「適当にかけてくれ。茶でも淹れよう」
ラーナの仕事部屋は雑然としていた。
ガラクタなのか重要なアイテムなのかわからないものや多くの本、紙束が散乱していて触れるのが怖い。
「待たせたな」
「ありがとうございます」
湯気の立つカップを直接受け取る。
ソーサーなしでお茶をするのは久しぶりだ。彼女も貴族なのだろうが、あまり気取らない性格らしい。あるいは、単に面倒だからか。
と、私はカップの中身に視線を落として、そこに入った漆黒の液体に目を丸くする。
「コーヒー、ですか?」
「ああ。街の
「ええ。私はこちらも好んでおります」
当然だ。その料理店は私のプロデュースなのだから。
数年前、この国にコーヒー文化が根付いていないことを知った私はメアリ様にお願いし、外国からの輸入・栽培を始めてもらった。
細々と生産された豆は例によってアスカルト家の料理店に卸され、希望する者には量り売りも行っている。といっても、人々の評判はあまり良くなかったはずだが、ラーナは数少ないコーヒーのリピーターらしい。
「茶請けにこちらもつまんでくれ」
と、出されたのは、じゃがいもを薄くスライスして油で揚げ、塩をまぶしたもの。
ポテトフライは存在したがポテトチップスはあまり知られていなかったので、これも私が料理店で売り出した。
揚げてあるのと塩を使っているので多少は保存が効く。これは平民のおやつとしてよく売れており、貴族の間では真似する者も出てきている。
「いつもご利用ありがとうございます」
「なに。旨いから通っているだけだ。……まあ、値段設定が高めなのが残念だがな。我々はともかく、平民は気軽に利用できまい」
「なにぶん、材料費がかさむものでして……」
「生産量が増え、他の買い手が現れれば改善する、か」
「ええ」
もしくは、料理店が安定して大繁盛してくれれば、もう少し値段も抑えられる。
メニュー自体を値下げしてしまうと上げ直すのが難しいので、日や料理を決めて特別サービスをするとか、安いスペシャルメニューを出すとかの方向性になるだろうが。
「宰相殿の娘がこの国の『食』を変えようとしている。お前を跡継ぎにするつもりなのか、などという声も囁かれているが」
「滅相もありません。我が家の跡継ぎはお兄様ですわ。私がやっているのはただの道楽に過ぎません」
「道楽にしては規模が大きいがな」
コーヒーを一口啜ったラーナはカップを下ろすと私を見て、
「本題に入ろうか。……私は魔法道具の研究を好んでいる」
図書館であの本を読もうとしていたことからもそれは窺える。
ちなみに本は貸し出し手続きをしてラーナの手元にある。
「だが、この国では魔法道具の研究は下火だ。何故かわかるか?」
何故と言われても、碌に知識がないから本で知ろうとしていたのだが……。
私は少し考えて、当たり障りのない答えを返す。
「実用化が難しいから。あるいは、費用がかかりすぎるから……でしょうか?」
「そうだ」
ラーナが頷く。
「では、なぜ難しい、あるいは金がかかると思う?」
「魔法、あるいは魔力は基本的に使いきりか、維持し続けなくてはならないものだから?」
「良いな」
褒められた。
褒められたのだが……なんだか、大学の研究室で教授と話しているような気分になってきた。
「問題はそこだ。魔法道具が目指すのは、魔法使いがいなくても魔法が使える道具だ。しかし、道具は魔法使いではない。魔法とは、魔力を用いて発動するものだ」
「はい」
「道具に魔法の根幹――『式』のようなものを組み込んでおき、魔力を流すだけで発動できるようにする、というアプローチもあるが、これは根本的な解決にならない。魔力には属性があるからな」
風の魔法道具を使うのに風の魔法使いが必要になるのなら、その魔法使いが直接魔法を使えばいい。
「魔力そのものを賄う別の方法が必要だ。お前ならどうする?」
「魔力を蓄えられる物質を探して、それを組み込みます」
要するに電池だ。
「その通り。魔力の保存については様々なアプローチが試みられてきた。魔法自体を改良して魔力効率を上げ、長時間持続させる試みなどもあったが――媒介を用いるという手法が現実的かつ効率的だろう、と、研究者達による見解が出されている。ここまで来れば、問題の根幹は見えてくるな?」
「素材の選定、研究に時間と費用がかかりすぎる……」
ラーナが満足そうに笑みを浮かべつつ、息を吐いた。
「そういうことだ。魔力を込める実験にも魔力がいるしな。火、水、土、風、光。一定以上の各属性の魔法使いの協力が最低条件。素材を現地調達するにせよ商人から買い付けるにせよ問題がつき纏う。貴族の道楽で行うにしても困難な道のりだよ」
「ですが、ラーナ様は挑戦していらっしゃるのですね?」
「人と同じことを研究してもつまらないからな」
にやりと笑った彼女は、心の底から研究を楽しんでいるように見えた。
「ソフィア・アスカルト。お前ならわかるんじゃないか?」
「なんとなくは、わかります。でも、私は欲しいものを作っているだけなので……」
未知のものに挑戦しているわけではない。
現在存在しないものを欲する発想がどこから出てきたのか、それを説明できないので難しいが。
「ふむ。戦争をすると技術が発達する、という奴か」
「必要は発明の母、ですね」
「良い言葉を知っているな、ソフィア」
流し目で見られてどきっとする。
彼女は確実に女性なのだが、その言葉遣いと纏っている雰囲気のせいか、気を抜くと男性と勘違いしてしまいそうになるのだ。
「その調子で『欲しい魔法道具』の一つや二つ挙げてみろ。参考にしてやろう」
「あ、ありません」
「嘘だな」
ノータイムで見破られてしまった。
すっと立ち上がったラーナ……ラーナ様は、意味ありげに手を持ち上げながら、
「言う気になるまで愛でてやってもいいが」
「れ、冷気を発する食品保存庫ですとか、ひとりでに熱を発する調理台などがあれば、と思っております……」
気圧されて言えば、ラーナ様は「残念だ」と座り直した。
「どうだ、ソフィア。時々ここへ遊びに来ないか?」
「いえ、私は生徒会の仕事もありますし、図書館で読書がしたいので……」
「ああ、約束の本だが。ここには国に数冊しかない貴重な本もあるぞ。貸してやるから、読み終わったら返しに来い」
「ありがとう存じます。必ずお返しにあがります」
「礼には及ばん。一冊読み終わったら別の本を貸してやる。その時、少し雑談に付き合ってくれればいい」
「かしこまりました」
ちょっと怖い方なので、できれば関係はこれきりにしたい――そう思っていた私だったが、本の話を出された途端、それまで考えていたことなどすっかり忘れてしまった。
ラーナ様はとても良い方だ。
去年亡くなられたという研究者の書いた魔法道具の基礎理論の本(革の装丁がされた重い本だ)を抱きかかえて部屋を後にした私が「いいように誘導された」と気づいたのは、帰りに図書館へ寄って夕方まで過ごして、寮に帰りついた後のことだった。
以来、私はラーナ様の部屋を定期的に訪れては、研究の話に付き合うようになった。
そのうち部下の方からも顔を覚えられて「卒業後はうちにおいで」と言われてしまったりするのだが、そういう狙いを悟らせないのがあの人の巧妙なところだ。