最近、ソフィアとアリス様の仲が良すぎる。
私、メアリ・ハントは思わぬ展開に、何故なのかと首を捻らざるをえなかった。
例えば、生徒会室にて。
授業を終えてやってくるなり、アリス様はソフィアに寄っていって、
「ごきげんよう、ソフィア先輩」
心からの嬉しそうな笑みと朗らかな声。
「な、なんだか照れてしまいます」
かすかに頬を染めて微笑めば、ソフィアはソフィアでにこにこ笑って、
「アリス様は自然体が一番素敵ですわ」
「ま、まあ。ソフィア先輩。やめてくださいませ」
おかしい。
一体、何がどうしたというのか。
突然始めた「先輩」呼びを皮切りに、アリス様の態度が全体的におかしい。
「ごきげんよう、アリス様」
不審に思いつつ挨拶をすれば、アリス様も笑顔で返してくれるものの、
「ごきげんよう、
何故、ソフィアだけが「先輩」などと呼ばれているのか。
特定の相手だけ呼び名を変えるというのは、しばしば特別な関係に用いられる。
つまり――ソフィアに対し、アリス様は恋心を抱いているということ!*1
女性同士の禁断の恋。
胸が高鳴るのを感じると同時に、猛烈な憤りを覚える。大切なソフィアをアリス様に取られてしまうのは許せないと思った。*2
いや、まあ、一山いくらの貴族男性に取られるよりはずっとマシなのだが、そもそもアリス様はカタリナ様に手を出していたはず。*3
二股なんてはしたない真似を許すわけにはいかない。
私はアリス様に面会依頼を出すことにした。
◇ ◇ ◇
とはいえ、アリス様と二人っきりになるには最低でも夜まで待たなければならない。
私はもどかしさを抱えながら生徒会業務をこなしていく。
幸い、業務を始めてからはアリス様もソフィアとくっついたり、必要以上にお喋りをしたり、甘い声で囁いたりはしなかった。
ほっと胸を撫でおろしていると、生徒会室のドアが開いて、
「やっほー。みんなお疲れ様ー」
カタリナ様がいつも通り、見る者を和ませる素敵な笑顔と共にやってきた。
授業+業務による疲れが吹き飛んでいくのを感じていると、アリス様がカタリナ様へじっと視線を向けていることに気づいた。
はっとする。
まさかまた、何かしら理由をつけてカタリナ様を独占――もとい、カタリナ様と言い合いを始めるつもりなのだろうか。
見られていることに気づいたカタリナ様も警戒心を露わにしたようで、
「な、なんですか、アリス様?」
顔をかばうような仕草と共に言うのだが、
「クラエス様」
その日のアリス様はどこか様子が異なっていた。
カタリナ様をじっと真剣に見つめたまま、しばらく何も言わない。いつもならとっくに「〇〇を~~したそうですね!」が始まっている頃なのだが。
何気なくソフィアに視線をやれば、何故かいつも以上ににこにこして二人の様子を見守っている。何か知っているようだが、今の私には見当もつかない。
「クラエス様は木登りがお好きだそうですね」
と、ようやく紡がれた言葉は、いつもよりだいぶトーンの大人しい質問だった。
「へっ!? え、ええまあ、小さい頃はよく登りました。でも、最近は登っていませんよ。お母様やキースがうるさいですから」
「よく言うよ姉さん。夏休みに帰った時、『昔を思い出した』とか言って登ってたじゃないか」
「き、キース! 今は余計なこと言わなくていいのよ! またアリス様に怒られるじゃない!」
カタリナ様はキースを窘めるつもりで完全に尻尾を出している。
これはいつもの通り「貴族令嬢として……」とお説教が始まるコースだ、と思いきや、アリス様はくすりと笑って、
「そこまで慌てなくても、校則に『木に登ってはいけない』とは書かれていません」
「え? そ、そうなの? じゃあセーフなのかしら?」
「アリス様。この機会に加えていただいてもよろしいかと思いますが」
「だからキース! 余計なこと言わないで!」
「そうですね。『スカートで木に登らないこと』などと加えてもいいかもしれません」
キース様の冗談におっとりと返すアリス様。
と、二人のやり取りを聞いたマリアが「私も気をつけなくてはなりませんね……」と呟いたが、まさか、学園内で木に登ったことがあるのだろうか?
というか、いつものアリス様なら校則云々の前に貴族のあり方としてカタリナ様を叱りそうだが、
「あの、アリス様? カタリナ様はご自宅で木に登られていたそうですが……」
「ええ。ですが、まあ、ご自宅であればよろしいのではないでしょうか? 誰しも、自分の家では多少なりとも羽目を外すものですから」
これにはカタリナ様がぱっと目を輝かせて、
「アリス様! 私、きっとわかってくださると信じていました!」
「はい。あなたが仕方のない人だということはよくわかりました」
「? なんか棘があるような気もしますが、まあいいです! これからは仲良くしましょうね!」
「ええ、是非。もっとお話を聞かせてくださいませ」
これは、本当に、あのアリス・スティアート様なのだろうか?
「ジオルド様、ジオルド様。これは大丈夫なのですか?」
「ん……私としても、アリスのこの変わりようは謎ですが、まあ大丈夫ではないでしょうか。害になる様子もありませんし」
「ジオルド様がそう仰るならいいのですが……」
それからアリス様とカタリナ様は楽しそうに話をしていた。
朝なかなか起きられなくてメイドに起こしてもらっている話や、癖っ毛をメイドに梳かしてもらっている話や、朝食に遅刻してパンを咥えて教室に走った話などを聞いたアリス様はくすくすと笑い――何やらしきりに目元を擦っていた。
きっと、気づいていなかったのはカタリナ様だけだろう。
アリス様が笑いながら涙を流していたことに。
「本当に、
最後にそう言った彼女を見て、私は確信した。
この女は敵だ。
どんな犠牲を払ってでも排除しておかなければ、今後、もっと強大になって立ち塞がると。
◇ ◇ ◇
「それで、お話とはなんでしょうか。メアリ様?」
その夜。
アリス様は面会を承諾し、私を寝室に招いてくれた。
二人っきりで寝室に入るなど、本来であれば好いた方以外にすることではないのだが、密談に適しているのも事実なのでここは我慢しておく。
というか、アリス様は雰囲気が変わった気がする。
これまでは公正明大なお姫様――正しすぎて少々窮屈なのが玉に瑕、といった感じだったのだが、こうして相対した彼女はなんというか、もっと大らかな態度に見える。
カタリナ様が伝染ったのか。
なんというか、例えばマリアのような平民が王女様の役をこなしているような、そんな親しみやすさが生まれている。
「はい。単刀直入に言います。アリス様は、カタリナ様に何をなさるおつもりですか?」
「何を、ですか」
アリス様は何度か瞬きをしてから答えた。
「特に何も」
「嘘を仰らないでください」
鋭く追及するも、アリス様は動じなかった。
「嘘ではありません。少なくとも今の私にとっては」
「今の?」
「昨日の私であれば、答えは違ったということです」
やはり、心境の変化があったのか。
だとすると、その原因は。
「ソフィアから、何を聞いたのですか?」
「夢で見た物語ですわ、メアリ様」
夢? そのままの意味? いや、何かの比喩か?
首を捻るが、答えは出ない。
そんな私をアリス様は愛おしそうに見つめる。
「慌てなくても大丈夫です。私に、カタリナを独占するつもりはありません」
カタリナ、カタリナって。
年齢では下とはいえ、身分が上であるアリス様なら呼び捨てでも失礼とまでは言えないが。
私ができないことを易々と行ってくるあたりが腹立たしい。
と。
アリス様は胸に手を当てると、大切な宝物の話でもするように言った。
「私はカタリナが欲しいわけではありません。私の想いを明かすつもりもありません。ただ、彼女が思うまま、自由に生きて、長い人生を終えるのを、すぐ傍で見守りたいだけなのです」
彼女の発言を丸きり信じたわけではない。
それでも私は、その時のアリス様の表情を生涯忘れることができなくなった。