転生の件をどう切り出すか考えている間に、アリス様とカタリナ様が仲良くなっていた。
「クラエス様? 昨日、食堂のデザートをAとB両方召し上がったとか」
「ええ。おばちゃんがいいよって言ってくれたので。それが何か?」
「デザートの数は生徒数から逆算しています。幾つも召し上がられては行き渡らない方が出るかもしれません。学園のスタッフには平民もおります。貴族としての強権を意図せず振るわないよう、気をつけなくてはならないと思いませんか?」
「う、で、でも一つくらいなら……」
「いいえ、三つです」
「うえ!?」
「AとBを二つずつ召し上がられたと、既に複数人から証言を得ています」
食堂のデザートの件でささやかな言い争いをしたり、
「クラエス様。一年生時に宿題をお忘れになった回数が十一回もあるそうですね」
「うええ!? 誰から聞いたの!?」
「先生方です」
「いえ、その。確かにそれくらい忘れたかもしれませんが……どうしてそんな細かくカウントされているんですか」
「評価に関わるのですからカウントするのは当然です。……ところで、ここに今年のデータもあるのですが」
「ひぃ!?」
宿題忘れの件でわいわいやってみたり、
「クラエス様。選択科目で剣術を取っていらっしゃるようですが、何故ですか?」
「え? 特にこれといった理由はありません。好きな科目を選んだのですが……まさか、また何か?」
「そのまさかです。歌もダンスも楽器演奏も絵画も、貴族令嬢に必要な教養科目が軒並み苦手だそうではありませんか。一つ二つでしたらともかく、全て苦手となれば、克服する方に重点を置いた方がいいと思います」
「ええー。でも、苦手な科目だと身が入らないのです。見逃していただけませんか、委員長」
「委員長ってなんですか!?」
授業の選択の仕方でがやがやしてみたり。
会話だけを抜きだすと、それこそ口うるさい委員長と勉強が苦手なやんちゃ少女といった感じで仲が良さそうには思えないかもしれないが――私には、カタリナ様もアリス様もとても楽しそうに見えた。
アリス様が小言を言うのは決まって生徒会室だ。
カタリナ様も、あれだけ色々言われながら平然と生徒会室にやってくる。うるさいことを言われないように逃げよう、という発想がない証拠だ。
なんだかんだ、カタリナ様もアリス様のことが気に入っているのだ。
そもそも、食堂のデザートとか宿題忘れとか、まるでスケールが小学校だ。
しかも全部事実。
ジオルド様のアリス様への評価が間違っていなかったことをまざまざと感じる。
わざわざ生徒会室でやっているあたり、アリス様もカタリナ様を追い落とすのではなく、素行を正すことに執心しているらしい。
キース様やジオルド様は「いい機会だから素行を叩き直してもらえばいい」とばかりに傍観の構えだし、メアリ様やマリアさんも、アリス様があまりにも堂々としているせいで何も言えないでいる。生活態度を指導してくれている人相手に「カタリナ様をいじめないでください!」とは言いづらいのだ。
それに、アリス様も注意したら注意しっぱなしではない。
「お菓子がたくさん食べたいのでしたら、個数制限のないフリーのデザートメニューからお選びください。そちらはむしろ、頼んでいただかないと用意が無駄になってしまうのですから」
「今日出た宿題が終わっていないのでしたら、勿体つけずに早く見せてくださいませ。終わり際に『実は終わっていない』などと泣きつかれて、あなたの部屋に教えに行くのはもう勘弁ですから」
「剣を嗜むのが悪いとは申しません。ですが、貴族令嬢が傭兵のような実践剣術を学ぶのは感心しません。それから、稽古の際は必ず稽古着に着替えてくださいませ。……どうしてもと仰るなら、私もご一緒いたしますから」
気恥ずかしそうに付け加えるのだから、カタリナ様に厳しくしているのか、それとも甘やかしているのかよくわからない。
なんだか、放っておいても大丈夫な気がしてきたが、メアリ様などは「このままではカタリナ様をアリス様に取られてしまいますわ!」と気炎を上げている。メアリ様、当初の目的とズレてきていないでしょうか……?
ともあれ。
私は一応、アリス様の真意を問いただすべく、彼女に面会依頼を出した。
◇ ◇ ◇
「ソフィア様から会いたい、と言ってくださるとは思いませんでした。今日も本のお話を?」
「いいえ、今日は別の用件がありまして……」
本の話がしたいのは山々だが、それはまたの機会にしよう。
「……そうですか? ソフィア様にでしたら、私のとっておきをお出ししようかと思ったのですが」
「っ。い、いえ、どうしても先に済ませたい用件ですので……」
とっておき? アリス様のとっておき? どんな本だろう。
うずうずが止まらなくなってきたが、ぐっと堪えて微笑む。
「アリス様。人払いをお願いできないでしょうか?」
「……でしたら、寝室に参りましょうか」
アリス様は微笑を真面目な表情に変えて答えた。
寮の寝室は窓が高めの位置にあり、かつ、人が通り抜けられない小さなサイズになっている。換気のための通風孔の多めに設置されているため、傍仕えや護衛なしでも危険が少ない。
私は了承し、互いに夜着+ちょっと上着だけの格好でアリス様の寝室へ移動した。
「それで、お話とは?」
「はい。……アリス様は、『FORTUNE・LOVER』という名前に心当たりがおありですね?」
「――!?」
アリス様が目を見開いた。
動揺を隠しきれないという様子の彼女は、それでも必死に平静を装い、こほんと咳払いをすると私をじっと睨みつけてくる。
「随分と直截な質問ですが……その名前をどこで?」
返答によっては権力で排除する、と言外に語る彼女に、私は、
「前世です。……私にも、日本で生きた前世の記憶があるのです」
「……まさか」
「私としても信じられませんわ。自分の記憶も、アリス様が私と同じであることも」
アリス様はしばらくの間黙り込んだ。
綺麗な青色の瞳はじっと伏せられた後、再び私を見つめてくる。
彼女の瞳に浮かんでいた色は、さっきの警戒の色から一転、同士を見つけた喜びに溢れていた。
「ソフィア様はれい……西暦何年頃に亡くなられたのですか? 『FORTUNE・LOVER』はどこまでプレイされましたか? 初期ハード版ですか? 2は? 移植で追加された百合ルートはプレイされました?」
2? 百合ルート? 初耳なのだが、私の死後も『FORTUNE・LOVER』には動きがあったらしい。
敦子ちゃんならきっと嬉々としてプレイしたことだろう。その感想を聞けなかったのは残念だ。彼女はきっと、素敵な笑顔で語ってくれただろうから。
そう、ちょうど目の前にいるアリス様のように。
「いえ、それが、私はプレイしていないのです。ノベライズは三巻くらいまで目を通したのですが……。私はゲームやアニメよりも本が好きだったので」
「勿体ない……。いえ、それよりも、原作ユーザーでないのによくノベライズに手を出されましたね?」
なんだろう。
貴族の言葉遣いを続けたままオタク会話をしていることに妙な違和感がある。
いや、まあ、カタリナ様やメアリ様とロマンス小説トークをしている時も大差ないのだが。
「その小説を書店で見かけた際、偶然に出会った友人がいまして。彼女の薦めで読んでみたのがきっかけでした」
「………」
「アリス様? どうされました?」
乙女ゲームのノベライズの棚に自力で辿り着いている時点で相当なオタクだよ、引くわー、とでも思われたのだろうか。
と、思ったら、アリス様はきらきらした金色の髪を指で弄りながら、濡れた瞳を私に向けてきた。
「……あの。ソフィア様? 前世のお名前をお伺いしても?」
「え? はい。本須麗乃です、けれど」
「麗乃先輩っ!!」
がばっとアリス様に押し倒された私は、アリス様のいい匂いで頭がいっぱいになった。