「夏休み最終日はさんざんだったわ……」
楽しい時間ほど過ぎていくのは早いもの。
皆で湖へボートに乗りに行ったり、カタリナ様やお兄様と街でショッピングをしたり、懇意の作家さんとお話をしたり、料理店に視察に行ったり、新しい料理を開発したり、本を読んだり、お仕事をしたり、本を読んだり、お仕事をしたりお仕事をしたりお仕事をしたりしているうちに夏休みは終わった。
心なしか「楽しい思い出ばかりではなかったのでは?」という気もしてきたが、ともかく夏休みは終わって学園へ戻ってきた。
皆もそれぞれの夏を過ごしたようで、女子三人でのお茶会の席でカタリナ様やメアリ様の思い出を聞くことができた。
なんでも、カタリナ様は夏休みの宿題を最終日まで溜め込んでいたようで、キース様に泣きついて手伝ってもらったそうだ。
「まあ、カタリナ様らしいですわね」
「二人で宿題なんて、本当に仲がよろしいのですね」
義弟に泣きつく可愛らしいカタリナ様と、呆れ顔で小言を言いながらも「仕方ないなあ」と手伝ってしまうキース様が目に浮かぶようだ。
「最初からメアリやソフィアに写させてもらっていればあんな苦労はしなくて良かったのよね……。なんでもっと早く気づかなかったのかしら」
「カタリナ様、宿題は自分でこなさないと身につきませんわよ」
「それはそうだけどー……私はメアリやソフィアみたいに頭良くないんだってば」
ぐてー、っとするカタリナ様。
夏の暑さが堪えた……というよりは、勉強のことを考えて気が滅入ったのだろう。
傍に控えたアンさんが「注意したいけど今は無理」という顔をしていた。
「私だって宿題は苦労して終わらせましたわ」
メアリ様が心外だ、と顔を逸らして告げる。
本気で機嫌を損ねているわけではないのは、ひくひくと動く頬を見ればすぐにわかるが。
「ソフィアだってそうでしょう?」
「そうですね……。実家に向けて出発する前に全て終わらせるのは骨が折れました」
「「はぁ!?」」
数日のうちに宿題を片付けた苦労を思い出して語ると、カタリナ様とメアリ様が声を揃えた。
「どうしてまたそんなことを……。あ、いえ、大体想像がついたので言わなくて結構ですわ」
「宿題を運ぶ必要がなければ、その分だけ本を多く持ち帰れると思いまして」
「だから、言わなくていいって言いましたわ……」
◇ ◇ ◇
学園での日々が過ぎていく。
授業のある日は座学の授業、昼食を挟んで実技の授業、放課後には生徒会の仕事をこなし、少ない余暇の時間に読書をして過ごす。
休日はカタリナ様とメアリ様とお茶会やお出かけをして過ごすか、そうでなければ図書館に通う。
ラーナ様のところへは短いスパンで立ち寄らないようにしたが、時々図書館で待ち伏せされてそのまま連行されたりする。せっかくなので珍しい本を借りたり、欲しい魔法道具について相談している。
そうこうしているうちに秋が来て、冬にさしかかりかけた頃――学園で一つの事件が起こった。
それは私達生徒会メンバーも、生徒会以外にカタリナ様が作った友人達も、たまたま皆、同行していない日の昼休みに起こった。
「カタリナ・クラエス、私たちは今日、この場であなたの悪事の数々を公のものとするわ!」
事件を起こしたのは、貴族令嬢の中でも悪意の強い派閥に属する数人。
彼女達は一人でいたカタリナ様に強く声をかけた上、周囲の人達にわざと聞かせるようにして「悪事の告発」を行ったのだ。
罪状は権力の不正行使、およびマリアさんへの嫌がらせ行為。
もちろん、どちらもあるはずがない。だが、彼女達は証拠と証人を揃えていた。それにしても、あらかじめ息のかかった者に依頼すれば簡単なのだが、突然突きつけられれば一定の有用性を認めなければならない。
幸いだったのは、事の最中に私達が食堂へ到着したことだ。
嫌がらせについては当のマリアさんが強く否定。
権力の不正行使については私達全員で否定した。もちろん私も否定した。
「カタリナ様は聡明なお方ですが、誰かを騙したり貶めたりすることには致命的に向いていません! そんなこと、できるわけがありません!」
何故かカタリナ様本人が微妙な顔をしていた気もするが、おそらくは気のせいだろう。
ジオルド様やキース様に睨まれた令嬢達は一目散に逃げていった。普段は物腰の柔らかな人達だからこそ、怒ると物凄く怖いのだ。
食堂にいた人達を手分けして落ち着かせた後、私達は事件について相談した。
カタリナ様は善良な性格から多くの人に愛されているが、一方、公爵令嬢としての威厳に欠けていること、取り巻きを作ることを嫌うことなどから一部の者からは目の敵にされている。
とはいえ、地位的に劣る令嬢達が嘘の証拠をもってカタリナ様を糾弾するなど、通常であれば考えにくい。
それに偽とはいえ、証拠や証人はちょっとやそっとで作れるものではない。令嬢達が首謀したというよりは、裏で誰かが糸を引いていると考える方が自然だ。
とはいえ、その場で結論が出るようなものでもなく。
カタリナ様が話に入って来れず寂しそうにしていたこともあって、それぞれ個別に調査を進める、ということでいったん相談は打ち切られた。
「少しだけ行っておきたいところがあるので、皆さん、先に戻っていてください」
そんな中、教室に戻る段になってマリアさんが一人別行動をした。
事件の話は中断した。そう思っていた私達はさほど気に留めず彼女を送り出した。だが、私達はその判断を後悔することになった。
マリアさんは、それきり忽然と姿を消してしまったのだ。
◇ ◇ ◇
一夜明けてもマリアさんは姿を現さなかった。
あの事件の後だ。
不審に思った私達は手分けをして情報収集に当たった。彼女を見た者がいなかったか聞き込みをしたり、可能性がありそうな場所を虱潰しに探したり。
だが、一向に手がかりは見つからなかった。
まるで、マリアさんが突然透明人間になって、誰も知らない場所へ消えてしまったようだ。
現実的に考えてそんなことがありうるだろうか?
彼女は学園の中を移動していた。誰の目にも留まらなかったなんて普通に考えてありえない。光の魔法に姿を消すものがある、などという話も私は聞いたことがない。
マリアさんを見た者が全員口を閉ざしている? いくら平民とはいえ、学園の生徒が一人失踪したとなれば大事件だ。貴族の子息、令嬢が狙われる可能性もある以上、故意に隠匿した者は罪に問われかねない。
なら、幻惑させられて記憶を残していない、あるいは記憶を消されている可能性はないだろうか?
「ジオルド様。この事件、闇の魔法が関わっている可能性はないでしょうか?」
二日目の夜。
私はジオルド様の部屋を訪れて推測を口にした。
ちなみに、前回のように「はしたない」と言われないように服装には気をつけているし、使用人に部屋の外で待ってもらっている。内容が内容なだけに同席はさせられないが、これなら変な誤解はある程度避けられるだろう。
「闇の魔法……。ソフィア、知っているのですか?」
「ええ、聞いたことがあります」
闇の魔法。
この世界の魔法は火・水・土・風・光の五属性とされているが、実は六番目の属性である闇の魔法が存在している。
これは他の魔法と違い、生まれ持った属性によるものではなく、いかがわしい方法によって後天的に得られるもので、効果としては人の心を操ることができるらしい。
ジオルド様はため息をついて、
「国でも一部の者しか知らないはずなのですが……」
「私の本好きもたまには役に立つんですよ!」
本当は
その上でラーナ様にその存在を尋ねたら、極秘だと念を押した上である程度の情報を教えてくれた。
「どう、でしょう?」
「……可能性はあると思います」
やっぱり。
「ですが、まだそのことは口外しないように。僕の方でも更に調べてみます。……特に、カタリナには絶対に言わないでください」
「かしこまりました」
だが、事態は更に悪い方向に向かってしまう。
翌日。独自に調査を進めたジオルド様は闇の魔法に対してある程度の確信を持ち、それをカタリナ様に告げてしまった。
そしてその翌日、心労を溜めたカタリナ様は体調を崩し――倒れて、目を覚まさなくなってしまった。