今日はどんなお菓子があるのかしら。
教室での友達とのお喋りを終えた私――カタリナ・クラエスは、うきうきしながら生徒会室に向かっていた。
私の放課後の過ごし方は、自分の畑を耕すか、生徒会室に行ってお菓子とお茶を楽しむかのどちらかが多い。二年生になってアリス・スティアート様という新しいお友達ができて以来、差し入れのバリエーションがさらに増えてほくほくだ。
マリアちゃんの手作りお菓子も美味しいし、メアリが買ってきてくれるお菓子はどれも絶品だし、ソフィアもお店のお菓子を時々差し入れてくれる。もちろん、ジオルド様やアラン様、キースもだ。
勉強でわからないところがあれば、誰かしらが教えてくれるし、生徒会はとても温かくて、本当にいいところだ。
「こんにちはー」
こうやってドアを開ければ、みんなが笑顔で出迎えてくれ――。
「おや、カタリナ」
「カタリナ様」
「カタリナ様……」
「ん?」
なんか、みんなの反応がいつもと違う。
メアリとソフィアが意味ありげに視線を交わし合ったかと思えば、ジオルド様とアリス様が「ちょうどいいところに」と笑顔を浮かべる。
なんだろう。二人の笑顔が心なしか怖いんだけど。
「な、なにかあったの?」
いつも通りに見えるマリアに尋ねると、彼女は「いいえ、大したことではありません」とおっとり首を振った。
「学園祭で行う劇のお話をしていまして」
「ああ、あれね。みんなも大変よねー。忙しい中、時間を割いて演劇だなんて」
生徒会のメンバーは美男美女揃いだから、劇をやればとても絵になるだろう。男女問わず生徒達から歓声が飛ぶこと間違いなしだ。
でも、私だったらみんなの前で演劇なんて絶対無理――。
「はい。それで、アリス様とソフィア様から提案がありまして……」
「ふうん。どんな提案?」
その二人なら、劇の題材にぴったりな物語を見つけた、とかだろうか。
どんな小説だろう。
ロマンス小説だったら、私も結構読んでいるから知っているやつかもしれない。
と、ジオルド様が爽やかに笑って、
「アリスがオリジナルの台本を書いてもいい、と言ってくれているんですよ」
「え!? アリス様が!?」
びっくりだ。
「素敵じゃないですか! 是非書いてくださいな、アリス様!」
予想とは違っていたが、予想していた以上に楽しそうだ。
アリス様のオリジナル台本。
いったいどんな話になるのか楽しみだ。当日は絶対見に行きたい。
「ありがとうございます、カタリナ」
愛らしい笑顔を浮かべるアリス様。
その可愛らしさに思わず見惚れていると、彼女は困ったように首を傾げて、
「ですが、台本を書くにあたって、カタリナに一つお願いしたいことがあるのです」
「お願いですか?」
「はい。どうしても必要なことなのです」
ふーん、劇の台本に必要なこと……なんだろう? よくわからないけれど、私にしかできないことなんだろう。取材として畑を耕してみたいとかかな?
「いいですよ。私にできることならなんでも言ってください」
「あ」
「あ」
「ん?」
キースとアラン様が「あーあ」と額に手を当てる。
何だというのだろう。二人して「この馬鹿」みたいな反応してくれちゃって。
ほら、アリス様のこの天使のような笑顔を少しは見習って、
「さすがはカタリナです。では、劇の主演を引き受けてもらえますか?」
「……は?」
ぴしっ、と。
私は音を立ててその場に硬直した。
◇ ◇ ◇
案の定、カタリナ様はとても驚いた。
「無理よ無理! 私に劇なんて、しかも主役なんて!」
硬直から復帰するなりそう言ってぶんぶんと首を振る。
よほど嫌なのか、まさに必死といった様子だ。
でも、ジオルド様もアリス様も引き下がる気はなさそうだった。
兄妹なのだと良くわかる笑顔を浮かべて、カタリナ様に言う。
「あれ? カタリナ、君はさっきなんて言いましたか?」
「カタリナ。私のお願い、聞いてくれないのですか?」
うん、二人とも完全に面白がっている。
アリス様、カタリナ様を主演にしようと提案した時は渋っていたのに。
『で、でも。あの子に申し訳ないですし』
『まずは、カタリナ様に意志を確認してみましょう。その上でオーケーしてくださるなら構いませんよね?』
『そ、それはそうですけど』
『アリス様も、カタリナ様が主役の方が筆が進みますよね?』
こんな感じで説得したら了承してくれた。
なので、本人はそこまで乗り気じゃなかったはずなんだけど、内心、カタリナ様が主役をやるところを見たかったのかもしれない。
別にカタリナ様を陥れようとか、ミスをする姿を見て笑おうとかそういうわけでもない。
困り果てたカタリナ様を見るのが楽しくて仕方ないという、ちょっと困った意地悪が始まっているだけで、いたって平和な友達同士のじゃれ合いだ。
「カタリナ様! 私も、カタリナ様の主役、見てみたいです!」
「あ、ずるいですわソフィア。私も、私も見たいです、カタリナ様!」
「皆さん、無理を言っては……。ま、まあ、姉さんがやってくれるって言うなら、僕も見て見たいけど」
「お前にまともな主役が務まるとは思えんが、華はあるからな。黙って立っているだけでも客は呼べるんじゃないか?」
「わ、私も、個人の意見を言わせていただければ……カタリナ様の晴れ姿を拝見したいと……」
乗り気でなかったキース様やアラン様も本音のところは同じだ。
みんなからの熱い想いを受けたカタリナ様は「うっ」と呻くと、逃げるように視線を彷徨わせる。
「で、でも、本当に無理よ。ロマンス小説とかの物語本以外を読んでいると頭が痛くなってくるし」
「劇の台本ですから難しいお話にはなりません」
「そ、それはそうだけど……本当に台詞が覚えられないのよ?」
「台詞は極力少なくしますし、カンペを出しますから覚える必要はありません」
「え? そこまでしてくれるの? で、でも恥ずかしいし……」
アリス様の押せ押せペースにだんだん呑まれていくカタリナ様。
「……みんなで劇をやったらとても楽しいと思うのですが」
「う」
「カタリナは、学園で私たちとの思い出を作るのは嫌ですか?」
「ううう」
前世で、私は敦子ちゃんから「親友のいない学園祭」の話を聞いたことがある。
彼女達のクラスではミュージカルをやったらしい。
『あの子がいたら、一緒にできたのかなって思うと……』
その時の代わりになるかはわからないが、楽しい学園祭の思い出は、誰にとってもかけがえのないものになるはずだ。
まあ、
「わ、わかった! わかりました! 主役を引き受けます! その代わり、みんなで絶対、いい劇にしましょうね?」
そして、カタリナ様はいつだってカタリナ様だ。
腹をくくってしまえばもう「劇なんて無理だ」という考えは捨て去ったのか、最高の笑顔と共にアリス様へ、そして私たちに宣言してくれる。
アラン様が(ツンデレ風に)言っていた通り、そこにいるだけで人を惹きつけるカタリナ様が主役なら、きっと素晴らしい劇になることだろう。
「アリス様。劇は学園祭中に二度上演するというのはどうでしょう? 二度目の上演では私が主役をやりますので……」
アリス様に変な提案を始めているメアリ様を見つめながら、私はくすりと笑った。