前世の記憶が目覚めたのは、ジオルドお兄様やアランお兄様が魔法学園に入学する一年前だった。
日本に生まれ、天寿を全うして死ぬまでの記憶。
未練はなかった。
だから、そうなったのはきっと、後悔があったからなのだろう。
『FORTUNE・LOVER』。
転生後の世界があのゲームと似ていることには、すぐに気づいた。
ジオルドお兄様やアランお兄様がかなり身近にいて、メアリやソフィア、キース、ニコルといった名前さえも現世――アリス・スティアートの記憶にあったのだから、疑う余地などなかった。
最初にプレイしたのは高校生の時だったが、その後、別ハードに移植もされたし、ダウンロード版の販売なんかもされ。
最後にプレイしたのは正直なところ、死ぬ数か月前だ。
だから、世界も登場人物もよく似ているこの世界に、原作と異なる点があることにはすぐに気づいた。
――カタリナ・クラエスが変だ。
カタリナは端的に言えば、典型的なやられ役の悪役令嬢だ。
ジオルドお兄様の婚約者であり、ゲームの主人公・マリアの敵役。他のライバルキャラであるメアリやソフィアが「立場が異なるだけの良い子」なのに対し、彼女は徹頭徹尾の悪役であり、どのエンディングでも基本、碌な最後は迎えない。
マリアに嫌がらせをしたり、嫌がらせをしたり、嫌がらせをしたり、ジオルドお兄様に露骨すぎるアプローチをしては嫌われる役どころだったはずの彼女が、この世界ではお兄様に「本気で好かれている」。
気づいた時には愕然とした。
あのジオルドお兄様が、腹黒ドS王子が、事あるごとにカタリナに会いに出かけていくのだ。
忙しいので間が開くこともあるが、幼少期の記憶を遡ってみると、本気で三日と開けず通っていた時期もあるようだ。
カモフラージュ?
否。お兄様、というかジオルドがそんなことをするわけがない。第一、原作ではカタリナの方がジオルドにベタ惚れだったのだ。放っておいても向こうが来る。
ということは、お兄様がカタリナ様に篭絡されている。
性別が違う上、王位継承権がほぼ無い私はお兄様と競う必要がないし、兄妹であるため男女の関係になることもない。お互い、気楽に兄妹づきあいができたからだ。
まあ、それでもどちらかというとアランお兄様との方が仲が良かったようだが。
「ジオルドお兄様、カタリナ・クラエス様との婚約を考え直していただけませんか?」
当然のように私はそう進言した。
カタリナとお兄様が本気で恋仲? 冗談じゃない。あの女は性格最悪だ。マリアに嫉妬した結果、殺しにかかったりする奴なのだ。
それはまあ、ゲームのキャラクターとして見たら愛すべき悪役ではあるのだが、リアルにあれと付き合うのは絶対に嫌だ。
下手したら私までいびられたり、兄妹だっていうのに「仲が良いから」と嫉妬されかねない。嫁と小姑の争いなんてもう味わいたくない。
だが、お兄様は聞く耳持ってくれなかった。
「アリス。カタリナには僕が付けた傷があるんです。責任を持って結婚してやらなければ、嫁の貰い手がなくなってしまうんですよ。それはあまりに可哀想でしょう」
「煩わしいさや当てを避けるためにしても、もっと良い方がいらっしゃるでしょう? それに、傷はもう治っているはずです」
「いいえ。傷は治っていませんよ。それにカタリナは面白い娘ですから」
面白い娘。
ジオルドお兄様が彼女に拘る理由はそこにあるようだった。
カタリナ・クラエスが面白い?
私は耳を疑った。イケメンに目がなく、権力が大好きで、下の者を顎で使うことに抵抗がなく、誰かを貶めることで喜びを得るような女が?
「アリス。君はカタリナのことをよく知らないでしょう? 知らない人物のことを悪くいうものではありませんよ」
彼女のことなら良く知っています、お兄様。
そう言いたいところだったが、前世の記憶がどうの、乙女ゲームがどうの、なんて言えば頭がおかしいと思われかねない。
私はお兄様に言われた通り、カタリナの情報を集めることにした。
悪女であることを示すにも証拠が必要なのだから一石二鳥だ。
そうしてわかったのは――カタリナ・クラエスの魔の手は予想以上に広がっていたということだ。
キースは義姉にくっついて過保護に世話を焼く苦労人になっており、原作のチャラ男の面影もない。
アランお兄様はジオルドお兄様へのコンプレックスをいつの間にか解消しており、代わりになぜかカタリナのことをとても気にかけている様子。
メアリはアランお兄様と婚約しているものの、どことなく原作のジオルドお兄様を思わせる淡白ぶり。そのくせ、カタリナの家へ頻繁に訪問してはお茶をしたり、雑談に興じたり、農作業を手伝ったり? しているらしい。
ニコルの変化はよくわからなかったが、強いて言えば棘のある雰囲気がなく、より落ち着いた物腰になっているようだった。
ソフィアはカタリナと読書仲間になっていた。また、メアリと組んで料理店を経営したり、独自に作家育成を行って収入を得ているらしい。
……ソフィアがよくわからないことになっているが、まあ、カタリナが後ろ盾になったことで前向きになり、知識量が増えた結果なのだろうか?
カタリナが派閥メンバーを使って財を増やしていると考えれば、作家育成や料理店経営にも納得がいく。
結論としては、カタリナは同世代――魔法学園で同学年とする著名貴族を軒並み篭絡し、己の派閥に加えることによって貴族社会を裏からコントールしているようだった。
やはり、カタリナ・クラエスは悪。
私は更に何度もジオルドお兄様に直談判したが、聞いては貰えなかった。婚約はお父様、国王陛下が承認しているものなので、お兄様本人の意志がなければ解消が難しい。
カタリナを糾弾して風評を下げる。
だが、狡猾にも彼女は表向き、悪事らしい悪事を何も働いていなかった。
必要以上に無能を装っているとしか思えない無軌道な言動を繰り返しており、畑を耕したり(なんで?)、ロマンス小説に傾倒したり(なんで?)、お菓子や料理をお腹いっぱい食べたりしているだけだったのだ(なんで!?)。
だが私は騙されない。
妙に庶民的な言動は下々の者の好感度を獲得するためのカモフラージュ。剣の腕を鍛えたり、土の魔法(原作にてマリアが土ボコと命名)を練習しているのは、暗殺者を手ずから撃退するための備えだろう。
彼女の本質は変わっていない。
ただ、原作よりも恐ろしいまでに狡猾になっている。
カタリナの動きが今後のこの国を掌握するためのものだと現段階で理解できるのは私だけだろう。前世知識だけで動くのは無理がある。
もうしばらく待つしかない。
せめて、そう、カタリナが魔法学園に入学して一年後くらいまでは。
幸い、そこまで待てば私も学園に入学できる。
カタリナは生徒会に入ってくるだろう。
私も同じように生徒会に入ればいい。そして、彼女が私の予想通り、生徒会メンバーを掌握しているようなら、どんな手を使ってでも糾弾する。
「カタリナ・クラエス。あなたの好きにはさせません!」
そして、私の予想は正しかった。
カタリナは自分自身は生徒会に入らず、それでいて干渉が可能な立場を手に入れていた。
二年生の生徒会メンバーはほぼ全員が――主人公であるマリアを含めて篭絡されており、隠し攻略対象である闇の魔法使いシリウス・ディークの凶行さえも止められ、ラファエルと名を変えたシリウスもカタリナの信奉者の仲間入りをしていた。
ゲームの全ルートを一人で攻略したようなものだ。
――許せない。
マリアの役目を奪い取ったこと。
『FORTUNE・LOVER』の物語を滅茶苦茶にしたこと。
私とあの子の絆だったこのゲームをこんな風にしてしまったこと。
私は決意した。
悪役令嬢であるカタリナと同じ手は使わない。根も葉もない噂や捏造の証拠で追い落とすようでは彼女と同じになってしまう。
正々堂々、悪事を暴いてみんなの目を覚まさせる。
手始めに、最もカタリナの影響が薄そうなソフィアに接触、カタリナへの疑念を抱かせ、テストで総合一位を取って生徒会に入った。
後は悪事の証拠を十分に集めるだけ――。
「あのー、アリス様? よろしければ、勉強を教えていただけませんか?」
思った矢先、