なんとか無事、二年生に進級することができた私、カタリナ・クラエスだったが、このところ一つの悩み事を抱えていた。
勉強が難しい!
一年生の時点でもギリギリついていけていた感じだったのに、二年生になったらさらに難しくなった。
多分、原因は一年生で習った内容が頭に入っていないせいだろう。
マリアやメアリやソフィアやキースやラファエルに教えてもらって乗り越えてきたが、自慢じゃないものの、私の頭はあんまりよくない。テストや宿題が終われば覚えた内容なんてすぱーっと抜けて行ってしまうのだ。
なので、わからない+わからないで余計にわからない。
ここは誰かに教えてもらうしかないのだが、みんな二年生になってから前にも増して忙しそうにしている。新しく入ってきた一年生の子に指導したりもしているからだ。私も時々聞かれるのだが、残念ながら私は生徒会業務に関わってないので答えられない。
どうしたものかと悩んでいると、きらきらした金髪の女の子が目に入った。
マリアかと思ったけど、そうじゃない。
今年生徒会に入ってきた、ジオルド様とアラン様の妹――アリス様だ。
「ごきげんよう、アリス様」
「ええ。ごきげんよう、クラエス様」
アリス様は私のことを苗字で呼ぶ。
名前で呼んでって言ったのだが、何故か私だけ苗字呼びのままなのだ。お兄ちゃんを取られるのが嫌で怒っているのだろうか。
でも、私としては仲良くしたいのでなるべく声をかけることにしている。
「お勉強ですか?」
「ええ。私は成績が良くないので、宿題をやるにも時間がかかってしまって……」
「そうですか。頑張ってくださいね」
言って、アリス様は生徒会の仕事を始める。
今のところは雑用のお手伝いをしているようだ。マリアが二年生になって、本格的にスーパーサブになり始めたので、内向きの仕事を代わっているのだ。
そういえば、アリス様って一年生で一番の成績なんだっけ。
「あのー、アリス様? よろしければ、勉強を教えていただけませんか?」
私は思い切って聞いてみた。
アリス様はぴたっと動きを止めると、不思議そうに私を見てくる。
「私、一年生なのですが……」
「それなら大丈夫です。私が今、詰まっている箇所はほとんど一年生の内容なので」
「……見せてください」
小さな溜め息と共に、隣に座ってくれた。
いい人だなあと思いつつ「ここなんですが……」と指さすと、アリス様は数秒、該当箇所を見つめただけで「ああ」と頷いた。
「これでしたら、ここがこうで、こうなりますから、こうです」
「え。ま、待って。ちょっと待ってください。ゆっくりお願いします!」
「………」
もう一度ゆっくりと丁寧に教えてくれたので、私はふんふんと頷きながらメモを取った。
淡々としていたが、順を追ってくれるのでわかりやすい。
気づけばあっという間に、詰まっていた箇所が解けてしまった。
「すごい! アリス様、教えるのがお上手なんですね」
「褒めても何も出ませんよ。わからないのは、これで全部ですか?」
「あ、えーっと、ここと、ここと、あとここと、ここもわからないんですが……」
「ほとんど全部なのでは……?」
面目ない。
アリス様はジト目になりつつ、結局最後まで教えてくれた。
「ありがとうございました。アリス様のお陰で宿題が捗りました」
私としてはほくほくである。
自分でやった方がいいのは重々承知ではあるが、これからも困った時はアリス様を頼っちゃおう。
と、アリス様が小さな声でぽつりと、
「……クラエス様は何を考えていらっしゃるんですか?」
「う」
痛いところを突かれた。
キースやアンやお母様からのお説教によく出てくるフレーズだ。
「わ、私だって色々考えてるんですよ。明日の食堂のメニューはなんだろうとか。この前読んだロマンス小説のこととか、この国を追われたらどうしようとか」
「もう少し考えることがあると思いますが。……というか、国を追われる心当たりがおありなのですか?」
「今なくても、これから現れるかもしれないではないですか。恋愛関係とか」
アリス様の目が馬鹿を見るようなそれになった。
と思ったら、急に「こほん」と咳ばらいをして、笑顔に戻って、
「でしたら、ジオルドお兄様と婚約解消されてはいかがです?」
「そうなんですよねー」
「は?」
「私もそれがいいかなー、と思うんですよ。私みたいな悪役顔がいつまでもジオルド様をひとり占めしてたら婚期逃しちゃいますし」
「………」
あれ、凍り付いちゃった。
「あの、アリス様? アリス様ー?」
「……はっ。ええと、その。クラエス様? そういった言動は、あなたとジオルド様の関係を悪化させるだけだと愚考しますが」
「はい。でも、私としては構わないんですよ。ジオルド様には『別れたくなったらいつでも言ってね』ってお伝えしてありますし。聞いてませんか?」
アリス様は更にしばらく黙った後、気を取り直したように宣言した。
「クラエス様」
「は、はい?」
「あなたの愚かな考えは、私が必ず正します」
「えええ?」
まさか、アリス様は「カタリナ・クラエスには王妃は務まらない派」ではなく「ジオルド派」だったのか! いや、ジオルド様の妹なんだから当然かもしれないけど。
◇ ◇ ◇
「クラエス様。これはなんでしょうか?」
後日。
生徒会室にて、アリス様は私に一枚の紙を突き付けてきた。
何だろう、と思ってしばらくじーっと見つめてわかった。私が一年生の時に出した、花壇の使用許可証だ。
「それがどうかしましたか?」
「どうかしましたか、ではありません。ここになんと書かれているか、読めますか?」
目の端をつり上げて尋ねてくる。
可愛い顔が台無しだ。このままではあだ名が「委員長」とかになってみんなから恐れられてしまう。かわいそうだ。
でも、怒られているのはわかるので、まずはちゃんと記載内容を読んでみる。
「季節の花を育て、主に鑑賞を行うため」
「では、実際に育てている
「ネギとか、ニラとか、でしょうか?」
「それは花ではなく野菜です!」
ふんがー! とばかりに私を睨んでくるアリス様。
少し離れたところで、キースやメアリが「あちゃー」という顔をしていた。
「で、でも、野菜にだって花は咲くんですよ?」
「花を育てると言った場合、一般には食用としない花が対象になるのです。先程の仰り方からして、あなたの言い訳が苦しいことは理解されていたように思いますが?」
「は、花も野菜も同じ植物ですよ?」
「では、花の育て方が野菜の育て方にそのまま応用できると?」
「あー、それは違います。野菜はやっぱり肥料のやり方とか量とかを調節しないと美味しくできませんし、花とは別の難しさが……」
「カタリナ様、カタリナ様! 今、その発言はマズイですわ!」
メアリの注意にはっと我に返った時には遅かった。
アリス様は「どうやら間抜けは見つかったようですね」と冷たい笑みを浮かべると、ばしん! と、テーブルに用紙を置いた。
「虚偽の申告で花壇を使用しているのであれば、これは立派な校則違反です。罪を認め、改める気がないのであれば、私はあなたを生徒会として糾弾します」
「で、でもでも、花は良くて野菜は駄目なんておかしいと思いませんか?」
「食用利用が可能なものは販売が容易です。しかし、専門の商人以外を通して販売された場合、食中毒等の思わぬ害をもたらす可能性があります。無断での転売は王国の法でも禁じられているのですが、ご存知でしたか?」
「わ、私、売ったりなんかしてません! マリアちゃんに頼んでお菓子にしてもらったり、お漬物にして食べてるだけです!」
「……お漬物?」
「ええ。きゅうりとか、茄子とか。とっても美味しいんですよ」
「そう、ですか」
一瞬、とても懐かしそうな目になりかけたアリス様は、すぐに我に返って、
「であれば、きちんと正規の許可を取るべきです! ただちに申請を撤回して、正しい許可を貰ってください!」
ええー、とは、さすがに言えなかった。
言いたいのはやまやまだったが、悪いことをしていたのは私の方だからだ。
私の周りにはジオルド様のような「バレなければ犯罪じゃないんですよ?」とか言うタイプもいるが、逆に言うとバレたら罪なのだ。
私は素直に「ごめんなさい」と言って頭を下げた。
「アリス様は格好いいですね。余計な人を傷つけないように、そうしていらっしゃるんですよね」
「……え?」
アリス様がぽかん、とした顔は、彼女が我に返るまでのしばらくの間、続いたのだった。