新たな王族
それは、新しい学年での生活が始まって一週間と少しが過ぎた頃のことだった。
午前の授業を終え、いつものメンバー(生徒会役員+カタリナ様)で食堂へと移動した私達。
各々、席について注文を終えたところで、声をかけてきた人物がいた。
「ごきげんよう、お兄様方」
声につられ、私はその人物を見た。
少女だ。
美しい蜂蜜色の髪に、目の覚めるような青色の瞳。
愛くるしさと気品の同居する整った顔立ち。
装飾は控えめながらも仕立ての良い清楚なドレスを纏い、後ろに二、三人の貴族令嬢を従えた彼女の視線は、私達のうち、とある「二人」へ向けられていた。
――ジオルド様と、アラン様。
双子王子は彼女を見ると、驚いた様子もなく笑顔を浮かべた。
「ああ、アリス」
「よう。学園生活は大丈夫そうか?」
「ええ。お陰様で、不自由なく過ごしておりますわ」
柔らかな微笑みと共に答える少女。
彼女――アリス
生憎、話をする機会はなかったが、この国の貴族であれば覚えておくべき人物の一人だ。
「アリス様。お初にお目にかかります。ハント家四女、メアリ・ハントでございます」
「同じく、アスカルト家長女、ソフィア・アスカルトです」
学園内なので挨拶は略式で済ませる。
これが王宮内で、かつ正式な面会であれば「表をあげよ」と言われるまで礼を解けなかった。
それはアリス様も承知しているようで、鷹揚に答えてくれた。
「初めまして。アリス・スティアートです。メアリ様とソフィア様には早くお会いしたいと思っておりました」
◇ ◇ ◇
アリス・スティアート。
ジオルド様やアラン様より一歳年下の、れっきとした王女様である。
髪や目の色だけでなく、顔立ちもどこか双子王子と似通ったところがある。整った顔立ちのジオルド様達に似ているのだから、当然アリス様もかなりの美少女だ。
彼女は今年、学園に入学してきた新入生。
入学してくるという話だけは前もって聞いていたのだが――。
「ジオルド様。妹さんがいらっしゃったのですか?」
関係者のはずのカタリナ様がきょとんとした顔で大ボケを披露してくれた。
兄達と話をしたいから、と、学友と別れて私達と座ったアリス様は、幸いにも笑顔を崩さないままカタリナ様に答えた。
「お兄様達とは母親が違いますし、王位継承権はないも同然の、目立たない妹なんです」
「そんな。目立たないだなんて。ジオルド様やアラン様に似てとってもお綺麗です! あ、この場合は王様に似たのかしら?」
「カタリナ。アリスの話は何度かしましたし、ちらっと紹介したこともあるはずですが……」
「ええ、本当!? それっていつの話ですか!?」
一つのことに夢中になると、カタリナ様は他のことが頭に入らなくなる。
お茶会や舞踏会で紹介されたのなら、料理やお菓子に夢中で忘れてしまったのかもしれない。
アリス様はくすくすと笑って、
「お兄様達から聞いていた通りの方ですね」
と、これにはカタリナ様もバツの悪そうな表情を浮かべて、
「あの、ジオルド様? いったいどんな悪口を言っていたのですか?」
「別に悪口は言っていませんよ。並の感性をしている人間には、面白おかしい作り話にしか聞こえない話ではありますが」
「それ駄目なやつじゃないですか!」
すかさずツッコミを入れるカタリナ様だったが、ジオルド様の言い分も仕方のないものだと思う。
一生残るかもしれない額の傷を気にも留めず、花の栽培どころか野菜作りに興味を示し、お茶会や食事会では出されたものをお腹いっぱい食べる。
良くも悪くも形式というものを気にしない王者の器を持つ公爵令嬢。
私だって、噂だけを聞いていたら誇張か作り話だと判断するだろう。
アリス様はくすくすと笑って、
「ジオルドお兄様の婚約者が変わった方だと聞いて心配していたのですが、実際にお会いしてみると想像以上に楽しい方のようですね」
「あはは、ありがとうございます。……っていうかアラン様。アリス様ったらメアリとも初対面だったみたいですけど?」
「あ? 別にいいだろ。紹介する機会がなかっただけだ」
実際はカタリナ様を構いすぎてメアリ様が若干放置気味だったせいだろう。
といっても、メアリ様はメアリ様でカタリナ様にべったりだったので、お相子ではあるのだが。
「メアリ様のお噂は良く窺っておりますわ。貴族女性の鑑と言って良い方だと。ソフィア様も、博識な上、多方面の事業に手を出していらっしゃるとか」
「恐縮です」
「お褒めいただき、大変嬉しく存じます」
アリス様の青色の瞳が私とメアリ様をじっと見つめて、
「これからお会いする機会も多くなるかと存じますが、どうか皆様、仲良くしてくださいね」
私は微笑んで「はい」と答えながら、どことなく、アリス様の言動に違和感を覚えていた。
◇ ◇ ◇
数日後。
「アリス様は素晴らしい方ですね!」
プレゼントとして贈られてきた珍しい本を抱きかかえ、私は笑顔で言った。
「……ソフィア。少し落ち着きなさいな」
寝間着姿でテーブルの向こうに座ったメアリ様が額に手を当てて息を吐く。
そう言われても「お近づきのしるしに」と、こんな素敵な物を贈られてはテンションが上がって当然というものだ。
買収?
もちろん、そういう側面があることはわかっている。とはいえ、同性である以上は邪な目的も薄いだろうし、買収目的でもこの本をチョイスできるのだから、きっと本好きに決まって、
「わざわざ来てもらった目的を忘れたの?」
「……そうでした」
はっと我に返る私。
わざわざ持ってきた
私がレアな物語本をもらったように、メアリ様も珍しい図鑑を貰ったらしい。向こうも読んでみたい――って、今はそういう話ではなく。
私はティーカップに口をつけると、私達とメイド以外に誰もいない部屋を見渡す。
「メアリ様。では、やっぱりアリス様は」
「ええ。何か裏があって近づいてきたと見るべきですわ」
私だけが呼ばれた理由。
殿方を招くのは難しいことや、マリアさんは寮が違うこと、根拠が「乙女の勘」としか言いようのないレベルなのもあるが、一番は、
「ターゲットはカタリナ様、でしょうか」
「ええ。十中八九」
思えば、怪しい点はあった。
兄妹とはいえ年頃の女性が異性への好意を隠そうともしない。
言動の中にカタリナ様へのちょっとした嫌味が見え隠れしていた。
仲良くして欲しいと言った時、私とメアリ様だけを見て、カタリナ様を見ていなかった。
キース様が無視されたような格好なのは、まあ、異性だからだろうと納得がいく。
けれど、ジオルド様の婚約者であり公爵令嬢でもあるカタリナ様を意図的に省くのは、一種の宣戦布告と受け取ることができる。
女性の王族。
アリス様はカタリナ様よりも家格の面で上。アリス様の登場により、カタリナ様は二番手に落ちているのだ。
「この贈り物も離反工作の一環でしょう」
「こんなものでカタリナ様を裏切るわけがありませんけれど……」
「あら。先程、あの方を手放しで褒めていたのは誰だったかしら?」
「……え、ええと」
私は誤魔化し笑いを浮かべて視線を逸らした。
だが、アリス様に好意を覚えるのと、カタリナ様に悪意を覚えるのは全くの別問題だ。自慢ではないが、私は一般の貴族とは異なる価値基準を持っている。
派閥だのコネクションだのといったものにはあまり興味がない。
「ですが、アリス様の目的は一体なんなのでしょう……?」
「……わかりません。動機も含めて、現段階では不明ですわ」
残念そうに、メアリ様は首を振った。
「私としては、ジオルド様への禁断の恋ではないかと思うのですが」
「メアリ様。さすがにそれはないんじゃないかと……」
「ソフィアに言われるのは心外だわ」
私達は互いにジト目で睨みあった後、くすくすと笑いあった。