本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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番外編:作家と料理店

 作業が思うように進まなくなると街に出て、行きつけの店で食事をする。

 不規則な生活を送っているため、昼と夜のかき入れ時を避けた客の静かな時間になることが多く、それが心地よくてついつい趣味になっている。

 

 店は表通り、一般商店エリアと高級店エリアの境目あたりにある。

 白い外壁とたくさんの窓を持った上品な店構え。

 通りに面した壁には花壇があり、躾のなっていない子供が窓を覗き込むのをさりげなく防いでいる。一見、高級店としか思えないが、貴族や金持ちだけが行く本当に高い店と比べればまだ安い。

 平民でも、たまの贅沢なら通えるレベル。

 だからこその立地なのだと、私は仕掛け人本人から聞いたことがある。

 

 入り口のドアを引くと、ちりんちりん、と小さなベルの音。

 

「いらっしゃいませ。……あっ、こんにちはっ」

 

 近くに立っていたメイド姿の給仕が笑顔で挨拶してくれる。

 顔なじみの彼女に私も微笑みを返し、尋ねた。

 

「こんにちは。席、空いてる?」

「あはは、見ての通りですよ。お好きな席にどうぞ」

 

 店にいた客は一人だけだった。

 学者か役人か、といった感じの彼女はこちらに目をやることもなく難しそうな本に没頭している。物語本の類ではなく学術書だろう、と、職業病的にチェックしてから、お気に入りである隅の席に座った。

 

「ご注文は何になさいますか?」

「ええと、い……」

 

 いつもの、と言いかけてから、店内に貼られた紙に目を留める。

 『新商品 アスカルト焼き』。

 思わず、火あぶりにされる少女の姿を連想する。

 

「あれって、どんなもの?」

「ああ。えーっと……あんこ、っていう甘い食べ物を、ケーキに近い生地で包んだお菓子ですよ。中のあんこがかぼちゃのものと、お芋のものと二種類です。美味しいですよ」

「へえ」

 

 ケーキに近い生地ということは、ある程度お腹にも溜まりそうだ。

 甘いもので空腹を満たすなんてあまりにも贅沢――もとい、不健康だが、新しい商品の誘惑には抗いがたい。中のあんことやらに野菜が使われているなら栄養もあるだろう。

 

「じゃあ、その二種類を一つずつと、あとコーヒーを」

「かしこまりましたー」

 

 厨房に小走りで駆け寄って、オーダーを繰り返す彼女。

 多少ノリが軽い感じなものの、メイド服のスカートは大きく翻していないし、一つ一つの動作にも品が見える。

 本物のメイドかと思ってしまうくらいだが、それもそのはず。この店での店員教育は本物の貴族家でのメイド教育に準じている。

 いきなりお屋敷で使うには不安な新人メイドの研修代わりとしたり、平民から真面目で仕事熱心な者を発掘・育成してお屋敷に送り込んだりもしているらしい。

 

 給仕の子が置いていった水(常温に近いが、レモンの風味付けがされていて美味しい)を口にしながらしばらく待つと、

 

「お待たせしました。アスカルト焼き二つとコーヒーです」

 

 料理、もといお菓子と飲み物が運ばれてくる。

 例の『アスカルト焼き』は見た目、デコレーションケーキの土台部分(クリームなどが何もない状態)だけを三分の一くらいのサイズで作りました、という感じのものだった。とはいえスポンジ生地ではなく、美味しそうな焼き目がついているので材料の配合が違うのだろうが。

 表面には焼き印でかぼちゃと、横長の芋らしきものの印がついている。

 

「へえ。ちょっと可愛いかも」

「でしょう? ……あ、ナイフとフォークを使ってもいいですけど、おススメは手で持ってお召し上がりいただくことですよ」

「ふむ」

 

 一緒に湯で濡らした布巾も出してくれたので、手を綺麗に拭いてから手づかみでいくことにする。

 

「まずは……芋の方からかな?」

 

 そっちの方が甘さは控えめだろう。

 メインディッシュ、それからデザートという手順を一応なぞることを決め、芋の『アスカルト焼き』を手にして一口。

 柔らかい生地は抵抗なく解れてほんのりとした甘さが口の中に広がる。でも、あんことやらの味がしないような……と思ったら、断面の奥に色の違うものが埋まっているのがわかる。

 なるほど、もう一口必要だったか。

 ならば、と続けてぱくりと行けば、

 

「!」

 

 甘い。

 生地の甘さとはレベルが違う、明確な甘さが来る。甘い芋をペースト状にして、砂糖を加えたものなのだろうか。これは――。

 

「美味しい」

「ですよねっ?」

 

 得意げな表情も納得だ。

 甘味を生地で包み込む、という意味ではパイなどに近い発想だろうか。普段口にするお菓子とは少し違う味わいだが、間違いなく美味しい。

 生地とあんこを一緒に食べることで両方の味わいが引き立つし、一緒に頼んだ漆黒の苦い飲み物――コーヒーがこの甘さにちょうどいい。

 コーヒーはミルクや砂糖を入れることで味がまろやかになるのだが、今日はアスカルト焼きが甘いのでこのままで良さそうだ。

 少量のコーヒーで味を中和しつつ、ぱくぱくと食べ進めて行くと、あっという間になくなってしまった。

 

 もっと食べたい。

 二つ注文しておいて良かったと、もう一つのアスカルト焼きを見つめる。

 

「でも、なんで『アスカルト焼き』なの?」

「なんでも、最初は『金貨焼き』になる予定だったらしいんですけど」

 

 『金貨焼き』ならわかる。

 丸くて焦げた感じが焼けた金貨に見えるからだろう。いや、実際には金貨は焦げないと思うが。

 それが『アスカルト焼き』になったのは、国が発行している金貨を焼くというイメージが反乱に結び付く恐れがあるのでは、という意見が出たかららしい。

 他に何か名前のアイデアはないのか、と聞かれた伯爵令嬢は「イマガワ焼き」と答えたのだが、

 

「イマガワって何だろ」

「お嬢様いわくとある人物の家名だそうです。なので、だったら発案者であるお嬢様の家名でいいだろうと」

「なるほど」

 

 アスカルト家の令嬢の命名なら「アスカルト焼き」でも文句は出ない。

 

「ところで、この芋も随分甘いけど」

「フライドポテトやポテトチップスなどに用いる芋とは種類が違うそうです。甘いのでお菓子に使ったり、あるいはそのまま焼いて食べても美味しいとか」

「そうなのね」

 

 頷きながら二つ目を口にする。

 今度は最初から口を大きめに開けたので、一口目からあんこが入ってきた。先程の芋にも似ているが、どこか違う、かぼちゃの甘み。

 半分くらい食べたところで、食べ終えるのが勿体なくなっていったん皿に置いた。

 

「……ああ。もっとお金持ちだったら毎日通ってるわ」

「毎日通っていただいていいんですよ?」

「破産するから、それ」

「またまた。人気作家様が何言ってるんですか」

「いやまあ、お陰様で人気はあるし、良くしてもらってるけど」

 

 私は、あの有名なアスカルト家お抱えの作家だ。

 といっても、雇い主は宰相様であるアスカルト伯爵ではなく、その長女のソフィア・アスカルト様だが。

 

 ソフィア様は先進的、あるいは奇抜な発想の持ち主で、作家が商人に物語を売り、それを対価に金銭を得るという従来のやり方を変えた。

 作家が売るのは「物語を売る権利」であり、権利を売ったことによるまとまったお金の他に、実際の本が売れるごとに若干のお金が入ってくるシステムを作った。

 これは画期的なことだ。いくら本が売れても作家には大して関係がない――せいぜい次回作の値段が上がる程度だったのが、追加の臨時収入が得られるようになったのだ。

 

 お陰で、私はこうして女だてらに『作家』を名乗っていられるのだが。

 

「良くしてもらってるからこそ、これ以上お金をくださいなんて言えないし」

「お嬢様のことですから、本当に上げてくださりそうですしね」

「そうそう」

 

 だから余計に言えない。

 小柄で人形みたいなソフィア様はちょっとお人好しなところがあるので、甘えすぎは禁物だ。

 

「知ってますか? お嬢様、一部で『魔女』なんて呼ばれてるらしいですよ」

「魔女ねえ」

 

 くすりと笑ってしまう。

 確かに、あの白い髪と赤い瞳は不気味にも見えなくはない。

 幼い頃から幾つもの画期的なアイデアを出し、こうして店まで持っている彼女は『魔女』と呼んでも差し支えないかもしれないが。

 

「当人のことを知っちゃうと、とてもそうは思えないかな」

「ですよねえ」

 

 二人して笑い合う。

 魔女なんてとんでもない。彼女はちっちゃくて可愛らしい、私達のソフィア様だ。

 

「時々このお店にもいらっしゃるんですけどね」

「お友達と一緒でしょう? 声はかけられないわよ」

「ちょっと残念ですね」

 

 小さくてお人好しで色んなことを思いつく、私のソフィア様。

 私の書いた『エメラルド王女とソフィア』が縁で出会った彼女。私とソフィア様が出会ったのは、きっと運命なのだろう。

 最近は、ソフィア様が学園に入学してしまったせいもあって、以前よりも会える機会が減ってしまった。

 楽しそうに本の話をする彼女を見ているだけで、話のアイデアなんていくらでも湧いてくるのに。

 

「ああ、ソフィア様……」

「貴族の女の子と平民の女性の恋物語でも書いたらどうですか?」

「それだ!」

「私は、お嬢様とメイドの恋物語の方が読みたいですけど」

「それは気が向いたらで」

「えー」

 

 お客さんが少なくて暇なのをいいことに、彼女と私はしばらくの間、雑談を楽しむのだった。

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