アリス様とカタリナ様は無事(?)、和解を遂げた。
いや、カタリナ様からしてみれば最初から喧嘩なんてしていなかったのだが。
アリス様が態度を軟化させたのは、カタリナ様に対する誤解が解けたからだ。
◇ ◇ ◇
二人が和解する前日の夜。
私達の話はこんな風に続いた。
「本当に麗乃先輩なんですか? 嘘とかじゃなくて?」
「こんな嘘、つこうと思ってもつけないよ」
昔の話し方に戻っているアリス様(in敦子ちゃん)をそっと受け止めながら、私もついつい麗乃時代の話し方で答えた。
「わたしもびっくりだよ。本当に、敦子ちゃんなの?」
「はい。先輩の後輩だった佐々木敦子です。元、ですけど」
「それを言ったら、わたしだって元、だよ」
私達は顔を見合わせあってくすくす笑った。
「先輩、どうして死んじゃったんですか」
ひとしきり笑ったあと。
細くて柔らかな手が私の頬を包み込んだ。
「死にたくて死んだんじゃないよ。突然ぐらってきて、周りの本と本棚に押しつぶされちゃったの。……そりゃ、死ぬときは本に埋もれて死にたいって思ってたけど」
「麗乃先輩らしい死に方すぎて、泣いたらいいのか笑ったらいいのか、わかりませんでした」
「ごめんね、迷惑かけて。みんな大変だったよね」
「はい。私達も、先輩のご両親も、お友達の方々も」
見てきた人からあらためて聞かされて、涙が出てくる。
再会の喜びとその他色々でひとしきり泣いた後、私達はそっと身体を離した。
気恥ずかしくてお互いの顔が見られない。
そわそわと視線を彷徨わせた後、こほんと咳払いして言った。
「
「いいえ。私は老衰なんです。ソフィア様――
敦子ちゃんはちゃんと天寿を全うできたのか。
良かったと胸を撫でおろしつつ、
「何十年って差があったはずですけれど、生まれたのはたったの一年差なのですね」
「そうですね……。何分、世界が違うわけですから、向こうの時間間隔が通用しないのかもしれません」
私達は身も蓋もない結論に達した。
◇ ◇ ◇
「まさか、こんな話になるとは思いませんでした」
ほっと一息ついたところでアリス様が微笑んだ。
「てっきり、クラエス様の件での抗議かと」
「そういうわけでは……」
言いかけて言葉を切る私。
「いえ。アリス様のご想像通りです」
「……と、いいますと?」
アリス様は表情を険しくした。
前世の件でより打ち解けはしたが、カタリナ様の件は別だということだろう。でも、私にとって二つの件は繋がっている。
私はアリス様の目を見返した。
「転生者はもう一人いるんです」
「……まさか、クラエス様がそうだと?」
「はい。その通りです」
さすがアリス様。
あれこれ言う前に言いたいことを察してくれた。
「根拠はあるのでしょうか」
そう問いかけながら、彼女は必死に頭を働かせているようだった。
自分の知識から、私の言った可能性がありえるかどうか検証しているのだ。
「カタリナ様ご自身から伺いました」
「クラエス様に『あなたは転生者ですか?』と尋ねたのですか?」
「いいえ。カタリナ様が自分から仰いました」
「詳しく話を尋ねましたか?」
「もちろんです」
私は、カタリナ様から聞いた限りの内容を話した。
日本で女子高生をしていたこと。
『FORTUNE・LOVER』のプレイヤーであったこと。成績はあまり良くなく、居眠りや遅刻はしょっちゅうであったこと。
木登りが得意だったこと。お兄さんが何人かいたこと。高校で知り合った友人の影響でオタク趣味にどっぷりと浸かったこと。
亡くなった原因は、ゲームに夢中になって寝不足、かつ遅刻しそうになり、きゅうりを齧って自転車を飛ばした結果、事故にあったせいであること――。
「それ、本当ですか麗乃先輩!?」
「え? う、うん、確かにそう聞いたけど……。ちなみに、これも私は誘導してないからね?」
「わかってます。麗乃先輩にはきゅうりの件まで話してませんから」
急に肩を掴んできたかと思えば、何やら凄い剣幕で問い詰めてきたアリス様。
興奮したような真っ赤な顔で「でも」とか「そんなことが」とか言っている彼女を見て、私は一つの予測を立てた。
「知っている人の特徴と一致していたのですか?」
「……はい」
宝くじの当選番号を何度も確認している人のような「まだ喜ぶのは早い」という顔で頷くアリス様。
「麗乃先輩にもよく話した子です」
「え、それって……もしかして、高校時代に亡くなったっていう、敦子ちゃんの……!?」
「はい。親友にそっくりです」
「そんなことが……」
今度は私が絶句する番だった。
「……ソフィア先輩。知っていることを全部教えてください」
「ええ。もちろんです」
私達はお互いの知識をすり合わせて確認した。
カタリナ様は『FORTUNE・LOVER2』の存在を知らないはずであること。
前世で「野猿」と呼ばれていたこと。
前世でも今世でも食い意地が張っていること。
思いつく限りの内容を照合した結果は、
「……間違いありません」
「……そうですね」
そもそも、きゅうりを齧りながら自転車を飛ばして事故に遭う日本の女子高生がそんなにたくさんいるわけがない。
トラックに撥ねられて転生する日本の男子高校生なら百人くらいは余裕でいるだろうが。
「アリス様。どうなさいますか?」
「確かめます」
尋ねると、アリス様は決然とした表情で答えた。
「クラエス様が『あの子』なのかどうか。私自身が見極めます」
「転生者であることをカタリナ様に明かすのですか?」
できればカタリナ様を煩わせたくない私は、複雑な気持ちになった。
まあ、そう言う私自身が「転生者である」とカタリナ様に明かしているのだが、当のカタリナ様は全く信じてくれていない。
でも、『FORTUNE・LOVER2』の存在を知るアリス様が話せばまた別だろう。
そうなった時、カタリナ様はどういう反応をするのか。
「ご心配なく。ソフィア先輩」
アリス様は、そんな私に向かって微笑んだ。
「クラエス様があの子かどうかは『それとなく』確かめるつもりです。正体がバレるような真似はいたしません」
「……よろしいのですか?」
「ええ。あの子は、この世界でもたくさんの友人達に囲まれているのでしょう?」
その通りだ。
カタリナ様にはたくさんの友人がいる。……私も、その一人を名乗っていい立場だろうと思っている。
「私が願えば、あの子はきっと私を優先してくれます。でも、それは『今のあの子』を『昔の縁』で縛り付けることになります」
「……アリス様」
言っていることはわかる。
でも、そこまで献身的にならなくてもいいとも思う。
でも、アリス様は首を振って、
「私は、あの子のお陰で前回の生を全うすることができました。佐々木敦子に残された後悔はあの子と、麗乃先輩のことだけだったんです」
「っ」
「私は見届けたい。あの子が笑って生きて、笑って死ぬのを。一友人として、最後まで見届けたいんです」
彼女の想いは、とても強く伝わってきた。
私は思わずアリス様を抱きしめていた。
「……ソフィア先輩」
「ご一緒してもいいですか?」
「え?」
「私も、アリス様にお付き合いします。私にとってもカタリナ様は、そして前世の『彼女』は恩人です。だから、お付き合いさせてください」
アリス様の腕が、応えるようにぎゅっと私の身体に回された。
「はい。喜んで」
そして、翌日。
アリス様は宣言通り、カタリナ様に幾つかの質問を行い――カタリナ様が亡くなった旧友である確信を得た。
必死に涙を拭う仕草は他の生徒会メンバーにもバレバレだっただろうが、みんな、指摘しないでくれていた。アリス様の変化を見て何かを感じてくれたのだと思う。
ただ。
「……またライバルが増えましたわ」
炎を燃やすメアリ様以下、「それはそれとして」恋敵になるならたとえ王族であろうと排除する構えの皆様は、なんというか逞しいと思った。