それは本当に奇跡だった。
でも、奇跡を起こしたのはきっと、みんなの願い。医務室に集まった私達だけじゃない、みんなの想いだったのだろう。
目を覚ましたカタリナ様は預言者のごとく犯人の居場所を突きとめた。
隠れ家にいたのはマリアさんと――生徒会長を務めているシリウス・ディークだった。
予想もしなかった。
まさか、私達と一緒に仕事をしていたシリウス会長が犯人だったなんて。
でも、カタリナ様は居場所を暴いただけでなく、会長の真意さえも言い当てた。
会長の本当の名前がラファエル。
彼は、母親違いの兄弟――死にかけたシリウス少年を救うため、シリウスの母親の命令で闇の魔法を使われた存在だった。
しかし、生きることに疲れていたシリウスの魂は宿らず、記憶だけがラファエルに残った。
代わりに、施術を行った闇の魔法使いの魂がラファエルの中に残っており、彼の悪意に唆される形であらゆる悪事は行われていたらしい。
最後は、カタリナ様に許されたラファエル自身によって全てが語られた。
もう一人の被害者であるマリアさんもラファエルを許した。
結果的には二人とも無事だったのだ。
ラファエルはカタリナ様やマリアさんを殺すことができた。殺さなかったのは彼に善意が残っていた証拠だ。
自らの意志で闇の魔法使いの魂に打ち勝ったラファエルは、全てを私達に話した後、自ら自首した。
事件に関わっていたディーク侯爵夫人とその配下、そしてラファエルは捕らえられた。
後は役人達の管轄であるため、私達には干渉できない。
せめて、できることだけでもと、私達は役人にラファエルの事情と彼の減刑を訴えた。
「任せておけ。微力ながら協力してやろう」
意外にもラーナ様がそう言って力を貸してくれた。
彼女のお陰なのか、それともジオルド様やアラン様のコネクションが役に立ったのか、数か月が経った後、ラファエルは罪が許され、魔法省への勤務が決まった。
私がそれを知ったのは、すっかり慣れてしまったラーナ様の勤め先へ顔を出した時のことだ。
「初めまして。ラファエル・ウォルトです」
「まあ」
挨拶された私は、思わずぽかんと口を開けてしまった。
久しぶりに会ったラファエル――いや、ラファエルさんは人目を惹く容姿から一転、地味に見えるよう変装を行っていた。
しかし、憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしていて、先日カタリナ様にも会ったのだと教えてくれた。
本当に良かった。
やはり、カタリナ様は心優しく、誰にでも手を差し伸べる素晴らしい方だ。
でも、どうしてラファエルさんの抱えている事情が、彼の居場所がわかったのだろうか。
◇ ◇ ◇
「カタリナ様は、どうしてあの時、迷わずラファエルさんの隠れ家へ行くことができたのですか?」
ラファエルが学園を去ってからしばらくして、役人への訴えも一段落した頃。
私――カタリナ・クラエスの元を訪れたソフィアは純真な瞳でそう尋ねてきた。
取材のためだと言って紙とペンまで取り出している彼女には悪いが、特に面白い話はできない。
夢の中に知らない女の人が出てきて、あっちゃんからのメッセージを伝えてくれた、なんて怪談っぽい話をしたら、大人しいソフィアのことだから怖がってしまうかもしれないし。
うーん、と悩んだ私は冗談めかした説明で誤魔化すことにした。
「実は私ね、前世の記憶があるのよ!」
「え、前世の記憶ですか?」
案の定、ソフィアは真っ赤な綺麗な瞳を真ん丸にして驚いた。
そうだろうそうだろう、そうこなくては。
そうやって驚いてもらえると私としても話し甲斐がある。ソフィアならキースみたいに「またわけのわからないことを言って」と呆れたり、ジオルドみたいに「カタリナは本当に面白いですね」と暗に馬鹿にしてきたりしないだろうし。
「そうよ。私の前世ではね、この世界の出来事が乙女ゲ――えーっと、物語として語られていたのよ」
「まあ。では、カタリナ様はご存知だったのですね?」
「そうなの! 私もね、最後のところまでは覚えていなかったんだけど、眠りから覚めた時に思い出したの。お陰でマリアちゃんもラファエルも、みんな救うことができて良かったわー」
「そうだったのですね」
うんうん、と、真剣な表情で頷くソフィア。
でも、心なしか手が動いていない。
「メモしなくていいの?」
尋ねると、ソフィアは微笑んで首を振った。
「カタリナ様の大切な秘密ですもの。小説のアイデアになんかできませんわ」
「ああ~~。ソフィアは本当に良い子ね! こっちに来なさい、頭を撫でてあげる!」
「か、カタリナ様。私、子供じゃありませんから」
そう言いつつも素直に寄ってきて撫でさせてくれるソフィア。
絹のような白い髪は小さい頃から変わらず細くてしなやかで指で梳いていると本当に気持ちいいのだ。
と、ソフィアが私を見上げて、
「カタリナ様。実は私にも秘密があるのですが」
「え? 秘密? なになに?」
「私にもカタリナ様のように、前世の記憶があるのです!」
ふふん、と、得意げに胸を張ってくる。
「ええ!? そうなの?」
「そうなのです!」
テストでいい点を取った小学生みたいなソフィアの顔。
ははーん、なるほど、そういうことか。
ソフィアってば、私に対抗して可愛い嘘をついちゃって。
それか、私の秘密も冗談だと思っていて、前世トークで遊びたいのかも。
「それじゃあ私達、同じ世界から来たのかもしれないわね」
「私がいたのは日本という国なのですが、カタリナ様もそうなのですか?」
「ええそうよ。なんだ、同じ国だったのねー」
やるな、ソフィア。
幸先のいい切り出しに、私は「せっかくだからこの遊びに乗ってやろう」とにんまりと笑みを浮かべる。
傍で聞いているアンが「お嬢様はまた……」と額に手を当てているけれど、ソフィアと楽しくお喋りするためだと言えば許してくれるだろう。
「私は女子高生だったんだけど事故で死んじゃってね。ソフィアは?」
「私は女子大生でした。恥ずかしながら、本に押しつぶされて死んでしまって……」
「ええ、本に!?」
本に押しつぶされて死ぬってなんだ。
ソフィアらしいといえばソフィアらしいけど、下敷きになって死ぬような量の本って日本でもそうそうお目にかかれないだろう。
学校の図書館とか? いや、私なら「ばしーん! うがー!」って怪獣みたいに立ち上がる自信がある。
まあ、作り話なんだからインパクトがある方がいいよね。
そう考えると、咄嗟にそんな話ができるソフィアはやっぱりすごい。
「ソフィアは前世でも本が好きだったのね」
「はい。私、本好きの妖怪なんて呼ばれていたくらいでして……。今は魔女なんて呼ばれているのですが」
「妖怪だとか魔女だとか、ひどいこと言う人もいるわよね。ソフィアはこんなに可愛いのに」
可愛いんだから妖怪でも魔女でも問題ないじゃないか。
いや、というか妖怪や魔女なんてちょっと格好いいかもしれない。私なんて野猿だ。木登りのテクニックを褒めてくれるのは嬉しいが、どうせならもうちょっと格好いいあだ名が良かった。
「あー、話してたらお寿司食べたくなってきたわー」
「お米は開発中なのですが、日本米のようなもちもちした食感はなかなか出せないんですよね……」
私達はそれからしばらく、作り話の前世トークで盛り上がった。