カタリナ様は目を覚まさなかった。
声をかけても、身体を揺さぶっても、食事の時間になっても――夜が明けても、ずっと。
お医者様に診てもらっても異常は見つからなかったそうだ。
身体に異常がないのに眠り続けている。
それはつまり、医学的なところ以外に原因があるということ。
「……闇の魔力の影響ですわ」
「ああ、そうですね」
私の呟きに、ジオルド様が苛立たしげに答えた。
「だが、そんなことがわかったところで、犯人がわからなければどうしようもない!」
「落ちつけジオルド! ソフィアに怒鳴って解決するのか!?」
「っ。……すみません、取り乱しました」
「……いいえ。私こそ申し訳ありません」
しゅんとして項垂れるジオルド様に、私はそっと首を振って答えた。
このままでは何の解決にもならないのは、彼の言う通りだ。
それどころか、このまま眠り続けたままならカタリナ様は確実に死ぬ。食事も水分補給もできないのだから、徐々に衰弱していくのは当然のことだ。
この世界の文化は発達しているが、点滴は存在していない。
「口移しであれば、栄養を補給していただくことは可能かもしれませんけれど……」
そう言っても、ジオルド様もアラン様もキース様も、メアリ様もお兄様も反応しない。
いつもなら何人かが「じゃあ自分が」と言いだしそうなものだ。
私だって、大切なお友達がこんな目に遭っているのだから気が気ではない。
せめて、マリアさんがいれば。
光の魔力を用いれば、闇の魔力の影響を中和することができたかもしれない。
あるいは、闇の魔力を感知することだって。
だからこそ彼女がここにいない……犯人に先んじて対処されたのかもしれないが。
カタリナ様は医務室で休んだ後、一度目覚めて自分の足で医務室を出たらしい。
倒れているのが発見されたのは中庭。
目撃者は何人かいたが、廊下を歩くカタリナ様は一人で、誰かと一緒ではなかったそうだ。そして、肝心の中庭での目撃者はゼロ。
通常の方法で犯人を見つけることは難しいかもしれない。
でも、早く犯人を見つけないと。
マリアさんがいない以上、カタリナ様を元に戻せる可能性があるのは犯人だけなのだから。
◇ ◇ ◇
気ばかりが焦ってなかなか寝付けなかった私は、夜更けになってようやく眠りにつき――そして、夢を見た。
前世、本須麗乃の頃の夢だ。
私は書店の中にいて、何冊もの本を抱えながら更に本を物色していた。それだけなら何百回と繰り返していたのでよくある風景なのだが、なんだかんだお小言を言いつつもついてきてくれる幼馴染のしゅーちゃんがいなかったこと、そして、ライトノベルの棚で一冊の本を手に取った私に声をかける人物がいたことが特別だった。
「あ、あのっ、その本……」
高校生だろう。
学校の制服に身を包んだ女の子。素材は良さそうなのに、お洒落に慣れていない感じが勿体ない。素材自体が地味で目立たない
彼女もこの本が欲しかったのだろうか。
棚にはもう一冊同じ本があったので、抜き取って手渡す。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます……。って、そうじゃなくて!」
瞬きをしながら本を受け取った彼女は、首を振って言ってくる。
「あの、好きなんですか? 『FORTUNE・LOVER』」
どうやら
『FORTUNE・LOVER ノベライズ1』。
手に取った本のタイトルにあらためて目を落として、首を傾げる。
「これ、有名な作品なんですか?」
それで私のスタンスを察したらしい。
彼女は少し残念そうに息を吐くと、笑みを浮かべて言った。
「乙女ゲームのノベライズなんですよ。私、これの原作が好きで、ノベライズも絶対買おうと思ってて」
「そうなんですね」
乙女ゲーム、というのはゲームのジャンルだろう。
ゲームはしゅーちゃんにお付き合いする程度だった私だが、乙女ゲームは物語を追っていくタイプの作品だというので興味はあった。
まあ、興味があるだけで、やっぱり紙の本の方がわくわくするので手を出してはいなかったのだが。
私は少し考えてから彼女に言った。
「良かったら、どこかで少しお話しませんか?」
「……あ、はいっ」
幸い、彼女は頷いてくれた。
近くの喫茶店に移動してケーキセットを頼む。お財布の中身を気にするようにメニューを睨んでいたので、ここは御馳走すると彼女に告げた。
「いいんですか?」
「これでも大学生なので、それくらいは」
もちろん、物語の話ができるという下心あってのことだが。
彼女はマンガやライトノベルも読むようで、お互いオタク気質なせいか話は合った。好きな作品について幾つか語り合った後、話題は『FORTUNE・LOVER』へ移った。
私達の鞄にはそれぞれノベライズ本が収まっている。
買ったばかりの本を取り出した彼女はぎゅっと抱きしめて、言った。
「思い出の作品なんです」
事故で亡くなった友達と一緒に遊んだゲームなのだと言う。
「あの子は身体を動かすのが好きで、でも、私の好きなことを一緒に遊んでくれて……『FORTUNE・LOVER』も腹黒ドS王子が攻略できないって楽しそうに言ってて、でも、最後までクリアしないで……っ」
最後まで言い切ることができず、彼女はぽたぽたと涙を流した。
好きだったのだ。
楽しかったのだ。そのお友達と一緒にいるのが。
「あの子が生きてたら、この本も一緒に読めたのに」
私はその子のことを知らない。
だから、言えることなんて殆どなかった。
「聞かせてくれないかな? その作品のこと」
「……あ」
彼女は目を見開くと、涙を拭って「はい」と頷いてくれた。
それから私達は門限が近づくまで話を続けた。
亡くなった友人と出会うまで、敦子ちゃんは一人だったらしい。
でも、その子のお陰で今の敦子ちゃんには友人がいる。
でも、だからこそ、自分の力で友達を作れるようにならないといけない、と一念発起して、本屋で見かけた
「あの、良かったら、私とお友達になってくれませんか……?」
「もちろん。わたしも、もっと本の話がしたいな」
それが、後に私の大学の後輩になる佐々木敦子ちゃんとの出会いだった。
◇ ◇ ◇
「どうして、今になってあの頃のことを……」
目覚めた私は、断片的に残った夢の記憶に困惑した。
「ソフィア・アスカルト。カタリナ・クラエス。そうだ、ここは……」
『FORTUNE・LOVER』。
あの作品の世界によく似ている。
前世の記憶が蘇った当初に思い出さなかったのは、ノベライズを読んだのが割と前だったのと、その話とはストーリーが違ったから。
ゲーム内では幼少期の話がほとんど出てこない上、私――ソフィア・アスカルトは性格が変わってしまっている。更に、カタリナ様はゲーム本編では悪役、私の出会ったカタリナ様とは似ても似つかない悪女だった。当然、取り巻く人々の動きも違う。
こんなことなら、もっとちゃんとストーリーを覚えておけば……。
思った時、私の頭に声が響いた。
『お願い。あの子のところへ!』
誰の声なのか。
考えるより前に身体が動いていた。
ベッドから下りた私は身支度もそこそこに、カタリナ様の眠る医務室へ向かった。
カタリナ様は大切な友人。
だが、それ以上に、何か強い想いが私をつき動かしていた。
敦子ちゃんの言っていた親友――明るくて、快活で、友達思いで、多くの人から慕われていた『野猿』が、どこかカタリナ様と被ったからかもしれない。
私はぎゅっ、と、カタリナ様の手を握って祈った。
次々やってきた他の人達と一緒に一生懸命に呼びかけた。
『ありがとう、先輩。私の想いを連れてきてくれて』
そして、奇跡は起きた。
カタリナ様が目を覚ましたのだ。