本好きの伯爵令嬢は司書志望   作:緑茶わいん

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初めての読書仲間

「まるで絹のように綺麗な髪ね。少しだけ触れても構わないかしら?」

 

 私が出会ったその少女は、とても不思議な雰囲気を纏っていた。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 切っ掛けはお城のお茶会に出席したことだった。

 第三王子のジオルド様と第四王子のアラン様の双子王子が主催するお茶会。

 気は進まなかった。

 人の多い場所へ行くということは多くの悪意に晒されるということ。なら、お屋敷で本を読んでいる方がいい。どうせお城に行くなら王立図書館へ行きたい。

 でも、お父様からの言いつけなので仕方ない。

 

 王立図書館への就職にはコネも重要だ。

 お茶会や舞踏会に出席して人脈を作ることにも慣れないといけない――そう言われれば、断る理由もなくなってしまった。

 お兄様と一緒に馬車で移動し、お兄様の陰に隠れるようにして歩いた。

 

「ソフィア、無理はしなくていいから」

「ありがとうございます、お兄様。今日はお時間まで会場に居ることを目指したいと思います」

「そうだな。それがいい」

 

 好んで私に話しかける人はいない。

 お兄様と話す人にだけ私も挨拶をする。人の多いところで面と向かって悪口を言う人はいないので、お兄様の傍にいる限りは安全だった。

 でも、私はお兄様とはぐれてしまった。

 よそ見をして歩いていた大人の人にぶつかり、人波に飲み込まれたかと思えば誰かに手を引かれ、会場である庭園の一角から連れ出された。

 

 後から思えば、計画的な行いだったのだろう。

 喧噪から離れた大きな木の下で、ドレスを着た少女達に取り囲まれて罵声を浴びせられた。

 

「呪われた子」

「気味の悪い姿」

「場を弁えなさい」

 

 心無い言葉の数々を私は俯いて聞き流した。

 言い返すのは簡単だが、トラブルになればお父様やお母様にも迷惑がかかる。だったら我慢すればいい。以前の私のように思い詰めてしまうことはもうないのだから。

 そうして、延々と続く悪口に耐えていると――。

 

「そこをどいてくださいますか」

 

 軽い着地音と共に、一人の少女が現れた。

 

 ――この人、木の上から飛び降りてきた?

 

 切れ長の目をした美しい少女だ。

 容姿に負けない美しいドレスを纏っているのもあって、木登りをしていたとは信じられないが、他に考えられない。

 魔法少女や戦隊ヒーローを知っている私でさえそうなのだから、いじめっ子達の目には本当に「突然現れた」ようにしか見えなかっただろう。

 

 登場の衝撃、そして身に纏う妙な気迫もあって、彼女はあっという間にいじめっ子達を全て追い払ってしまった。

 そして彼女自身、名乗るどころか私に声をかけることもなくその場を去ってしまったのだが……私が彼女に助けられたこと、それだけは確かだった。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 私はお礼を言うために彼女を探した。

 幸い人目を惹く容姿をしていたし、テーブルにお皿を何枚も積み上げて目立っていたので、見つけるのは難しくなかった。

 

「あの」

 

 声をかけると、水色の瞳が私を見つめる。

 

「先程はありがとうございました。一言お礼を申し上げたくて――」

「まるで絹のように綺麗な髪ね。少しだけ触れても構わないかしら?」

「え」

 

 凛とした声で紡がれた台詞には覚えがあった。

 

「……エメラルド王女の」

 

 一言一句同じだったのでつい呟いてしまうと、

 

「あなた『エメラルド王女とソフィア』をご存知なんですか!?」

「え、ええ。大好きな小説ですが……」

「なんということ! ついに見つけたわ、ロマンス小説仲間!」

 

 不思議な人だった。

 容姿から受ける印象はどちらかというと厳しそうなのに、ころころと変わる表情や明るい声はどこまでも親しみやすい。礼儀作法だけを身に着けた庶民だと言われても信じてしまいそう。

 その後すぐ、弟と友人らしき人物が探しに来て連れて行ってしまったので、自己紹介くらいしかできなかったのだが、

 

「ソフィア様。今度、我が家に遊びにきてくださらないかしら」

 

 私は彼女――公爵令嬢のカタリナ・クラエス様から、ご自宅に招待された。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

「すごいじゃないか、ソフィア。クラエス公爵家に招待されるなんて」

「はい。その、急なことであまり現実感がないのですが……」

 

 後日、我が家にはカタリナ様のお名前で正式な招待状が届いた。

 アスカルトは伯爵家。宰相という地位についているとはいえ、クラエス公爵家とは身分にかなりの差がある。位の高い方から個人で招待を受けた私は、お父様とお母様から褒められた。

 

「くれぐれも失礼のないように」

「もし、これをきっかけにカタリナ様と交流を深められれば、社交界で強い武器になりますよ」

「かしこまりました」

 

 そう答えた私は、どこか落ち着かない気持ちで日々を過ごすことになった。

 

 外の話に疎い私は、約束の日までの間にカタリナ様の情報を多少ながら集めた。

 カタリナ様はクラエス公爵家の長女で、私と同い年。

 弟のキース様は親戚筋から引き取られた義弟であり、ご当主様と奥様の間に生まれた子供という意味ではカタリナ様一人だけ。

 あのお茶会を主催した双子王子の一方――ジオルド様の婚約者でもあり、貴族女性に畏怖と尊敬、憧れを受ける存在だ。

 

 ただ、そんな情報は、あの日話した明るい少女の姿とはあまり重ならない。

 あるいは、分け隔てのない広い心の持ち主だからこそ、ジオルド王子に見初められたのだろうか。

 

 ――あの時の印象通り、良い方であればいいのだが。

 

 少しばかりの不安も心にあった。

 お屋敷を訪れた方をおもてなしするのと、招待されてこちらから出向くのでは全く違う。相手の懐に飛び込むのだから、嫌なことがあったからといっても簡単には逃げ出せない。

 もし、カタリナ様のあの態度が見せかけで、私をからかい、嘲笑い、踏みにじるのが目的なら、私は辛い目に遭うことになる。

 

 でも、同時にわくわくする気持ちもあった。

 だって、同性のお友達と本の話ができるのだ。

 一人で本を読むのも楽しいが、一緒に感想を語り合ったり、一つの本をわくわくしながら一緒に読むのもとても楽しい。

 前世――麗乃時代にはそういうお友達が何人もいた。

 あの時のカタリナ様の目は、彼女達の目とよく似ていたような気がするのだ。

 

 

  ◇   ◇   ◇

 

 

 約束の日、私はお兄様と一緒にクラエス家を訪れた。

 

「女同士の会ですし、退屈かもしれませんよ?」

 

 そう言ったのだが、お兄様はそれでも行くと強く主張した。

 もし、カタリナ様が私をいじめるつもりなら、お兄様にまで嫌な思いをさせてしまう。そういう理由もあったのだが、断り切れなくなった私は「ありがとうございます」と微笑んで、申し出を受けることにした。

 

「持ち物はどうしましょう。『エメラルド王女とソフィア』は当然持って行くとして、念のために何冊か他の本も持って行った方がいいでしょうか……。カタリナ様はロマンス小説がお好きなのかしら? だとしたらあの本とあの本、ああ、あの本もいいかもしれません」

「張り切ってるね、ソフィア」

 

 準備からそわそわしていたせいか、お父様お母様はもちろん、メイド達からも苦笑されてしまった。でも、お兄様だけは優しい笑顔だった。

 そして。

 

「ソフィア様。ようこそおいでくださいました。よろしければこの前のお話の続きをさせてくださいませ」

 

 結論から言えば、カタリナ様はとても良い方だった。

 ご挨拶もそこそこに、お茶とお菓子を楽しみながら本の話が始まった。カタリナ様も『エメラルド王女とソフィア』の本を用意していてくれて、実際にページを開きながら「ここが良い」「ここも素敵」と夢中になって話し合った。

 せっかく付いてきてもらったお兄様をついつい置いてけぼりにしてしまったけれど、その分、キース様がお兄様のお相手をしてくださっていたようだった。

 

 もしかするとお兄様も同性のお友達が欲しかったのかもしれない。

 女の子に間違えられそうな美形のキース様と、同性でさえ見惚れる美形のお兄様が並んでいる姿はとても絵になる。

 もし、お兄様にとっても良い出会いになったのであればとても素晴らしいと思う。

 

「お嬢様。そろそろお暇いたしましょう」

 

 でも、楽しい時間は過ぎるのが早いもので、あっという間に帰る時間になってしまった。

 

「はい」

 

 応えて、座っていたソファから立ち上がると、カタリナ様がじっと私の髪を見た。

 

「あの……?」

「本当に綺麗な髪ですね。少しだけ触ってもいいですか?」

「え、ええ」

 

 咄嗟に頷きながら、私は思わず頬を染めた。

 髪を褒められるなんて前世では殆どなかった。親戚のおばさんや美容室の店員さんから言われていた程度だ。しかも、相手はカタリナ様。

 どこか凛々しさのある顔立ちは男装をしても似合いそうで、少しばかりドキドキしてしまうくらいは仕方ないだろう。

 でも、

 

「……カタリナ様は、私の見た目が気味悪くはないのですか?」

「え?」

 

 老人のように白い髪と血のように赤い瞳から中傷を受けていることを話すと、カタリナ様はさっと表情を曇らせ――。

 

「でも、私は綺麗だと思うけど……」

「……え」

 

 再び胸が高鳴った。

 不思議な人だ。

 親しい相手以外の誰もが気味悪いと言うのに、彼女はそんなこと気にも留めない。貴族の間では評判の悪いロマンス小説を嬉々として読んでいるのも、物事を広く受け入れる並外れた度量から来ているのだろう。

 もっと、カタリナ様とお話がしたい。

 せっかくできた本好きのお友達と、この一回きりで終わりなんて嫌だ。

 思った私は、気づくと口を開いていた。

 

「あの、カタリナ様。よろしければまた、本のお話をしていただけませんか……?」

 

 綺麗な青色の瞳が丸く形を変え、それからきらりと輝いた。

 

「もちろん! こちらからもお願いするわ。私のお友達になってちょうだい、ソフィア」

「はい!」

 

 こうして、私に初めての読書仲間ができた。




第一種接近遭遇は穏便に済みました。
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