「ど、どうして急にそんなことを仰るのですか?」
「え? それはもちろん、アリス様が書く方もお好きだとわかっ――もがもがっ」
「ソフィア先輩、それ駄目です、声が大きいです!」
殆ど敦子ちゃんに戻りながら、アリス様は私の口を塞いできた。
「だ、誰にも聞かれてませんね?」
授業直後でがらんとした生徒会室。
私達以外の人はまだ来ていない。
「そこまでお気になさらなくとも……」
「気にします! もう、麗乃先輩は自分で書いたことがないからそんなことが言えるんです!」
「あ、アリス様、完全に素が出ています」
「あっ……。もう、ソフィア先輩がひどいこと言うからですよ?」
いけない、と表情を戻したアリス様に可愛らしく睨まれる。
「申し訳ありません。……やっぱり、お恥ずかしいのですか?」
「そうですね。できれば、そのお話は二人っきりの時に」
「かしこまりました」
なんとなくひそひそ声で話を纏めていると、
「あの、何かあったのですか……?」
「「っ!?」」
やってきたマリアさんに声をかけられて、二人してびくっと身を震わせた。
「いいえ、なんでもありません。そうですよね、ソフィア先輩?」
「え、ええ。もちろんです」
「? なら、良いのですが……」
マリアさんは不思議そうな顔をで首を傾げていた。
◇ ◇ ◇
「ねえ、ソフィア?」
会計書類の確かめ算に熱中していると、耳元で声。
顔を上げる。
目の覚めるようなメアリ様の美貌がすぐ近くにあった。
「このところ、アリス様にかかりきりじゃないかしら?」
咎めるような目。
答えようと口を開くと「静かに」と人差し指を立てられる。
今のところ、誰もこっちを気にしていない。
「そろそろ私のことも構ってくださいな」
そういうのはカタリナ様にして欲しい。
ちょっと拗ねたように、甘えるように囁かれたら、同性だとわかっていてもどきどきしてしまう。
ただでさえメアリ様は綺麗で、品があって、スタイルも良い素敵な女性なのだ。
……ちなみに、スタイルの良さで序列を付けるなら、カタリナ様≧メアリ様>マリアさん≧アリス様>私の順だ。
胸の大きさで言うとメアリ様の方がカタリナ様より大きいのだが、カタリナ様は身長が高めで全体のバランスが素晴らしい。
この国では背の高い女性は好まれない傾向が強いので、男性からの平均評価ではメアリ様が上かもしれない。
なお、私とアリス様の間には『越えられない壁』がある。
「ええと……では、こうしましょう」
「え?」
右手を持ち上げてメアリ様の手を取る。
指だけで握手するような姿勢を取ったら、親指を伸ばす。
「これは、なんですの?」
指相撲です、と言いかけて、相撲じゃわからないだろうと気づく。
「こうやって、自分の親指で相手の親指を三秒間、押さえた方が勝ちになる遊びなんです」
代わりに遊び方を説明しつつ、メアリ様の親指を押さえる。
「んっ、くすぐったい……。でも、ルールはわかりましたわ」
笑みを浮かべたメアリ様は、すぐさま果敢に攻めかかってくる。
伸ばされる親指を私はさっとかわして、
「手を離すのはルール違反ですから、気をつけてくださいね」
「わかりましたわ。……っと、隙あり!」
「わっ」
鋭い攻撃。
脇を滑るようになんとかかわして、逆に攻めに転じる。
「えいっ」
「っ。やりますわね、ソフィア。ならば、こうですわっ」
「う、メアリ様、お上手です……。でも、これならっ」
「ああっ、そこ、駄目ですわっ、この、お返しっ」
「んっ。ひどいです、私の弱いところばっかり……!」
「ふふふ。ソフィアがぼうっとしているのが悪いんですわ。さあ、私の指で果てなさい」
「わ、私だって負けませんっ」
こほん。
「―――」
「―――」
「ソフィア。メアリ。何をしているのですか?」
ジオルド様の氷の微笑が炸裂していた。
気づけば、生徒会室にいた全員の視線が私とメアリ様に集まっている。心なしか顔の赤い人がちらほら。特にキース様とアラン様。それからアリス様は口元に手を当てて、目を爛々と輝かせている。
カタリナ様だけは頬を膨らませて、
「二人とも、こっそり指相撲で遊んでるなんてずるい! ね、私も混ぜて! そうだ、みんなで指相撲大会しましょうよ!」
「ね、姉さん、何馬鹿なこと言ってるの!? っていうか指ズモウって何!?」
「お、お前ら! そういうことは自分達の部屋でやれ!」
二人して反省して「仕事中に遊んでごめんなさい」と謝った。
でも、変なことをしていたわけでもないのに「部屋でやれ」は言いすぎではないだろうか。
◇ ◇ ◇
「会話だけを抜きだすと妙にいやらしいやりとり……。そういうのもありましたね。こちらの貴族語を用いた独自のネタを作れば面白いかもしれません」
「アリス様はそういった方面にもお強いのですね」
実際にやっていることは健全でも、十八禁扱いされて発禁になりそうだが。
というか、作者が王女様だと知れたらひどい事になる気がする。
「出産を経験すると女は強くなるのですよ」
「や、やっぱり痛いのですか?」
「それはもう。あっちは医療もかなり発達していましたが、それでも産むたびに『これで最後にしよう』って思いました」
「私、やっぱり結婚しなくていいかもしれません……」
子供を産まない、産めない正妻なんて貴族社会では許されない。
側室なら別だが、古来より「正妻じゃなくて側室が先に男子を産んじゃった」なんて話はたくさんある。
「あれはあれで、終わってしまえばいい思い出になると思いますよ」
「でも、痛いのは嫌です……」
「ふふっ。ソフィア先輩は本当に可愛いですね」
こっちでも私が先輩だというのに、アリス様は完全に大人の風格を漂わせている。
「そ、そんなことより作品のお話をしましょう。アリス様、これ、とても面白かったです」
「そ、そうですか? ……良かった」
白紙の本(日記・写本用として低価格で販売されている)に綴られていたのは、アリス様が自ら作った物語だった。
ファンタジー世界で、本の手に入らない平民に転生した本好きの少女が、本を読むために自作を始める……というのが大まかな内容。
主人公の少女は何度も失敗をするが、それでも諦めずに挑戦して、少しずつ前進していく。
「主人公に思わず共感してしまいました。読書をする人には必ず刺さる題材で、思わず『ずるい!』と叫んでしまったくらいです」
「……そうですか」
私が返却した本を抱きしめて、アリス様は微笑んだ。
「そう言っていただけて、良かったです」
「………」
幸せそうな、何かを懐かしむようなその笑顔を見て、ふと閃く。
「もしかして、この主人公のモデルって……」
「はい。麗乃先輩です」
「……そっか」
「
「ありがとうございます、アリス様」
どんな世界に行っても、私は本を読むことを諦めない。
彼女はそんなにも私を信じ、大切に思ってくれていたのだ。
「カタリナ様がモデルの物語もあるのですか?」
「ええ。……といっても、あの子に見せるつもりはありませんが」
「え? どうしてですか?」
「だって、恥ずかしいでしょう?」
それはわかるが、だからといって、見せないのは勿体ない。
正体を明かさないとしても、きっと、込められた想いが読む人の心を打つだろうから。
私は少し考えて、アリス様に言った。
「では、こうしませんか。アリス様」
「?」
「劇の台本を書くんです。カタリナ様が主演で」
「え……」
しばしの沈黙の後、アリス様の目が大きく見開かれた。