら図書館へ向かった。
今日は何の用事もない。
お昼ご飯にはお弁当を用意したので、時間を気にせず読書に耽ることができる。それだけで気分がうきうきして、道中、鼻歌まで口ずさんでしまった。
「おはようございます、ソフィア様。今日は何の本をお読みになるのですか?」
「はい。今日は魔法道具の本を読もうかと」
「まあ、素敵ですわね」
入り口をくぐってカウンターに向かうと、すっかり顔なじみになった司書の方が挨拶をしてくれる。
本好きの間では「何の本を読んだ」「今度はあれを読もうと思う」という会話が挨拶同然に交わされる。前世でもそうだったし、
「生徒会のお仕事は大変ですか?」
「そうですね。やりがいはあるのですけれど、お仕事をするよりもっと本が読みたいです」
「ふふっ。わかります。……はい。では、ごゆっくりお楽しみください」
「ありがとうございます」
受け付けを済ませたら意気揚々と奥へ向かう。
学園の付属図書館は広い。現代日本の図書館に比べると空間自体がゆったりと使われていて、読書スペースの椅子も間隔が大きく取られている。羊皮紙時代の本や巻物などもあるので本のサイズがまちまちなことや、利用者の多くが貴族であること、写本に用いられることもあるのでインクが飛ばないように、といったことからの配慮だろう。
利用者も案外多い。
大半は課題のための参考図書を探す生徒だが、敷地内に魔法省が併設されているため大人の姿も結構ある。基本的な資料は魔法省の各部署内に用意されているものの、図書館にしかない貴重な本などもやはりあるらしい。
王立図書館が前世で言う国会図書館とすれば、この学園の付属図書館は一流大学の付属図書館に匹敵する。
つまり、この図書館が果たしている役割は計り知れないものがあり、務めている司書の方々も選りすぐられたエリートであるに違いない。
……と、以前、生徒会メンバーの前で力説したところ「ソフィアは本の話になると早口になりますわね」とメアリ様にさえ苦笑されてしまったが。
「まあ、ソフィアの言うこともあながち間違いではありませんよ。家業を継がない場合、卒業後の進路として花形なのは当然魔法省ですが、図書館司書も重要な役職には違いありません」
と、ジオルド様が言っていたように、決して楽な道のりではない。
司書になるには学園の成績はもちろん、何より本の知識が必要なので、私は時間があればなるべくここへ通うようにしている。
決して、単に本が読みたいから通っているわけではない。ないと言ったらない。
さて。
私は魔法関連のコーナーへと足を運んだ。今日の目当ては魔法道具に関する本だ。
魔法道具とは、その名の通り魔法の力を利用して作られた道具のこと。前世の言葉でわかりやすく言えば『マジックアイテム』だ。
この世界には魔法が存在している。
特にこの国は魔力持ちが多く、こうして魔法学園まであるのだが、意外にも魔法道具の分野はあまり発達していない。
ライトなファンタジー世界では魔法の冷蔵庫や魔法の扇風機、果ては魔法で縮小できる家まであったりするのがお約束なのだが、現状では少しずつ研究が進められ、できあがった品も量産されたりはせず「珍しい玩具」くらいの感覚で取引されているようだ。
なので、あまり関連書籍もないとは思うのだが……。
魔法省には魔法道具の研究部署もある。
意外と面白い本に出会えるかもしれないと、私は期待を膨らませていた。
「ええと、魔法道具……魔法道具……」
あまり背が高くない身体を一生懸命に伸ばし、本棚を端から端までチェックしていく。
やっぱり関連する本はあまり多くない。
ひとまず、目についた本を片っ端から読んでみようと、私は『魔力の保存に関する研究』と題された本に手を伸ばして――。
「あ」
「む?」
伸ばした手が、別の手とぶつかった。
私の隣にいたのは背の高い大人の女性だ。気の強そうな鋭い瞳が印象的な人で、その瞳は本から私の方へと向けられてくる。
どこか値踏みされているような感覚の後、彼女がにこりと笑って、
「失礼。……君もこの本に用が?」
「は、はい。ですが、私は単なる興味本位ですので――」
魔法道具の本を求める成人女性。
教師か研究者だろう。ならば彼女が優先されるべきだと思い、そう告げるのだが。
彼女はむしろ興が乗ったとばかりに笑みを深め、私に言ってくる。
「ほう? 魔法道具に関する講義は二年時にほんの少しあるだけだったはずだが、勉強熱心だな、ソフィア・アスカルト」
「わ、私の名前をご存知なのですか?」
「知っているとも。大の本好きであり、その幅広い知識を生かして作家の育成や新しい料理の発明にまで手を出している。また、魔法の使い方に関しても他と違う発想を持つ『アスカルト家の魔女』」
「な、なんだか別の方の噂を聞いているようですが……」
「間違いなくお前の話だよ」
女性はくつくつと笑うと、伸ばしたままになっていた私の手を乗った。
「面白い。魔法道具の話なら私がしてやる。本が読みたいなら秘蔵の本を貸してやろう。その代わり、私の部屋まで付き合わないか?」
正直、少し怪しい誘いだと思った。
出会ったばかりの相手から部屋に招かれるなんて、淑女の心得から言えば乗ってはいけない。
だが、
「わ、わかりました」
私は気づけばそう答えていた。
別に、秘蔵の本というのに抗えなかったわけではない……と、思うのだが。
「そうか。それは良かった」
女性は私にラーナと名乗った。
なんと、彼女は魔法省で一部署を任されている方だそうで、招かれたのは部署内にある彼女の仕事用の部屋だった。