「ソフィア様。ニコル様へのお祝いの品はいかがなさいますか?」
「そうですね……」
夜の静かな時間。
私が本を開くまでの僅かなタイミングを縫うようにして、メイドから確認の言葉が投げかけられた。
「お兄様へは花束がたくさん届くでしょうから、花瓶を贈ろうかと思っています」
「まあ、素敵ですね。よろしいかと思います」
返ってきた明るい声に、チョイスが間違っていなかったことを知ってほっと胸を撫でおろす。
私が学園へやってきたからもうすぐ一年。
二年生の卒業式が間近に迫っている。
つまり、お兄様も卒業だ。
生徒会メンバーとして式の準備に追われている時期だが、だからといって大切な人への贈り物を疎かにはできない。
この学園の卒業式でも、お世話になった先輩には花束を贈る風習がある。
花以外のものを贈ってもいいのだが、基本的にそれは「特に親しい間柄」に限られているらしい。
私の場合、お兄様とは兄妹なので花束でなくてもいい。
アクセサリーのような身に着けるものだと未来の奥様に気兼ねしてしまうが、ちょっとした調度品くらいなら問題ないだろう。
「品物の選定はいかがなさいますか?」
続けて問われて、少し考える。
気持ちという意味では私が自分で選ぶ方がいいのだろうが、街へ出かけている余裕があるかわからない。
加えて、花瓶の目利きなんて私にはできない。
先日、カタリナ様やメアリ様をお買い物に誘ってみたりもしたのだが、
『あー、私、贈り物はもう用意してあるのよ。でも、もちろん、遊びに行くなら一緒に行くわ!』
『私、ニコル様には花束を贈るつもりですの。というかそれで十分……こほん。ともあれ、外出するなら一緒に行きますわ』
快く付き合うと言ってくれたのは嬉しいのだが、用のない二人を連れまわすのは気が引ける。
無理して外出するくらいなら三人でお茶を飲む方がよっぽど有意義だ。
「申し訳ないのですが、手配をお願いしてもいいでしょうか? 男性のお部屋に飾っても違和感のない派手過ぎないもので、ある程度、口の広いものを」
「かしこまりました。……でしたら、ソフィア様。一緒に花を一輪だけ添えるのはいかがでしょう? ソフィア様の髪の色に合わせた白いお花を併せて手配いたします」
「ああ、素敵ですね。では、お願いいたします」
お兄様が喜んでくれるといいのだが。
ただ。
私自身のプレゼントもさることながら、卒業式の他の方の動向も気になるところだ。
◇ ◇ ◇
卒業のイベントはいわゆる卒業式と、生徒全員参加の立食パーティの二つで構成されている。
そしてその立食パーティの際、意中の相手とこっそり抜け出して思いを打ち明けると恋が叶うという、密かな伝統が学園にはあるらしい。
伝説の木の下と同じような効果ですね、と言ったらカタリナ様にさえ「なにそれ?」と言われてしまったが、それはさておき。
「卒業パーティではどうされるんですか?」
カタリナ様やメアリ様、マリアさんはもちろん、ジオルド様やアラン様、キース様、それからお兄様にも尋ねてみた。
例の噂をそれとなく匂わせて、だ。
女の子としては、やっぱりこういう恋バナはわくわくする。
特に、私の周りにいる方達はみんな想い人がいるのだから、何か特別な行動に出たとしてもおかしくない。
邪魔をするつもりはないが、想像できゃあきゃあ言うのと、事後に話を聞かせてもらうくらいは構わないはずだ。
その結果はというと――。
まず、ジオルド様とメアリ様は同じような反応だった。
「そんな噂があるんですか(あるんですの)?」
噂を聞くや否や眉を顰め、何かを考え始める。
「それはチャンスかもしれませんね。ですが、あのカタリナが素直に食べ物から離れてくれるでしょうか? いえ、それよりも……」
「重要なのはカタリナ様をお誘いする方法ではありませんわ。他の方の抜け駆けをいかにして防ぐか。これは綿密な計画が……」
真剣に考えているのは伝わってくるものの、恋の甘酸っぱい感じがない。
「ソフィア。君のことは信じていますよ」
「ソフィア。私達は親友ですわよね?」
「も、もちろんです」
少しだけ、二人の剣幕が怖いと思ってしまった。
アラン様からはいい返事がもらえた。
「あ? 立食パーティ? ……んー、まあ、普通だろ。王子の俺には黙ってても人が寄ってくるだろうし、メアリのエスコートもしてやらないといけない。後はあの馬鹿女がよくわからないちょっかいかけてくるだろうから、からかい返してやるくらいか」
実は一番大人なのではないか。
逆に失礼なことを考えてしまうくらい、その時のアラン様は格好良かった。
「アラン様に婚約者がいなかったら、女の子が放っておかないと思います?」
「ははっ。それは口説いてるのか? ……なわけないよな。ま、お前もどうせカタリナかニコルかメアリの傍にいるんだろ? 暇があったら声かけてやるよ」
ぽん、と、頭に乗せられた手は温かくて、お兄様とは違う「お兄ちゃん」とか「兄貴」っていう感じの頼り甲斐を感じた。
キース様は苦笑い。
「ああ、姉さんもその噂のこと言ってたよ。僕がマリアを誘うつもりなら止めないから、って。まったくもう、どこからそういう発想が出てきたんだか。誘うも何も、姉さんの奇行を止めるので手一杯だっていうのに」
生真面目で苦労人なキース様らしい。
口もとに笑みを浮かべてカタリナ様の心配をする彼を見上げて、私は微笑んだ。
「キース様はお優しいですね」
「ありがとう。ソフィアも、姉さんのことをこれからもよろしくね」
そう言って、キース様は優しく頭を撫でてくれた。
マリアさんは噂の話を聞いた途端、表情を曇らせた。
「あ、あの、マリアさん? どうかしましたか?」
「いいえ、ただその、少し考えてしまって」
顔を上げた彼女は、思いつめたように私を見つめてくる。
ほんのりと染まった頬。
ふわふわの金髪と、澄んだ青色の瞳が眩しい。
「ソフィア様。その噂……同性でも、有効なのでしょうか?」
「ええと、特に異性限定、ということはないと思いますけれど……」
しどろもどろに答えると、マリアさんは少し落ち着いたのか「すみません」としゅんとした。
「つい興奮してしまいました。……駄目ですね。カタリナ様のことになると、私」
「マリアさん。私も、噂のことはちらっと聞いただけなのです。だから、確かなことは言えませんが、きっとそれは『きっかけ』なのではないでしょうか」
彼女の寂しそうな顔を見た私はつい、そんなこと言ってしまう。
「きっかけ?」
「はい。好きな方に想いを告げるのは勇気がいるでしょう? その勇気を出すためのきっかけ。いつ言うかではなく、勇気を出すことが大切なのです。そのために必要なら、使えるものは使えばいいと思います」
「ソフィア様」
ありがとうございます、と、マリアさんは可愛らしい笑顔を見せてくれた。
最後に、カタリナ様はというと、
「え!? ソフィア、もしかして誰かに告白するの!? わー、誰? ね、ね、誰なの?」
噂の話をした途端、きらきらと目を輝かせて私に寄ってきた。
「え? い、いえ、カタリナ様のことをお伺いしたかったのですが……」
「私? 私みたいな地味な悪役顔に告白する人いるわけないじゃない」
地味? 悪役顔? 誰が?
脳内を疑問符が飛び交うが、これはいつものことだ。カタリナ様は自分のことを「地味な悪役顔」だと思っている。
「そんなことはないと思います。カタリナ様はとても魅力的です! 私が男だったら絶対に放っておきません!」
「ありがとー。私も、男だったらソフィアのこと好きになってたかも」
「ほ、本当ですか? えへへ……」
思わず照れ笑いを浮かべてしまった私は、カタリナ様が呟いているのを聞き逃した。
「私よりもマリアちゃんよ。一体誰とくっつくのかしら……」
なお、立食パーティはみんな一緒に楽しく終了した。
マリアさんは「カタリナ様に告白しちゃいました」と嬉しそうだった。
もしかしなくても、伝わっていないと思うのだが――嬉しそうなマリアさんの顔を見ているとそれを言うことはできなかった。