本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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接近しはじめる王女

「確かに、ジオルド様やアラン様には癖がありますね。……でしたら、キース様や私のお兄様がお薦めですよ」

 

 本当は、この段階でお薦めなどしたくないのだが、話を向けるための方便だ。

 アリス様はにこやかに頷いて、

 

「どちらも素敵な男性ですね。お相手がいないのが不思議なくらいです」

「でしょう?」

「ですが、恋愛観に難のある方でしょう?」

 

 笑みを苦笑に変えて、そっと頬に手を当てた。

 

「結婚相手に浮気されるのは私、あまり好みではないのです」

「お二人とも、とても一途な方だと思いますけれど……」

 

 どうやらお兄様達にも興味がないらしい。

 ないならないで全然構わないのだが、身内を悪く言われるのが癪でつい擁護してしまう。

 

「いいえ、彼らは不用意に女性を虜にしています。キース様はチャラ男に育つ素養がありますし、ニコル様はもっと危険です」

「それは……」

 

 お兄様の美貌は貴族の中でも群を抜いている。

 特に誘惑しなくても女性が寄ってくる、という意味ではアリス様の言う通りだ。

 真摯な瞳が私に向けられて、

 

「というか、ニコル様が最も扱いづらいでしょう? 芸術的に整ったお顔は表情不足、感情を察することが苦手で、仕事人間の気質あり。

 そのくせ、物理的距離を詰めることに抵抗がなく、無自覚に女性をダメにする。

 キース様がチャラ男ならニコル様は天然女たらし――」

「お兄様を悪く言わないでください!」

 

 しまった。

 思わず感情的に告げてしまってから、私は自分の短絡的行動を深く後悔した。

 読書トークの名残から肩が触れ合うほど近くにいる()()()は、青い瞳をまんまるに見開いて私を見つめていた。

 

 言うまでもなく、さっきの発言は不敬にあたる。

 相手の性格によっては「なに、この無礼な子? お父様達に言って実家ごと冷遇してもらうから」となってもおかしくない。

 熱くなっていた気持ちがあっという間に冷える。

 

 どうやって言い繕おう。

 

 でも、兄の悪口を言われて不快だったのは事実だ。

 さっきの発言を忘れてくれ、などと告げるのは私のプライドが――。

 

「ソフィアはお兄様思いなのね」

「え?」

 

 理性と感情の狭間で揺れる私が見たのは、くすくす笑うアリス様の姿だった。

 呼び捨て。

 いや、それは立場的に問題ないのだが。

 

「申し訳ありません。年上の方にこんな態度失礼なのですが、つい、嬉しくなってしまいました」

「嬉しい、ですか?」

「ええ。やはり私の見込んだ通り、ソフィア様が最も、カタリナ・クラエスの影響から遠いようです」

 

 カタリナ・クラエス。

 私やメアリ様のことは様付けだったのに、カタリナ様のことは呼び捨て。

 さっき私が呼ばれたような愛着も感じられない。

 ここまで来たら、聞いてしまうしかない。

 

「アリス様は、カタリナ様のことがお嫌いなのですか?」

「ええ」

 

 アリス様はにこりともせずに答えた。

 

「悪役令嬢カタリナ・クラエスはお兄様方やキース様、ニコル様、ソフィア様にメアリ様、そして()()()を誘惑し、洗脳し、虜にしている魔性の女なのですから」

 

 ぞくりとした。

 違う。

 この人の持つカタリナ様への敵意は、シリウス・ディークとも、彼に操られたカタリナ様の敵対派閥とも違うものだとわかってしまった。

 

 そして私は、アリス様の企みにどう向き合えばいいのかわからなくなった。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 アリス様との間にあったことはメアリ様やジオルド様に伝えた。

 

『私達がカタリナ様に洗脳されているなんて、事実無根の大嘘ですわ! というか、誘惑してくださるのならむしろ望むところ――いえ、その、こほん』

 

 伝えた途端、メアリ様は強く反発。

 私以外誰もいない場所だったので問題はなかったが、欲望がダダ漏れだった。

 一方、ジオルド様は苦い顔で「ああ、またアリスの悪い癖ですか」

 

『では、ジオルド様は知っていらしたのですか?』

『一応、兄妹ですからね。お兄様はカタリナ・クラエスに騙されている。今すぐ婚約を解消するべきです、などと、直接言われたこともありますよ』

 

 とはいえ、アリス様についてはあまり心配していないらしい。

 

『アリスは思い込みが激しいですが、変なところで真面目な子です。カタリナを批判するにせよ、あの時のように根も葉もない話を持ち出したりはしないでしょう』

『それは、事実から批判することはある……ということでは?』

『それは、カタリナ自身の素行の問題なのでなんとも』

 

 そうこうしている間に一年生の入学から約一か月が経ち、実力テストの結果が出た。

 

 ――結果、アリス様は総合一位。

 

 文句のつけようがない成績で、彼女は生徒会入りを果たした。

 

「アリス・スティアートと申します。生徒会は学園のために働く場所であり、身分は関係ないと思っております。精いっぱい力を尽くすつもりですので、どうか遠慮なくご指導くださいませ」

 

 突然カタリナに喧嘩を売るどころか、丁寧で謙虚な挨拶。

 

「アリス様、学年一位だなんてすごいのねー。こちらこそ、よろしくね!」

 

 当のカタリナ様はアリス様の思惑なんて知る由もなく、新しい友人ができそうなことに喜んでいる様子だった。

 

「はい。クラエス様とも()()()()を築いていければと思っております」

「クラエス様だなんて。キースと紛らわしいからカタリナって呼んでいいのよ?」

「ありがとうございます、クラエス様」

 

 でも、一見穏やかなアリス様がカタリナ様を嫌っているのは、傍目からは明らかだった。

 そして、

 

「マリア先輩も、是非仲良くしてくださいませ」

 

 より気になったのは、アリス様とマリアさんのこと。

 

 基本的に(カタリナ様相手を除く)礼儀正しいアリス様。

 マリアさんを「先輩」と呼ぶのは王族としての立場と相手への敬意からくる折衷案なのだろうが、やっぱり、他の人を相手にするのとスタンスが違う気がする。

 それは、学園にたった一人の平民だからなのか、希少な光の魔力を持っているからなのか、それとも。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

『マリア』

 

 あの時、アリス様はマリアさんのことをそう呼んでいた。

 

 一人だけファーストネームで呼び捨て。

 何らかの意図や感情が含まれていると考えるのが自然だろう。

 

 そう。

 

 例えばアリス様とマリアさんは幼少期、ごく短い期間だけ一緒に遊んでいたことがあって――それ以来、マリアさんのことを『特別』に思っているとか。

 カタリナ様を敵視するのは、ようやく再会できると思ったマリアさんが彼女に心奪われていたから。

 「私のマリアを取らないで!」という嫉妬が彼女をつき動かしたのだとか。

 

 素敵だと思いませんか、とメアリ様に語ったところ「本になったら教えてくださいませ」と言われた上で、推測自体は全部却下された。

 まあ、私も半分くらい妄想のつもりだったが。

 

 ――アリス様には何かがある。

 

 二人での会話の際、彼女がこぼしたヒントは他にもあった。

 

『悪役令嬢カタリナ・クラエス』

 

 悪役令嬢。

 決してありふれた単語ではない。というか、現代日本だって一部の人しか知らなかっただろう。この世界では、私やカタリナ様が使いだしてから一部の作家に広がっている程度。

 さらによくよく考えてみれば、腹黒ドS王子やチャラ男という表現も、原作『FORTUNE・LOVER』のファンが使っていた表現だ。

 

 もし、アリス様が元の『FORTUNE・LOVER』を知っているとしたら。

 ジオルド様達がカタリナ様に誘惑されている、という表現もあながち間違いではない。というかほぼ合っている。ジオルド様やアラン様はまだ原型をとどめているものの、キース様やメアリ様に至っては別人に近い。

 そうなった原因は、原作を意識したカタリナ様が破滅フラグを回避しようと動いた結果だ……と、私はカタリナ様本人から聞いた(カタリナ様ご自身にはあまり自覚がなかったが)。

 

 つまり。

 

「アリス様も、私達と同じ転生者なのでは……?」

 

 私は、一つの結論に辿り着いた。

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