私達は全員、無事に二年生へと進級した。
学園生活も残り一年。あっという間に半分が過ぎてしまった。
高校生活の三年間のうち、二年生の期間がまるまるスキップされていると言えば慌ただしさもわかるだろう。入学して一年が経って生活に慣れたかと思ったら、もう本格的な進路決定が始まるのだ。
とはいえ、この魔法学園は日本の高校と事情が違う。
派閥や家柄によって選べる道は決まってくるし、長男は基本的に親の跡を継ぐ。女子の場合、卒業後すぐに結婚することも珍しくない。
政治的配慮が絡むせいですぐには結婚できないこともあるし、親が進路を勝手に決めるケースだって珍しくない。
自分の進みたい道に進める者は一握りだ。
もちろん、自分の置かれた立場を理解した上で、最も自分に良い結果が出るようあらゆる手を尽くすのが貴族のやり方ではあるのだが。
私――ソフィア・アスカルトはそういう意味では恵まれている。
アスカルト家は家柄こそ上に多くの家がいるものの、お父様が宰相を務めていることもあってそれなりの地位と資産を持っている。
私を政略結婚に出さなくとも家の立場が揺らいだりはしないし、跡継ぎにはお兄様がいる。
まあ、私の場合、単に結婚先を見つけるのが難しいというのもあるが……お父様もお母様も、私が自分の道を進むことを応援してくれている。
私の目標。
それは、司書になること。
一年生の間もできる限りの努力はしてきた。
成績を維持することは忘れなかったし、本を読む時間を削ってまで生徒会の仕事を頑張った。
暇がある時は図書館へ通って司書や職員の人達と仲良くなった。偉い方にはそれとなく「司書になりたいんです」とアピールすることも忘れていない。
仲の良い司書さんなどは簡単な仕事を頼んでくれることもあって、良い感じに進んでいると思う。
良い感じ……の、はずなのだが。
「ソフィア」
「う」
進級して間もないある日。
いそいそと図書館へ向かった私は、入り口にさしかかったところで声をかけられた。
「……ラーナ様」
「こら。露骨に嫌そうな顔をするんじゃない」
咎めるように言いながら、面白そうにくつくつと笑うラーナ様。
初めて会って以来、図書館へ行くとかなりの確率で遭遇する。暇なんですかと嫌味を言いたくなるが、実際は行動パターンが読まれているだけだろう。
それに、ラーナ様と会わないために図書館行きを減らすなんて本末転倒すぎる。
「進級おめでとう。そろそろ、魔法省に来る覚悟は決まったか?」
「ありがとうございます。……生憎ですけれど、私は役人にはなりません」
「なんと」
もう何度も伝えていることなのに、ラーナ様は大袈裟に驚いて、
「良かれと思って、役職付きの人間やうちの部署の者に根回しを進めているのだが」
「お気持ちは嬉しいのですが、結果的にお騒がせするだけになってしまうかと」
やんわりと「やめてくれ」と伝えれば「冗談だ」と返ってきたが――果たして、本当に冗談だったかどうか。
◇ ◇ ◇
ラーナ様はある意味、私の敵だ。
司書になりたいという夢を阻もうとしてくる、という意味で。
普通に話をする分には、少々強引なこと以外はとても良い方で、私もよく魔法道具の話で盛り上がっているのだが。
私が司書になるのを阻もうとする敵は彼女だけではない。
「ソフィア様」
午前の授業が終わり、教室から人が減り始めた頃。
カタリナ様の何気ない一言を発端にジオルド様とキース様が言い合いを始め、それをメアリ様やアラン様が仲裁――しようとして火に油を注ぐ中。
教科書の片づけを終えて話に加わろうとした私は、とある方から声をかけられた。
「ごきげんよう」
顔を上げて微笑む。
声をかけてきたのは、大人しそうな風貌の青年。同じ魔法学園の一年生で、私にとってはちょっとした顔見知りの方だった。
名前を呼んでどうしたのかと尋ねると、彼は緊張した面持ちで、手にしていた紙束を私に差しだしてくる。
「こ、これ、読んでください!」
「これは……」
端に穴を開けて紐で纏められたそれの表紙には「愛しき月光」とタイトルが書かれている。
思わず口元が綻ぶのがわかった。
「今度も恋物語ですの?」
「は、はい。一生懸命書きました」
素晴らしい。
私は笑顔で紙束を抱きしめ、彼に「ありがとうございます」とお礼を言った。
「必ず読んで、感想をお伝えしますね。……きっと、それほどお待たせしないでお伝えできるかと思います」
「っ!」
青年の顔に喜色が浮かんだ。
「よ、よろしくお願いします!」
頭を去っていく彼をしばし見送ってから、私は紙束を荷物に加えた。
早速読みたい衝動にかられるが、これから昼食なのだからそうはいかない。夢中になった挙句にお昼ご飯抜き、などということになったらメイドから、ひいてはお母様から怒られてしまう。
読むのは寮に帰ってからのお楽しみだ。
と。
教室内にいた生徒達のうち、何名かの視線が集まっているのに気づく。
見てきているのは女子が多いようで、その中にはメアリ様も含まれていた。
「そ、ソフィア! 今の方はなんですの!?」
さっきまでわいわいと言い争いをしていたはずなのだが、私の話で邪魔をしてしまったらしい。
私はメアリ様に「お騒がせして申し訳ありません」と謝ってから説明した。
「物語好きのお友達です。何度か自作の物語の添削をお願いされておりまして……」
「自作の物語、ですの」
「へー。自分で書いちゃうなんてすごいじゃない。同人誌的なやつかしら」
「そうですね」
のほほんとした表情で会話に加わったカタリナ様に笑顔を返す。
この世界では出版関係のあれこれがしっかり固まっていないので、自作の物語を本にして直接書店に持ち込むこともできる。そういう意味では商業作品と同人誌の線引きは難しく、場合によっては普通の書店に一点ものの貴重な本が当たり前に並んでいたりもするのだが、そこを細かく訂正しても仕方ない。
女性陣が注目したことで男性陣も参加してくる。
「愛しき月光、ですか」
荷物に入れる前にタイトルを見たのか、ジオルド様が呟く。
美形かつ美声の彼がそんなフレーズを口にするとそれだけで意味深だ。と思ったらアラン様とキース様も唸って、
「小説っつーか、詩によくありそうなタイトルだな」
「月の光……色で表すなら白か銀。なるほど」
「?」
アラン様はともかく、キース様の発言がよくわからない。
確かにイメージとしては太陽はゴールデンで月はシルバーだが……月光の部分を置き換えると「愛しき白」か「愛しき銀」?
うん、考えてもよくわからない。
眉根を寄せたメアリ様が私を見て、
「ソフィア。……これまでの物語はどういう内容だったんですの?」
「ええと……。全て恋物語でした。内容としては、身分が上の女性を頑張って射止めようとする男性貴族の話が多かったでしょうか。ヒロインは相手の好意になかなか気づかない、少々抜けている方ですね」
一つ一つの物語は独立しているのだが、思い返してみるとテーマは割と一貫していた。
「これは……」
メアリ様の表情は一層険しくなる。
彼女が視線を送ったのはジオルド様で、彼もまた若干思案するような表情になっている。
「ジオルド様。
「ターゲットは誰か、という意味であれば、太陽ではなく月で間違いないかと。だから問題ないとは言い切れませんが」
「そうですわね。アプローチが続くようならなんらかの対処を――」
私は首を傾げ、カタリナ様やアランと顔を見合わせた。
「えっと、何のお話でしょう?」
「さあ? ジオルド様とメアリの話は難しくてよくわからないのよね」
「いや、ソフィアが受け取った話の件だろ? 深い意味はわからんが」
キース様が何故か遠い目になって呟いた。
「姉さん達はそれでいいと思うよ」
後日、物語は全部読んだ上、詳細な感想と意見を文にして手渡した。
彼自身が「真剣なんです!」と言っているので、毎回かなり辛口で書いているのだが、今回も「また書いてきます!」と意気込んでいた。
男の子なのだから、恋物語だけじゃなくて他の話も書けばいいと思うのだが……よっぽど恋の話が好きなのだろうか。